ユキアンのネタ倉庫
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オーバーロード 狼牙
はぁ、金が足りない所為でこれが限界量か。お手製の品で多少ごまかしても目的は達成できないだろうな。それでも、やるしかない。やってやる。あの馬鹿だけは道連れだ。
身辺整理として色々な物を処分していく中、メールが届いていることに気付いた。宛名はモモンガさん?態々課金アイテムでメールを送ってきたのか?
「ユグドラシルがサービス終了するから集まれないか。今日で終了。あの頃は良かったな」
たっちさん、ちゃんとモモンガさんに事情を伝えてくれたのだろうか?ああ、ダメだ。今まで忘れていたっていうのに、一度気になりだしたら止められない。金は、何とか終了時間まで環境をレンタルできる分はあるな。明日には必要なくなるんだ。最後に会いに行こう。何人残っているか知らないが、アインズ・ウール・ゴウンの終わりを共に過ごせればいいな。
「モモンガさん、お久しぶりです」
「ヴァイトさん!?お久しぶりです、来てくれたんですね!!何も言われずに来られなくなったので心配してたんですよ」
最後に会ったときと変わらず、オーバーロードの見た目なのに柔らかい印象を与えてくれるモモンガさんに嬉し涙が出そうになる。そして、たっちさんはモモンガさんに伝えてくれなかったようだ。偶然リアルで出会えたたっちさんは既に引退していたのだが、唯一の頼みすら聞いてくれなかったか。まあ、伝えにくい内容だから仕方ない。
「今まですみませんでした、リアルで色々ありましてね。今日が最終日でよかった。昨日や明日だったら、無理でしたから。今日、今日だけがログインできる唯一の日でしたから」
苦笑のエモーションアイコンを表示させる。
「この5年で、何人残っていますか?」
「……4人です。残りの3人もほとんどログインしていなくて、へろへろさんが何とか遅くにログインしてくれるとメールで」
モモンガさんが悲しいアイコンを表示させる。
「そうですか。栄光の41人が4人まで。一応オレを含めて5人か」
カンストプレイヤー1500人の連合軍の撃退。あの頃が一番楽しい時期だったな。あれから少しして、少しずつ減っていったんだっけ。リアルが忙しくなったり、ギルドメンバー内で喧嘩したり、オレみたいに急にいなくなったり。
「モモンガさん、探検してみませんか?」
「探検ですか?」
「ええ、ナザリック地下大墳墓。攻略時にも主要部分だけを攻略しただけでしたし、拠点にしてからも色々改装はしても、全部に関わったわけじゃないでしょう?」
「そうですが」
「タブラさんが書いたフレーバーテキストを読んでみたり、色々見て回りませんか?誰かがログインしてきたらリング・オブ・アインズ・ウール・ゴウンで転移すれば良いんですし」
「そうですね。探検してみましょう」
円卓の間から廊下に出ればプレアデスが待機している。ナザリックの第8階層が突破された時、ギルメンが玉座に集合するための時間を稼ぐためだけに存在している戦闘メイドとそれを束ねる執事長。結局一度も出番はなかったんだよな。折角たっちさんがリアルの自分を老けさせたような執事とメイド好き三人組が作り出した姉妹たちだ。最後ぐらいは仕事を与えてやりたい。動かし方がわからないのでモモンガさんに目を向ければ何かを思い出す仕草をしている。考えることは同じか。
「確か、付き従え」
プレアデス達が一礼をしてモモンガさんに付き従う。
「やっぱり公式非公認ラスボスなだけはありますね。その低い声とか貫禄ありすぎです」
「昔そんな事を言われましたね。ペロロンチーノさんに名前大勝利だって」
「あ〜、魔王モモンガだと確かに名前大勝利ですね」
「その後、ペロロンチーノさんとへろへろさんとブクブク茶釜さんとやまいこさんが四天王を結成して勇者たっちさんとの最終決戦っぽいスクショも撮りましたよ。たっちさんの正義降臨がここぞとばかりに輝いていました」
歩きながらスクリーンショットを探して見つけたそれを見せてくれる。確かに最終決戦で正義降臨が輝いている。
コピーを貰って少しだけ加工して返す。
「ぶっ、ユグドラシル先生の次回作にご期待下さい!って」
それっぽい角度だったから仕方ない。
「それにしてもその場に居たらオレも魔王の副官辺りで参加したかったな」
「魔王に四天王までいるのにまだ魔王側を増やすんですか?」
「獣形態だとデカくて黒い狼、獣人形態だと普通の人間種よりデカイ人狼、人間形態だとパッとしない男だぞ。オレにトルネコになれというのか」
「トルネコ?ええっと、ああ、ドラクエの昔のキャラクターでしたっけ。確か太った商人だった気がしますけど」
「それそれ。武器屋のアルバイトの分際で妻子持ちだぞ。しかも奥さんは美人。殺したくなる」
「本当にそうですね。せめて定職についていないと」
「設定上は恋愛結婚、あんな甲斐性無しのデブが!!失礼、少し取り乱しました」
「いえ、確かにリアルで見比べれば最低ですからお怒りはごもっともです」
恥ずかしい所を見せてしまったな。魔法使いなせいで余計にトルネコのことが嫌いになった。モモンガさんも魔法使いなのか、言葉の端にトルネコに対しての怒りが見え隠れしていた。それを忘れるかのように二人でナザリックを歩き回り、色々細かい所まで設定したことを振り返りながら楽しんだ。バーや食堂どころか大浴場やカラオケボックスなどナザリックらしくない物まで色々作ったことに感心した。
ほんの少しだけだがへろへろさんにも会うことが出来た。最後にまた何処かで、出来ればユグドラシル2で会えれば嬉しいと言っていたけど、その約束をオレは果たせそうにない。サービス終了まで残り10分を切った所で会話が止まる。ちょうどいい、最後に付き合ってもらおう。
「モモンガさん、最後にちょっとしたロールプレイに付き合ってもらえませんか?」
「良いですよ、どんなシチュエーションなんですか?」
「四天王は既に打ち破られ、魔王城直前まで勇者たちが迫っている状況で時間稼ぎのために最後の出撃を行う。そんな感じでお願いします」
「じゃあ、玉座に行きましょうか」
「ああ、スタッフ・オブ・アインズ・ウール・ゴウンも持っていきましょう。その方が雰囲気が出ますし、何より完成してから一度も触れてすら居ないのでしょう?最後なんですし、それも持っていきましょう。皆も許してくれますよ」
「……そうですね」
プレアデスや階層守護者達も引き連れて玉座へと移動する。何故かアルベドがワールドアイテムを装備しているが、それもいいだろう。残りは5分もないのだ。モモンガさんも苦笑しながら玉座に座り、全員を控えさせる。オレもフル装備で人狼形態でロールプレイを始める。
「偉大なる死の支配者様、私の最後の我儘を、私の全てを掛けた戦いをお許しくださりありがとうございます」
「友よ、本当に良いのだな。ここに残り、我らと共に戦う道もあるのだぞ」
「ええ、そうでしょう。ですから我儘なのです。どうしても、私は自分の手で復讐を成し遂げたいのです。乱戦になってしまえば奴は後ろに隠れてしまう。油断している所を強襲するしか道は無いのです。そして、最後の別れです。復讐を成し遂げても、道半ばで倒れても、私の命は無いでしょう。偉大なる死の支配者であるモモンガ様ですら復活すらさせることの出来ない完全なる消滅を迎えることになる私をお許し下さい」
「全てを覚悟した上か。ならば私から言うことは2つ、目的を達してみせよ!!道半ばで倒れることは許さん!!魔王の副官が飾りではないということを見せつけてこい!!」
時間は23:59:50。最後はあれで締めくくり、リアルで最後の戦いに挑もう。
「「アインズ・ウール・ゴウンに栄光あれ!!」」
ああ、本当に来てよかった。目を閉じて終りが来るのを待つ。不意に、嗅いだことのない色々な匂いが鼻につく。火事か何かが起こったのかと目を開けてみてもナザリックの玉座のままだった。おかしい。既に日付は変わったはず。いや、ユグドラシルなのに匂いを感じる?嗅覚と味覚は法律で禁止されているために実装は絶対に不可能だ。
「無礼を承知の上で失礼します。何卒私だけでもお側に居させて下さい!!」
振り返ってみればメイドスキー三人組に頼んで設計してもらったオレの下位互換のような存在であるルプスレギナが一歩前に出て泣きそうな顔で訴えてきた。
ありえない。口元は震えているし、今にも涙がこぼれそうになっている。慌ててセバスが控えさせようとするが手振りで止めさせる。ユグドラシルでは考えられないことが発生している。ナザリックの図書館にある著作権の切れた娯楽小説の中にあったゲームの中に取り込まれるというのに近い現象が起こっているのだろう。
この異常事態に対応しきれていないモモンガさんはGMコールを行おうとしているのだろうけど、オレとしてはもっと手っ取り早い方法で確認する。人狼から人の姿へ変化させる。これも感覚で出来ると思ってやってみただけだ。コンソールを叩いた訳ではない。この時点でオレはここがリアルになってしまったのだと断定した。
とうとう涙がこぼれだしたルプスレギナを軽く抱きしめて、その唇を奪う。ユグドラシルなら即垢バンを食らう行為だが、何の問題もなくこの場にヴァイトとして存在している。唇を放してアイテムボックスからハンカチを取り出して涙を拭ってやり、そのままハンカチを持たせる。
「大丈夫だ、ルプスレギナ。状況が変わった。モモンガさん、任せてもらえますか?」
オレがルプスレギナの唇を奪うのを見ていたのか、ここがユグドラシルでは無いのかもしれないと思い始めているモモンガさんが首を縦に振る。
「ありがとうございます。セバス!!」
「はっ!!」
「非常事態だ!!ナーベラルを連れてナザリックの周囲1kmを調査せよ。もしこちらとコミュニケーションが取れる存在が居ればナザリックまで連れよ。ただし、抵抗するようならば殺せ!!目撃者も逃すな、行け!!」
「「はっ!!」」
セバスとナーベラルが一礼をして素早く玉座から出ていく。
「各階層守護者は持ち場に戻れ。警戒体制を最大まで引き上げよ。また、階層の点検も行え!!1時間後に6階層の闘技場で途中経過を報告せよ!!行け!!」
「「「「はっ!!」」」」
「プレアデスも持ち場に戻れ。ああ、ルプスレギナは一度顔を洗っておけ。行け!!」
「「「はっ!!」」」
「アルベド、総指揮を取れ。侵入者が居た場合、この玉座までには絶対に誰も近づけるな!!全力で滅せよ!!行け!!」
「畏まりました。護衛はどうされますか?」
「ここまで誰も近づけるなと言ったはずだ。護衛も捜査、迎撃に当たらせよ!!」
「すぐに」
これでモモンガさん以外玉座には居なくなった。鼻と感覚、スキルを使って確認してからロールプレイをやめる。
「何が起こったと思います、ヴァイトさん」
「ペロロンチーノさんが持ち込んでた書物データにあったゲームに取り込まれるタイプの亜種。確実に言えることはゲームじゃなくなったってことですね。嗅覚と味覚もしっかりとあります。人狼形態だと鼻も大分良いみたいです。あと、ルプスレギナは柔らかったです。モモンガさんはそこら辺どうです?」
「まだ理解が追いついていない所為か、何とも。その柔らかいってのは何処のことで」
「全部。種族的には同族だから余計に魅力的に見えるのかな?」
「物凄く……羨ましくもあるけどおいておきましょう」
「……今パッシブかアクティブスキルが発動しました?」
「たぶん、アンデッドの種族特性だと。感情抑制がかかったみたいです」
「最悪ですね。生者に対する怨念的なものは?」
「ないと思います。ただ、何か変わっているような気がします」
「それはオレも同じです。これは細かく調査、報告をしあいましょう。何か致命的な問題が見つかるかもしれない」
「そうですね。所で気になったんですが、変身ってどうやったんですか?」
「感覚的に行けそうって思ったらこの通り。たぶん、魔法なんかも使いたいと思えば、ああ、リストが思い浮かんだ」
「本当ですね。ここで使うと不味いですから後にしておきましょう。あとは」
「ギルドの操作方法でしょう」
「罠は、手動と魔法なんかと同じく思考で切り替えれますね。自動POPもしてます。他に確認しないといけないのは、アイテムボックスは問題ないですね」
「こっちもたぶん問題ないです。昨日はちらっと見ただけだから自信はないですけど」
「それぐらいですね」
「本当にそう思ってますか?」
「何かありましたか?」
「ルプスレギナの行動に疑問は感じませんでした?」
「行動?」
「オレに着いていきたいって言ったんですよ。つまり、最低でも直前のロールプレイを知っているってことですよ。つまりあなた魔王、わたし副官、ついでにアインズ・ウール・ゴウンはおいつめられてる」
「階層守護者達の気合の入り様はそういうことだったのか!?」
「と言うわけで急いでカバーストーリーを作らないと。とりあえず、残りの39人は生死不明。敵はリアルから攻め込んできたカンストより上の存在。シューティングスターが願いを叶えて世界の壁を超えた。これをベースにしようと思ってるんだけど。ちょうど1回使った流れ星の指輪が手元にあるし」
「あ〜、持ってたんですね流れ星の指輪」
「アインズ・ウール・ゴウンに入る前にね。ワーウルフの三段変身を実装してもらうのに使ったんです。それに昨日ログインする前に手持ちを全部突っ込んでガチャを回して予備も手に入れました。運営も最後だからって大盤振る舞いしてたみたいで10連で神話級1個確定でしたから。上位ワンドとかもゴロゴロ手に入ったんですよ。使う機会が全く無いんでアイテムボックスに突っ込んだままですけど」
「よくそんな無謀なことをしましたね」
「ユグドラシルには色々とお世話になったから感謝の気持ちでちょっとね」
本当のことは言わずに、ただユグドラシルへの、ユグドラシルでの出会いに感謝の気持ちとしてガチャを回したと言う。全部が真実というわけではないが、嘘というわけでもない。感謝の気持ちはあったが、どちらかと言えば必要なくなるからという気持ちのほうが強かった。
それから何とかカバーストーリーを用意して、現場での伝言も交えながら即興ロールプレイで切り抜ける方針を立てた所で時間が迫っていることに気付いて時間ピッタリに転移する。
転移した先では6体のNPC、階層守護者達が跪いて集まっていた。
「うん、全員揃っているということは問題は今の所見られないということだね」
「はい、ヴァイト様。現在の所、各階層に大きな異常、および侵入者は確認されておりません」
「それは良い知らせだ。ある程度の猶予があると見ていいか」
「……では。略式ではありますが、至高の御方々に忠誠の儀を」
アルベドがそう言うと、守護者たちはその場に跪いたまま、乱れもない居住まいを更に正す。
「第一、第二、第三階層守護者、シャルティア・ブラッドフォールン。御前に」
「第五階層守護者、コキュートス。御前ニ」
「第六階層守護者、アウラ・ベラ・フィオーラ。御前に」
「お、同じく第六階層守護者、マーレ・ベロ・フィオーレ。御前に」
「第七階層守護者、デミウルゴス。御前に」
「守護者統括アルベド。御前に」
オレとモモンガさんがそれを見て内心で呆ける。
「第四階層守護者ガルガンチュア及び第八階層守護者ヴィクティムを除き、各階層守護者、御前に平伏し奉る。我等の忠義全てを、御方々に捧げることを、誓います」
『『誓います』』
アルベドに続き、階層守護者全員が忠誠を、混じりけのない純粋な忠誠をオレ達に捧げてくる。
そんな忠誠をオレに捧げないでくれ。それに相応しいのはモモンガさんだけだ。オレは、事情があったとは言え、ログインできずに、出来るようになっても昨日まで忘れ去っていたのに。
最後だからというだけで、誰からも忘れられて散るのが怖くて、それだけのちっぽけな存在なのだ。
《ヴァイトさん、自分のことをそんなに卑下しないで下さい》
繋げていた伝言が、モモンガさんにオレの思いを暴露してしまったようだ。
《一瞬のことで詳細は分からなかったですけど、ヴァイトさんが自分ではどうにもならないことで来れなかったことだけは分かりました。あとは任せて下さい》
そう言ってモモンガさんが声を出す。ロールプレイの時のような低い貫禄のある声を。それを聞きながら心を落ち着ける。リアルでの仕事柄すぐに落ち着いた。
「皆も済まなかったね。リアルの方で少しドジを踏んでね。最近まで封印されてたんだけど、何とか戻ってこれた。大分、寂しい状態になっているけど、また皆に会えて嬉しいよ。改めて確認するけど、各階層に問題はなかった?」
階層守護者たちが順番に報告してくれ、幾つかの罠が、特にナザリックの外へと繋がる転移罠が稼働しないそうだ。
「そうか。となると大きな問題はアレだけに」
《ヴァイト様、ナザリックの外が確認できました》
セバスからの伝言が届いたのでそちらを先に確認する。
「セバスか、状況を知らせよ」
《はい。奇妙なことにナザリックの周囲が広々とした草原に変化しております。また、ナーベラルが空から確認した所、周囲3kmにコミュニケーションが可能な生命体は確認されませんでした。確認されたのは多少の小動物と昆虫程度です》
「なるほど。状況は把握した。時間はどうだ」
《おそらくですが月が傾き出した頃ですので、真夜中ではないかと》
「分かった。そのまま警戒を続けよ。何か異常があれば伝言で伝えよ。さて、モモンガ様。大きな問題はおそらくアレだけです。ナザリックの周辺が草原になっているのもアレが原因でしょう」
「うむ、やはりか。では私達の能力の低下も」
「それが原因でしょう。最も、低下と言うよりはリソースの再分配が正しいのでしょうが」
「あの、能力の低下とはどういうことでしょうか?」
「それを説明するためにも集まってもらった。ヴァイト、説明を任せる」
「はい、モモンガ様。我々至高の四十一人がリアルという世界とユグドラシルを行き来していたのは皆も知っていると思う」
階層守護者達が首を縦に振る。
「そしてユグドラシルとは、リアルに居た異界創造系に特化した者たちによって創造され、我々至高の四十一人はその異界を提供されていた側なんだ」
至高の四十一人よりも上の存在が居るということに驚いているが、無視して話を続ける。
「異界を提供されていた訳だが、リアルという世界は本当に厳しい世界なんだ。ほとんどが封印される魔法とスキル、汚染されきった空気や水、乏しい資源、強大で数の多い敵、他にも色々ある。そんな中、少しでも憩いの場となれる場所としてユグドラシルが提供されていたんだ。リアルには無い休める場として。だけど、リアルとユグドラシルを繋げる場と言うのは決まっていて、リアル側の地脈を流れる力が一定以上でなければ世界を超えることは出来ない。そして、そこを占拠されてしまえばリアルから敵が流れ込んでしまう。ユグドラシルを守るために我々以外の39人もリアル側から世界をつなげる場を破壊したのが、ユグドラシルから去っていった原因だ。我々で築き上げた宝物を守るために。子供であるNPC達を守るために。引退とは、そういう比喩だったんだ」
完全に嘘とはいえないが、嘘は多分に含まれている話に階層守護者達は感動とおいていかれる者だけが持ち得る悲しみの涙を流す。それに物凄く心が締め付けられる。
「そして敵はとうとうユグドラシルを作り上げた者たちの元にまでたどり着こうとしていた。彼らが殺されればユグドラシルは崩壊する。だが、私の力では一部隊の隊長を殺ることすら命をかけて届くかどうか。だから、最後の別れを告げに来た。そしてあの瞬間、流れ星の指輪が、ユグドラシルの創造主達が最後の悪あがきをしたようだ。ユグドラシルの全てをある一定範囲でまとめて別々の異世界へと飛ばしたのだろう。その際に、ユグドラシルに課せられていた枷を解き放って」
「枷、でございますか?」
「そうだ、デミウルゴス。我々にもNPCであるお前たちにも枷が存在していた。ルプスレギナがそれを証明して見せている」
「まさか、あの勝手な行動がですか?」
「そうだ。あれは枷だ。NPCは創造者に命令されなければ動くことが出来ない。また、我々も幾つかの行動の制限を受けていた。異性を抱きしめるというのはギリギリだったが、さらにその先に踏み込むとユグドラシルから消されることになる。それが無かった。だが、その代わりに能力が、それもステータスに表示されない能力、思考力などが多少落ちてしまった上に精神にも多大な負荷がかかった。それによってお前たちの理想とする至高の四十一人は居なくなってしまった。頭脳面でアルベドやデミウルゴスに苦労をかけるようにもなるだろう。間違えた判断を下すこともある。だが、そうだとしても私達はお前達と語り合えるようになったことを、嬉しく思う」
これはモモンガさんも同意見だ。彼らの理想を壊してしまうかもしれないけど、それでも皆が残していったNPC、子供達と語り合えるというのが嬉しいと。ただでさえ、モモンガさんは一人でナザリックの運営費を集めるためだけに一人でモンスターを狩っていたそうだ。オレもユグドラシルにログインできない間、誰とも話すことなく過ごしていた。最後だからと物凄く饒舌になっていた覚えもある。
「我々のために御身を割かれてまで。このデミウルゴス、感涙のあまりに前が見えませぬ!!」
デミウルゴスは言葉の通り、ギャグのように多すぎる涙を流している。他の階層守護者達も同じく、種族的に涙腺のないコキュートスも全身を震わせている。
「うん、だからこそ皆に一つ言っておきたい。これは厳命だ。死ぬな。死にに行こうとしていた私が言うことじゃないけど、死ぬな。無様でも良い、臆病者と言われても良い、だけど死ぬな。死んでも消滅するな。オレとモモンガ様が絶対に復活させるから」
課金ガチャで大量の上位蘇生ワンドがある上、オレは真なる蘇生が使えるからだ。レベル100のNPCの蘇生には5億枚のユグドラシル金貨が必要になる。補充ができるかどうかも分からない以上は、ケチりたい。デスペナも真なる蘇生なら1で済む。ただし、レベル100である以上莫大な経験値が消えることになる。ワンドを使うか真なる蘇生を使うかはその時々だろう。
オレの言葉にさらに忠誠度を上げたのか、場が落ち着くまでしばらくかかった。
「より一層の忠誠をお二方に誓います」
「ああ、期待する。そして、共に生きていこう」
モモンガさんがそう締めくくり、実務の話に移る。
「ナザリックは守勢に回る。周囲の状況、この世界の情勢などを調べることを優先する。その為にもナザリックは絶対に落とされる訳にはいかない。アルベド、調査はニグレドの能力を使い、発見した街などにエイトエッジアサシンとシャドーデーモンを送り込め」
「本当ならオレが行きたい所だけど」
「ヴァイト様が出向かれる程ではありません!!我々におまかせ下さい!!」
「そう言われるのは分かっていたからね。まあ、能力の確認も終わっていない内から外に出るつもりはないさ。封印の影響も確認できてないから、手が空いた時に慣らしを手伝ってもらう。これは後回しで良い。皆がオレ達を守ってくれるだろう?」
「もちろんでございます」
「ああ、任せるよ。アルベド」
歩み寄り、アルベドの肩を軽く叩く。それだけで全身を震わせて、あまり人には見せられない顔をしている。アルベドを作ったのって誰だったか?逆に考えろ、この見た目なのにヤバそうな設定をしてるのを。タブラさんか?ギャップ萌えのタブラさんだな!?この清楚系の見た目でビッチとか設定してるだろう!!あの人とペロロンチーノなら絶対変な設定にしているはずだ!!デミウルゴスのように分かりやすいけどしっかりした設定とは真逆のはずだ!!
確か、アルベドはサキュバスでよかったよな?モモンガさんに押し付けよう。確かリアル魔法使いで今も魔法使いだし、ちょうどいいって。オレもリアル魔法使いだったけど、神官の皮を被ったアサシンだし。いや、リアルでも半分ぐらいアサシンっぽいことをしてたけど。
《モモンガさん、締めをお願いします。多少親しみを込めて、段差の上から一段降りる感じで》
「では守護者諸君、行動を開始せよ。共にナザリックを守るために」
『『はっ!!』』
円形闘技場から円卓の間に戻り、スキルなどの検証の分担をモモンガさんと決めている際に、最悪なことをしてしまった。ユグドラシルではアンデッドは飲食不要の特性を持っていた。だが、ここはある意味でリアルなのだろう。スケルトン系列のアンデッドであるモモンガさんは飲食不要ではなく飲食不可だった。
全てが頭部からこぼれ落ち、味わうための味覚も存在していなかった。辛うじて嗅覚があり、香りを楽しめると言っていたが、絶対残念そうにしているはずだ。リアルで考えれば給料が底辺に近いモモンガさんが天然の食材を得ようとすれば野菜一つで給料が全額飛ぶ。
だが、この世界ならナザリックに貯蔵されている食物や、この世界原産の食物が、全て天然の食材なのだ。そこそこの給料をもらっていたオレですら年に1度口にできるかどうかと言った肉がそこらに転がっているのだ。それが楽しめない。楽しめるかもとワクワクしていたのに、それが出来なくて、それどころかオレや一般メイドの、シクススを気遣って自分は気にしていないとまで言わせてしまった。
今は自室に戻ってきて人狼形態でテーブルに突っ伏している。部屋には護衛と世話役としてルプスレギナとリュミエールが部屋の隅に待機している。
「ヴァイト様、大丈夫っすか?」
ルプスレギナが恐る恐る訪ねてくるが、身体に力が入らん。
「だめだ。ただでさえ、ドジ踏んで5年も音信不通だったのに、枷が外れたことで出来ていたことが出来なくなったなんて。鬱い」
情けない姿を晒してしまっているが構うものか。
「あの、私たちにお使いになったリソースとやらを」
ルプスレギナが言おうとした先を言わせないためにテーブルを叩き割る。
「全員に伝えておけ。二度とリソースを戻せなどと、馬鹿なことをほざくなと。階層守護者達にも伝えたが、オレもモモンガさんもお前達と語り合えるようになったことを、本当に嬉しく思っているのだから」
「申し訳ありませんでした」
「ああ、分かれば、いや、待てよ、リソース、馬鹿?」
何時だったか、アインズ・ウール・ゴウンに所属する前に何処かで思ったことが。なんだったか、ルプスレギナが馬鹿なのは設定だし、ルプスレギナ?ワーウルフ?
「……あっ、思い出した。モモンガさんに内密に人手を集めろ!!9層の一番奥の部屋に集めろ!!」
言い終わると同時に駆け出して、9層の一番奥の部屋、通称ゴミ箱に飛び込む。そこはミスリルやオリハルコンの武器や防具、炎ダメージ7割カットなどのアクセサリーなどのゴミアイテムを放り込んでおくための部屋だ。確かここに放り込んだ覚えがある指輪を探すためにアイテムの山に飛び込む。
「ヴァイト様、ナーベラルを除くプレアデス、全員揃っております」
「ユリ、指輪だ!!指輪を探せ!!」
「指輪、ですか?」
「世界の枷が外れたことで今まで当たり前のように出来ていたことが出来なくなったモモンガさんを救える指輪が何処かにあるはずなんだ!!赤と青の二重螺旋だ!!」
オレが運営に流れ星の指輪を使って要望を上げたことで変身魔法とスキルが実装されたことでゴミになった人化の指輪。それをここに放り込んだ覚えがあるのだ。
「畏まりました!!」
モモンガさんを救えるという言葉にプレアデス達に気合が入る。途中から一般メイド、料理長、司書であるエルダーリッチ達、指示を終えた階層守護者達、その配下など人海戦術で探し続ける。
「ヴァイト様、もしかしてこれですか!!」
アウラがケースに入った赤と青の二重螺旋の指輪を見せてきた。ああ、たしかにこれだ。
「よく見つけたアウラ」
感極まってついつい抱きしめてしまったが、セクハラだったな。気付いてすぐに離れるが顔を真っ赤にしている。
「あとで何か褒美をやらないとな。楽しみに……」
「ヴァイト様?」
「危ない所だった。またミスをする所だった。デミウルゴス、シャルティア」
「「はっ」」
「二人でこの人化の指輪の実験を行って欲しい。オレもモモンガさんもリアルでは人間に近い種族だった。人化の指輪で本当に人間に近い物に成れるのか、特に味覚などの五感が正常に働くのかを調べよ。3日以内に調べて報告せよ。モモンガさんには知られるな」
「かしこまりました。必ずや役目を果たしてみせます」
「頼む。ただでさえ他の39人との別れで辛い思いをしているモモンガさんにせめて食べる喜び位は届けたいんだ。リアルでは食事というのは栄養補給でしかなかったから。不味ければまだマシというのが実情だ。何も感じないのがリアルでの食事だ。茶の一杯ですら気軽に飲めない。コーヒーという名の泥水以下の物を飲むのがやっとだった」
体が受け付けないような消毒の味と匂いを誤魔化すための更に不味いコーヒーもどき。子供の頃から飲むのはそれだ。苦いか、辛いか、何も感じない。たまに古い物を食べた時だけ感じるのもある。後から調べてそれがすっぱいというのが分かった。そんな終わった世界だった。
だから先程飲んだ紅茶の美味しさを表現することすら出来ない。感動し、それを共有したくて、頸部から紅茶を垂れ流すモモンガさんを見て凍りついてしまった。
だから、失敗は許されない。糠喜びは許されない。
「すべてを感じられなくても良い。ただほんの少しだけでも良いんだ。楽しみを与えて上げて欲しい。じゃないと、モモンガさんが変わってしまう。オーバーロードに飲み込まれる。絶望なんかの負の感情でモモンガさんは少しずつ変わってしまう。リソースの再分配はそういったデメリットを含んでいる」
「ならば我々の」
「デミウルゴス、ルプスレギナにも言ったが自分達のリソースを戻すようなことは決して許さない。大丈夫だ。負の感情を覚えさせないようにすればいいだけだ。これは我々に作られたお前達なら出来ると確信している。暗い案件や黒い案件はオレが全て受け持つ。それが死にそびれたオレの役目だ」
「何をおっしゃいますか!!そのような些事は我々にお任せいただければ」
「能力が心配なんじゃない。リアルでのオレはこちらで言うアサシンに近い。攻めるためではなく守るためだがな。だが身内に、恩人の息子に恩人諸共背中から刺された。それが封印された理由だ。お前達はオレを裏切るのか?」
「いいえ、そんなこと、起こりえるはずもありません!!」
「なら、いつも通りを過ごさせて欲しい。今はモモンガさんの心を救うぞ」
「畏まりました」
「頼んだ。ああ、そうだ。捜査に協力してくれた者に褒美をやらねばな。ここにある物は全て至高の四十一人が不要として置いたものだ。欲しいなら持っていって良いぞ。確かさっき、あった」
ゴミの山から片眼鏡を見つけて近くに居たマーレに渡す。
「そいつはアイテムの来歴を見ることが出来る。誰が所有してたのかだな。それを使えば誰がここに置いたものか分かる。好きな物を持っていくと良い。順番に使えよ。それじゃあ、オレは休ませてもらう。何かあれば叩き起こしてくれ」
ゴミ箱から出て、部屋に戻ればルプスレギナとリュミエールも付いてくる。
「お前達はよかったのか?」
「後で選ばせてもらいます。今日はヴァイト様の護衛ッスから」
「そうか。すまんが、ゆっくりさせてもらうよ。色々ありすぎて少し疲れた」
ここ数週間、気を張り続けていたせいで疲労が溜まっていた所にこの状況だ。安全は保証されている快適な寝床の前に、すぐに眠りに堕ちる。
「「おやすみなさいませ」」
リアルの体、どうなったんだろうな?死んでるなら、あの店吹き飛んだな。心臓が止まると同時に自爆するように爆薬を仕込んでたから。あのクズ御曹司の自宅だけは事前に爆薬を時限信管で仕込んでいたから吹き飛ばせただろうが、オレの代わりに配備されたクズ共を始末できなかったのだけが心残りだな。
後書き
ヴァイト
Lv.100
種族レベル
ワーウルフLv.15
職業レベル
クレリックLv.10
バトル・クレリックLv.10
ウォーロードLv.10
ハイエロファントLv.8
アサシンLv.5
シーフLv.5
モンクLv.10
レンジャーLv.2
その他Lv.25
アインズ・ウール・ゴウン内で最多PK数を誇るアサシン。そこ、アサシンのレベルが低いとか言わない。器用貧乏でPvP率は2割程度と正面からの戦いは苦手だが、そもそもPvP数が極端に少ない。
装備品で種族をごまかし、見た目をコロコロ変えては街中ですれ違いざまに一撃でPKを行う。システムの補正ではなくプレイヤースキルで暗殺を行う。どこぞの教団にでも所属してるのかと言いたい変人。
職業レベルのその他は全てLv.1が25種。出来るのと出来ないのでは違うと豪語し、プレイヤースキルで罠を感知したり解除したり、ゲーム内の補正はむしろ邪魔だと感じている。スクロールを大量に持ち歩いているので対応力が高いが、アイテムボックスの9割がスクロールに占められているのでドロップ品を拾えないことがよくあった。
リアルではとある大企業の裏部門に所属していた。他社への攻撃ではなく、他社からの攻撃に備えるのが仕事であるが、報復は行う。表に出ることはないが、社長に恩義を感じており、社長も信頼を向けてくれていたので不満はなかった。
だが、社長の息子の裏切りにより社長諸共法廷に立つことになる。保険を何重にも用意してあったため、好きなように裁判の結果を持っていくことは可能だったが社長の望みで会社への損害を与えることなく共に服役することにした。法廷で偶然にもたっちさんに出会いモモンガさんへの伝言を頼んだが、それが果たされることはなかった。見た目はセバスが憔悴しているような姿だったため事情があったのだろうと特に恨んでもいない。
出所後、先に出ていた社長が殺されたことを知り、社長の息子が原因であることも判明した。会社も今時では珍しいどちらかと言えばホワイトに近いグレーだったのが、ブラックどころかジェットブラックになっていたため貯蓄を全て使ってバカ息子とその取り巻き、自分の跡を継いだ者達を巻き添えに自爆テロの準備をしていた。その後の身辺整理でモモンガさんからのメールを受取、最後の別れを行うためにユグドラシルにログインした。
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