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魔法少女リリカルなのは~無限の可能性~

作者:かやちゃ
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第5章:幽世と魔導師
  第158話「八将覚醒」

 
前書き
警戒に当たっていた式姫達と、薔薇姫戦の続きです。
紫陽さんが幽世から霊力を流し込んだ影響が、ここでも出てきます。
 

 





       =out side=







「……状況はあまりよくなさそうだな」

「そうね……」

 遠くの方へ膨大な霊力が動いているのを、二人は感じ取っていた。

「だけど、悪いことばかりではない……そうよね?」

「そうだな。少なくとも、味方がいない訳じゃなさそうだ」

 そう言って、二人の式姫……鞍馬と織姫は振り向く。
 そこには……。

「……鞍馬さんと織姫さん……二人も生きていたんですね」

「小烏丸……それにシーサーか」

「知った気配を感じたと思ったら、他にもいたんだな」

 互いに警戒しつつも、本人だと確認する四人。

「っと、今は山茶花と名乗っているんだ。できればそっちで呼んでくれ」

「私は蓮ですね」

「わかった。そうしよう」

 式姫の名前で呼ばれても構わないとはいえ、二人は区別としてそう訂正した。

「一つ……いや、二つ聞きたい。薔薇姫の姿をした妖に会わなかったか?」

「いえ、会ってはいませんが……」

「そういや、優輝が保護した奴が、そんな事言ってたな」

「何?詳しく聞きたいんだが……」

 何か事情を知っているのかと、鞍馬は山茶花に詰め寄ろうとする。

「……あまり悠長な事はしていられません。妖の薔薇姫に関しては、こちら側の協力者が担当してくれています。その薔薇姫に関しては、こちらで保護した葉月さんから聞いているので。……ですので、彼女の事に関しては安心してください」

「っ、すまない。私も少し取り乱していたようだ」

 察しよく蓮が説明し、それに鞍馬は少し安堵する。

「さて、二人が生きていたのは好都合だが……どうするべきか」

「……いえ、私たち二人だけではないわ」

「何?」

 織姫の言葉に山茶花が聞き返す……が、すぐにその理由が分かった。

「にゃー!やっぱり他にもいたにゃ!」

「ホントだヨ!よかったネ!」

 山茶花たちが気配に気づき、そちらを向けば……。
 そこには、式姫である猫又とコロボックルがいた。

「お久しぶりです」

「天探女さん……そういえば、自己封印していましたね」

「はい」

 そして、信濃龍神を倒してから京都へ向かっていた天探女とも合流した。
 ちなみに、蓮は天探女が自己封印する事を聞いていたようだ。

「……他にはいないか」

「さすがにこう連続で合流すると、まだいないか期待しちゃうわね」

 鞍馬と織姫がそう言い、一度集まった面子を見渡す。

「……さて、各々の能力の偏りがない面子だが、どこまでやれるか……」

「……まさかとは思いますが、向かうつもりですか?大門へ」

「それ以外、何がある?当時いた式姫も、ほとんどいなくなった。私たち以外に誰がやるというのだ?」

「……それは……」

 鞍馬の言葉に口籠る蓮だが、それは仕方がない事だった。
 この中で大門の守護者と相対したのは蓮のみ。
 そして、蓮は大門の守護者のその強さに、怯えているも同然だった。

「……危険すぎます。いくら私たちが束になった所で、すぐさまやられるだけです」

「その口ぶり……戦ったのか?」

「はい。……手も足も出ませんでした。それどころか、瘴気に覆われて姿を確認できなかったほどです」

 霊力を以て戦えば、自然と瘴気による認識阻害は無効化できる。
 それができなかったほどの相手だと、蓮は伝える。
 なお、瘴気を用いた術式による認識阻害は、例外になる。

「……だが、それでも私たちがやらねばならないだろう」

「っ……はい」

 鞍馬は決して無謀な戦いをする性格ではない。
 作戦を練り、負けるような勝負を勝てるようにする参謀タイプだ。
 だが、そんな鞍馬は苦虫を噛み潰したような顔……。
 すなわち、“作戦があっても勝てそうにない”と分かっている顔で、そういった。
 鞍馬自身も、無謀なのはわかっているのだ。
 それでも、式姫の義務として、戦わなければならない。
 その覚悟を、蓮も感じ取り、その言葉を肯定した。

「どこまでやれるかはわからん。幸い、私たち以外にも戦える者がいる。……御膳立て程度だが、やるぞ」

 鞍馬のその言葉に、各々反応を見せながらも頷く。
 三者三様と言った反応だったが、覚悟を決め、戦うという意志があるのは共通だった。

「作戦は一応立てる。まぁ、歯が立たないだろうが、ないよりはマシだろう」

「とりあえず、向かいましょう」

 そういって、蓮達は京都へと足を向ける。

「………っ、ちょっと待って……!」

 その途中、織姫が何かに気づいたように声を上げる。

「これって……!」

「これは……霊気が……!?」

 それは、全盛期の時には及ばずとも。
 まるで、全盛期の時代のような霊気と、溢れてくる力に、彼女たちは驚いていた。

















   ―――生き残りの式姫達が移動を始めた、その一方では……





「……かや、ちゃん……?」

 優輝よりも傷は少なく、そのために早く目を覚ました葵の目には、信じられないものが映っていた。

「う、嘘……」

 レイピアを伝う血、そのレイピアが刺さっているのは、椿の胸。
 そして、レイピアが抜かれ、力なく仰向けに椿は倒れる。
 ……その光景が、葵には信じられなかった。

「っ………!」

 妖の薔薇姫がまだ生きていた事など、葵の眼中にはなかった。
 頭の中にあったのは、ただ一つ。



   ―――椿を殺したこの妖を、赦せないという“怒り”のみ。



「っ、ぁあああああああああああああ!!」

 気絶から目を覚まし、未だに全快していないとは思えない速度と踏み込みで、一気に妖の薔薇姫へと肉薄する。

「逃さない!」

   ―――“呪黒剣”

 そのままレイピアを怒涛の勢いで繰り出し、避けられた所で黒い剣を地面から生やす。

「ッッ!」

 直後にレイピアを大量に生成、一気に打ち出す。
 だが、薔薇姫はそれを蝙蝠化する事で躱し……。

「逃がさないって、言ってるでしょ!!」

 葵が、その一手を上回る。
 生成して打ち出したレイピアが、蝙蝠たちを的確に貫く。
 自身と同じ姿、戦い方をしている故に、対処ができたのだ。

「っ!」

     バチィッ!!

 ……だが、だからと言って、確実に勝てるという訳じゃない。
 薔薇姫にはレイピアの生成能力がない代わりに、瘴気がある。
 そして、その厄介さは、葵のレイピア生成を上回る。

「っ、この……!」

   ―――“呪黒剣”

 瘴気に弾かれた葵は、即座に呪黒剣で反撃する。
 蝙蝠化であまり当たらないものの、何匹かの蝙蝠を貫く。

「っ……!」

 瘴気の触手が次々と葵へ襲い掛かる。
 椿は相性が良かったのに対し、葵では逆に瘴気と相性が悪い。
 近づくだけでも困難になるからだ。

「っ、ぁあっ!!」

   ―――“速鳥”

 ……だからと言って、葵が止まる理由にはならない。
 葵は自身に術を掛け、敏捷性を上げる。
 そのまま瘴気の触手を掻い潜り、いつの間にか元に戻っていた薔薇姫へと肉薄する。

「はぁぁっ!!」

     ギギギギギィイイン!!

 レイピアを連続で振るい、薔薇姫と切りあう。
 近接戦において、同じ“薔薇姫”である二人は互角……とは言えなかった。

「(こいつ……!瘴気で強くなっている……!)」

 そう。瘴気の霊力によって、薔薇姫の能力は底上げされていた。
 一回目の戦闘よりも強くなっていた薔薇姫を相手に、葵は押される。

「くっ……!」

 そこへ瘴気の触手が迫り、葵は後退するしかなくなる。
 レイピアを牽制として射出し、瘴気の触手に突き刺すが、あまり効果はない。

「(かやちゃんは自身の霊力で瘴気の浸食を防いでいたんだろうけど、あたしの場合、波長が合いすぎて防げない……!)」

 一回目の戦闘と同じく、瘴気は葵のレイピアを蝕んだ。
 しかも、その瘴気は葵と同じ体が生み出している。
 相性が悪い訳ではないが、それだと逆に相性が()()()()
 波長がほとんど同じなため、霊力を放出しても瘴気を阻みにくいのだ。
 だから、葵では瘴気を相殺することができない。

「(一応、あたし自身は大丈夫だけどね)」

 葵という自我があれば、それに伴った霊力で葵自身への浸食は防げる。
 それに、魔力もあるからそれで防ぐことも可能だ。……あまり意味はないが。

「でも……」

 瘴気の触手を躱しきり、葵は大きく間合いを離していた。
 牽制として大量に突き刺したレイピアは、瘴気によって瓦解寸前になっている。
 それを一瞥し、葵は薔薇姫を見据え……。

「かやちゃんを殺したのなら、そんなの関係ない!!」

 怒りを、爆発させる。

「弾けろ!!」

     ドドドドドォオオン!!

 同時に、レイピアに込められていた霊力と魔力を爆発させる。
 どうせ瘴気で瓦解するならばと、有効活用したのだ。

「はぁっ!!」

     ギィイイン!!

 その爆発で瘴気は一時的に祓われる。
 そして、その僅かな隙を利用して肉薄。鋭く速い刺突を繰り出した。

「邪魔ぁっ!!」

 そこから、さらに魔力弾を放つ。
 葵を攻撃しようとする瘴気を撃ち抜く。

「ぁああああああああああ!!!」

     ギギギギギィイイン!!

 怒りと共に怒涛の連撃が繰り出される。
 だが、その悉くが防がれてしまう。
 ……怒り故に、動きが単調となっているためだ。

「っ、この……!!」

   ―――“呪黒剣”

 葵の足元から黒い剣が生える。
 それを葵は跳躍で回避。

「よくもっ!!」

   ―――“Silver Bullet(シルバーブレット)

 直後に薔薇姫へ向けて強力な射撃魔法を放つ。
 ……が、それも回避されてしまう。

「よくもかやちゃんを!!」

 だが、そこへ魔法陣を足場に一気に飛んできた葵がレイピアで突き刺しにかかる。
 そのスピードに対処しきれなかった薔薇姫は、その一撃に貫かれる。

「あああああっ!!」

 貫いたレイピアは瘴気で瓦解する。
 即座に新たなレイピアを手に取り、薔薇姫へと切りかかる。

     ギギギギィイイン!!

「っっ……!」

 怒涛の連撃。だが、明らかに葵らしくない戦い方だった。
 それもそのはず。今の葵は椿がやられた事に我を失っている。
 かつて葵が一度死んだ際に椿が悲しみ、怒った時のように、葵も椿が殺された事に強い悲しみと怒りを抱いていた。
 椿が葵を思った以上に大事にしていたのと同じように、葵も椿が大事だったのだ。

「ぐっ……!?」

 だが、やはり怒りで我を忘れていれば、動きは単調になり、警戒が疎かになる。
 瘴気の触手が、葵を薙ぎ払うように吹き飛ばしてしまう。

「ぁああああああ!!?」

 そして、棘状となった瘴気が、葵を蜂の巣にするかのように刺し貫いた。

「がはっ、っ……!」

 最後にまた吹き飛ばされ、葵は血塗れとなって地面に崩れ落ちる。

「く、ぐっ……!」

 葵も吸血鬼の一種。刺し貫かれただけで、力尽きる訳ではない。
 だが、明らかに大きく体力は削られていた。

「(かやちゃん……)」

 怒りはまだ残っている。
 しかし、葵は既に冷静さを取り戻していた。
 そして、“勝機”の薄さも、よく理解できていた。

「っ、はぁ、はぁ、この……!」

 何とか立ち上がり、空へと逃げる。
 地面に立っているより、空の方が死角が少なく、攻撃を避けやすいからだ。

「くっ……瘴気が……」

 いくら瘴気に浸食されにくい葵自身の体とはいえ、絶対ではない。
 棘に刺し貫かれた際に、その体は浸食されてしまっていた。

「……絶対、仇を取る……!!」

 それでも、葵は諦めない。
 ずっと大好きな椿を殺した自分自身の抜け殻を、絶対に許せなかったから。
 だから、葵は瀕死になっても、薔薇姫へと挑み続けた。













「(………え……?私は……一体……?)」

 葵が傷つきながらも薔薇姫と戦っている最中、椿はなくなったはずの意識の存在に戸惑っていた。

「(経験した事はなかったけど、これが“幽世に還る”という事なのね……)」

 だが、すぐに理解する。これは、死ぬ寸前だということに。

「(意識と力が段々と薄れていく……)」

 走馬燈のように、椿の脳裏には今までの思い出が蘇る。
 それを椿は受け入れ、そのまま死を待とうとして……。



   ―――椿!
   ―――かやちゃん!



「(っ……!!)」

 脳裏に過った、大事な二人の自身を呼ぶ声に、薄れた意識が覚醒する。

「(このまま死ぬ。そんなの……お断りよ……!!)」

 “終われない。まだここでは終われない”
 そんな思いを抱き、椿は生き足掻く。

「(動け……動きなさい、私の体……!)」

 体感としては、夢心地な空間か無重力な空間か。
 そんな中にいるような感覚で、椿は現実の自身の体を動かそうとする。
 だが、念じた所で、まったく動きそうにない。

「(既に、肉体と精神が切り離されているというの……?)」

 霊力を手繰れば、体の感覚を認識することは出来た。
 しかし、そこから動かすには、霊力が圧倒的に足りない。
 さらには、例え動かせたとしても、致命傷を受けた状態ではすぐに力尽きる。

「(…………)」

 手の施しようがない。
 そう考える椿だが、ふとあることを思い出す。
 それは、以前優輝に“どうしてそこまで無茶をするのか”と聞いた時の事だった。



   ―――「ねぇ、少し聞きたいんだけど」
   ―――「どうして、普通は諦めてしまいそうな時に、」
   ―――「無茶までしてあそこまで頑張れるの?」

   ―――「うーん、どうして、って言われてもなぁ……」
   ―――「単純に諦められないのと、後は……」
   ―――「()()()()()()()()()()()()()()()()から、かな?」



「(……そうよ。例えどんなに小さな可能性でもいい。それこそ奇跡と呼べるものでもいい。諦める訳には、いかないのよ……!)」

 再び薄れそうになった意識が、覚醒する。
 霊力が足りなくても関係ないとばかりに、椿は体を動かそうと何度も試みる。



   ―――そして、そんな椿の想いに応えるように、状況に変化が訪れる。



「(っ、これ、は……?)」

 ふと、体を通じて流れ込む霊力が増していることに気づく。
 それは、優輝からの供給ではない。
 椿自身が大気から吸収して得ている、椿自身の霊力だ。

「(まるで、江戸の時みたい……)」

 その霊力は、全盛期の江戸のように、椿の力を取り戻すのに十分な量だった。

「(これなら……!)」

 これならば、体を動かせると、椿は確信する。
 しかし、体を動かすことは、しなかった。

「(……勝てるの?今起きた所で)」

 そう。死の淵から蘇った所で、待っているのは妖の薔薇姫だ。
 このままでは勝てないのは、わかっていることだ。

「(……でも、ここで手を(こまね)いている暇はない)」

 どうするべきか思い浮かばないまま、椿は体の感覚を取り戻していく。
 そして、僅かに体を動かせるまでに、“繋がり”を取り戻し……。





「っ……!」



   ―――僅かに開いた視界に、瘴気に貫かれた葵が映った。



「(あお、い……!)」

 その瞬間、椿は大きな憤りを抱く。
 それは、葵を傷つける薔薇姫に対してであり、無力な自分に対してでもあった。

「ッ、ァ……!!」

 体が痛み、傷口からは血が溢れる。
 瘴気は未だに体を蝕み、満足に体を動かすこともできない。
 それでも、椿は立ち上がろうとする。
 ……葵を、一人で戦わせないために。

「(体が動かないなら、思考を巡らせなさい……!如何にして体を動かすか、あの薔薇姫を倒すか、葵を手助けするか……!どんな手段でもいい、何か、手を……!)」

 考え、考え、考える。
 椿の中に積み重ねられた経験から、最善手を導き出す。

「(……霊力はもう十分にある。傷を癒すことも可能。でも、それだと後“一手”が足りない。方法はあっても、それを成す力が……!)」

 既に、“方法”は思いついている。
 それは、現代の霊気が薄かった事が原因でできなくなっていた事の一つ。
 霊気が濃くなったと気づいたからこそ思い浮かんだ最善手。
 だが、それを成すための力が、霊力だけでは補いきれなかった。

「(力が、足りな……い……?)」

 そこでふと、思い出す。
 椿が気絶から回復する直前まで、椿が、そして優輝が何をしていたのかを。
 ……なんの“力”を、行使していたのかを。

「(“神力”……!!)」

 そう。神降しの際に行使していた神力。
 かつて優輝が、司を助ける際に体に残っていた神力で神刀・導標を創ったのと同じく。
 椿の体にもまた、神力は残っていた。

「(……行けるわ……!)」

 そして、これでピースが揃った。
 すぐさま椿は、逆転のための一手を行使する。

「ッ……!」

 まずは、体との“繋がり”を完全に繋ぎなおし、意識を元に戻す。
 そして、体に残る神力を用いて、“陣”を描く。
 その陣は、方位の吉凶を司る八将神の加護による、ある儀式を行う陣。
 それは、式姫を更なる高みへと引き上げる、かつて椿は行えなかった、覚醒の儀式。

「ッ、起動……!」



   ―――“八将覚醒”

 

 ……その瞬間、陣から光が迸る。

「っ、かやちゃん……!?」

 ボロボロになり、力尽きかけていた葵が、その光に気づく。

「この力の波動は……八将覚醒……?でも、どうやって……」

 いくら術式を覚えていたとはいえ、色々と条件が必要だったはず。
 そう思った所で、葵は気づいていなかった事に気づく。

「霊気が……それに、陣に込められたのは、神力……!?」

 濃くなっていた霊気と、椿の体に残っていた神力。
 その二つで条件を満たした事に、葵も気づく。
 そして、薔薇姫もまたその光に警戒していた。

「……傷も治って、無事に術は成功した訳ね」

 光が晴れると、そこにはいつもと違う衣装の椿が立っていた。
 頭には白い花の花冠が付き、水色の着物は花模様があしらわれた白に近い薄黄緑色になり、若干丈が短くなっていた。そして、下には白いフリルのついた緑色のスカートを履いている。腰には黄緑と赤色の二本の長い帯が付けられており、袖の腕辺りには、青緑色の帯と、先に白い花のついた、折り紙の輪飾りのような青緑色と白色の装飾品がついている。
 足も草履から緑色の靴になっている。

「……かやちゃん……」

 葵は、声を震わしながら椿の名を呼ぶ。
 それは、生きていた事に対する喜びか、八将覚醒した事に対する驚きなのか。

「……ありがとう、葵。引き付けてくれて」

 先ほどまでほぼ死んだも同然だったとは思えないほど、澄んだ声で、椿は言う。

「後は、任せて頂戴」

 そう言って、構えるのは風が実体を持ったように、黄緑色の弓矢を展開する。
 それは、八将覚醒した事で使えるようになった、実体のない弓矢。
 その矢は、見た目のイメージ通り風のようで……。

     バシュッ!!

「ッ……!」

 今までとは段違いの速度で、薔薇姫の頬を掠めていった。

「鎌鼬……!」

 葵はそれを見て思わず言葉を漏らす。
 薔薇姫は、確かにその矢を避けようとした
 しかし、その矢は実体を持たず、故に空気を切り裂いて進む。
 そのため、鎌鼬が発生し、回避を困難にしていた。

「ッ……!」

「ふっ……!」

 だが、薔薇姫もただではやられない。
 瘴気を纏い、同時攻撃を仕掛ける。
 それに対し、椿は手に風のように霊力を纏う。
 瘴気の触手は霊力を風の刃のように放つ事で断ち、レイピアも同じように霊力を扱うことで、刀の代わりとして攻撃を防ぐ。

「(見えるし、避けれる。さっきまでとは違う……!)」

 それだけなく、椿は躱せるものは全て躱していた。
 そして、僅かな隙を付き、風の刃ですれ違うように脇腹を切り裂く。

「捕えなさい」

「ッ!?」

 脇腹を切り裂かれた程度では薔薇姫は止まらない。
 すぐさま振り向き、未だ背を向ける椿に切りかかろうとして……。
 ……手足が、蔦と木の根によって捕らえられる。

「この姿なら、草木をある程度操れるようね。……侮らない方がいいわよ。私の霊力で、その蔦や根は普通の力では千切れないから」

 構わないとばかりに薔薇姫は動こうとするが、椿の言う通りにそれでは千切れない。
 すぐさま力を上げて千切るが、一歩遅かった。

「食らいなさい」

 薔薇姫を包囲するように、霊力の矢が展開されており、弓に番えられた矢が放たれると同時に、その全てが薔薇姫に向かって放たれた。

「ッ……!」

 単身では回避も防御も不可能。
 そうとなれば、薔薇姫の取る行動はどちらか二つ。
 蝙蝠になって回避か、瘴気による防御。……今回は、後者だった。

「残念だったわね。自ら退路を断つなんて」

   ―――“弓技・閃矢-真髄-”

 そして、椿はどちらに転んだとしても想定済みだった。
 蝙蝠になった場合は、風を纏った矢で、一気に切り裂く算段だった。
 今回の場合は、瘴気で防御させ、それごと貫くという至極単純な事だ。

「ァ……ァ……」

「終わりよ」

   ―――“神槍”
   ―――“神撃”

 心臓を瘴気ごと貫かれた所を、再度霊術で束縛。
 トドメとばかりに、瘴気ごと聖属性の霊術で完全に仕留めた。

「……ふぅ……」

 それは、あっけないなまでに早い決着だった。
 あれだけ苦戦していたのもあって、椿も思わず溜息を吐く。

「かやちゃぁあああん!!」

「っ……!」

     ドッ!

 そんな椿へ、葵は思わず抱き着こうとし、椿も思わず矢で迎撃してしまう。

「あ……」

「無事で良かったよー!」

「……そうだったわね。あんたは、そういう奴だったわね……」

 頭に刺さってもお構いなしに、葵はそのまま抱き着く。
 それを見て、力が抜けるように椿は安心し、二度目の溜息を吐いた。

「とにかく、治療を……って、あら?」

「うん?これって……」

 葵の傷を治そうとして、二人は葵に流れ込む力に気づく。

「……そっか。“薔薇姫”という器が倒されたから、改めてあたしに還元されてるんだ。今まではユニゾンデバイスとしての存在だったけど、これで式姫に戻るんだね」

「そういうこと。……というか、何気に今まで厳密には式姫ではなかったのね」

「まぁ、今更だね」

「そうね」

 何とか窮地を乗り越え、少しばかり気が緩む二人。
 だが、強化されただけあって、周囲の警戒は十分だった。

「……ところで」

「そろそろ出てきてもいいんじゃないかしら?」

 そう。既に、二人は近くにいる気配を感じ取っていたのだ。

「ばれたわね」

『そのようだな。まぁ、八将覚醒をしたのだ。わかってもらわなければな』

 そして、近くの茂みから気配の主が現れる。

「……陰陽師、それと妖の気配」

「後、デバイスもあるみたいだね」

 だが、敵意はなく、だからこそ椿と葵は警戒はそのままに冷静に分析した。

〈あちゃぁ、どうやらボクも気づかれたみたい〉

「意外ね。今まで気づかれなかったのに」

〈デバイス同士なら気づけるよ。実際、夜中に遭遇した魔導師のデバイスも気づいてたんだし〉

「ふーん。それにしても、式姫と同じ姿のデバイス?どうなってるの?」

 そして、気配の主……鈴も、敵意はないと見てデバイスのマーリンと軽口を交える。

「貴女たちは……いえ、その前にこの気配は……悪路王!」

「ふむ、お前たちが相手なら吾も姿を現して良いだろう」

「やっぱり……どうして、貴方がここに?」

 椿が感じていた妖の気配の主、悪路王も姿を現す。

「目的が合致している。とだけ言っておこう」

「久しぶりね、かやのひめと薔薇姫……どうして片方がデバイスなのかは気になるけど……私は草柳鈴よ。聞き覚えはあるでしょう?」

「鈴……もしかして、鵺の時の……」

「ええ。この度、記憶を持って生まれ変わったわ。……あの子を止めるために」

 その言葉で、鈴と悪路王がなぜここにいるのか、二人は理解した。

「……今のとこよの……大門の守護者の力は神に匹敵するわ。勝てるの?」

「勝てる……なんて、口が裂けても言えないわ。でも、そちらにはまだ手があるのでしょう?」

「……一応ね。保険となる存在はいるし、最善とは言えないけど手はあるわ」

「なら、その時間稼ぎだけでも私は構わないわ。……ただ黙って見てられないもの」

「そう……」

 椿に、今の鈴を止める理由はなかった。
 また、悠長な事をしている場合ではないため、引き留める事もなく会話を終わらせる。

「じゃあ、先に行きなさい。私は彼を起こしてから行くから」

「ええ。……知った顔にまた会えて嬉しかったわ」

 そう言って鈴は先に京都へと向かった。

「……最後の会話みたいに言ってるんじゃないわよ」

「あれは、捨て身で行くつもりだね……」

 別れの言葉のように言った鈴に向け、椿と葵は思わずそう呟く。

「……悪路王、ついて行かなくてもいいのかしら?」

「すぐに向かう。だが、貴様らに一つ聞いておきたい事があってな。……“憑依”の術は使わないのか?」

 少し残った悪路王は、椿達に向けてそう聞いてくる。

「……いえ、術式はともかく、環境の問題で使ってなかったわ。でも……」

 “今の状況なら”と椿はそこまで考えて、ふと思い当たる。

「どうして、そんな事を?」

「なに、少しばかり予感がしてな。手段として取っておくといい」

「……?」

「ではな」

 悪路王自身も、確信があって言った訳じゃなく、そのまま京都へと向かっていった。
 残された二人は、どういうことなのかと、首を傾げた。











 
 

 
後書き
駆けつけた式姫達…詳しくは式姫大全などで確認を。主がいない上に霊力が不足しているため、全員が全員途轍もなく強い訳ではなく、一番強い天探女でも椿や葵と同等以下。

八将覚醒…八将神の加護により、強さを極める。通称“京化”。“京○○”という名前の形態に進化する。京式姫は超激レア相当の能力を持っているため、本編でも相応の強さを持つ。


椿は八将覚醒により飛躍的に能力が向上しています。さらに、実体を持たない弓矢を扱う事で、今まで以上に多彩な矢を放てるようになりました。
葵に関しても、元々の器が薔薇姫を倒した事で戻ってきたので、その影響もあって飛躍的に能力が向上しています。ただし、式姫としての力は椿に劣っています。 
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