綾波さんは語りたい
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第壱話:綾波さんは揉まれたい
第壱話:綾波さんは揉まれたい(転)
0900。出撃前ブリーフィング開始。指揮官室の中には、秘書官であるベルファストの他に12名の艦娘がいる。いずれも劣らぬ綺羅星の如き美少女たちであり、それがさほど広くもない部屋に一堂に会するとそれは実に壮観である。
しかし、彼女らは何かのショーを開くために呼び出された訳ではなく、女子会を開くために集まったわけでもない。彼女らは今から戦場に赴くのだ。そう考えると、実に酷
い話だと思う。可憐な彼女らをその美貌を活かすことなどできない戦場に放り込もうとしているのだから。そう考えると、指揮官というものは実に因果な仕事だとケイトは思う。
「ふふん! 下僕、この私が時間通り来てあげたのだからもう少し嬉しそうな顔をしなさいよ!」
ケイトの方を指差してふんぞり返る、この部屋の中でも特に幼い外見の彼女は、クィーン・エリザベス。金色の髪の上に戴く王冠の示すとおり、ロイヤル王室に列なる由緒正しい艦娘である。
「陛下。時間通り集合するのは及第点以下のことです。5分前行動ができていないのですから、むしろ減点事項であります」
そんな彼女にベルファストが冷ややかな口調で言う。彼女もまたロイヤル陣営に属する艦娘であるはずなのでエリザベスは主君筋に当たり、以前は相当かわいがっていたのだが、最近はなぜか彼女への当たりが強い。
「後、我等が仕える指揮官を下僕呼ばわりするのは感心できません、と何度申せば分かるのですか? これはもう一度矯正が必要でしょうか?」
「ひぃ!」
ベルファストの静かな怒りの篭った声に、エリザベスは隣にいる少女の後ろに隠れる。エリザベスによく似た、獣耳のような癖毛が特徴の彼女はウォースパイト。エリザベスの妹艦であり、主君を守る騎士でもある彼女は、
「…ベル。お手柔らかにね?」
そう言って、ひょいとエリザベスを両手で抱えベルファストの前に置く。普段、エリザベスの身を第一に考える彼女も、今回の言い分はベルファストの方に理があると考えたようだ。
「うぉーすぱいとぉ〜!?」
騎士から見捨てられた可哀想な女王様が、救いを求めてケイトの方を見る。あまりに哀れな様子にケイトは苦笑して救いの手を差し伸べる。
「ベル、ウォースパイト。陛下の下僕呼ばわりは愛情表現だ。許可しているから気にしないでくれ」
「べ、別に愛情表現とか…そんな…ち、が、(わないけど…)」
「違うのですか、陛下? なら、許可しかねますので…ベル?」
「あ、愛情表現よ! そ、そうに決まってるじゃない!!」
ケイトの言葉に顔色をころころと変えながらエリザベスは言う。もう思わずドSに目覚めてしまうほどに可愛らしい。この女王様はツンデレぶっているくせに、隙だらけでしかも妙にヘタレであるところからついついいぢめてしまいたくなるのだ。
「ふふ。陛下の愛情表現は実に愛らしいことですね。優雅とは少々言い難い気もしますが」
そんな様子を後ろから我関せずで優雅に眺めていた瀟洒な装いの淑女はフッド。ベルファストと並んでロイヤルネイビー最強の艦と称される彼女は、マイティフッドとも呼ばれる。ケイトの艦隊のベルファストや綾波とはまた少し毛色の違うエースである彼女は、どのような時も優雅な態度を崩さない。時折、腹黒い部分が見え隠れするのはきっと気のせいだ。
「あ、愛情表現なんですか? う、うち恥ずかしい…」
その隣でケイトとフッドとエリザベスを見比べてもじもじしているのはシグニット。いつも恥ずかしがりやで控えめな彼女は、それでもロイヤル前衛屈指の強豪艦であり、同時に大人顔負けのプロポーションを誇る美少女でもある。
「愛情表現ですかー。陛下も指揮官が好きなんですねー? ジャベリンも指揮官のことが大好き、です!」
そう言ってはしゃぐ少女はジャベリン。光の当たり具合によって、青く輝く髪をポニーテールにまとめた彼女は、ロイヤルの駆逐艦の中でも最強と目される存在であり、目下綾波とスコアー稼ぎのライバルである。そんな彼女はあまり意味が分かってなさそうに無邪気な様子で言う。
「ジャベリンちゃんの大好きと、陛下の愛情はちょっと質が違うんじゃないかな…?」
そう控えめに言うのは、フォーチュン。グレーでウェーブのかかった長髪の彼女はとても大人しく、自己主張は控えめである。それでも、言いたいことはしっかり言う辺りに芯の強さがうかがえる。
「ふふん! ロイヤル陣営は賑やかで良いな! しかし、この高貴なる雪風様と比べると優雅さが足りないな。そう、私こそ高貴で幸運で無敵の! 雪風・エイト・陽炎・ザジェネ…なんなのよこれ!言いづらい!!? …ええと、アリゾナさんももう落ち着いたよね?」
「はい…ありがとうございます、雪風さん…私の長話に付き合っていただいて…」
そう言うのは先ほどドックに取り残された二人、雪風とアリゾナであった。テンションの差が天と地程度に離れているが、今日のところは同じ第一艦隊所属である。同じ艦隊所属の綾波とサラトガとサンディエゴは尊敬の眼差しで雪風を見る。彼女はアリゾナの長い長い鬱トークに全く毒されることなく、凄まじく高いテンションを保っている。これは平素より自己のキャラクターに見合う努力をしている証拠であり、他の模範とするに値する偉業であると思えた。同時に、あまり真似したくないな、とも思ったがそれは内緒である。
「さて。俺としては、姦しいみんなのトークを聞いていたいが、光陰は矢が通り過ぎるかの如し、だ。ベル、作戦の説明を頼む」
「はっ! では、僭越ながらベルファストが、作戦の概要を読み上げさせて頂きます」
ケイトの言葉に応じてベルファストが言う。読み上げる、と言いながら彼女はメモさえ持っていない。できる彼女はあの程度の内容など、すでに頭に入っているのだ。
「以下敬称略で読み上げます。第一艦隊。サンディエゴ、雪風、綾波、明石、サラトガ、アリゾナ。貴艦達には敵陣の掃討を命じます。旗艦、サラトガ。復唱」
「はい! サラトガ以下6名、指揮官の命を受け、対象海域の敵陣の掃討にかかります!」
ベルファストの伝達に、サラトガはとても綺麗なユニオン海軍式敬礼を行い、厳格な口調で命令を復唱する。答礼を返して、ケイトは内心でいつものように感動する。普段は悪ふざけもするが、こと厳格な場においてのサラトガの礼儀作法は完璧で非の打ち所がない。服装にも塵や乱れのひとつなく、ビシッと決めている。この辺りは流石歴戦の古参艦の面目躍如だ。エンタープライズでさえかなわない。その絶対的な様式美に感動しない軍人はいないだろう。
「第二艦隊、シグニット、フォーチュン、ジャベリン、ウォースパイト、フッド、クィーン・エリザベス。貴艦達には敵中枢の殲滅を命じます。旗艦、フッド。復唱」
「かしこまりました。フッド以下6名。必ずや指揮官の望む以上の戦果を挙げて帰還します。ロイヤルネイビーの栄光と名声に誓って」
第二艦隊のフッドは、伝達にこれもまた優雅なロイヤル海軍式敬礼を行い、我流の混じった口調で復唱する。優雅でありながら破天荒なその態度は、自身の自信と実力に物を言わせるものだった。この辺りは実にロイヤルらしい、と返礼するケイトは思う。サラトガのような様式美はないが、これはこれで悪くはない。
「作戦内容は至ってシンプルです。第一艦隊が、敵陣の艦隊の多数を撃破し、炙り出された敵中枢艦隊に、第二艦隊が突撃を仕掛ける、というものです」
ベルファストの読み上げた作戦内容は実にシンプルなものだが、それ故に理解しやすいものである。現に、サラトガやフッドは言うに及ばず、サンディエゴや幼いフォーチュンでさえ頷くほどだ。
「第一艦隊の戦術は以下の通り。まず、トップのサンディエゴ様が対空防御に勤め、アリゾナ様はそれを守るべく支援砲撃。陽炎様とお嬢様の魚雷で敵の大半を粉砕し、装填の隙はシスターサラの支援砲撃と航空攻撃によって補います。質問はございますか?」
「はい」
ベルファストの言葉に、サラトガが即座に手を挙げる。こと任務において、彼女は非常に厳格で、疑問があれば遠慮なく質問してくる。特に自身と僚艦の生存に関してはかなりうるさい。それは、彼女が戦果を挙げるよりも、まず生存を第一とする、という性格をしているからであろう。それは兵としては何よりも重要な心構えであった。戦場において、最悪の兵は死んだ兵なのだ。
「指揮官、この編成だと自爆ボートへの対策が足りてないと思う。前衛の砲火力が足りない。頑丈な私やアリゾナちゃんは大丈夫だけど、明石ちゃんは危ない。この点に関してはどう?」
サラトガは実に真面目な表情で尋ねる。味方の生存に敏感なサラトガの指摘はもっともな事で、実はケイトもその点には頭を痛めていた。だが、一応の答えはある。
「大丈夫だ、サラトガ。…サンディエゴ、お前の身体は頑丈だな?」
「うん! 私、風邪を引いたことはないよー!」
ケイトの問いにサンディエゴは元気に答える。艦娘は元々風邪を引かないだろ、というツッコミは心に留めておく事にした。
「そして、お前にはバルジと応急修理装置を搭載している。…後は分かるな?」
「え? ええと…つまりそれって、身体で止めろってこと…?」
指揮官の命令を理解したサンディエゴが蒼褪める。サンディエゴの船体は軽巡洋艦としては頑丈だが、全体としては中の中程度だ。いくら防御設備のバルジと応急修理装置を装備していたとしても限度がある。
「ああ。見せてやれ! …お前のコメット・ヘッド・スマッシュをな!」
「それ、私じゃなくてグロっちの必殺技だよ!?」
ケイトの力強い宣言にサンディエゴは救いを求めて僚艦を見渡す。だが…
「う、うむ。流石、サンディエゴ! バトルスター数ユニオン第2位は伊達ではないな! 一番槍は任せるのだ! はっはっは!!」
「だ、大丈夫です。可能な限り、援護しますから…」
「壊れたら修理するにゃ。大丈夫にゃ…多分」
雪風、アリゾナ、明石からはそんな生暖かい言葉が寄せられた。
「サラっち〜!? あやっち〜!?」
当てにならない僚艦達の言葉に、サンディエゴは心の友である二人に、涙目で訴える。
「流石、ディエゴ教の御神体! 今日も身体を張って、私達を守護してくださる。ありがたや〜」
「実にありがたいのです。南無金坷垃偏照金剛…」
「その変な呪文、何〜!?」
サラトガと綾波の突き放すような言葉に、悲鳴をあげるサンディエゴ。とりあえず、最大の問題の解決には及第点が貰えた様だ、とケイトは胸を撫で下ろす。万一、サンディエゴの身に本当に危険が及ぶ作戦ならば、サラトガは真剣に抗議しただろうからだ。実際、サンディエゴの防御は可能な限り施しており、綾波と陽炎の殲滅力と、アリゾナと明石の支援能力があれば、サンディエゴが沈むようなことはないはずだ。
「他に質問は御座いますか?」
涙目で途方にくれるサンディエゴを総員で速やかにスルーし、ベルファストは質疑応答を続ける。
「はい! はい!」
次はクィーン・エリザベスが小さく跳ねながら手を挙げる。質問の内容は分かっていたが、
「では、陛下。御質問に謹んで答えますので、どうぞ?」
とベルファストは慇懃な口調の中に、少し面倒くさそうな色を交えて指名する。そして、無邪気な女王はそれに気づかず、遠慮なく問いをぶつける。
「何で私が旗艦じゃないの!? 私こそはロイヤルの…!」
「式典でふさわしい振る舞いができない、と見込んでのことです。たとえ内々の儀礼であれど、シスターサラと比べて無様な振る舞いをすれば、今度は折檻どころでは済まされないと言う事はご存知でしたか?」
何も考えない女王の言葉に、ベルファストは怒りを噛み殺した口調で言う。実際、これより一つ前のブリーフィングと出陣式で、エリザベスは見事にやらかしてしまった。ユニオン首脳陣の前で。一方のサラトガがあまりにも完全無欠の振る舞いをしたからとても目立ってしまった。ロイヤルの恥を晒したエリザベスには、漏れなくベルファストとフッドから折檻が行われ、以後陛下がしっかりするまでは旗艦にはつけまい、とケイトは後悔したものだ。ケイトだって、何もエリザベスやロイヤル陣営に恥をかかせたかったわけではないのだ。同時に物凄く上がってしまったハードルに同情する。式典時のサラトガと同等の態度など、誰もできない。フッドのあれは本人の実績でなんとか可となっている程度のものなのだ。ベルファストなら辛うじて同等の振る舞いができるだろうが、彼女は軽巡洋艦であるが故に旗艦にはなれない。ウォースパイトも考えられるが、主君であり、姉艦であるエリザベスを差し置いての抜擢はどうかと思う。
「さて、他に質問は?」
自身の言葉に完全粉砕された女王様を置いておいて、ベルファストは質問を続ける。
「はい」
そう言って手を挙げたのは綾波であった。その表情にはある種の覚悟がある。それを見て取ったケイトは背筋をぞくっとさせ、ベルファストは嬉しそうに微笑んだ。
「これは質問ではなく提案なのですが… ベル、我が艦隊は必死で戦い続けてきましたが、今までボーナスというものを貰った事がないのです。違いますか?」
「はい、お嬢様。仰る様に、ボーナスといった特別手当が出た試しはありません」
綾波の問いにベルファストは間伐を入れずに答える。何というか、自分がけち臭い司令官のような気がして、ケイトは言葉を詰まらせた。確かに、今まで特別に功労に報いたことはなかった気がする。
「よって、今後一定の目的を果たした者に相応の報酬を用意することを提案いたしますのです。そうすれば、士気はますます上がるはずなのです」
「ああ。そうだね…」
綾波の提案にケイトは乾いた笑いを浮かべて言う。綾波の言いたいことは分かるし、実践したいことではある。しかし、正直金がない。何をするにおいても、先立つものは必要だ。艦娘の建造、装備と施設の拡充。それらを何とかするだけで手一杯でとてもボーナスに回す金がない。
「指揮官。綾波にはお金なんていらないのです。ただ…」
ケイトの表情を見た綾波は即座にその意を察して言う。第一、金云々を言う艦娘は少数派だ。ご褒美に欲しいものはそんなものではないのだ。綾波は意を決して力強く言う。サラトガが授けてくれた策を。
「この戦い、綾波は全てで一位を取るのです! そうしたら、綾波を揉んで欲しいのです! そう! 指揮官が、一番好きな所を!」
ぐはあ! あんまりな発言にケイトは助けを求めて、ベルファストを見る。だが、ベルファストは無慈悲に宣言する。
「はい。承認します。お金もかからないですし、それでお嬢様の戦意が上がって敵を効率的に殲滅できれば、これ以上のことはありません。御主人様、異論は御座いませんね?」
「あ、ああ…」
ベルファストの向けてくる水を、ケイトは飲まざるを得ない。本気になった綾波の力は誰もが知っている。単艦で敵陣を滅ぼすなど日常茶飯事で、演習で対等以上の相手に一発逆転をやってのけることもままある。彼女の戦意を上げることは戦術上有効であることは火を見るより明らかだ。しかし、あまりにあまりな内容であるため、ケイトは難色を示す。だが、戦術、戦略上何の問題もない以上文句は言えない。
「お待ちください、指揮官様。それは綾波さんだけの意見を取り入れては不公平です」
綾波の言葉に、案の定反応してくるものがあった。真っ先がフッドというのは意外ではあったが。
「ここは一定以上の戦果を挙げた者の望みを指揮官が叶える、ということでどうでしょうか? 勿論、指揮官個人の経済力と政治力と身体的能力の範囲内で、無理がない程度に。如何でしょうか?」
「素晴らしい案です、フッド様! ぜひ採用致しましょう!」
「こら! ベル、フッド! 勝手に話を進めるな!」
指揮官を無視して、目を輝かせ、勝手に話を進めるロイヤル艦二人にケイトは文句を垂れるがそれは当然のように聞き入れられることはなく、
「上等ね。このウォースパイト、指揮官の敵は絶対に見逃さない!」
ウォースパイトが気合の声を上げる。あまりの闘志に、気の弱い相手なら近づくだけで卒倒しかねない勢いだ。更に…
「…そういうことなら、フォルトナも頑張ります。指揮官様との運命のために…!」
普段大人しいフォーチュンまでがそんなことを言う。確かにフッドの策は大当たりのようだ。しかし、みんなが功を焦っては身の危険が大きすぎるのではないか、とフッドに抗議しようとしたが…
「御安心ください。このマイティ・フッド。指揮官様に勝利の栄光を捧げて見せます。シスターサラも綾波さんも寄付けませんよ?」
「上等なのです、フッドさん。鬼神の力思い知らせるのです」
フッドも綾波も牙を剥いて、争う気満々だ。もう手の付けようがない。終いには、
「御主人様。今すぐどちらかの艦隊にこのベルファストを。主要な業務は終わっております故、秘書官はやる気のないディエゴ様か、シグニットにさせておけばいいと思います。このベルファストは無敵です。誰の変わりでも成し遂げ、どのような敵でも台所の汚れよりも簡単に粉砕して見せます!」
ベルファストまでもが闘争心満々でそう言う有様となった。
「モテる男はつらいね、指揮官?」
「言うな、サラトガ」
慰めに来たサラトガに、ケイトは思わず呟いた。
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