とある3年4組の卑怯者
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141 車椅子
前書き
お待たせしました。遂にスケートの全国大会のエピソードです。これまでは演技の点数は私のフィギュアスケートの知識不足もあり、出さなかったのですが、これからは実際の大会により近くしようと、各選手の演技終了後に発表させたいと思います。
スケートの大会まで一週間を切っていた。藤木は大会への仕上げは大体完了していた。しかし月曜日、この日の藤木は学校から帰った後に向かった場所はスケート場ではなく、病院だった。理由は校内テロによる大怪我で入院した笹山の見舞いに行く為である。この日は雨が降ってはいたが、出かける前に会っておきたいと藤木は思っていた。ただし、手ぶらで行くには失礼すぎるため、とある駄菓子屋で袋入りでココア入りのものとプレーンの2種類入っていたドーナツを買った。
(こんなんで笹山さん喜ぶかな・・・?花輪クンが差し入れた高級なお菓子と比べるとお粗末だけど・・・)
藤木は自分が仕入れた差し入れに笹山の反応が気になっていた。前に永沢が入院していた時に差し入れたお菓子を持ってきた時は、「花輪クンなんてもっと高級なお菓子を持ってきてくれたんだ」と嫌味で返された。自分の予算の都合とはいえ、いくらなんでもたったドーナツ二個では笹山もさすがに文句を言いたくなるかもしれない。
そんな事考えているうちに、藤木は病院に到着してしまった。看護師に見舞いに来たという事を告げて、院内へ入る許可を受け、笹山がいる病室に入った。
「やあ、笹山さん」
笹山はベッドで楽譜を見ていた。そして鍵盤を弾くように指を動かしている。頭や腕などは包帯を巻かれたままだったが、鼻骨は治ったようで、鼻に付けられていたガーゼはなくなっていた。
「あ、藤木君」
「ごめん、邪魔しちゃったかな?」
「ううん、入院してると、ピアノのお稽古に行けないからね。ここで指使いを練習してるの」
「そうなんだ。あの、笹山さん・・・。こ、これ、持ってきたんだ・・・」
藤木は持ってきたドーナツを差し出した。
「うわあ、ありがとう!」
藤木の予想とは大いに反して笹山の反応は喜びに満ちていた。
「ごめんよ・・・。こんなものしか渡せなくて・・・」
「ううん、ドーナツ好きだから嬉しいわ」
「よかった・・・」
藤木は安堵した。
「そうだ、藤木君、もうそろそろ大会に行くんでしょ?」
「そうだよ。水曜に清水を出るよ」
「そう、平日か・・・」
「学校は休みという事になるけどね・・・」
「何時ごろ出るの?」
「10時だよ」
「そっか・・・。藤木君、練習毎日しているみたいだけど、あまり無理しないでね。怪我しちゃうと出られなくなっちゃうから」
「うん、それじゃあ、僕はこれで失礼するよ。大会が終わったらまた来るね」
「さようなら。頑張ってね」
藤木は笹山の病室を出て行った。笹山は藤木の言った事を反復していた。
「水曜の10時ね・・・」
藤木は家に着いた。郵便受けを開けると自分宛に二通の手紙が入っていた。片方はみどりからだった。
「みどりちゃんから手紙か・・・。久しぶりだな・・・」
みどりから手紙を貰う事は共にデパートに行ったお礼の手紙を貰って以来だった。そしてもう一方は堀からだった。
「堀さん・・・」
藤木は胸を躍らせた。早速自分の部屋に入り、封を開けた。まずはみどりからの手紙を読んだ。
藤木さん
お元気にしていますか。そろそろ全国大会ですね。私は絶対に藤木さんが優勝できると信じています。終わったらお話、待ってます。頑張ってください。
みどり
(みどりちゃん・・・。ありがとう、頑張るよ)
今度は堀宛ての手紙を読んだ。
藤木君
この前は一緒にスケートできなくてごめんなさい。盛岡は遠くて私も吉川さんも応援には行けないけど、私は藤木君を応援しています。それから全国大会は男子の部も女子の部も一緒にやる予定だったわよね?もし私の転校前の友達の桂川美葡ちゃんって子に会ったらよろしくね。それじゃあ、終わったら今度こそ一緒にスケートに行きましょうね。
堀
藤木は堀からの手紙を読み、少し涙が溢れてきた。
(堀さん・・・。うん、頑張るよ!それにしても桂川美葡ちゃんか・・・。どんな子だろう?)
藤木は以前堀に会った時もその名を彼女の口から聞いた事があったが、その桂川美葡とはどんな人物か気になった。
母も父も帰宅し、夕食が済んだ後、電話が鳴った。藤木の母は電話に出た後、息子を呼んだ。
「茂、リリィちゃんから電話だよ」
「リリィから・・・?」
藤木は電話の方に向かい、受話器を手に取った。
「もしもし、リリィ?」
『あ、藤木君。今度の全国大会なんだけど、花輪クンが自家用の飛行機で盛岡まで連れて行くって言っていたから応援に行く事にしたわ!』
「ええ!?花輪クンが!?」
『うん!他の同級生も一緒に招待してくれるって!』
「あ、ありがとう!!僕、頑張るよ!!絶対に世界大会に出場してみせるよ!!」
『藤木君ならきっと行けるわ。それじゃあ、おやすみ』
「うん、じゃあね」
藤木もリリィもお互い電話を切った。
いつも運が悪いと言われる藤木にとってこの日は幸せな日だった。何しろ入院している笹山に差し入れたドーナツを喜ばれたし、みどりと堀から励ましの手紙を受け取り、リリィが現地に応援に来てくれるのだから・・・。
(全国大会が楽しみだ!!)
藤木はリリィが自分の演技を見て感心する所を想像していた。
(できれば笹山さんや堀さんにも・・・)
藤木は笹山や堀の名を頭に浮かべてはっと思い出した。あの校内テロさえなければ笹山も現地に応援に行けたかもしれない。そして堀は学校では深刻ないじめを受けていたと聞いた。藤木はこの二人は前に初めて対面した時はお互い重い雰囲気だったことを思い出した。藤木はある事を思いつき、手紙を書くことにした。みどりや堀への返事を兼ねて。
全国大会の開催の地、盛岡へ向かう時が来た。両親は仕事の休みを貰っており、息子に同行する事になっていた。
「茂、準備はできたかい?」
「うん」
「じゃあ、行こうか」
藤木とその両親は家を出た。藤木の理想ではクラスの皆から駅で見送られて電車に乗りたかったのだが、この日は平日だ。わざわざ自分の為に学校を休めるはずはないし、その為に来てくれなんて図々しい事も言うわけにもいかなかった。
(寂しいな・・・。見送ってくれる人がいない状態で電車に乗るなんて・・・)
藤木はそう思いながら歩いていた。
清水駅に到着した。藤木は父親から乗車券を貰った。
「これがお前の切符だ」
「うん、ありがとう。父さん・・・」
(それじゃあ、皆、行ってくるよ・・・)
藤木はこの場にいない自分のスケートを応援してくれる者達に無言でそう告げた。その時・・・。
「藤木君!!」
藤木は後ろを振り向いた。声の主は笹山だった。車椅子に乗り、それを看護師に押してもらっている。
「笹山さん!?」
「間に合ってよかった。お見送りしたくて来たの。皆学校だから藤木君寂しがってるんじゃないかなって・・・」
「それで僕の為に・・・。ありがとう、笹山さん!!」
「うん、看護師さん達に無理言って車椅子を借りてここまで連れて来て貰ったの・・・」
「そうだったんだ。そうだ、笹山さん。これ、お守りとして持っていく事にしたんだ」
藤木はポケットから猿のストラップを取り出した。そのストラップは以前藤木が偶然遊園地で笹山と会って楽しんだ記念に買ったものである。
「うん、私、藤木君ならきっと優勝できるって信じてるわ!」
「うん、きっと優勝してみせるよ!」
その時、藤木の母が息子を呼んだ。
「茂、そろそろ行くよ」
「うん、それじゃあ、行ってくるよ」
「頑張ってね。さようなら・・・」
藤木は両親と共に改札を通って行った。笹山は藤木の姿が見えなくなるまでその場にいた。
(藤木君、まだ私かリリィさんか、それともスケート場で仲良くなっていたあの子か誰にするかまだ決められてないようだけど、私は・・・)
「もう戻るわよ」
「はい、わざわざありがとうございました」
看護師に言われて笹山は車椅子を押してもらい、車椅子に対応した自動車に乗り、病院へと戻った。
藤木達は静岡駅から新幹線で東京まで行く予定だった。東京行きの列車が到着した。切符に書かれてある番号に対応した席に着席した。
(笹山さん・・・。君の怪我が治るのを待っているよ・・・。そして僕は絶対に金か、銀、銅のどれかを必ず獲って戻って来るよ・・・)
藤木は笹山の為に、そして応援してくれる皆の為に世界大会への出場を誓った。
後書き
次回:「盛岡」
藤木の健闘を祈る3年4組のクラスメイト達。藤木からの返事を貰いある事を予定するみどりと堀。そして藤木はスケートの全国大会の開催の地、盛岡へと到着する・・・。
一度消えた恋が蘇る時、物語は始まる・・・!
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