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真田十勇士

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巻ノ百四十二 幸村の首その五

「馬印はどうなった」
「馬印ですか」
「あれですか」
「今は立っておりますが」
「途中どうなっておった」
 己の傍に今は立っている馬印を見つつの問いだった。
「一体。持っておる者が違っておるが」
「先程の戦の中で死んでいます」
 そうなっていたとだ、今持っている者が答えた。
「そしてそれがしが慌てて大久保殿から受け取りました」
「お主が受け取ったのか」
「はい」
 大久保は家康に実直な声で答えた。
「途中受け取りました」
「受け取ったのか」
「最初持っていた者から」
「まことに受け取ったのか」
 家康は大久保に怪訝な顔になって問うた、今度は彼に問うたのだった。
「そうなのか」
「それが何か」
「倒れている旗を取ってではないのか」
「天下人の馬印が倒れる筈がありませぬ」
 大久保は家康にこれまでよりも強い声で答えた。
「決して」
「倒れてはおらぬのじゃな」
「左様であります」
「それを知る者は」
 家康は大久保だけでなく周りの者にも問うた、だが一人もだった。
 答えられなかった、実は激しく攻められ誰も馬印どころではなかったのだ。伊賀者達も家康を護るのに必死で馬印どころではなかった。
 それで一人も答えられなかった、それで言うのだった。
「おらぬか」
「それがしが知っております」
 また言った大久保だった。
「馬印が倒れなかったことは」
「お主はそう言うが」
「天下人の馬印は倒れぬもの」
 大久保はあくまで言うのだった。
「決して、ですから」
「それでか」
「はい、馬印はです」
「倒れておらぬか」
「そうであります」
「わかった」
 大久保の言葉をとだ、家康は彼に述べた。
「馬印は倒れておらぬ」
「左様でありまする」
「断じてな」
 家康も大久保の言葉の通りとした、真実は知らないがここは大久保のその言葉を事実としたのだった。
 そしてだ、家康はあらためて言った。
「ではこれより退く敵軍を攻めよ」
「はい、それではですな」
「全軍で、ですな」
「逃げる敵を追い」
「討ちますな」
「そうせよ、特に狙うのはな」
 誰かは言うまでもなかった、それは。
「真田源次郎、あの者の首を狙うのじゃ」
「わかり申した、それでは」
「真田殿の首必ず取ります」
「そうしてきます」
「このことを全ての者に伝えよ」
 幕府方のというのだ、こう言ってだった。
 家康は大坂方の軍勢を攻めさせた、その時に特に幸村の軍勢を攻めさせた。その中でまずはだった。
 家康の孫松平忠直の話が彼の本陣にまで来た。
「何と、それはまことか」
「はい、越前様はです」
「昨日の大酒の失態を挽回されんとです」
「今果敢に攻められています」
「真田殿の軍勢を」
「ふむ、昨日はわしも大酒で戦に加わらなかった失態に怒って今日の攻めには加わるなと言ったが」
 それでもとだ、家康は述べた。 
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