時計のわずかな音に目が覚める。昨日は色々あったが、七夏ちゃんの笑顔が返ってきてくれた事に安心したのか、よく眠れて目覚めがいい。
窓から外を眺めると、まだ太陽は見えないが、東の空は明るく日の出を迎える準備ができているようだ。小鳥の声が太陽を呼んでいるようにも思える。俺も、この場所から太陽を待つ事に・・・と、強い光に視界の全てを支配される。この感覚、早起きしなければ味わう事ができないんだなと、改めて思う。
時崎「ん? あれは!?」
窓の下に人影が見えた。
時崎「おはよう! 七夏ちゃん!」
七夏「えっ!? あっ、柚樹さん! おはようございます☆」
七夏ちゃんは、お花にお水をあげているようだ。以前にも見た事がある光景。ひとつひとつが懐かしく思い始めている事に気付く。なぜ、懐かしく思ったのだろうか?
俺は、七夏ちゃんの居る所へ向かった。
七夏「おはようございます☆」
時崎「おはよう。七夏ちゃん!」
七夏「柚樹さん、今日は早起きさんです☆」
時崎「昨日はよく眠れたから」
七夏「くすっ☆ これでいいかな☆」
時崎「え!?」
七夏「昨日は雨が振ってましたので、お水は控えめです☆」
時崎「なるほど」
たわいもない会話だけど、そのひとつひとつを大切にしてゆかなければならないと思い始めている。
凪咲「柚樹君、おはようございます」
時崎「凪咲さん、おはようございます!」
凪咲「朝食、もう少し待っててくださいね」
時崎「はい! ありがとうございます」
直弥「時崎君! おはよう!」
時崎「あ、おはようございます!」
凪咲「あなた、お気をつけて!」
七夏「お父さん、いってらっしゃいです☆」
直弥「ああ!」
七夏「どしたの? 柚樹さん?」
時崎「え!? ああ。七夏ちゃんのお父さん、今日は朝早くお出かけなんだね」
七夏「くすっ☆ 日によって変わりますので☆」
時崎「そうなんだ。大変だね」
直弥「今の季節は、このくらいの時間の方が涼しいからね」
時崎「なるほど」
直弥「では、ごゆっくりどうぞ」
時崎「ありがとうございます」
俺も、七夏ちゃんと一緒に直弥さんを見送った。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
七夏ちゃんと一緒に朝食を頂いた後、自分の部屋に戻ろうとした時、民宿風水の電話が鳴った。どうしようかと思ったが、俺が一番近くに居たので出る事にした。
時崎「おはようございます! 民宿風水です」
??「あっ、えっと・・・」
時崎「高月さん!?」
笹夜「え!? 時崎さん?」
時崎「ああ。おはようございます!」
笹夜「あ、おはようございます♪」
時崎「驚いたよ」
笹夜「すみません。私も驚いて挨拶が遅れてしまって」
時崎「いやいや。構わないよ! 七夏ちゃんだよね?」
笹夜「はい♪ お願いいたします♪」
時崎「おわっ!」
七夏「ひゃっ☆」
七夏ちゃんを呼ぼうと振り返ると、すぐそばに七夏ちゃんが居てお互いに驚く。
七夏「ごめんなさい。お電話があったみたいですから」
時崎「高月さんから!」
七夏「え!? 笹夜先輩!?」
時崎「じゃ、代わるよ」
七夏「はい☆ ありがとうです☆」
七夏ちゃんに電話を手渡す。
七夏「お待たせしました。笹夜先輩、おはようございます☆ えっ!? あ、ちょっと驚いちゃってその・・・」
俺は、そのまま自分の部屋に移動した。
凪咲さんと七夏ちゃんへのアルバム制作もあるが、直弥さんから頼まれている案件も2件ある。一件目は無線ネットワーク機器を設置する事、二件目は鉄道模型の信号機・・・か。順番に行ってゆく事にする。無線ネットワーク機器は、電気店に行けはあると思うので、後で出かけるとするか。信号機の件は七夏ちゃんに相談してみよう。
トントンと扉が鳴る。七夏ちゃんだ。
時崎「七夏ちゃん! どうぞ!」
七夏「くすっ☆ 失礼します☆」
時崎「ああ」
七夏「えっと、笹夜先輩からお話があったのですけど、今日、ここちゃーの浴衣を一緒に買いに行く事になりました☆」
時崎「そうか・・・そんな話があったね」
七夏「はい☆ ここちゃーともさっきお話して・・・それで、その・・・柚樹さんも良かったらと思って」
時崎「ありがとう! 勿論構わないよ!」
七夏「みんなと一緒に写真を撮ってくれると嬉しいです☆」
時崎「ああ! まかせて!」
七夏「えっと、ここちゃーとは駅で待ち合わせて、隣街の駅で笹夜先輩と一緒になります☆」
時崎「え!? そうなの?」
七夏「はい☆ 隣街の方が浴衣も沢山あると笹夜先輩が教えてくれました☆」
時崎「なるほど。いつもと違う所で買い物をするのも新鮮でいいかも知れないな」
七夏「はい☆ 私、今から急いで宿題を済ませます。11時にお出かけで大丈夫ですか?」
時崎「俺は構わないよ。何か手伝える事があったら話して」
七夏「ありがとうございます☆ では、失礼します。また後で☆」
時崎「ああ」
七夏ちゃんは少し急ぎ気味に部屋を出てゆくけど、扉だけは最後まで両手を添えて閉めてくれた。直弥さんからの頼まれ事「鉄道模型の信号機設置」は後で相談しよう。俺は隣街の駅周辺の情報をMyPadで調べておく。電気店があれば、無線機器を一緒に購入できるかも知れない。隣街の駅前には大きな百貨店が何件かあるようだ。そう言えば、この街に来る時に、ひとつ前の駅周辺は結構都市近郊のイメージがあったな。大きな買い物は隣街の方が良いのかも知れない。
あと、高月さんは、隣街に住んでいるのだろうか? 本人に確認はしていないが、なんとなくそんな気がする。いや、駅で待ち合わせという事は、そうでもないのかな? まあ、そのうち見えてくると思う。もっとも、高月さんの住んでいる家が分かった所で、俺がお邪魔する機会はあるのだろうか。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
しばらくの間、調べ事を行っていると、トントンと扉が鳴る。
七夏「柚樹さん!」
時崎「七夏ちゃん!」
扉を開けると、いつもと少し違う雰囲気を感覚した。
七夏「お待たせです☆」
時崎「あ、ああ」
七夏「? どうかしましたか?」
七夏ちゃんの、お出掛け用の衣装と、髪を軽く三つ編みしている姿が、とても可愛い。
時崎「七夏ちゃん、今日はいつもと少し印象が違うなと思って」
七夏「え!? えっと、おかしいですか?」
時崎「いや、よく似合ってて可愛いよ!」
七夏「あっ・・・えっと・・・」
時崎「?」
七夏「ありがとう・・・です」
なんか、七夏ちゃんの反応が以前よりもよくない気がする。あまり軽率に「可愛い」とか言うべきではないのかも知れないな。可愛いと言えば言うほど、言葉は軽くなってしまうと言う事なのだろうか?
時崎「駅で天美さんと待ち合わせだったかな?」
七夏「はい☆」
時崎「いつもなら、天美さんが風水に来てくれる気がするけど」
七夏「くすっ☆ ここちゃーは、駅前で先にお買い物があるみたいです☆」
時崎「お買い物?」
七夏「たぶん漫画かな? 早く読みたい気持ち、とても分かります☆」
時崎「なるほど。じゃ、出掛けよう!」
七夏「はいっ☆」
凪咲「七夏、これからお出掛けかしら?」
七夏「はい☆ あ、お買い物あるかな?」
凪咲「特にはないわ! 気をつけて、いってらっしゃい!」
七夏「はーい☆」
凪咲「柚樹君、七夏の事、よろしくお願いしますね」
主「はい。分かりました」
七夏ちゃんと駅前まで歩く。この前は蒸気機関車イベントの時だったかな。あの時は少し急いでたけど、今日は時間にゆとりがあるのか、のんびりと歩く。そういえば、今日のお出掛け予定を細かく聞いてないけど、七夏ちゃんに合わせる形で動けばいいと思う。
時崎「今日は七夏ちゃんも浴衣を買うの?」
七夏「え!?」
時崎「天美さんの浴衣を見にゆくならと思ってね」
七夏「くすっ☆ えっと可愛い浴衣があれば、考えてみようかなぁ」
七夏ちゃんは普段からよく浴衣を着ている。まあそれは、民宿風水の浴衣だけど、十分可愛い。そんな七夏ちゃんが「可愛い」と思う浴衣ってどんなのだろう。できればアルバムに加えたいから、七夏ちゃんが気に入る浴衣が見つかってほしいと思う。
時崎「見つかるといいね!」
七夏「え!?」
時崎「浴衣!」
七夏「あっ、はい☆」
時崎「・・・・・」
・・・自分で驚いた。倒置法で話している。昨日の「俺、好きだから! 写真の事!」と話したのは意図的に狙った事・・・だけど、今のは自然に話してた。・・・そういう事なのか!? 自分の願う事が叶ってほしいと思う心は、先に結果から飛び出してくるのだろうか? いや、まだ分からない。だけど、無意識だったという事は、素直な心の表れなのだと思う。
七夏「??? 柚樹さん!? どうしたの?」
時崎「え!? あ、いや、なんでもないっ!」
七夏「考え事かな?」
時崎「あ、ごめん」
天美さんと合流するまでは、一人で考え込まないように気をつけなければならないな。そのまま歩いてゆくと駅前に天美さんの姿が見えた。七夏ちゃんも天美さんに気付いたようで、掛けてゆく。俺は七夏ちゃんの後をついてゆく形となる。
七夏「ここちゃー!」
心桜「おっ! つっちゃー!」
七夏「お待たせです☆」
心桜「おや? お兄さん!?」
時崎「どうも!」
心桜「どうもー! ・・・って、お兄さんも一緒に来るの!?」
時崎「え!?」
七夏「あっ!」
時崎「な、七夏ちゃん!?」
七夏「えっと、ごめんなさい!」
心桜「なるほどねー。あたしは構わないけどさ」
・・・どうやら、七夏ちゃんは俺が一緒に来る事を天美さんには話していなかったようだ。
七夏「笹夜先輩には話してますから!」
心桜「いや、そういう事ではなくて・・・って、まぁいいか! 列車来るから急ご!」
七夏「はい☆」
心桜「お兄さんも!」
時崎「あ、ああ」
天美さんについてゆく形で駅のプラットホームへ向かう。しばらくすると、線路から音が鳴り始め、遠くから列車が姿を見せる。
心桜「おっ! 新型!」
時崎「え!?」
心桜「お兄さん! 新型列車だよ!」
時崎「そうなの?」
天美さんが指差す先に列車が乗る。俺はその様子を一枚記録した。
またしても天美さんについてゆく形で列車に乗る。俺の後を七夏ちゃんがついてくる。どうやら、進行役は天美さんのような気がしてきた・・・今更だけど。車内は真新しく綺麗なので新型だという事は分かった。
心桜「よっと!」
天美さんは空いている四人掛けの椅子に座る。その隣に七夏ちゃんも続く。
七夏「柚樹さん!」
時崎「あ、ああ」
列車の扉が閉まり、ゆっくりと動き始めたけど、走行音も静かで快適だ。
心桜「笹夜先輩とは駅で待ち合わせだよね?」
七夏「はい☆」
心桜「駅に着いたら---」
天美さんと七夏ちゃんは、この後の事を話し始めた。俺は窓辺に頬ずえをつきながら流れる景色追いかける。高月さん・・・さっきも考えてた事だけど、以前に高月さんを駅まで送った事があるので、列車通学している事は分かるけど、隣街に住んでいるのだろうか? 今、七夏ちゃんに訊けば分かる事だけど、いずれ自然と分かる事は・・・それよりも、天美さんに感潜られる可能性が高い。
七夏「でも、ここちゃーが浴衣を着てお祭りは懐かしいなーって」
心桜「そだねー。小学生の時以来かなぁ」
七夏「私、とっても楽しみです☆」
二人は浴衣の話しをしているようだ。再び窓の外を眺める。景色は次第に山の色から都会の色へと変わってゆく。次いで列車は減速を始めた。
心桜「あ、そろそろかな」
七夏「はい☆」
心桜「お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「もうすぐ降りる駅に着くよ!」
時崎「あ、ああ」
七夏「くすっ☆」
天美さんを追いかけるように車内放送が後に続く。七夏ちゃんも天美さんに続く。
車窓の景色が止まり、列車の扉が開く。
心桜「よっと!」
天美さんは、少し飛び跳ねるようにホームへ降り、改札へと向かう。そのまま俺と七夏ちゃんも追いかける形で改札を通過する。
心桜「えーっと、笹夜先輩は・・・」
笹夜「心桜さん!」
心桜「うわっ!」
笹夜「そんなに驚かなくても・・・」
心桜「いや、柱の影から声掛けられると驚きますって!」
笹夜「すみません」
七夏「笹夜先輩! こんにちはです☆」
時崎「高月さん! こんにちは!」
笹夜「こんにちは♪」
俺は少し不思議に思った。高月さんは、皆んなが列車から降りて来る事を知っているはずだけど、改札からは見えない柱の影に隠れていた事・・・まさか、天美さんを驚かす為だったとか・・・いや、少なくとも俺の知っている高月さんは、そんな事をする性格ではない。
心桜「あはは! こんちわー! 笹夜先輩!」
笹夜「はい♪ こんにちは♪ 心桜さん ♪」
心桜「ところで、笹夜先輩、なんで柱の影に隠れてたんですか!?」
どうやら、天美さんも俺と同じ疑問を抱いたようだ。
笹夜「え!? それはその・・・」
心桜「まさか、あたしたちを驚かす為とか!?」
笹夜「いえ、そんなつもりは・・・」
七夏「ここちゃー」
時崎「高月さん、何かあったの?」
笹夜「すみません、先程まではこちら側で待っていたのですけど、降りて来る人の邪魔になっているかと思って・・・」
降りる人の邪魔に・・・そんなに通路が狭いように思わないけど。
時崎「どうしてそう思ったの?」
笹夜「通ってゆく人の多くが、私を見ている気がして、それで邪魔になっていると思って・・・」
心桜「なるほどねー。でも、それは笹夜先輩に別の要素があるからじゃない!?」
笹夜「え!?」
俺が思った事を天美さんに先越された。高月さんは「降りる人の邪魔になる」と話していたけど、人目を惹く容姿だという点も要因なのではないだろか? 人から見られていると思う心は、自然と人を避ける行動に繋がる可能性はある。
七夏「笹夜先輩! 今日はありがとうです☆」
笹夜「は、はい♪」
七夏「ご案内、よろしくです☆」
笹夜「では、参りましょう♪」
高月さんの事を想ってか、七夏ちゃんが駒を進めたようだ。今さらだけど、この三人は、上手くバランスが保てているなと思ってしまう。
七夏「柚樹さん☆」
心桜「お兄さん!」
時崎「あ、ああ!」
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
高月さんに案内されたのは駅前の大型百貨店、デパートとも言うのだろうか? 建物内に入ると高級な雑貨類が目に飛び込んできた。主に女の人用のアクセサリーだろう。これは、大丈夫だろうか?
心桜「おっ! つっちゃー! セブンリーフのコーナーがあるっ!」
七夏「えっ!? わぁ☆」
心桜「これなんかどう?」
七夏「えっと、これは?」
心桜「ヘッドホン用のアクセサリーだって!」
七夏「ヘッドホン?」
心桜「ヘッドホン左右にそれぞれ付けると、イヤーアクセサリーみたいになってイヤー最高ー!」
七夏「なるほど☆ いいなぁ♪」
心桜「こっちも見て!」
高月さんのが俺の方を見て苦笑している。
・・・やっぱり、こうなってしまったかというような印象だ。
笹夜「二人とも---」
七夏「あっ! ごめんなさい!」
心桜「あはは! まずは浴衣が先だね!」
笹夜「ええ♪ 参りましょう♪」
高月さんに付いてゆく。浴衣の販売は3階のようだ。エスカレーターで登ってゆくその間も、天美さんは周囲を見回している様子。何か面白い事があればすぐに飛びつきそうだ。
笹夜「こちらです♪」
七夏「わぁ☆ たくさんあります☆」
心桜「こんなにある中から選ぶの!?」
たくさんの色とりどりの浴衣、小物類が並んでとても華やかだ。だけど・・・。
心桜「で、お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「これからどうするの?」
時崎「確かに、俺は場違いのようだな」
心桜「流石! 気付いてましたか!」
笹夜「すみません・・・時崎さん、私の気が利かなくて」
時崎「高月さん、俺は気にしてないから」
七夏「柚樹さんも一緒に見ますか?」
心桜「それでもいいんだけど、ほら! 分かるでしょ!? お兄さん!」
天美さんの「分かるでしょ!?」・・・なるほど、そういう事か!
時崎「ああ! 当日、楽しみにしてるよ! 天美さん!」
心桜「うんうん!」
七夏「・・・・・」
時崎「? 七夏ちゃん!? どうしたの?」
七夏「え!? えっと、柚樹さん、楽しみなんだ・・・」
時崎「ああ! もちろん!」
七夏「・・・・・」
七夏ちゃんの様子が少しおかしい。そうか!
時崎「もちろん、七夏ちゃんの浴衣姿も楽しみにしてるよ!」
七夏「え!? は、はい☆」
時崎「高月さんも!」
笹夜「まあ♪ ありがとうございます♪」
時崎「それじゃ、しばらくその辺を見て回ってくるよ」
心桜「ありがと、お兄さん! 1時間くらいで、サクッと決めるから!」
時崎「了解!」
笹夜「時崎さん、すみません」
時崎「いや、構わないよ」
七夏「柚樹さん、また後で☆」
時崎「ああ」
さて、1時間くらい建物の中を見てまわる。何かアルバム作りに使えるような物はないだろうか? 或いは、七夏ちゃんが喜びそうな事でもいい。
時崎「書店は7階か・・・」
多くの百貨店は、地下が食料品で、書店や喫茶店は上の方の階にあるけど、ここもそれは同じみたいだ。書店に何か良い情報がないか寄ってみる。新刊をなんとなく眺めていると、家電やパソコン関係の書籍が目に留まる。そういえば、直弥さんから頼まれていた無線ネットワーク機器の件があった。俺はその関連書籍を手にする。最新の機器の紹介はあるものの、パソコンや携帯端末というラインナップだ。無線ネットワーク機器は載ってなさそうだな。
百貨店内に家電販売の場所はあるのだろうか? 百貨店の外に出ればありそうだが・・・時計を見る。七夏ちゃん達との合流時間を考えると、百貨店の外へ出る時間はなさそうだ。そのまま書店を見回す。文房具コーナーが目に留まった。
時崎「これは・・・プリズム!?」
・・・のように見えたが、実際は「ペーパーウエイト」という事らしい。プリズムは光を七色に分ける事が出来るけど、七夏ちゃんにはどのように見えるのだろうか? 確かめたいけど、これを七夏ちゃんに見せるのは直接的過ぎる。七夏ちゃんがプリズムの分光が七色に見えてくれれば良いのだけど、七色に見えなければ辛い想いをさせてしまいかねない。もっと自然に優しく七色の光に触れる方法は無いだろうか!?
時崎「そういえば!」
ひとつ、心当たりがある。俺は書店コーナーを後にして、1階へ移動した。さっき、七夏ちゃんと天美さんが見ていたアクセサリー販売の場所・・・あった!
時崎「サンキャッチャー・・・そんな名前だったな」
サンキャッチャーとは、ガラスやアクリルを多面体にカットした素材に糸やチェーンを通して吊り下げれるようにしたアクセサリーだ。サンキャッチャーの名前が示す通り、太陽の光を受けて光を周囲に広げる効果がある。広がった光は分光され、七色に見える事もある。俺はサンキャッチャーを手にして考える。
時崎「プリズムほどではないが、これもまだ直接的かも知れないな」
サンキャッチャーを眺めて考えていると、涼しく心地よい音が耳に届いてきた。風鈴の音色か・・・その時、俺は考えついた。サンキャッチャーも風鈴も天井から吊るして楽しむ。サンキャッチャーは目を楽しませてくれ、風鈴は音を楽しませてくれる。この二つを組み合わせると面白そうだ。そして面白そうなものは、それを理由に自然と七夏ちゃんにも届ける事が出来そうだ。もし、七夏ちゃんが七色の光を感覚できなくても、風鈴の優しい音色が補ってくれると思う。俺はサンキャッチャーと風鈴を一緒に買う事にする。風鈴はガラス製と青銅製があるが、音色の響きがスッキリとした青銅製を選んだ。後でサンキャッチャーと風鈴を一緒に組み合わせる加工を行おう。
時計を見る・・・そろそろ約束の時間だ。俺は七夏ちゃんたちの居る3階の浴衣販売コーナーへと急いだ。
時崎「七夏ちゃんたちは・・・まだかな?」
一時間ほど前に別れた場所へと来てみたけど、三人の姿は無かった。もう少し待ってみるか。
心桜「お兄さんっ!」
時崎「え!?」
背後から声をかけられた。
七夏「お待たせです☆」
笹夜「すみません」
時崎「あ、そっち!?」
心桜「レジ、向こうだったからね!」
時崎「なるほど!」
三人を見たところ、天美さんだけ大きな袋を持っていた。どうやら浴衣を買ったのは天美さんだけのようだ。七夏ちゃんと、高月さんも何か買ったみたいだけど、浴衣ではなさそうだ。
心桜「ん!? お兄さんどうしたの?」
時崎「七夏ちゃんと高月さんは、浴衣を買わなかったの?」
七夏「はい☆ 私はお家にありますので☆」
笹夜「私は、髪留めで素敵なのがありました♪」
七夏「柚樹さんもお買い物ですか!?」
七夏ちゃんが俺の手元を見て訊いてきた。
時崎「え!? ああ、ちょっとね」
七夏「くすっ☆」
・・・だけど、何を買ったのかまでは訊いてこない。七夏ちゃんはいつもそうだ。あまり詮索してこないのは、民宿育ちだからなのかも知れないな。
心桜「浴衣10点セットなんて始めて買ったよ!」
時崎「10点セット!?」
笹夜「心桜さんの場合は、着付けセット5点も必要ですので♪」
時崎「着付けセット5点!?」
七夏「これです☆」
七夏ちゃんが手にしているのが「着付けセット」という事らしい。
笹夜「着付け5点は、ゆかた下着、ウエストベルト、伊達締め、着付けベルト、前板です♪」
七夏「浴衣5点は、浴衣、作り帯、腰紐が二本、髪飾り、下駄です☆」
時崎&心桜「色々いるんだねー」
時崎「あっ!」
心桜「おっ! 被った!」
笹夜「まあ!」
心桜「つっちゃー! 着付けセット持ってくれてありがと!」
七夏「くすっ☆」
笹夜「まだ、小物もあります♪」
七夏「ここちゃー、小物も見る?」
心桜「んー、小物はいいよ。団扇とかなら家にもあるし」
笹夜「心桜さん、小物は団扇の他に、籠とか巾着もあります♪」
心桜「あははっ! 団扇も小物だよ!」
笹夜「そうですけど、心桜さんの言う団扇って・・・」
心桜「街で配ってたヤツ!」
七夏「ここちゃー! もう・・・」
笹夜「心桜さんらしい・・・と話してしまっていいのかしら?」
心桜「あたらしいよね!」
七夏「え!?」
心桜「あたしらしいよねっ! 『し』が抜けてた」
七夏「くすっ☆」
心桜「お兄さん!? 大丈夫!?」
時崎「え!? あ、ああ」
なんか、今更ながら、三人の会話に圧倒されてしまった。
笹夜「でも、良かったです♪」
心桜「ん!? 笹夜先輩? 何がですか?」
笹夜「失礼かも知れないですけど、心桜さんの浴衣の予算が、私が思っていたよりも多くて、選べる浴衣の幅が増えましたので助かりました♪」
七夏「私も驚きました☆」
心桜「それは、あたしが浴衣を買うって話したら、お母さんが驚いて、とっても喜んでくれてさ。気に入った浴衣があっても、高くて買えないって事がないようにって、おもいっきり奮発してくれたってわけ!」
笹夜「なるほど☆」
七夏「くすっ☆」
心桜「改めて、ありがとうございます! 笹夜先輩! つっちゃー!」
笹夜「いえいえ♪」
七夏「はい☆」
心桜「あと、お兄さんもね!」
時崎「俺は後付け・・・か。まあ、何もしてないからな」
心桜「あははっ! これからどうする? 軽くお茶する?」
笹夜「心桜さんの浴衣、結構なお荷物ですので、今日はこれで・・・」
心桜「え!? あたしは大丈夫だけど。笹夜先輩、何か用事でもあるんですか?」
笹夜「すみません。ここまで来ましたから、少しピースを見にゆこうかと・・・」
心桜「ピース!? お兄さん!」
時崎「え!?」
天美さんがこちらに向かってピース・・・Vサインを送ってきたので、一枚撮影した。
笹夜「心桜さん、そのピースではなくて・・・」
心桜「え!?」
笹夜「ピースとはピアノ楽譜の事です♪」
心桜「楽譜!?」
笹夜「ええ♪」
心桜「それって、この百貨店内にあるんですか?」
笹夜「ええ♪ 5階の楽器店になります♪」
心桜「だったら、あたしたちも一緒に! ねっ! つっちゃー!」
七夏「はい☆」
笹夜「いいのかしら?」
心桜「もちろん! 笹夜先輩の用事が済んだら、一緒にお茶して解散! ・・・で、どうかな?」
七夏「はい☆」
笹夜「ありがとうございます♪」
七夏「柚樹さんっ!」
時崎「あ、ああ」
まあ、俺も三人に合わせるのは自然な流れだ。高月さんはピース・・・楽譜を見にゆくと話していた。以前に書店でも楽譜を見ていたな。ピアノ楽譜という事はピアノを演奏できるという事か。機会があれば高月さんのピアノ演奏を聴いてみたいなと思う。
高月さんに付いてゆくかたちで、5階の楽器店へと移動する。
心桜「笹夜先輩! ピアノがあるよ!」
笹夜「まあ! これはグランドピアノなのかしら?」
心桜「え!?」
笹夜「奥行きがとても小さいみたいですけど、形はグランドピアノかしら?」
心桜「ねねっ! 笹夜先輩! 弾いてみてよ!」
笹夜「え!? ここでですか!?」
七夏「私も聴いてみたいです☆」
笹夜「な、七夏ちゃんまで・・・」
心桜「んじゃ、あたしが弾いてみるっ! つっちゃー! これお願い!」
七夏「はい☆」
笹夜「え!? こ、心桜さん!?」
天美さんは七夏ちゃんに浴衣を手渡し、さらっとピアノ演奏を行った。
時崎「天美さん、その曲は『猫踏んじゃった』!?」
俺も弾いた事がある曲。というかそれしか弾けない・・・俺みたいな人は多そうだ。
心桜「これ、定番! つっちゃー浴衣ありがと!」
七夏「くすっ☆」
心桜「んじゃ、次! 笹夜先輩っ!」
笹夜「ええっと・・・」
心桜「お兄さんも!」
時崎「あ、ああ! 俺も是非聴いてみたい!」
高月さんは、しばらく考えて、ピアノを見つめて、そして俺の方を見てきた。
時崎「あ、高月さん、鞄、持つよ!」
笹夜「ありがとうございます♪」
高月さんは、そっとピアノの前にある椅子に腰を下ろした。俺は慌てて写真機の動画モードで録画を開始する。高月さんは、今まで聴いた事のないピアノ曲を演奏してくれた。
高月さんのピアノ演奏はとても繊細で綺麗だった。俺は音楽の事はよく分からないけど、周囲に少し人が集まってきており、これは明らかに高月さんのピアノ演奏が人を惹き付けている事を証明している。演奏を終えた高月さんが軽く会釈をしてくれた。
七夏「笹夜先輩! 素敵です☆」
心桜「流石!」
七夏ちゃんと天美さんが笹夜先輩に拍手をすると、周りの人も小さな拍手を贈ってくれ、高月さんは少し恥ずかしそうだ。
笹夜「・・・・・」
時崎「高月さん、とっても良かったよ!」
笹夜「ありがとうございます♪ お粗末さまでした」
時崎「いやいや、天美さんには悪いけど、同じピアノの音には聞えなかったよ!」
心桜「あはは! 同じピアノなのに、不思議だよねー」
七夏「くすっ☆」
心桜「でも、まさか本当に笹夜先輩が演奏してくれるとは思わなかったよ!」
七夏「ここちゃー・・・もう! すみません、笹夜先輩」
笹夜「いえいえ♪」
心桜「笹夜先輩、こういうの断ると思ってました」
笹夜「この可愛いグランドピアノ、心桜さんの演奏を聴いて、その音色が気になりましたから♪」
時崎「音色?」
笹夜「ピアノは、ひとつひとつ音色が異って個性があります♪」
時崎「なるほど」
笹夜「RunDraw社のピアノは、煌びやかな高音域と優しい中音域が特徴です♪」
時崎「ランドロー社?」
笹夜「ピアノのブランドです♪ このグランドピアノは電子ピアノみたいですけど、本物のグランドピアノように豊かな響きで驚きました♪」
時崎「なるほど、音楽の世界も奥が深い」
心桜「そりゃ、そうだよ! 突き詰めるとキリが無いよね!」
時崎「高月さん!」
俺は、持っていた高月さんの鞄を渡そうとした時---
笹夜「きゃっ!」
時崎「おわっ!」
心桜&七夏「!?」
高月さんと少し手が触れて、反射的に手を引っ込められた。その勢いで鞄を落としてしまい、中身が飛び出してしまった。
笹夜「す、すみませんっ!」
時崎「いや・・・こっちこそ!」
慌てて鞄と中身を拾う高月さん、七夏ちゃんもすぐに手伝う。
前にもあった。あれは確か、ファーストフード店の時だ。高月さんと手が触れた事に対する反応が、俺には拒絶されているように思えて切ない。
心桜「お兄さんっ!」
天美さんに声をかけられて我に返る。天美さんは大きな浴衣を手にしている為、身動きが取れないようだ。
時崎「え!? あ、すまないっ!」
俺も落とした荷物を拾うのを手伝う。すると、その様子を見ていたピアノの販売員さんも、高月さんの荷物を拾ってくれ、そのまま話しかけられた。
笹夜「すみません。ありがとうございます!」
店員「いえ。先ほどの演奏、とても良かったです! オリジナルの曲でしょうか?」
笹夜「え!? はい・・・このピアノ、音色がとても素敵でした♪」
店員「ありがとうございます!」
笹夜「え!?」
店員「申し遅れました。私、RunDraw社の者です」
笹夜「まあ! こちらのピアノは電子ピアノなのでしょうか?」
店員「はい。グランドピアノの持つ良さを、アップライトピアノのようにコンパクトにまとめた新製品となります」
笹夜「確かに奥行きがとても短いのに、音色はとても奥行きがあります♪」
心桜「おっ! 笹夜先輩がシャレたっ!」
七夏「ここちゃー!」
時崎「・・・・・」
俺は、さっきの高月さんとの出来事が引っかかって三人の会話がぼんやりとしか届かない状態だった。
店員「こちらのピアノが、今までの電子ピアノと物理的に異なるのは、グランドピアノの発音や構造をシミュレートする物理演算を行っております『ピアノ・モデリング音源』を搭載しています」
笹夜「えっと・・・」
店員「従来の電子ピアノとは仕組みが異なるという事です。グランドピアノの持つ優雅さを、お手軽にリビングで楽しめます」
笹夜「よく分からないですけど、音が素敵なのはよく分かります♪」
心桜「おっ! 笹夜先輩が!」
七夏「ここちゃー!」
時崎「・・・・・」
店員「先ほどの演奏は、オリジナル曲とおっしゃってましたね?」
笹夜「え!? はい」
店員「私たち、RunDraw社ではオリジナルのピアノのデモ演奏曲をご提供くださるお方を募集いたしておりまして---」
笹夜「まあ!」
高月さんと店員さんは、ピアノの事でしばらく話し込んでいるようだが、その詳細までは分からない。俺はこの後、高月さんとどのように接すればよいかという事ばかりに意識を持ってゆかれていた。
心桜「お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「笹夜先輩、なんか長くなりそうだよ!?」
時崎「そ、そう・・・か」
心桜「ん!? お兄さん!? 大丈夫?」
時崎「え!? ああ、すまない。七夏ちゃんは!?」
心桜「あっち!」
天美さんが指差した先に七夏ちゃんが居た。休憩コーナーの椅子に座って本を読んでいるようだ。
時崎「小説を読んでいるのかな?」
心桜「ま、良くあることだね。お兄さんもここで突っ立ってないで、つっちゃーの所で待ってたら?」
時崎「そうするか。ありがとう。天美さん」
心桜「いやいや。お兄さん、ちょっと笹夜先輩の事で気になってる事があるんじゃないかな?」
時崎「!!! なっ! なんでそれを!?」
心桜「あはは! あれだけの事があって、その後のお兄さんを見てたらすぐ分かるって!」
時崎「・・・・・」
心桜「ま、少なくとも笹夜先輩は、お兄さんのこと嫌ってないと思うから元気だしなよ」
時崎「え!?」
天美さんは、一連の様子を見てここまで読んでいた。そして、天美さんが「高月さんは俺の事を嫌っている訳ではない」と話してくれた事に随分と救われた。
心桜「まあ、そのうち笹夜先輩が話してくれると思うよ」
時崎「ありがとう。天美さん」
七夏ちゃんと天美さんと俺は、しばらく休憩コーナーで高月さんを待つ。七夏ちゃんと天美さんは本を読んでいる為、特に会話は無かった。俺は高月さんの事と、さっき天美さんが話してくれた事が上手く馴染まないもどかしさが頭から離れない。しばらくすると、高月さんがこちらに駆けてきた。
笹夜「すみませんっ! 大変お待たせしました」
心桜「お疲れ様です!」
七夏「くすっ☆」
時崎「・・・・・」
心桜「んじゃ、軽くお茶でもしますか! 喫茶店は8階だってさ!」
七夏「はい☆」
天美さんに付いてゆく形で8階の喫茶店に向かった。そこでも普段どおりの七夏ちゃんや天美さんに対して、俺は何か引っかかっている感があって、高月さんも同じように思える。この引っ掛かりをなんとかしなければならない。
喫茶店で飲み物を頂いた後も、俺と高月さんは平行状態のままだ。このまま別れてしまうのはお互いによくないが、どうすればいい?
俺から「何でそんなに凄い勢いで手を引っ込めたの?」と訊くのは高月さんを傷つけてしまいかねない。天美さんは「高月さんから話してくれる」と話してくれたが、そのまま待っていていいのだろうか?
そのまま三人についてゆく形で1階まで降りた所で---
心桜「おっ! つっちゃー! セブンリーフのコーナーがあるっ!」
七夏「えっ!? わぁ☆ って、さっきも見ました☆」
心桜「あはは! んで、これどうする?」
七夏「あ! ヘッドホン用のアクセサリー☆」
心桜「イヤー最高!」
七夏「くすっ☆ 私、買ってみようかな☆ ここちゃーと一緒に楽しめます☆」
七夏ちゃんと天美さんは、セブンリーフのコーナーに惹き寄せられた。
高月さんが俺の方を見ている。今度は苦笑ではなく、その表情は堅い。
笹夜「と、時崎さん!」
時崎「え!?」
笹夜「その・・・すみません!」
時崎「!?」
笹夜「手を急に引っ込めてしまって」
時崎「!!!」
笹夜「私、自分の手が他の人よりも---」
俺は、ようやく分かった。高月さんが手にコンプレックスを持っている事。以前、高月さんにナンパしてきた男の人を、手の力だけで撃退していた事、俺と手が触れて反射的に手を引っ込めた事・・・。それは、高月さんの手の力、握力がとても強い事を意味しており、高月さんはとても気にしているという事だ。なんと答えるべきだろうか。
時崎「さっきのピアノ演奏、とても良かったよ!」
笹夜「え!?」
時崎「そんなピアノ演奏ができる高月さんの手・・・俺はとても魅力的に思うよ」
笹夜「・・・・・」
時崎「上手く言えないけど」
笹夜「・・・ありがとう・・・ございます」
時崎「!? 高月さん!?」
高月さんは、手を俺の方にそっと差し出してきた。俺はその手に両手で答える。高月さんの手はとても柔らかく、優しい手・・・そして、本当は力強さを持っている手であるという事が伝わってきた。
笹夜「・・・・・」
時崎「・・・ありがとう。高月さん!」
俺は、手をそっと離す。
笹夜「これからも、よろしくお願いいたします♪」
時崎「こちらこそ!」
七夏ちゃんと天美さんが、こちらに駆けてきた。
七夏「柚樹さん☆ 私、これ買いました☆ どうかな?」
時崎「セブンリーフか! よく似合ってると思うよ!」
七夏「くすっ☆ ありがとです♪」
セブンリーフのヘッドホンを耳元に合わせる七夏ちゃんは、とても可愛かったけど、今朝の事があって「可愛い」とは言えなかった。
心桜「んじゃ! これで解散としますかっ!」
笹夜「ええ♪ 今日はすみませんでした」
心桜「いえいえ! ありがとうございました!」
七夏「笹夜先輩! ありがとうございます☆ 花火大会、楽しみです♪」
笹夜「またお世話になります♪ 私も楽しみです♪」
七夏「はい☆」
心桜「んじゃ、ここでお兄さん!」
時崎「了解!」
俺は、楽しそうな三人を撮影した。
心桜「流石! 分かってるねっ!」
七夏「くすっ☆」
笹夜「それでは、失礼いたします」
高月さんは、最後に俺の方を見て会釈をしてくれた。俺もそれに応える形で会釈を返す。
心桜「お兄さん!」
時崎「え!?」
心桜「(笹夜先輩とは、いつもどおりになれたみたいだね!)
時崎「!!!」
七夏「???」
天美さんに小声で話しかけられて驚く。天美さんの観察力には驚かされるけど、今回はとても助けられた。
時崎「ありがとう。天美さん!」
心桜「え!? 何が!?」
時崎「いや、なんでもない!」
今日は色々な迷いがあった。俺は七夏ちゃんへ「可愛い」と言うべきかどうか。七夏ちゃんと天美さんは浴衣選び。そして、高月さんの手の事・・・。これからも迷う事はたくさんあると思うけど、迷う心も大切に受け止めて、未来へと繋いでゆきたいと思うのだった。
第三十幕 完
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次回予告
何も無い日常、それまで何も無いと思っていた事を意識すると、沢山の有る事に気付くものである。
次回、翠碧色の虹、第三十一幕
「日常の虹」
俺はこの街での日常を、日常だと思えるようになれるのだろうか?