真田十勇士
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巻ノ百四十五 落ちた先でその一
巻ノ百四十五 落ちた先で
船は揺れる、だが。
秀頼は全く平気でだ、こう言った。
「これが船の揺れだな」
「はい、ですが」
「うむ、酔うと聞いておったがな」
秀頼は幸村に応えて話した。
「余はこの通りじゃ」
「酔っておられませぬな」
「その様じゃな」
「どうも右大臣様は酔う体質ではない様です」
幸村は秀頼に応えた、見れば彼も十勇士そして大助も全く酔ってはいない。至って平気な顔をしている。
だがそれでもだ、幸村は秀頼に話した。
「我等は鍛えており船の旅もです」
「慣れておるのか」
「大助ははじめてでしたが」
「はい、それでもです」
大助も平然としていた、そのうえで己の父である幸村に応えた。
「それがしもです」
「船酔いはせぬな」
「そうした身体の様です」
「そうじゃな、これ位は何でもないか」
「それがしもまた」
「ならよい、船酔いは辛い者は船に乗っておられぬ程という」
実は幸村にも馴染みがないことだ、彼もまた船酔いというものはしたことがないからだ。これは十勇士全員がそうだ。
「しかしそうでないならな」
「よいことですか」
「そうじゃ、船は瀬戸内からじゃ」
幸村は今度は航路のことを話した。
「密かに九州の南を回ってな」
「肥後にまで行くのですな」
「うむ、博多を回ると遠回りになるししかも見付かる恐れがある」
「人の目にですな」
「そう加藤家のお歴々が話されておる」
この船に乗り動かしている彼等がというのだ。
「それでじゃ」
「九州を南に回り」
「そうして肥後に入るのじゃ」
「左様でありますな」
「ではな、肥後に入りな」
「落ち着いてからですな」
「頃合いを見て薩摩に移るとしよう。そしてな」
ここからだ、幸村は目を真剣なものにさせて大助と控えている十勇士達に話した。
「わかるな」
「はい、再びですな」
「戦をしようぞ」
「我等の戦を」
「是非な」
「そうか、お主達はその考えか」
秀頼は幸村と大助の話を聞いて言った。
「戦は終わったが」
「はい、武家の意地として」
「その為にじゃな」
「再び戦を挑もうと考えております」
「真田の意地か」
「そうです、その意地を以て」
武士そして真田の者のそれとしてというのだ。
「再びです」
「あの方と戦うか」
「そしてこの度はです」
「勝つか」
「そうしてきます」
「そうか、もう余は天下も戦もよい」
秀頼は己の運命を受け入れていた、失う筈の命が多くの者に助けられそれでほっとしていてそれで言うのだった。
「だからな」
「右大臣様はですな」
「何も言わぬ、お主達がそうしたいならな」
「そうしてよいと」
「好きな様にせよ」
こう幸村に言った。
「余はもう一介の浪人として生きる」
「天下も位もですな」
「何もいらぬ」
欲、それも一切捨て去った言葉だった。
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