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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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種持樹意

 その日は、稀に見る豪雨ってやつでした。雷なんかもゴロゴロしてて、この調子じゃお客さんはこねぇかなって思ってたんですよ。もしあっしなら、こんな雨だったら予定を後倒しにしやす。

 あっしも、雨の中外に居るのはちぃと嫌なんで、もう店じまいをしても許されるかなって思ったんでさぁ。
 そいで腰を上げかけたんですが、そん時道の向こうから走ってくる人影が見えたんでさぁ。まさかのお客さんで驚きやした。

 更によく見てみると、そのお客さんはなんと宍甘の旦那。正直唖然です。

「いやあ、酷い雨だ。いけるかと思って賭けてみたが、ツキがなかったみてぇだなあ」

「よくやりやすよ……。今拭くもの持ってきやす。縁台も何もびしょびしょなんで、中入ってくだせぇよ」

 風邪でも引かれてはいけねぇんで、あっしは慌てて旦那を家に上がらせやした。

「すまねえなあ。……全く、前の村であったことを思い出すな」

「何かあったんですかい?」

 旦那は水の滴る髪を拭きながら答えやした。

「ああ、前に居た村を出ようとした時、餓鬼がてるてる坊主……だっけか? あの紙折って作る、アレを作ってたんだ。それを酔っ払いだかが、下らねえつって取り上げて、壊してたんだよ。ひでぇことするなあと思ったが、この雨がその罰なんじゃねぇかって気がすんだよ」

 言いつつ一通り体を拭き終えた旦那に、あっしは茶の用意をしやす。こういう時の茶は本当に染みやすからね。
 そして旦那の話。まったく酷いもんでさぁ。

「確かにそう見えやすねぇ。まあ坊さんを馬鹿にしてるわけだから、罰の一つや二つ、合ってもおかしくありやせんって。……いや、神様って言ったほうがいいかもしれねえ」

 旦那は、茶を一気に飲み干しやした。

「お前、あれの由縁とか知ってるのか? ただの願掛けじゃねえのか?」

「願を掛けるってことはそれなりの根拠ってのが常じゃねぇですか。あれは日和坊っつー神様の恰好なんでさぁ」

 日和坊ってのは、山奥に棲んでる、老坊の恰好をした神様をいいやす。それが姿を現す時は必ず晴れるんで、皆がこぞって形を紙で作って、晴れを願うようになったと聞きやす。
 すると旦那は、感心したように唸り声をあげやした。

「んな謂れ、聞いたこともねぇや。知らねぇだけで色々と由緒正しいんだな」

「そうなんでさぁ。それを知らないから皆不躾なことしやすし、知らずに罰も当たるってもんなんですよ。拝むものを知るってのは大切なんでさぁ」

 知らないってのはどんなバケモノよりも恐ろしいことでさぁ。
 そこでふと、あっしは服の濡れた旦那に長話をしようとしてることに気づきやした。

「あ、旦那、折角なんで風呂とか……。それと、どうせもう店は閉めるつもりなんで、一泊していきやすかい?」

 あぶねぇとこでした。つい長話を始めちまうのは、あっしの悪い癖でさぁ。

「お、いいのか? なら願ったりかなったりだ」

 いつぞやの時もそうでしたが、今日も男二人で雑魚寝することになりそうでさぁ。 
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