楽園の御業を使う者
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
CAST30
「チッ…」
コミューターから降りた水波が前方のコミューターを見ると、幸せオーラ全開の白夜と真夜が降車している所だった。
コミューターから降りた二人は手を絡ませていた…恋人繋ぎだ。
その様子は見ていて思わず舌打ちしてしまうような有り様だった。
彼女は二人の様子を小型カメラで撮影した。
「証拠は十分ですね…」
水波は、即座に画像データを四葉から与えられているガーディアン専用デバイスに転送した。
相手は達也。件名は報告。
画像データと告白からイチャつきの音声ファイルを添付し……
送信アイコンをタップした。
四葉本家 同時刻
達也は四葉家で昼食を取っていた。
少し早いが、四葉本家に到着した時間が中途半端だったので食事を取る事にになったのだ。
同じテーブルには深雪と深夜が座っている。
つい数ヶ月前までは考えられなかった事だ。
真夜が復讐をやめた事で、達也は『四葉』を名乗る事を許されるようになった。
未だに達也自身の強い要望でガーディアンのままだが、真夜の後ろに控える穂波とは明らかに立場が異なる。
達也の端末がメールの着信音を奏でた。
それもプライベート用ではなく業務用…ガーディアン用の物からだ。
達也は直ぐ様端末を開いた。
「どなた?」
「水波です」
「そう。読み上げなさい」
達也はメールを開き…絶句した。
「どうしたの達也?」
すると達也は何も返さず、無言で端末を深夜へと渡した。
ムッとした深夜だったが、端末を受け取り、内容を見た瞬間…
「真夜…!」
額に井形を浮かべ、怒りを顕にした。
「お、お母様…?」
深夜は端末をテーブルにおき、立ち上がった。
「食べ終わったら富士演習場へ向かうわよ!
穂波。車の手配をしなさい」
「かしこまりました深夜様」
不審に思った深雪が端末を手に取る。
件名は『報告』。
幸せそうな顔をして手を繋ぐ白夜と真夜の写真と謎の音声ファイルが添付されており、本文は『くっつきました』の一文だけ。
「へ…?」
「どうされましたか深雪さん?」
深雪はどうしようかと迷い、端末を穂波に渡した。
「あら…おめでたい。賭けは水波の一人勝ですか」
「賭け…ですか?」
「四葉家の使用人で賭けていたんです。
御当主と白夜君がいつくっつくか」
「穂波? 私は知らないわよ?」
「胴元が葉山さんですから…。
分家の皆様にも気づかれていません」
深夜は頭を抱えた。
葉山は従者長であり真夜のガーディアンだ。
無論、それを任されるだけの実力がある。
その能力は、本家分家の誰にも気付かれず賭けの胴元を務める程度容易くやってのける。
「この家ときたら…まったくもう…!」
「では車を手配して参ります」
と穂波が部屋から出ていった。
四葉家族は昼食を終え、少しだけ間を置いて穂波の運転する車に乗り込んだ。
「あの、お兄様」
「どうした深雪?」
「その、先ほどの端末を貸していただけないでしょうか?」
達也はあっさりと深雪に端末を渡した。
深雪がポケットからイヤホンを取り出し、端末のジャックに差し込んだ。
そして、添付されていた音声ファイルのアイコンをタップした。
『答えを聞かせて。王子様』
『そうですね、お姫様…
真夜さん。俺は貴女が好きです』
「…!?」
深雪の心臓が跳ねる。
その音声ファイルは、白夜と真夜の告白シーンのファイルだ。
深雪は直ぐに盗聴した物だと察した。
水波が白夜に好意を抱いているのは周知の事実だ。
その水波が立場故に二人と離れ、その腹いせにやったのだろうとは予想できる。
深雪は聞くのを止めるべきだと理解していても、イヤホンを外す事は無かった。
そして場面はキスシーンへ。
映像が無い故に、その音声は彼女の想像を掻き立てる。
達也は水波の性格をある程度知っていたのでファイルの内容の予想がついていた。
その上で、水波の寄越した物なら大丈夫だろうと深雪に渡したのだ。
しかしその処女雪のような肌を真っ赤に染めている深雪の様子を見て、内心しくじったと思っていた。
「達也」
「はい母上」
「深雪さんを放っておいていいのかしら?」
「……今更返せとは」
「そうね…。内容の予想はついているの?」
「流石に、行為の録音ではないでしょう。
付き合い始めたその日に、と言うのは考えにくい。
それに二人はコミューターの中で行為に耽るほど常識が無いわけではありません」
2093年現在、アダルトビデオにおいてそのようなプレイも存在するし、実際にヤる者も居る。
「とは言え深雪の反応から察するに、睦言の盗聴かと」
先で行為に及んでいないと言いながら『睦言』と表現したのは二人への皮肉だった。
深夜と達也が深雪へ目を向ける。
「放っておきましょう」
と深夜が言った。
「ええ、深雪もそういう歳ですから」
それを聞いていた穂波は肩を震わせながらハンドルを握っているのだった。
ページ上へ戻る