納戸婆
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第一章
納戸婆
浜恵子は縁のない眼鏡をかけていてやや気の強そうな顔をしている。黒い髪の毛を肩の高さで切り揃えている。目はきりっとしている。
井上理沙は茶色の長く豊かな髪を後ろで束ねており顔立ちはおっとりとした優しいもので口元はいつも微笑んでいてやや垂れ目だ。
二人は大阪市港区の港湾施設の中で喫茶店を経営しているがオーナーは恵子で理沙は店員だ。二人共大学時代からの友人関係で二人共もう結婚している。恵子は親からこの店を受け継いで経営をしているが。
恵子はこの日開店する前に理沙に今は静かなイギリス風のお店の中でこんなことを言った。
「お店の売り上げは順調だけれど」
「いいことよね」
「いや、何か最近コーヒーの注文が多くないかしら」
恵子が言うのはこのことだった。
「うちは紅茶メインのお店なのね」
「あっ、そうね」
言われてみればとだ、理沙も応えた。
「最近お客さんの注文がね」
「コーヒー多いわよね」
「確かにそうね」
「コーヒーが大体六割位じゃない」
「紅茶が七割でね」
「アイスでもホットでもね」
「とにかくコーヒーが多いわね」
理沙は恵子と共に開店準備をしつつ彼女に応えた。
「本当にね」
「正直ね。このお店コーヒー豆はそんなに揃えてないから」
「紅茶は揃えていてもね」
「だからどうしようかしら」
「コーヒー豆買う?」
理沙は恵子に考えながら答えた。
「保存が利くものだし」
「そうね。コーヒー各種揃えようかしら」
「紅茶の葉だけじゃなくてね」
「そうしようかしら。けれどそれはそれでね」
コーヒー豆を揃えればそれはそれでというのだ。
「ちょっとね」
「私も恵子ちゃんも紅茶を淹れることは得意だけれどね」
二人共こちらには自信があった、実際にこの店は紅茶で有名で二人もそちらの努力は怠っていない。
だがコーヒー、こちらはどうかというと。
「コーヒーはね」
「淹れられるけれどね」
恵子も開店準備で動き回りつつ答えた。
「それでもね」
「あまりね」
「得意じゃないのよね」
「本当にうちは紅茶メインだから」
「どうしたものかしら」
「そうね。ちょっとコーヒー淹れる努力する?」
恵子は考えながら理沙にこう言った。
「そうする?」
「そうね、アルバイトでもコーヒーの専門家の子とかいないでしょうし」
「そうそうね。だったらね」
「前からコーヒーの注文自体あったし」
「それだとね」
こうした話をしてだ、二人は店の中にコーヒー豆を揃えてコーヒーを淹れる練習もしていった。その結果二人はコーヒーの売り上げも確かなものにしたが。
理沙は昼下がりの客がたまたまいない時に店の中を見回してだ、カウンターの中に自分と一緒にいる恵子に言った。
「ねえ、お店の上の方に納戸あるわね」
「ああ、あれね」
「あの納戸前から気になってたけれど」
自分達で練習で淹れたコーヒーを飲みつつ話した。
「イギリス風のお店にね」
「納戸はっていうのね」
「合わないんじゃないかしら」
こう恵子に言うのだった。
「やっぱりね」
「私もそう思うけれどお祖母ちゃんがね」
「あの人がなの」
「あの納戸はどけるなって言ってるの」
「そうなの」
「このお店出来て七十年だけれど」
終戦直後に出来てそのまま続いているのだ。
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