機械の夢
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第01部「始動」
第05話
「しかし、一体どうしたんだ?気が付いたらその姿だったと言っても、何かあったからそうなったんじゃないのか?」
「はぅ…」
…調子が狂うな。
「最近……いや、お前の様子じゃ昨日今日って所だな…なら、今日のシステムメンテの時が一番怪しいな」
俺の問いに、ビクビクと体を震わすラムダ。恐らく反応しているつもりは無いのだろう。だが、姿が変わって日が浅いなら情報意識が態度に現れている可能性がある。所謂お約束だ。
「あぅ…」
…少し面白いな。
「それにだ。そもそもお前らしくないぞ。思うだの何だのは、それなら前提を出して言うだろうがお前は」
「はうぅ」
「………まぁいい」
「え?」
「聞いたところで俺が理解できるか解らんからな…それに、話したい事もあるからな」
「何でしょう」
低い声を出したせいか、自然とラムダの背筋が伸びていた。
「今日…ラピスが笑った」
「そうですか。でもマスター?それほど緊張する事ではないように思うのですが…」
「今までアイツが笑顔になった事があるか?………無いだろう」
「はぁ…」
力無い相づちが反ってくる。
「思ったよ。こんなにも大事で当たり前の事さえ俺は気付いて無かったんだってな」
「マスター?」
「だから、俺は今日…ラピスの記憶を変える」
「マスター!?」
椅子が倒れる音が響く。予想通りの反応だ。だからこそ、俺はお前に直接アクセスをしないといけなかった。
「手を…いや、明日までの間でいい。何もしないで欲しい」
これは俺の罪。ラムダには関係無い。
「マスター………………お断り致します。ラピスは友です。マスターの為にも…」
強制機能停止開始。
ラムダの表情が固まる。何が行われたか解ったんだろう。
万が一の為にラムダには緊急停止用のコードが入力されている。
以前、オモイカネが暴走した事で開発された、緊急の場合にAIを止めるためのシステムだ。
俺みたいな奴に与えた戦艦だ。そうじゃなくても取り付けられた筈だ。だが、それに気付いたイネスによってアクセスコードが変わっている。
「止めて下さいマスター!駄目です。マス…」
…悪いな。
大丈夫。お前の記憶はそのままだ。ラピスがお前を忘れる事は無い。
彫像の様に固まったラムダを見る。
程なくして俺の意識は現実に引き戻された。
「…さぁ、始めるか」
迷いが無いかと言われれば分からない。だが、これがラピスの為になるかと言われれば肯定する。
アカツキ達は許さないだろうがな…
--
「ゆめ…」
これは夢。そう理解できる程に、何度もこの夢を見ている。
暗闇の中で待っている。その時が来るのを。
私はラピス。ラピス・ラズリ。
初めて髪を撫でて、初めて名前をくれた人を待つ。
一緒に立って、一緒に座って、何時でも一緒に居たい。
テンカワ・アキト…テンカワ…テンカワ……テンカワ・アキト…アキト、アキト、アキト、アキト。
私はアキトの目。アキトの耳、アキトの手、アキトの足。私はアキトの…
「いや、それは違う」
「アキト?」
…何で?何時もなら嬉しいアキト。でも、今日は何か違う。何時ものアキトじゃない。
「ラピス。お前はお前の物。俺の物なんかじゃ無い」
「どうしたのアキト?」
アキトの心が解らない。何だろうこの感覚?
「俺はお前に慕われるような奴じゃ無い。逆に憎まれるべきなんだ」
「にくむ?」
憎む…違う。私はアキトが好き。
「俺は復讐者だ。そして強奪者でもある…自分の都合で色々な物を奪った…お前の未来もその一つだ」
「うばう?」
奪う…違う。私はアキトに一杯貰った。
「ラピス…今まで有難う。本当に感謝-自責-している」
感謝?それは私の方。アキトに私は感謝してる。
「ナノマシンによる共感…ラピスには負担を掛けたな。だが、それも今日までだ」
「アキト?」
怖い…そうだ。怖い。何時もアキトが守ってくれた。これが怖い。
「さぁ…眠るんだラピス。起きれば自由になっている」
「アキ…ト……」
背中に寒気を感じながら意識が途切れる。アキト……アキト、アキト、アキト。忘れない。あの時私は生まれた。アキトが私を生んでくれた。
………
どのくらい時間が経ったんだろう。
体内でナノマシンが活動している。目は開かない…けど分かる。アキト?リンクを通じてアキトが流れ込んでる。
「彼かい?テンカワく―――誰だいそれ?それよりも、今日は何が食べたいんだい?」
アキト。
「名前か、そうだな…ラピス…ラピス・ラズリって言うのはど―――修正―ラピス・ラズリ。貴女はラピス・ラズリよ」
ラピス…私はラピス・ラズリ。あれ…?
「貴女は とナノマシンで彼と―――封」
私は……
「この二年、良く頑張ったね。これで君も学校に通うことが出来るよ。まぁ軍学校だけどね」
アキ――…ナから名前を貰って二年……私は勉強してた。勉強…勉強…………何を?
「また、何をしたんですかマスター――――修正――マスターラピス?今日は精密性に欠けてますよ?もう少しで軍のオペレーター科に行かれるのですから、もう少し緊張感を持って…」
そう船。私はラムダと一緒にオペレーターの――――何故?
「すまないね…君に罪は無いんだ。でも、君は選ばないといけない…彼―――修正―――君はMCだ。君の能力は僕たちが及ばない所にある。だから、君が安全である事を証明しないといけないんだ。だから船に乗って――――オペレーターの経験を積んで貰いたい。きっと彼――女もそれを……」
意識が白む。なんだったんだろ…大事な大事な何かが欠けている。そう言われているように感じる。
考えていたらナノマシンが落ち着いた……声が聞こえる。誰?そこにいるのは誰?
「名前を教えてくれるか?」
私はラピス・ラズリ。エリナがそう言った。
「エリナというのは誰だ」
エリナ、は、私に名前をくれた人。
笑顔のエリナが浮かぶ。イヌの耳を持って笑ってる……喜んでくれるの?なら良い。
「何のために船に乗った?」
オペレーターの勉強の為。そうしたら皆が喜ぶ…アカツキがそう言った。
私がもっと上手くなれば、もっと楽になるって言った。だから頑張った。
「アカツキっていうのは誰だ」
ネルガルの会長。私はネルガルの研究所で生まれた。そして---修---エリナに引き取られた。
「ラムダは君の何だ」
ラムダは友達。二人で一緒に手伝うって約――――一緒に勉強した。
「これから君はどうする?」
学校で勉強する。その為に勉強した。
何を学ぶんだろう。ナノマシンの操作?艦戦訓練?
「ああ…………すまない。さよならだ-ラピス-」
!!
なんだろう……胸が痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。チクチクする。嫌。聞きたく無い。さよならは聞きたく無い―――封…効かない!?――
「貴女が一番好きなのは誰ですか?ラピス」
!!
黒髪……顔を黒い物で覆った全身真っ黒な人が目蓋に浮かぶ。
あれは誰?
「ラピス。貴女の側に居たのは誰?居て欲しい時に真っ先に来たのは誰?」
頭が痛い…胸がチクチクするよ………ト…
真っ黒な人の口元が歪む。笑ってない…だけど違う。なんだろう……
『ラピスは困ってたんだ』
そうだ。困った…嫌じゃないけど……あれ?―――修…何故効かない!――うん。―トは困ってた?
「忘れちゃっていいのかい?彼はそれを望んでる…君が彼の為に何でもするんなら、君は彼を忘れないと駄目なんじゃないかな?でも………忘れちゃいけないよ。君が彼を必要とするなら、君は彼に何をしてあげる?考えるんだ。君が求める未来を、彼に言えば良い…勝手に決めるんじゃない、馬鹿野郎!!ってね」
私は――トの………私は、ア――に…
見上げた――は泣いていた。知っている。
あれは何時?初めて戦艦を落とした時だ。
――は心で泣いていた。見たくない。
――の心が私の胸を叩くから。ごめん。ごめんね。
守るから、私が護るから。私は、
「アキト」
『くっ』
目が開いた。
……少し驚いた。
眼前にアキトの顔があった。何時も付けてる、視覚補助を付けてないアキトの素顔が見える。表情が暗い。リンクを通したアキトの侵入が止まってる。
「アキト?」
『……ラピス。今からでも遅くない。俺を忘れるんだ』
「アキト?」
『………………ラピス』
「私はアキトに必要ない?私は不要?要らないの?」
流れるように声が出てきた。聞きたいこと。問いたいこと。一杯一杯…アキトは私が要らないの?
「そんな事ない。俺はラピスに助けられた」
「私はアキトと一緒に居たい。嫌わないで、アキト……アキト。行かないで…おね…が、い。わたしをおい、て…かない、で」
視界が歪む。アキトの顔がボヤけて見える。目が熱い…なんだろう…雨が降ってるの?頬に水が流れているよ?
「ごめんな…ラピス………ごめん」
頬にアキトの暖かい手が触れた。胸がスッと軽くなる。アキトは私を守ってくれた。アキトが私を……私はアキトに…………
「…アキト」
アキトに抱きつく。腕の感覚はしないけど、アキトの匂いに包まれて私は意識を失った。
--
目が覚めた。隣を見ると、静かな寝息を立てているラピスがいる。目尻には涙が微かに残っていた。
俺はラピスを泣かせてしまった。今後笑って貰うためにやった事でラピスを傷つけた。
覚悟していた事なのに、胸に残ったのは例えようの無い嫌悪感だけだ。失敗した上に泣かせては、何のためにしたのか分からない。
「気が済んだかい?」
「何故邪魔をした…アカツキ」
ベッドから降りる。入口を出て通路に出ると、アカツキが腕を組んで待っていた。
船の動力は完全に落としていた筈だ。俺じゃなければ、アカツキじゃないと船の動力は動かせない。
動力が戻れば、停止させていたラムダが起きる…最後に俺の干渉を邪魔をしたのもラムダの筈だ。アカツキのIFSにそれをするだけの機能はないからな。
「外道になりかけた気分はどうだい?」
「なに?」
確かに強引な手だったかも知れない。だが、それは!
-ドスッ-
グッ!
気がつけば、アカツキの拳が脇腹に突き刺さっていた。避わそうと思えば避わせただろう。だが、何故か体が動かなかった。
「解って無いね?こんな馬鹿な事をしたくらいだ。考えもしなかったのかい?………今の君は奴等と同じさ。他人の意思を踏みにじった下衆野郎さ!」
「違う!俺はラピスの為に…ラピスを想ってした事だ!」
今度は左の拳が飛んできたが、当たる寸前で掴み止めた。
「違わないね!君は只逃げたかっただけさ。ユリカ君から!ルリ君から!ラピス君から!」
拳が蹴りが乱舞する。ネルガルの会長とはいえ、以前は前線でエースを張った腕だ。腕前は錆び付いているが、それでも気迫は以前より上だ。
少しずつ押されている。反撃しようにも体が上手く動かない。
何故だ?くそっ…くそっ………くそ!!
「言えないかい?言えないだろうね!一緒に居ると心が痛いって!消えてしまう程に苦しいってさ!」
「うるさい!!」
加減無しの拳が飛ぶ。
常人を越えた筋力から繰り出された拳が吸い込まれるようにアカツキに当たる。
「効かない…ね!」
「なにっ!」
アカツキが不適に笑う。
何故だ…
どんな種があるのか。肋骨を折れるくらい力が入ってた筈だ。
「今の君には負けないよ!」
アカツキの動きは悪くない。だが、その程度だ。ここ数年、地獄を見てきた俺には遠く及ばない。なのに…
どうして負ける?
結果は予想できている。あと三分もすれば俺は体が動かなくなって負ける。恐らくラピスとのリンクに障害が発生している。
重心がズレる。正面を狙った蹴りは弾かれ、逆に地面に叩きつけられる。
起き上がったところで蹴りを喰う。
「…負けられないよ。被害者が加害者に成るなんて良く有ることさ。だけどね!君はエゴでもなく、自分の逃げのために手段-彼等-を正当化している。其処を赦したら二度と助けられない。馬鹿をやりかけた馬鹿にはお仕置きが必要なんだよ!」
「アカツキィィ!!」
膝が折れる。
立っていられなかった。意識はハッキリしていたが、アカツキの顔がまともに見えなかった。気配すら分からなくなったところで、俺は…意識を手放した。
ページ上へ戻る