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ダン梨・D
前書き
Y話とA話でノルマの梨登場を忘れるという大失態を犯してしまった私を許してください。
個人的には有難さ半分、迷惑半分の話ではあるが。
「えー、それでは俺の習得させられた魔法の実技演習に移りたいと思いまーす……」
「テンション低っ!ここはもう棚ぼたラッキーだったってことで切り替えていこうよ!」
「わ、わーい!リリどんな魔法が出てくるのかワクワクしちゃうー!」
二人の気遣いが痛い。感情を切り離して勘定だけで見ればこいつはお得な話だが、俺としては電波女に押し倒されて無理矢理された上に気絶させられて雑に放置されたのだ。何事も主導権を握りたい面倒な性格の俺としては、奴に後手後手に回っている現状が気に入らん。見てろよ、絶対恥かかせてやるからな。
と、それはいい。取り合えず俺のステイタスに書かれた魔法をチェックする。
名前は『フー・ダルティフィス』。意味は――いや、使うのが先か。
なんと言っても勝手が分からん。一回でマインドダウンまではなくとも、フラフラにはなるかもしれん。とりあえずベルのような単発詠唱ではないので、紙に書かれた詠唱を唱える。
「ん、ごほん。……『夜空の帳を照らして響け、炎の徒花!込めるは一尺』――」
そこまで唱えたら、掌に野球ボールほどの大きさの光の球が染み出すように現れる。美しい綺麗な球の中には、一昔前のビー玉にあったような捻じれた一本のオレンジ色の光が更に美しく輝いていた。俺はそれを振りかぶり――第一層で湧いて来た適当な魔物たちに投げつけ、中断した詠唱を唱えた。
「『――乱れ咲け!』」
瞬間、投げつけた球体が強烈な閃光と共に綺麗な円を描いて『爆発』した。
ドォン、と腹の底を叩くような心地よい爆音が響く。
「グギャアアアアアアッ!?」
魔物たちが一斉に悲鳴を上げてのたうつ――が、どうやら火を吹きかけられた程度のダメージらしく、戦闘不能には至っていない。それでも閃光と衝撃でとてもまともに戦える様子ではない。
「なるほど、一尺は目くらまし程度で殺傷能力なしか。魔力も問題なさそうだし、だったら今度は……」
俺は間髪入れずもう一度詠唱を唱える。但し、一つだけ――『込めるは二尺』とだけ詠唱を変えた。すると手に現れた玉は先ほどと違って内部のオレンジの捻じれが二つに増え、その光も増していた。俺はそれなんとか傷を再生させて態勢を立て直そうとする魔物たちに再度放り投げた。
「『――乱れ咲け!』」
先ほどと同じく、玉が爆発する。
但し、先程のそれより更に強く、大きく、鮮烈な瞬きを見せて。
今度の魔物たちは、一撃で戦闘不能になり魔石しか残っていなかった。
「……確かにある種、ズババドカーンな魔法だな」
『フー・ダルティフィス』――それは「花火」を意味する言葉。
これが俺に与えられた魔法だった。腹立たしいがこの魔法、面白いのは確かだ。
「凄い……ちょっと詠唱が長いけど、攻撃範囲は僕のファイアボルトの何倍もあるよ!」
「しかも魔力を打ち出すんじゃなくて爆発を一度固形化し、任意のタイミングで爆発させられると来たもんだ。悔しいが俺向きだよ。これ」
コルヌーは次に会ったら絶対泣かすが、まぁお礼は言っておこう。
「詠唱がちょっと変わりましたよね?一度目と二度目で威力が全然違いましたし」
「ああ、一尺と二尺があって、詠唱で選べるんだよ。数字が多いほど威力が上がるみてーだな」
「じゃあ三尺とかは凄い威力になるのかな……あれ、でも一尺と二尺の二つしかないんだっけ?」
「今はな。でもヘスティア様曰く、たぶん俺の精神力の成長と共に増えていくんじゃないかって話だ」
ぶっちゃけ色々と型破りな魔法だ。普通魔法ってのは唱えて撃ったら成立なので、力加減を詠唱で指定できるなんて便利仕様はヘスティア曰く「聞いたことがない」だそうだ。俺も知らないので、マジのレア魔法だろう。ベルのナイフが成長するナイフなら、俺の魔法は成長する魔法という訳だ。
「おーし、そんじゃマインドダウンでぶっ倒れるまで実験だー!」
「ああ、僕の時にもやったねそれ。射程範囲とか貫通力とかいろいろ」
「じゃ、リリは記録係になりますね?」
まず、両手に武器持ったまま発動すると足先に玉が現れる。蹴って相手にぶつけられるようだ。
また、玉に込められた爆発の力は外殻が破れることで解放されるが、外殻は最初は硬くて剣で小突いても割れないのに、時間が経つにつれて魔力外殻がほつれて強度が下がり、30秒程度でガラス以下の強度になる事が分かった。また、その後数秒で勝手に爆発した。
そこでまた発見があったのだが、生成の後も俺という親機と玉という子機は繋がっているらしく、そこで若干の精神のロスがあるようだった。誤差の範疇と言えなくもないが、出したら出来るだけさっさと使った方がいいなこれ。
そしてもう一つ。一尺玉はかなりポンポン使えるが、ポーション飲んでからの二尺玉は連続6回目くらいでぶっ倒れた。攻撃範囲も広く威力も込められてリモコン起爆な『フー・ダルティフィス』だが、燃費は二尺から跳ね上がっているらしい。
こうして俺たちは着々と魔法の使い方や特性を研究しまくり、ついでにベルの魔法もちょこっと調べ直し、更にリリの魔法についても色々と試した結果、持ってきた安物のノート一冊が全部埋まってしまったのでそれを神様に提出した。
「………君ら、研究者か学者なの?」
「いや、バミューダが調べろって言うから……」
「バミューダ様が全部メモだーって言うから……」
「え?ダンジョン攻略ノートとか作るのって普通じゃないの?ほらこれ、もう三冊目なんだけど。こっち魔物記録ね」
「うわナニコレッ!?魔物のスケッチと魔石の大きさと出現個所とドロップ品、挙句行動パターンと安全な対処法までみっちり書き込んである!?」
「こっちのノートはプロさながらのマッピングがされてます!こ、高低差まで!?」
「流石バミューダ。ほんとテキトーに見えて勉強家だよねー。しかもその辺で売ってる冒険者用の指南書は絶対に買わずに手書きで作る辺りにケチケチ執念を感じるよ」
「聞いて驚け、指南書は立ち読みして中の情報だけ頂いてる」
「いつか本屋さんから出禁喰らうからその辺にしとこ、ね?」
まぁ本当の所は買いたいのだが、買ったら余計にホームが狭くなるので買えなかったりする。
しかし、それを言ったらホームの文句だ。雨風凌げるし、建築のめども引っ越しのめども立たない以上そこに文句をつけても意味はない。ただ、ヘスティアに無駄に心労をかけるだけだ。面白くないし意味もない。
俺はベルの意見に何も反論せず笑い、いつもの定番となった梨を切り分けるのだった。今日のはいつもと品種違うよ。
= =
『例のミノタウロスの調子はどう?』
『は、そろそろ投入できる頃合いかと』
『予定変更よ。『二人がかりで限界を超えて倒せる』程度に引き上げて頂戴』
『もしや、もう一人も参加させるのですか?』
『うふふ、だって手持ち無沙汰そうだったんだもの。それに新しい玩具を手に入れたみたいだし』
『御意。なれば少し急がねばなりませぬ故、失礼します』
『道化は踊ってこそ見世物になるものよ。舞台を用意してあげたのだから、精々必死に演じなさいな』
= =
「どぉぉおおおおおおおおッ!!」
「おわぁぁぁああああああッ!?」
地面を抉る斧の猛撃がブオンッ!!と振りかざされ、俺とベルが左右にそれぞれ横っ飛びしたその場所に叩きこまれる。地面は無数の罅割れとともに砕け散り、震える大気に若干煽られた俺はなんとか地面に着地した。俺より器用値の低いベルはバランスを取りそこなったか転がりながらの体勢の立て直しになった。
立ちはだかるミノタウロスは、嘗て俺とベルが追いかけられたのより一回りでかく、強く、そして何より存在感が違う。出鱈目に暴れまわるそれじゃない。明確にベルと――第二目標として俺を意識して戦いに来ている。疑うまでもない、これはメンヘラヤンデレビッチ神の差し金だ。
いやぁ、直接相対すると原作以上の絶望感。本当に原作のまんまなんだろうかコイツ。いや、それより俺も巻き込まれるとは正直びっくりだ。もしかして知能が低いせいで俺とベルをはっきり見分け切れていないのだろうか。まぁ共同生活してるから匂いも紛らわしいし、主神一緒だし、同い年の子供だから混同する可能性もあらぁな。
「どぉするベルッ!!選択肢は二つに一つ、リリの援軍を望みつつジリジリ撤退するか!?」
リリはもうすでに「助けを呼びに行け」先に退いて貰っている。今のリリでは援護要員としても心許ないし、案外と義理難い彼女に何もさせないってのも酷だし。という訳で今の俺たちには「どうしても退けない理由」というのはない。ないが――ベルはそう考えなかった。
「我儘言っていい!?」
「なんだ!?」
「倒したいッ!!選択肢の二つ目でッ!!」
ベルは正しく今が死地であることを理解している。最悪、俺とベルと二人とも死ぬことを理解している。だから我儘だと言った。ダメだと言われたら納得はするが、そのうえで希望を言った。
ベルは、ここ最近は剣姫の指導とかもあって強くなっている。更に言うと、強さへの渇望も高まっている。今のままレベル1で燻っている事に、俺には言わずとも不満があるんだろう。あいつの夢の為に、強さは絶対的な要素だ。
ベルは前しか見られない奴だ。一度『想う』と止まれないし諦められない。他の誰を差し置いても自分は前に出るし、他人を守るためならいくらでも自分を犠牲にする。捨てられないべルという男は本質的に、捨てられないという強欲に縛られた男だ。
そのベルが俺に問うのだ。戦いたいけどどうしよう、って。
ベルという男は、仲間がいても一人で戦ってしまうような勝手な男は、しかし隣に立つ俺を「共に戦う仲間」と認識してくれるからそんなことを聞いた。ああ、もしかしたらもうベル・クラネルは――俺のいない世界で成立するベル・クラネルとはどこか決定的に違っているのかもしれない。
だが、だから何だ。
負ければ死ぬが、勝てば少なくともベルのランクアップは確実だ。面倒ごともあるが、メリットもある。何より後のファミリア追加の為には都合がいい。本当は一対一だったのがニ対一になるのだ、勝算はある。
「おし乗ったぁッ!ただし、マジで死にかけた上に助けが間に合った場合、俺は恥を忍んで普通に援軍頼むかんな!タイムリミット付きだ、燃えるだろ!?」
「僕は防衛戦とかの方が燃えるけどねッ!!………ありがと」
「いーってことよ。俺もやる気はあるんだし……なっ!」
手に持つ鞭を振り翳してミノタウロスの目を狙う。バチィィンッ!!と鋭い音が響くが、ミノタウロスの怯みは文字通り一瞬。次の瞬間、ミノタウロスは両手で抱えた斧を跳躍と共に俺にぶつけてきた。
「ブギャアアアアアアアアッ!!!」
「クソったれ!!」
すぐさま引いてもう一撃怯ませようとして――直後、悪寒を覚えて背後に跳ねる。瞬間、着地点を中心にミノタウロスは全身を回して周囲を薙ぎ払った。着地後にあると踏んだ隙を潰し、欲を出した人間を殺す技法。
――やべぇ、この動きはダンまちアニメの動きじゃねえ!人を殺す化物の動きだ!
「眼球にダメ通らなかったのはステの差だから分かるとして………こいつ、フロムソフトウェア製のパッチインストールしてるだろ!ベル、深追いしたら一撃で死ぬぞッ!!」
「いやそもそも、よく考えたらミノタウロスが斧を両手持ちって時点でおかしいけど……おぉぉぉぉぉぉッ!?」
「ヴモォォォォォォォッ!!」
今度はターゲットを変えて突然の全力突進。一切速度を緩めないまさに猛獣の突進は、万が一にも頭がぶつかれが角が体を貫通して即死、避けそこないて掠りでもすれば軽いベルの体など紙屑のように吹き飛ばす。ベルは間一髪とび出して回避したが、ミノタウロスは外れたことを認識してすぐに減速し、また振り返った。
「こりゃ鞭は無理だな。俺のはチャクラムと槍とナイフと………梨」
「それあてにしちゃ駄目だからね。ちなみに僕は剣とナイフ。何この絶望的なリーチの差……」
「こりゃどうにか隙を掻い潜ってガチるしかねぇな……数の利を生かして相互攻撃でいくぞ!魔法はヘイト稼ぎで撃ってもいいけど決め手になる分は残しとけよ!!」
「ペース配分は何度も叩きこまれたからいけるさッ!!」
今ここに、ヘスティア・ファミリア伝説最初の一説が始まる。
決死の思いで踏み込み、永遠の終わりと紙一重の栄冠を掴んで見せよ。
後書き
D=デモンズソウル的に言えば雄牛のデーモン、のD。
おまけ
『………うちの目に入れても痛くない可愛い可愛い子供の意中の男に手を出すとは、覚悟できてるのよねフレイヤぁ?』
『げっ、そういえばアナタ鬼子母神の性質も持ってたわね……え、いや娘の意中の子ってまだ他人じゃないの?身内でもないんだからセーフよね?』
『アウトよ。アンタレベル6,7を何匹か持ってるからってちょっと天狗になりすぎてんじゃないの?これは教育的指導が必要ねぇ?』
『いやアナタと私は対等な女神だし……』
『なんならあなたのお兄さんに言いつけてもいいのよ?どうしましょうか、貴方のお兄さんは底抜けに優しいけれど、底抜けの愛の深さは底抜けの怒りにもなるものねぇ?』
『ちょ、兄さんを引き合いに出すのは卑怯じゃない!?』
『うっさいわねぐうたら豚女!プレゼントを自力で用意しようとするヘスティアと比べたらあんたも十分怠惰なのよ!』
『豚のこと悪口みたいに言う事ないじゃない!?いいじゃない豚!綺麗好きだし好き嫌いしないし一杯子供産むし顔もキュートで縁起物でかわいいのよ、豚!兄さんだって豚は大好きなんだから!』
※フレイヤは猪と馬が大好きだが、豚は特に好きだったりする――by北欧神話。
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