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銀河英雄伝説~生まれ変わりのアレス~

作者:鳥永隆史
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閑話 それぞれ2


 ドワイト・グリーンヒル中将。

 分厚い雲が恒星を隠し、濁った色をしていた。
 年も終わりを迎え、冷たい風が体をさしている。
 年末ともなれば人の姿は少ない。
 ましてや都市から離れた場所になれば、なおさらであろう。
 郊外の墓地、そこに二人の姿がある。

 暑いコートを着た男性と女性。
 一人は金色の髪を持った美しい女性だ。普段であれば晴れやかな表情も今は厳しい寒さのせいか、天候の様に曇って見えた。
 そして、隣を歩くのは一回り背の高い初老の男であった。
 元々は隣の女性と同色であったのだろうが、今は色彩をなくして白いものとなっている。

 だがしわが刻まれてもなお、過去には端正な顔立ちであったのだろう面影をいまだに残している。
 シンプルながら高級な革製の手袋をはめた手に持つのは、白い花束。
 黙ったままで歩けば、枯れた芝生を踏みしめる音だけが響いていた。
 ドワイト・グリーンヒル、フレデリカ・グリーンヒルだ。
 今や同盟軍に所属する二人の親子は、ただ黙って墓地の中を歩いていく。
 やがて、目的地が近づいたのだろう。

 二人は黙って近づけば、まずドワイト・グリーンヒルが花束を置いた。
 黙祷が行われる。
 目の前に書かれた墓石の名前は、フレデリカの母であり、ドワイトの妻のものであった。
 以前はもう少し頻繁に来ることができたのだが、ドワイト自身も昇進するにつれて忙しくなり、そしてフレデリカについては昨年から同盟軍の士官学校の候補生となった。
 こうして二人してくることができるのは、今では夏か年末の長期休暇に限られていた。
 寂しい思いをさせているか。

 そう心の中で問いかけたが、彼の妻が彼を責めたことはわずかしかなかった。
 最後は娘の士官学校の入学に反対した時だっただろうか。
 覚えている限りでは彼女自身のことで、彼を責めたことは一度もなかった。
 家にいるよりも宇宙にいるほうが長く、決してできた夫でも父でもなかっただろう。

 何せ妻が倒れた時も、彼は宇宙にいたのだから。
 だが、そんな後悔を口に出せば。


「あなたは誰よりも素晴らしい夫でした。そんな夫を責めることは誰にも許しません」


 と怒られたものだ。
 後悔すらもさせてくれないというのは、ある意味で最も厳しい罰だなと思ったものだ。
 私には出来すぎた妻だった。
 そう噛み締めるように呟き、瞳を開ければ、同様にヘイゼル色の瞳が墓石を見ていた。

 美しい少女だ。
 まだ子供っぽいところは残っているが、次第に妻に似てきたなと思う。
 一度決めたら曲げないところも、妻にそっくりだ。
 最も、彼の妻からは私に似たのだと即座に返されたのだが。

 フレデリカの瞳がこちらを見た。
 一度、頷いて返せば、二人は同時に踵を返した。
 この場所は寒すぎる。
 そして、長くいれば、ずっといたくなる。

 静かな帰り道は、再び枯れた芝を踏みしめる音が鳴った。
 しばらく歩いて、やがてドワイト・グリーンヒルは重い口を開いた。
「学校はどうだ」
「うん、厳しいけれど、楽しいわ。戦術シミュレートは残念だったけど」
「ああ。あの集団シミュレート訓練か」

 過去にグリーンヒルも教頭をした経験があったが、その当時は大会などといったものはなかった。
近年になってシドニー・シトレ大将が校長時代に取り入れたものだと聞いている。
 イベント好きなお方らしいことではあったが、
「楽しむのは結構だが、シミュレート訓練の本来の目的を忘れてはだめだ。シミュレートで勝ったところで、本番で勝てなければ意味がないのだからな」

「ええ、わかっているわ、父様。でも、私も本戦の場所にいたいと思った。みんな凄かったんだから。父様も一度見に来ればわかると思うわ」
 いささか興奮したように話すフレデリカに、ドワイトは若干の戸惑いを覚える。
 子供のガス抜き程度に考えていたのは、間違っていたのだろうか。
 だが、それよりも娘が楽しそうなことの方が嬉しかった。
 仲間に恵まれたことは良いことだ。
「友人はできたのか?」

「ええ。前にも話したことあると思うけど、凄い友達よ」
「フレデリカの話は、少し大げさすぎるからな。話半分に聞いておかないと」
「そんなことないわ」
「そういう事にしておこう」

 頬を膨らませた姿に、小さく笑った。
 息が白い。
「寒くなって来たな、今夜は暖かいものでも食べに行こうか」
「あら。せっかく一緒なのだから、ご飯くらい作るわよ」

「フレデリカ。私は暖かいものが食べたいな」
 首をかしげるフレデリカに、もう一度強く言って、ドワイトは歩き出した。
 平和な光景だった。
 願わくは――それが続くように。
 そのためにドワイト・グリーンヒルは危険なイゼルローンへと立ち向かうのだ。

 軍人である以上、娘もまたいつかは危険な場所に向かうのだろう。
 だが、あと数年であるが、平和な環境にいてくれることに、ほっとしている。
 果たして、そのことを妻は許してくれるだろうか。
 隣でうつむく顔が、上がった。
「アツアツのグラタンって、パンにはさめるかしら」

 そうではない。

 + + +

 アレックス・キャゼルヌ大佐。

 間接照明が光る薄暗い店内。
 色づいた木の壁が、年を経たことを現していた。
 丸いテーブルとソファ付きの四角いテーブルが、やや広めに配置されており、重厚な木製のカウンターの向こうには、何種類もの酒瓶が並んで、自己主張をしている。
 落ち着いた雰囲気の店内から流れるのは、はるか昔に流行した音楽だ。
 柔らかな音と落ち着いた雰囲気。
 人気店なのだろう、店内はほぼ満席の状態であった。

 カウンターで一人の男が、ちびちびとグラスを傾けている。
 溶けた氷が浮かぶグラスに入る琥珀の液体は、すでに半分以上がなくなっている。
 手に持ったグラスを回す視線は、優しいものだ。
 思慮深く、落ち着いた雰囲気を伴わせている。
「おかわりは」

「もうしばらく待とう」
 かけられた声に、小さく断りを入れ、隣の席を見た。
 ほぼ満席のカウンター席に、一つだけ空いた空白の席。
 一瞥すれば、扉が開く柔らかな鈴の音が聞こえる。
 振り返り、男性――アレックス・キャゼルヌは、小さく片手をあげた。
「ヤン。こっちだ」

 周囲に視線を這わせたヤン・ウェンリーが、キャゼルヌに気づいて、近づいた。
「すまない。ブランデーを二つ」
「ダブルでお願いします」
「かしこまりました」
 注文を受けた店員が立ち去り、入れ替わるようにヤン・ウェンリーがキャゼルヌの隣に腰を下ろした。

「お待たせしました、先輩」
「いいさ。仕事が忙しかったのだろう。大変そうだな」
「なかなか人が多いと、決まりませんね。船頭多くして――昔の人は良いことを言いました」
「おいおい。作戦開始前から失敗した例を口にしてどうする」
 呆れたようにキャゼルヌは笑い、残っていたブランデーを飲み干した。

「だが、ワイドボーンがいるんだと大変だろう」
「いえ。むしろ助かっています。キャゼルヌ先輩が知っているころの彼とは違いますよ」
「何だ。補給のことを考えずに、俺がいれば何とかなると今でも言っていると思ったが」
「それは、今も言っていますけどね」

「変わってないじゃないか」
「根本というのは。けれど、それをなすために何が必要か考えて、それを実行する力が彼にはある。みんなが天才と言っている理由もわかります」
「随分と褒めるじゃないか」

「変わりましたからね。今の彼とは戦術シミュレーターでも戦いたくはないですね。キャゼルヌ先輩こそ忙しいのではないですか?」
「まあな。この年度末に返すはずだった予算を急遽使うことになってな。いま担当は大忙しさ。今夜も徹夜だろう」
「よろしいのですか。先輩は飲んでいても」
「今日くらいは飲んでもいいだろう。それに。本来ならば、もっと早くに進められた仕事だ。最初から余った予算を返す前提で考えていたツケだ。ただ仕事をするだけで、何が必要なのかを考えていない。だから、こういう事になる。一度断られても、予算の理由付けと必要性をもって上に説明に来た装備企画課の少佐を見習ってもらいたいものだ」

「先輩が褒めるのは珍しいですね」
「それくらい馬鹿が多いということだ。嘆かわしいことだが。最も一番の間抜けはそれに気づかなかった俺だがね」
 店員がブランデーを二つ、二人の前に置いた。
 同時にヤンの前には、つまみのピーナッツが置かれる。
 多いグラスをヤンが手にして、キャゼルヌが手にしたグラスを、あげた。
「乾杯」

 どちらともなく、二人は声に出して、グラスに口をつける。
 キャゼルヌはため息混じりに息を吐いた。
「そう考えると、セレブレッゼ少将はさすがだな。今回の件といい、装甲車の改修の件といい、見事なものだ。下までよく見ていられるということだろう。忙しさを理由にして、甘えていたということだろうね、私自身も」
「単に……下が優秀だったのかもしれませんよ」
「部下が馬鹿でも優秀でも、全ては上の責任だよ、ヤン少佐。これは覚えておくといい」

「覚えておきますよ」
 ヤンが小さく笑って、グラスを傾けた。
「お子さんはお元気ですか」
「ああ、元気すぎて困るくらいさ。最近ようやく歩けるようになったからな、行動範囲も倍になった」
「大変そうですね」

「何他人事みたいに話しているんだ、ヤン。お前だってすぐにそうなるぞ」
「私はいいですよ。それに、作戦司令部にはいい人もいませんし」
「待っていても、シャルロットはお前にはやらんぞ、ヤン」
「例えシャーリー・ローレンスだったとしても、先輩をお父さんと呼ぶのはごめんです」
 ヤンが最近売れている映画女優の名前をあげて、断った。

 そのことに、キャゼルヌがむっとして、ブランデーをあおる。
 とんと音を立てて、カウンターにグラスが置かれた。
「シャーリー・ローレンスに負けるというのか」
「どうして、そこから離れないのですか」
「ふん。お前も子供を持ったら、家庭の温かさがわかるさ」
「私は子供以前の問題ですね」

「自信を持っていう事じゃないな」
 キャゼルヌは苦笑して、笑った。

 + + + 

 アドリアン・ルビンスキー自治領主

「その件は了解している。君らも、そしてあちら側も問題がないのであれば、いいことだ。むしろ、早く手を引いてよかったとも言える。長引けばもっとダメージも大きかっただろう」
「申し訳ございません」
 と、テレビの前で眼鏡をかけた青年が深く頭を下げた。

 まだ若い。年齢も三十手前の青年であろう。
 眼鏡をかけた切れ長の瞳が画面の奥からルビンスキーを見ている。
「それに報告書は読ませてもらった」
 そう語るのは禿頭の男だ。
 こちらも若い。といっても、禿頭の男――アドリアン・ルビンスキーの年齢は四十を超えている。だが、わずか四十代で帝国と同盟に次ぐフェザーンで、自治領主を務めている。

 こちらをとらえる視線をまっすぐに受けたままで、ルビンスキーは言葉を続けた。
「この件については、そちらには何らの手落ちもない。むしろ同盟軍の方が馬鹿だったというわけだ。腐敗は歓迎ではあるが、腐敗に慣れて危機感がなくなるというのも考えものだな。他山の石として、アーク社の方でも腐敗に慣れてミスをすることのないように気をつけてくれれば、それでいい。だが」
 続く言葉を言って、ルビンスキーは机上に置かれたタブレットに視線を這わせた。

 今回の件についての、詳細な報告書―-そのデータだ。
 何度か読み直したとしても、ルビンスキーの結論は契約書自体には不備は見当たらないということだ。むしろ、向こうの意見はともすれば、言いがかりにも近いものだ。
 だが、実際に担当する者にとっては言いがかりであったとしても、契約書に書かれている点をつきつけられれば、戸惑うのも無理はない。その戸惑った精神状態で無理やり反論すれば、当然その場しのぎに近くなる。

 その点を実に上手く敵はついてきている。
 おそらくは装備計画課の不正がなかったとしても、何だかんだとアース社が大きな負担を負うことになっていただろう。
 結局、契約書自体に問題はない。
 だが、契約書から派生する交渉が実に上手い。
 こうして客観的に見ているからわかることもあるが、その場にいたら理解ができたか。
 最もルビンスキー自身であれば、まず考える時間を作り出すことにしただろうが。
「見事な交渉の手際だな。軍人よりも企業人に向いている」

「小僧だと油断いたしました。最初から私が出向いていれば」
「何とかなったかもしれんが、何ともならなかったかもしれないな」
「私が信じられませんか」
「信じるか。何度も口に出したことはあるが、誰かを信じたことなど一度もないな。君はあるのかね?」

「愚問でした、失礼を」
「かまわない。それに敵を過小評価するよりも、過大評価をしておいた方がいい。たかだか中尉――いや、今度は大尉になるのだったか――どちらにしろと厄介な相手だとね」
「……いかがいたしましょう」
「ん、取り込むという事か」
「ええ、役には立ってくれそうです。だめならば、消すだけです」

 男の言葉に、しばらくルビンスキーは黙った。
 瞳だけがモニターの前の男をとらえている。
 何度か指が机を打った後。
「やめておこう。拙速に動いて何とかなるような相手ではなさそうだ。それに一度失敗しているのだろう」

「あれは邪魔が入ったからです。邪魔が入らなければ、こちらの計画通りになっていたでしょう」
「そうだろうかね」
 ルビンスキーは青年の言葉を遮るようにして、反論の言葉を出す。
「その点も報告を読んだが。むしろ相手の手の内であった気がするね」
「どういうことでしょう」
「喧嘩をさせて、しばらく仕事をさせないということだったが、喧嘩にならなかったらどうにもならないだろう」

「警官隊が来る前に全員やられると」
「軍隊と付き合って君まで馬鹿になったのかね。何も暴力だけが、事態を解決する手段ではないだろう。相手次第では階級や権力を盾にして喧嘩を止めることだってできるかもしれないし、あるいは警官隊が来るまで時間をつぶすことだってできる。または、その場で謝る――まあ、土下座でもされたら、いかに喧嘩っ早い馬鹿な軍人でも困るだろう」

「女連れでそんな無様な真似ができますか」
「報告書だけでしかみていないが、見る限り、いくら無様だろうと必要であればやるだろう。頭を下げるのは無料だからな。君は染まりすぎて、フェザーンの流儀まで忘れたのかね」
 モニターの前で男は言葉を失ったようだ。
「この件でもこちらは何も手に入れられなかったが、あちらは実にいろいろな情報を手に入れている。まず、装甲車の件の裏に何かがあるという確信を持たせただろうし。それに、そちらの暗部の一人を見られている」

「まさか。それだけで」
「ここまでの報告書を見る限り、確実にこいつは暗部の顔を見て、今頃は調べてもいるだろう。しばらくハイネセンから外して、オーディンにでもやった方がいいだろうな。できるなら担当していた仕事についても取りやめや計画の変更を考えた方がいい」
「それはいささか、過大評価ではございませんか」
「過小評価で装甲車を負担させられたことを忘れては困るな。今回は問題ないといったが、次があれば間違いなく、君の責任だぞ」

 強くそう言って、ルビンスキーはモニターのスイッチを消した。
 黒くなった画面で、禿頭の男が不満そうにモニターを睨んでいた。


 
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