ドリトル先生と和歌山の海と山
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第十一幕その四
「木の香りもしてね」
「そうしてね」
「普通にだよね」
「木の声を感じる」
「そんな風に思えるよね」
「そうだね、ギリシア神話だとね」
先生は子供の頃から親しんでいるこの神話のことを思い出しました。
「ニンフがいるよね」
「うん、木でも何でもね」
「ニンフがいるよね、ギリシア神話では」
「森自体にもいてね」
「湖や海にも」
「あらゆる場所にニンフがいるよね」
「それは日本も同じでね」
この国もというのです。
「むしろギリシア以上に万物が宿っていると考えているね」
「そうだよね」
「八百万の神っていうし」
「何にでも神様がいて」
「木にもだよね」
「そして木の一本一本にね」
まさにこの高野山の木の全てにというのです。
「魂が宿っていると考えているからね」
「物凄い多いけれどね、木が」
「この高野山は」
「というか日本の山って何処も木が一杯だけれど」
「山イコール森なのが日本よね」
動物の皆もしみじみと思うことでした。
「岩山ってね」
「日本じゃ日本アルプス位かな」
「あと火山とかは」
「火山も木が一杯な場合もあるし」
「そこはね」
「うん、特に高野山はこうした場所だから」
先生はまた皆にお話しました。
「余計にだよね」
「木の声を感じそうだよ」
「静かなこの中で」
「修行をしていたら聞こえる様になる?」
「悟りを開いたら」
「そうかもね、僕はキリスト教徒だけれど」
それでもなのでした。
「出家したらね」
「高野山に入るの?」
「ここに」
「それで修行をして」
「悟りを開くの」
「そうしたいとも思ったよ」
信じている宗教は違えどです。
「皆と一緒に木を持っているとね、それかね」
「それか?」
「それかっていうと?」
「悟りを開く以外にあるの」
「まだ何か」
「神主さんか山伏さんか」
こうした人達のことも思い出したのです。
「山に入ってね」
「ああ、そっちだね」
「そうした人達にもなれるんだったね日本は」
「陰陽師だっているし」
「色々な宗教がある国だからね」
「うん、そうした人達にもね」
先生は皆にお話しました。
「なることもね」
「考えたんだ」
「実際に」
「そうだったんだね」
「どうもね、しかしね」
さらにお話した先生でした。
「僕はあくまでキリスト教徒だから」
「現実にはね」
「そうしたことはないよね」
「出家したりとか山に入ったりとか」
「悟りを開いたりとかも」
「ないよ、ただ仏教や神道を学んでいると」
本当にというのでした。
「その深さに素晴らしさを感じてやまないよ」
「先生はあらゆるものにそう言うよね」
王子は先生のお言葉を聞いて先生ご自身に言いました。
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