ユキアンのネタ倉庫
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賢者の孫騎士 2
「「「「成人おめでとう!!」」」」
「態々ありがとうございます」
15歳の誕生日、この世界では大きな節目、成人として認められる日だ。この年から職に付くことが出来、税金などもあがり、飲酒や喫煙などが法的に認められる。何より平民の場合は家から出るのが普通だ。無論、オレも同じだ。学生や貴族、長男などは家に残る場合もあるがな。
その成人の誕生日に、肩書が凄まじい人達が集まっている。救国の英雄が二人に国王陛下、国内最大の紹介の商会長、新設される魔導騎士団の団長と副団長2名と明らかに可笑しい参加者だ。笑えてくるよな。
この5年で最低限の常識も学ぶことが出来た。双頭の獅子と空を駆ける虎との決着も先日ようやく着いた。やることと言うかとりあえずはパダワンを取りたい位だから、魔物ハンターとして世界を旅するぐらいしか予定はない。30前には何処かに落ち着いて結婚したい。結婚は前倒しでも良い。爺ちゃんと婆ちゃんに曾孫を抱かせてやりたいから。それでも5年ほど先だろう。
「所でシンはこれからどうするんだ?」
「とりあえずは魔物ハンターをしながら世界中を旅してみようと思ってるよ。幸い、お金に困ることはないからね。ああ、畑の世話があるからちょくちょく帰ってくると思うけど」
狩りすぎて回収すら面倒になった災害級を裏オークションに流した所、裏オークションでは取り扱えないと、表のオークションに流れた結果。婆ちゃんにオレの存在を感づかれてしまったのだ。烈火の如く怒られてしばらく監禁された。
ガチで牢屋に半年程放り込まれたのだが、暇つぶしの方法はいくらでもあったので退屈しなかった。元気に筋トレしているオレを見て婆ちゃんは呆れていた。高々天井の煉瓦のくぼみに指を引っ掛けて腕立てをしていただけなんだけどな。
「全く、いい加減に自重を覚えてほしいもんだけどねぇ。王都に行く度に生態系を破壊してからに」
初めて王都に出向いてから半年ごとに2週間の滞在を続けてはいたのだが、暇を見ては城壁を光学迷彩と念動で飛び越えて周辺の狩場の魔物を殲滅していたのだ。無論、王都周辺では騎士団による間引きが行われているので半年毎に魔物がほぼ0にまでなる異常事態が国王陛下のディセウムおじさんやミッシェルさんに伝わり、そこから婆ちゃんに伝わって絞められた。
「あっ、生態系で思い出したんだけど、半年前に狩った魔物の数が多かったんだよね。ちょっと気になるぐらいに」
パンにバターを塗って口にする。
「ほう、どれぐらいじゃ?」
爺ちゃんが気になったのか突っ込んでくるので、果実水を飲みながら思い出して答える。
「2割から3割増し、質も多少上がってた気がする。対処できない数じゃないと思うけど、放っておくと危険な気もする。だから、半年ほど籠もって原因を探ろうと思ってる」
「そんなことになっておるのか!?」
「クリス、確かなのか」
「いえ、半年毎に数が0に減っているので多いと感じたことはないですね。それに質も変わらないような気がします」
「半年のスパンで忘れてるだけだと思うよ。日頃から間引きしているせいで余計にわからないんだよ。オレは半年ぶりに猪とか鹿の魔物を狩るから分かりやすいんだよ」
「獅子や虎を狩るのを遊びと称するだけはあるな」
最近はそれも微妙で『オーバーロード』を使って遊んでいる。
「ふむ、シン君、すまないが狩場の報告を週1で構わないから届けてもらえるかね」
「いいよ。場合によっては人手がいることになるかもしれないからね。まあ、魔導騎士団の最初の仕事にはちょうどいいことになるんじゃないかな?」
メインの牛肉をカットして口に運ぶ。おお、ソースが美味い。肉の方も熟成がうまくいってよかった。
「そう言えば、帝国がきな臭いことになってるって聞いたけど、どうなってるの?」
「初耳なんだが?」
ディセウムおじさんが首を傾げている。他のみんなも同じようだ。
「行商人のおっちゃん達が言ってたよ。どうも皇帝が滅茶苦茶らしいね。まあ、優秀な競争相手を暗殺や冤罪で陥れて成り上がった馬鹿だからなんだろうけど、貴族以外が暮らしにくくなって悪循環に陥ってるね」
行商人にとっては飯のタネに命綱だから情報の量はかなりの物だ。精査すれば大体の真実に近いものが見えてくる。何かきっかけがあればすぐに仕掛けてくるだろう。まあ『オーバーロード』の実験に使わせてもらうつもりだ。幻術に変声にコスプレも用意したからな。
「ふむ、シン、すまんが暇な時に魔導騎士団の教導役をやってくれないか?」
「教導役?どういうこと、ミッシェルさん」
「ライトセイバーを扱うのはそこそこ揃ったが、やはり一度は手足を切り落とされた方が良いと思ってな。治療を含めて教導役を引き受けて欲しいのだ」
「いいけど、仮面を付けて声も変えて正体を完全に隠させてもらうよ」
「どんな姿だ」
自室に戻ってダース・ベイダーのコスプレをして戻る。一瞬にして空気が死んだのが分かる。
「シン、あんた、なんだい、その格好は?」
「これならば私であるということがバレることはなかろう」
喋り方を変え、マスクに仕込んである変声機によってダース・ベイダーその物の声と独特な呼吸音からオレを特定するのは不可能だろう。更には赤いライトセイバーをドジェム=ソで構える。
「あ〜、確かにシンがシエンの型、うん?シエンか?微妙に違う気がする」
「確かに違和感を感じますね」
ジークとクリス姉ちゃんが違和感を感じたようで幸いだ。
「おそらくはシエンを元に作ったフォームだろう。機動力を更に削ったな」
「ほう、流石は剣聖殿だ。このドジェム=ソはシエンを更に攻撃的にした物だ。そのために機動力を削っているが、爆発力ではトップだろう」
「シン、その喋り方と格好を止めな。全然似合ってないよ。普段着もそうだがね」
「この格好結構気に入ってるんだけど。地味にどんな環境であろうと生きていける魔道具を装備してるから」
おかげでモルラの葉が取り放題なんだよ。危険な毒沼程品質の良い物が採取できるからな。人工的にやばい毒沼を作って栽培にも手を出している。
「シン、流石にその格好は認められないな。なんというか、悪人っぽいからな。騎士服に教導役の腕章は固定だ。顔を隠す仮面位なら許せるだろうが」
「え〜、じゃあ、どれなら良い?」
部屋から紙とペンを持ってきて幾つかの仮面のデザインを書く。赤い彗星、ライトニング・バロン、鉄仮面、エンデュミオンの鷹、ミスターブシドー、マスク、ヴィダール。とりあえずガンダム系の中から選んでもらおう。
「どれも却下だ」
「じゃあ、受けない。なし崩し的にずるずると騎士団に縛られそう。自由をこよなく愛するオレには耐えられないね」
「アンタを完全に自由にしたら世界が滅びるよ」
「失礼な。世界が滅びたら楽しみがなくなるじゃない。どっちかというと未踏の地のどこかでのたれ死んでる可能性が高いよ」
逃走手段はいくらでもあるけど、不意打ちとか初代様のようなのが居ないとも言い切れないから。
「話がそれたが仮面ぐらいで我儘ばかり言ってるんじゃないよ」
「何処が!?」
「もっと普通のを使いな!!トム、適当に見繕ってやりな」
「ちぇっ、このセンスが理解されないなんて」
「劇ですら使われないようなハイセンスさだな。どんな服に合わせるのか逆に気になるな」
ジークがそんな事をいうので服装もセットで書き上げる。軍服のデザインが気に入られたのか、デザインを売って欲しいと言われた。解せぬ。ミスターブシドーはオリエンタルなのが気に入ったのかディセウムおじさんが欲しがってはいた。仮面はいらないそうだ。解せぬ。
王都での活動拠点として中の上位の宿屋の一室を押さえた。挨拶回りのために支給された騎士服に着替えて軽く認識阻害の魔法をかけてから街に出る。
「おぅ、シンじゃねえか、珍しく立派な服を着てるじゃねえか」
王都に来る度に立ち寄っている串焼きの屋台のおっちゃんに声をかけられる。魔導騎士団の騎士服だが、気付かないな。認識阻害はしっかり効いているみたいだ。
「オームさんか、面倒なことに就職先を固定されてね。制服なんだよ、こいつは。いつも通り10本頂戴」
「あいよ。それにしても今年成人だったのか。1本オマケしといてやるよ」
「ありがとう。このタレが美味いんだよね」
「親父の代からの継ぎ足しタレだからな。これの保存が結構大変なんだが、ハーゲン商会の冷蔵庫のお陰で多少は楽になったな。夏場に黴させずに済むからな」
「便利みたいだね。宿屋暮らしのオレには関係ないけど。またちょくちょく来るよ」
代金を払って串焼きを11本受け取る。行儀が悪いがいつもの様に食べ歩きをしているとマリアを見かける。隣に友達と思われる子が居たので声をかけずに立ち去ろうと思ったのだが、昨日ギルドで絡んできた見た目だけの魔物ハンター3人に絡まれ始めた。
「全く、ハンターの質も落ちたものだな。獲物を狩れずに管を巻いていたくせに、今度は嫌がる女の子に絡むなんてな」
「あぁん、誰だ、ってお前は昨日の!?」
「あら、シンじゃない」
マリアがオレに気付いて手を振ってくる。
「両手は塞がっているけど手を貸そうか、マリア?」
「大丈夫よ。よくあることだからっと!!」
そう言うとマリアはハンターたちの足を念動で掴み上げて建物の屋根の高さまで逆さで持ち上げる。
「中々の速度と精度だな。これならライトセイバーを扱えるようになれば、すぐにでも魔導騎士団に入団出来るな」
苦し紛れに投げてきた剣を念動でキャッチして収納に放り込む。ついでに串焼きの入った袋も放り込んでおく。
「魔導騎士団って、最近新しく設立されたあの?」
「その騎士団。ライトセイバーっていう専用魔道具と念動を扱う騎士達だな」
「詳しいのね」
「まあ、設立の原因がオレだからな」
「どういうこと?」
「ここじゃあアレだから場所を変えよう。そっちの彼女も一緒にな」
マリアの背に隠れるように怯えている少女を気遣って近くのカフェに誘う。かなり可愛い子で、彼女に惹かれてこのバカどもはちょっかいを掛けたのだろう。まあ、あまりタイプじゃないので食指は動かないがな。性欲は人並みにあるけど、ストロンガー(変身時に両腕の電極をこすり合わせて電気を生み出す。意味は分かるな?そういうことだ)で間に合っている。
マリアとは5年前からちょくちょく会っているので問題ないとして、怯えている少女に軽く自己紹介しておく。
「シン・ウォルフォードだ。マリアとは昔なじみでね」
「大丈夫よ、シシリー。シンはちょっと抜けてるところもあるけど優しいから。装飾品のセンスはひどいけど」
「最近、皆にそう言われるんだけどそんなに酷い?」
「最悪とまではいかないけど、結構酷いわね」
わざとらしく落ち込んで見せると微かな笑い声が聞こえる。どうやら少しは落ち着いたようだ。
「あっ、ごめんなさい。私はシシリー・クロードです」
「思い切り笑ってもらって構わないよ。そんなことを気にするような小さい男じゃないからね」
「大雑把なだけでしょう?」
やれやれ、マリアには何も言い返せないな。肩を竦めるだけしてカフェに歩きだす。
「それにしてもシンがまともな格好をしてるなんて珍しいわね。何処かの制服?」
頼んでおいた飲み物と軽食が届いた所でマリアが話を切り出した。周りに聞かれると面倒なので認識阻害の魔法で世間話にしか聞こえない結界を張っておく。
「まあな。ハンターで十分暮らしていけるんだが、無理矢理入れられた。諦めてるよ」
「ふぅん、何処で働いてるの?」
「魔導騎士団」
服にかけていた認識阻害を少しだけ緩めて理解できるようにする。
「よく見たら魔導騎士団の騎士服じゃない!?なんでシンが、ってミッシェル様の縁故からか」
「実力もあるけどな。まあ、それよりも強力な治癒魔法が使えるのも理由の一つだ。魔導騎士団が使うライトセイバーは殺傷力がありすぎて負傷がそのまま引退に繋がることすらあるからな。今の所、ライトセイバーでの負傷を治せるのがオレしか居ないんで、教導役として雇われたんだよ。だから、正式な騎士ではないんだ」
「それでも凄いことじゃない!!近衛よりも精鋭が揃ってるって噂なのよ」
「正確に言えば幹部クラスは近衛よりぶっちぎりに強いけど、平均すると近衛より精鋭、幹部クラスを抜くと通常の騎士よりは上だけどな。それを幹部クラスを抜いても近衛より精鋭にするのがオレのお仕事なわけ」
注文したコーヒーを飲みながら軽く答える。
「幹部クラスってどのくらいよ」
「教導役、団長、副団長、の4人。単独で災害級を討伐出来る」
ジークとクリス姉ちゃんは最初はトラウマでガッチガチだったけどな。今では普通にバッサバッサ切り殺せる。
「災害級って、そんなのが何処に居るっていうのよ」
「群生地が見つかったんだよ。まあ、かなり遠いから問題ないさ」
吸っていいかとモルラの葉巻を懐から出して振ってみせるが、マリアに首を横に振られたので懐に戻す。
「ああ、言うのを忘れていたが、少しの間出歩くのは控えたほうが良いぞ。今日みたいな馬鹿が馬鹿をやらかす割合が増えてるはずだからな」
「どうして?」
「近場の低位の狩場の魔物が全滅してるからな。しばらく数が戻らないだろうから荒れるはずだ。オレが教導役なのにはもう一つ理由があってな、王都周辺の狩場で魔物の数が徐々に増えている傾向にある。原因究明のために根こそぎ狩ってまわっている途中だ」
「根こそぎって、一体どれだけの数がいるか分かってるの?」
「狩場一つに200に届かない程度だ。2時間もあれば行って狩って帰ってこれる。準備運動にすらならなかったさ」
中距離走と障害物競走が合わさったような感覚でしかなかった。魔力感知と念動を使って森を駆けてすれ違いざまにライトセイバーで撫でるだけの作業だからな。
「まあ、シンならそれぐらいは普通に出来るか。それにしても魔導騎士団か。魔法学園に一緒に入学してくれたら助かったんだけど」
「困りごとか?」
「最近、シシリーに付き纏ってくる男がいるのよ。上から目線で婚約者にしてやるだとか、女がでしゃばるんじゃないとか、周りの言葉にも耳を貸さないし」
「ふぅん、闇討ちすれば良いのか?」
「なんでそこまで発想が飛んじゃうのよ。虫除けになってくれれば楽だったのよ」
「潰す方が楽なんだがな。分かったよ。なんとか学園に転がり込んでやるよ。常にってのは無理だろうが時間が空いてる限りは虫除けになってやるよ」
「そんな、悪いですよ!!魔導騎士団なんてエリートの中のエリートなのに、私なんかのために無理をしなくても」
「いいの?結構無茶を言ってるんだけど」
「別に構わないさ。出世街道なんて興味ないし、友達の頼みは出来る限り叶えてやりたい主義なんでな。魔法学園で間違いないんだな?後から別の学園でしたってオチはやめてくれよ」
「大丈夫よ。余程のことがない限りはSクラスで合格してみせるわ」
「試験はまだだったのかよ!?」
「大丈夫大丈夫、これでも成績はトップだから」
「やべえ、シシリーに付き纏ってるやつを落第にする方が楽に思えてきた」
「犯罪行為だから止めときなさいよ」
「知っているかマリア、イカサマはばれなきゃイカサマじゃないんだよ」
「シン、人としてそれはどうなのよ?」
「人だからでしょ。そうじゃなかったら詐欺師なんてこの世に居ないさ」
収納からトランプを取り出してショット・ガン・シャッフルを行い、テーブルの上に並べる。神経衰弱と同じように2枚ずつめくって同じ数字のカードばかりをめくっていく。
「はい、今のはイカサマでしょうか?イカサマならタネを明かしてくれ」
「分かりません」
シシリーは素直に答え、マリアは即答する。
「私は分かったわ。カードの裏面の模様の一箇所だけ異なる部分があったわ。それでピーピングしてるんでしょう?」
「正解。じゃあ、次はこいつだな」
タネを仕込んでいない新しいトランプを取り出して確認してもらってからショット・ガン・シャッフルを行ない、さらにシシリーにカットしてもらう。
「魔力でマーキングしてるんでしょ。それ位なら分かるわよ」
「ありゃりゃ、やっぱりマリアは誤魔化せないか。シシリーは手にとっても分からなかったみたいだけど。それじゃあ、最後だ。今度は魔法も使わない」
魔力のマーキングを消し去ってからショット・ガン・シャッフルを行う。それからカードを並べて、またパーフェクトでめくりきる。
「タネはあっても仕掛けはないよ」
「くっ、分からないわ」
「だろうな、違和感を持たせないようにしてたからな。一回目にこれをやっていれば気付いてただろうさ」
カードを集めて、今度は分かりやすいようにゆっくりとショット・ガン・シャッフルを行う。
「まさか、その反らした時に見えてる端のを全部覚えるの!?」
「はい、正解。努力すれば誰でも出来るタネさ」
「簡単に言うけど並大抵の努力じゃ無理よ」
「なら並大抵じゃない努力をすればいい。一握りの天才を除けば、並大抵じゃない努力をした者がその道の頂点に立っている。最も、オレは大抵の道で天才だから並大抵じゃない努力をしたことはないけど」
「途中までは良さそうな話だったのに最後でダメダメね」
「よく言われる。オレの話にはたいてい落ちがあるってな」
コーヒーを飲み終えたので伝票を持って席を立つ。
「そろそろ挨拶回りに戻らないといけないんでな。イカサマを見破った賞品としてここは受け持つよ。試験、頑張ってな」
後ろ姿は見えているはずなのにあまり印象が残らず、夢の中の住人だったのではないかと思ってしまう位に掴ませてくれない初めて出会うタイプの人でした。
「なんというか、面白くて不思議な人ですね」
「そうでしょう。昔からあんな感じでね。何処かずれている部分もあって目が離せないのよ」
マリアちゃんがクッキーを摘みながらテーブルに凭れる。
「マリアちゃんがいつも使ってる魔法もシン君が教えてくれたんですか?」
行儀が悪いと思うけど、どこか気怠げで、恋に敗れた女の子みたい。
「そうよ。初めて会った時は格好良かったんだけどなぁ。物語の一場面みたいで。今は友達で落ち着いちゃったけど」
ああ、違う。恋に疲れた女の子だ。
「初恋?」
「たぶんね。私も子供だったからあんまり理解できてなかったけど、思い返せば恋してたんだろうなぁ」
恋をしたことがあるなんて羨ましい。そんな男の人に会ったことがないから。シン君はなんだかんだでマリアちゃんを意識してると思う。それも羨ましいな。そんなことを考えていたら何かがテーブルに降りてきた。
「紙で出来た、鳥?」
紙で出来た鳥がマリアちゃんの前まで移動すると自らの身体を開いていく。一枚の紙を何度も複雑に折ることで形作っていたことに驚いてしまう。マリアちゃんは見たことがあるのか、普通に紙にかかれている文字を読んでいる。
「たぶん、偽名を使って変装して潜り込むから合わせてくれだって、教導官は自分しか居ないからすぐ分かるからって。それと今暮らしている宿の住所ね」
「その紙は?」
「シンが作った魔道具らしいわよ。使い捨ての上に作るのが面倒だって聞いてたけど、それでも王都にほとんど居ないシンとはよくこれで手紙のやり取りはしてたの。簡易的な量産方法を確立したのか、それとも在庫が余ってるのかしら?」
そう言いながら手紙を再び鳥の形に戻していく。
「鶴っていう鳥の形を真似たんだって。他にも器用に紙で箱を作ったりしてたわ」
「鶴?聞いたことが無い名前ですね」
「白くて綺麗な鳥らしいわよ。寒い地方に住んでいて、肉は淡白で調理次第では幾らでも化けれるって。あとは、鳥としては珍しく物凄く夫婦愛が強いんだって。連れ合いが死ぬと、骨が見えなくなるまで傍を離れずに連れ添って餓死、雪で見えなくなれば探しに出てそのまま一羽で死んでいくんだって」
それを模した手紙で文通って、遠回しなプロポーズに聞こえるんだけど気付いてないのかな、お互いに?
トムおじさんが用意した仮面舞踏会なんかで使われそうな、目元だけの正体を全く隠せないような仮面を付けて認識阻害を使い変声魔法も使ってから壇上に上がる。
「はじめましてだ、諸君。まずは入学おめでとう。私はオビ=ワン・ケノービ、新設された魔導騎士団の教導官であると同時に設立にも携わっている。今年度の試験からはこの魔導騎士団へ入隊するために必要な物についても採点対象として扱われている。どういった採点内容かは極秘であるが、少し想像すれば分かる物だ。思っていたよりもクラスが上位の者、下位の者はそれが原因だ。だが、これは学園長や陛下も認めた公平な基準であると認められている。自分に足りない物を学園生活で学び育んで欲しい」
文句があるのか反抗的な入学生が居たので念動で首を掴んで持ち上げる。
「魔導騎士団では、とある魔法と特別な魔法剣を使った戦闘を行う。バカには使わせられない。それだけに国への忠誠心や魔導騎士団の名を汚すような行いをする者は入団させることは出来ない」
掴んでいた入学生を放してやる。
「もう一度言うが、バカは要らない。バカの代表格は見れたはずだ。反面教師として使うといい。新設された魔導騎士団の目的はとある地方への進軍だ。その地は災害級がゴロゴロと存在する。今は問題ないが、いずれ問題になるかもしれない。その為の戦力増強が魔導騎士団設立の背景だ。今年度からは魔導騎士団の者が訪れることもある。これはという者には声をかけることもある」
色めき立つ者も居ればその逆も居る。どちらかと言えば色めき立つ者が多いが、魔物と出会ったことがなければそんなものかと理解する。
「ただ、強制ではない。先程も言ったが魔導騎士団は災害級との戦いに投入される。小国なら滅びることを覚悟する必要がある災害級だ。適当に石を投げれば災害級が釣れるような場所だ。逃げるのは恥ではない。団長、副団長を除けば小隊単位で一体を釣りだして狩っている所だ。最終的には私や団長達のように一人で数体、十数体を纏めて葬れるようになって貰いたい。余談ではあるが、災害級のさらに上、暫定的に厄災級と名付けた空を駆け雷を操る虎、双頭から獄炎を吐く獅子が確認されている。討伐は未だされていない。意味は分かるな?」
会場がパニックに陥りそうになるのを増幅させた手を叩く音で沈める。
「すぐにどうこうなる話ではない。だが、100年、200年となればどうなるかわからない。このままでは蹂躙されるだろう。なればこそ、育て鍛え上げねばならない。その最低ラインが単独での災害級の討伐。もしくは死者でなければどんな状態の者でも復帰できるだけの治癒魔法の使える者だ」
左腕の服を捲り上げ、ライトセイバーで服を切らないように左腕を切り落とす。悲鳴が上がり、中には倒れる者もいるが無視する。切り落とした左腕を左腕を拾い上げて切り口に合わせて治癒魔法で繋ぎ直す。左腕が動いているのを見せてから服を元に戻す。
「このレベルの治癒魔法を覚えたいという者は別個特別講義を開催する。詳しくは担任の教師に聞くように。長々と話したが、私が言いたいのはこのまま生半可な覚悟では滅びることになる。だが、単純に力だけを与えることはしない。力を得るだけの教養と自制心を身に着けて欲しい。これは『賢者』マーリン様と『導師』メリダ様のお考えでもある」
爺ちゃんと婆ちゃんの名を出すだけで空気が引き締まる。凄いと思うが、本人たちは絶対嫌がるだろうなぁ。オレがもしその立場なら逃げ出すな。
共に魔法学園の入学式に来賓として来ていたジークを虫除けに使いながら、仮面を外して変装に使っていた魔法を全て解除しながらマリアとシシリーの元に向かう。
「はぁい、お二人さん、元気にしてる?」
「シン、アンタ、一体どんな風に持っていったらあんなことになるのよ」
「オレからミッシェルさん、そんで国王陛下で大臣とか騎士団長とか学園長でそれらの総意。間引きの規模が大きくなっただけだ。あはははは」
裏事情はあるが、二人に話すようなことじゃない。何故なら手足の切り落としと、災害級の丘に連れて行ったことで7割が退団してしまったのだ。立て直しが急務となり、新しい世代にそれが求められているのだ。代わりに練度は上がったけどな。
「笑い事じゃないでしょうが」
うん、笑い事じゃないんだ。
「まあ、そういう訳で、一応講師として学園には転がりこんだから」
「あの治癒魔法の?」
「一応普通の授業で念動も指導することがあるかもしれない。マリアが試験で標的の鎧を捻じ曲げたでしょう?あの鎧、魔法に対して強い防御力と普通の鎧より多少低い防御力があるものだから、魔法による純粋物理攻撃ってことで注目を集めてるんだ」
「それって凄いことなのかしら?」
「魔物には稀に魔法に対して強い抵抗力を持つ奴が居る。そういう奴は基本的に物理攻撃に弱いがそれを躊躇わせる要因を備えていることも多い。毒を撒き散らしていたり、素早かったり、空を飛んでいたりとな。それらに有効な魔法である可能性が出てきた。早ければ数カ月後には講義が始まるだろう」
オレのオリジナルの念動は教えられないが、マリアや魔導騎士団に教えた劣化版を更に改悪した物は公開することになる。
「念動に関してもオレが講師として呼ばれそうだ。人使いが荒いよな」
「才能を腐らせるよりは良いんじゃない?」
「才能を腐らせれるぐらい世の中が平和って考え方もあるぞ。殺しの才能なんてあんまりうれしくはないな」
「最後は使いようでしょう?」
「違いない。でだ、あの馬鹿で間違いない?」
「後頭部に目が付いてるの?アレで間違いないけど」
目なんかついてなくても分かるっての。楽の中に一つだけ怒があればね。だが、なんだこれは?純粋な怒りじゃない?濁っているというか、変に粘ついている感じだな。対人関係の薄さが原因か?
「おいシシリー!!何を他の男と楽しそうにしてやがる!!」
さて、とりあえず挑発するか。収納から生徒の名簿を取り出しクラスを確認する。以前の基準だとAクラス。新しい基準だとCクラスだけどBクラスに空きがあったから一応Bクラスね。
「取り込み中だ。後にしろ、Cクラスのカート」
それだけで殴りかかってきた馬鹿の腕を取って投げ飛ばす。
「いきなり殴りかかってくるとはどういう了見だ?マリア、シシリーを連れて下がっていろ」
「殺しちゃ駄目よ」
「殺すわけないだろう。死体の処理が面倒なんだから」
周りも騒然としてきたがジークが押さえてくれている。
「Bクラスに空きが出たためにCクラス評価ながらBクラスに所属することになったカート。いきなり騎士に殴りかかってきて何を考えている」
「うるさい、黙れ!!なんでオレがCクラス評価なんだよ!!」
「入学式で言われただろうが、馬鹿はいらないと。ひとつ、いきなり人に殴り掛かる。ふたつ、ストーカー行為。みっつ、彼我戦力を見極められない。よっつ、都合が悪くなれば他人の威を借りる子供。馬鹿としか言いようがないな」
「ぶっ殺す!!」
「殺せるものなら殺してみろよ。まあ、ぶっ殺すなんて言ってる時点で無理だがな」
棒立ちで詠唱なんて殺してくださいと言っているようなものだ。落ちていた石をカートの顔に向かって蹴り飛ばす。当てるつもりはないが、ビビって目をつぶり詠唱も止まる。その隙に踏み込んで指先に発生させた風の刃を首筋で滑らせてから首を絞める振りをして斬ったことをカート以外に悟らせない。そのまま小声でカートに恐怖を刻み込む。
「血管を傷つけずに声だけを潰した。一流は態々これから殺しに行きますよなんて言わない。さっと殺してそれで終わりなんだよ。負け犬ほどよく吠えるってのは真理でな。オレはこれだけ凄いんだって凄んでないと不安で不安で夜も眠れないんだ。それとも思春期特有の病気か?自分が世界の主人公ってか?大人になると恥ずかしいぞ。そりゃあ、世界の主人公って言えるだけの力があればいいさ。賢者様や導師様みたいにな。でも、お前にそんな力はない。突出した魔力もないし、精密性は皆無、特殊な魔法が使えるわけでもない。王族でもないし、莫大な財産があるわけでもないし、戦乱でもない。平凡な世の中を平凡に生きる道しかお前にはない。それは悪いことじゃない。普通に真面目に生きるのが一番だとオレは思うぜ。まあ、お前と違ってオレは世界の主人公って言える力があるけど(笑)」
これだけヘイトを稼いでおけばタゲはオレに来るだろう。首を絞めたままスタンガンの魔法を使って意識を奪い、首の傷を治療しておく。証拠隠滅も完了っと。おっと、電圧が強すぎたのか筋弛緩をおこして失禁したようだな。ああ、これはもう表を歩けないわ。まあ、ストーカーの末路にはちょうどいいか。
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