提督はBarにいる。
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提督の居ない日常・その2
「さぁ、ランチタイムね!」
ガシッ、とアークさんの腕を掴み、ズルズルと引き摺っていく金剛さん。提督が居れば時たま気が向くと執務室に詰めている艦娘の分まで作ってくれたりするんですが、居ない者は仕方がありません。大人しく別の場所で食べましょう。……決して間宮さんや鳳翔さんの作るご飯が美味しくない訳ではないんですよ?ただ、提督が作ってくれる時にはタダですからね。お金をかけずに美味しいものが食べられるならそっちの方がいいじゃないですか。
そうこうしている内に、私達3人は食堂に辿り着いていた。大所帯の私達の鎮守府は、何ヵ所か食事を摂ったり買ったりする事が出来る場所がある。淫乱ピンクこと明石のやってるコンビニだったり、間宮さんのお店だったり、鳳翔さんのお店だったり。けれど、朝食と昼食はほとんど皆ここの大食堂で摂る。時間が無い時や非番で寝坊して食堂が使えない娘なんかはコンビニで済ませてしまうけれど、食堂が使える時は日中はほとんど食堂で食事です。何故かって?
「あら、大淀さんに金剛さん。それにアークさんもいらっしゃい♪」
間宮さんと伊良湖ちゃん、それに鳳翔さんや大鯨さんまで。主計課の皆さんは食堂が開いてる時には食堂で仕事しているからです。
「えぇと、今日の日替わりは~……?」
メニュー表を眺めながら、金剛さんが人差し指を顎に当てて唸っている。我が鎮守府の食堂のメニューはさながら、大企業の社員食堂のようです。日替わりの和食・洋食・中華の定食に、日替わりの麺類があり、カツ丼や天丼、親子丼等の丼物やラーメン、パスタ、蕎麦にうどん。更にはカレーやピザ、果てはお酒まで置いてあって社食というよりファミレス並みです。
『食事くらいしか楽しみが無いんだから、豪勢にしなくちゃな』
とは提督の談ですが、給料まで貰って外出の自由もあるのに食事まで豪華にする必要はあったのでしょうか?まぁ、美味しいものが食べられるならどうでもいいですが。
「大淀さんは何にします?」
「そうですねぇ……じゃあ日替わりのCセットで」
Aセットが和食、Bセットが洋食、Cセットが中華の定食です。今日は何となくガッツリ食べたかったので、酢豚がメインのCセットにしましょう。
どこでも良かったのですが、午後からの打ち合わせも軽くしたかったので金剛さんとアークさんの座っているテーブルに着きます。アークさんは日替わりの和定食のAセット、金剛さんはガッツリとしたボリュームのトルコライスです。
「ランチでパワー付けないとネ!」
そんな事を言いながらガツガツとトルコライスを食べる金剛さん。あんなに食べて太らないとか、どういう身体の作りなんでしょうか?……まぁ、見ての通り乳と尻に栄養が行ってるんでしょうね。羨ましいやら憎たらしいやら。
「それより、アークさんにお話聞かなくていいんですか?」
「……そうだったネー」
「おい大淀、何故思い出させるんだ」
忘れてくれていた方が都合がよかったのに、とぼやくアークさん。そりゃ勿論、私も興味あるからに決まってるじゃないですかーヤダー。自分の恋路を探られるのは嫌だが、他人の恋路の話を聞き出すのはとても楽しいと思う。いや、愉しい……かな?
「さぁ、キリキリ白状するネー。さっさと言わないと青葉にこの情報を売り付けちゃいますヨー?」
「や、止めろ!わかった……わかったよ、うぅ」
まぁ青葉さんにチクられたら明日の『鎮守府日報』一面にデカデカとアークさんが提督に惚れている、という内容が載るでしょうね。しかも、『熱愛発覚!?』とか『提督、コマした女性の人数更新』とか、不必要に煽らなくていい人達を煽るような文句付きで。それよりかは金剛さんと私に聞かれるだけの方がずっとマシだ。
「さ、最初は苦手だったんだ。顔は怖いし、厳しいし、それに何人も女性との関係を持っていると聞いていたから不誠実な男だと、そう思っていたんだ……」
ぽつぽつと語り出すアークさん。着任当初のキリッとして女騎士の様だと思った凛々しさはどこへやら。今の彼女は顔を赤らめながら目を潤ませ、まるで恋する乙女の様な表情です……実際、提督に恋してるんですけど。どうしてこうなった。
「でも、接している内に段々と厳しさは愛情の裏返しだと理解した。あの訓練の厳しさは私達の身を案じての物なんだな」
あ~……そういう部分で惚れたのは真面目なアークさんらしいというか。
「そうやって彼の優しさや、仕事の勤勉さに触れている内に、気付いたら視線で彼を自然と追いかけるようになっていたんだ……しかし彼には金剛、君という立派なパートナーがいる。彼も君を愛しているようだし、君から彼を奪うような恋はしたくないとーー」
「はいはい、ストップネー」
アークさんが熱く提督への愛を語り始めた所に、金剛さんが水を差す。何で止めるんですか!?甘酸っぱい思いが見え見えで良いところだったのに!酢豚も甘酸っぱさが増して更に美味しくなってたのに!
「私がdarlingに惚れている皆に聞きたいのはソコなんですよ」
はい?何を言ってやがるんでしょうかこのエセ英国かぶれは。
「そもそも、何で私がdarlingと結婚してるからって諦めるんデスか?そこが解らないヨー」
…………はい!?
「いや、だって金剛さん。金剛さんは提督が選んだ本妻で……」
「だからって、その人のLOVEを否定するのは間違ってると思うネー。別にdarlingは私だけの物だと思ってませんし」
金剛さん曰く、好きな物は仕方がないだろうし、仕事をキッチリこなしていれば休憩時間にイチャコラしてようが構わないらしい。
「そりゃあ多少はモヤモヤするし、目の前でイチャコラされてたらムッとしたりしますヨ?でもね、その後darlingに甘えればその分ちゃーんと甘やかしてくれるデース……」
でへへへへ、とだらしない笑顔を浮かべる金剛さん。恐らくはイチャコラのシチュエーションを思い出しているのだろう。
「その、金剛は心配ではないのか?今回の出張も他の艦娘が付き添っているようだし」
アークさんは浮気の心配をしているようだ。
「あ~、それこそ考え方がおかしいねアーク。だって、darlingが他の女の子に夢中になっちゃうって事は私の努力不足だよ、それは」
成る程、提督夫妻に感じた『ズレ』はこれだったんですね。提督と金剛さん、少なくともこの2人の間は『浮気』という感覚が無いんだ。お互いがお互いに相手に1番好きでいてもらうための努力を欠かさない。その上で万が一奪われたなら、恋敵の努力を認め、更なる努力を重ねて奪い返してやると更に燃え上がるんだ……この2人の場合は。だから提督は金剛さん以外の求愛を拒まないし、離れていく者は追わない。逆に金剛さんは自分が提督の1番だと自負しているから他の娘との関係にとやかく言わないし、揺るがない。多少のやきもちはご愛嬌という奴だろう。
「はぁ……なんというか、器の大きな話ですねぇ」
「それにdarlingのアレは化け物サイズですからネー、一人で相手するのは大変なんデスよ」
「そ、そうなのか?」
ごくり、と生唾を飲み込んで金剛さんの話にアークさんが食い付いた。
「そりゃもう、初めての時は裂けると思いました……」
「さ、裂けっ……!?」
「はいはい、金剛さんにアークさん?そんな生々しい話はお昼時の食堂でしないでくださいね?」
そこにやって来たのは食堂の主とも言える人、間宮さんでした。食後の紅茶でしょう、紅茶を載せたお盆を持って笑っていましたが、その背後には般若が見えます。
「そ、sorryネー……」
「す、すまない……」
流石は間宮さん、鎮守府内で怒らせたらイケナイ人ベスト3の1人です。
「大淀ちゃんも、止めなきゃダメよ?」
「は、はひぃっ!」
とばっちりをもらった。解せぬ。
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