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レーヴァティン

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第五十二話 水の都その八

「まあ何かと色々あってだよ」
「ヘラクレス死ぬんだ」
「そうだよ、そこは同じだよ」
「神話と」
「そうさ、まあ色々ってのはな」
「神話と違ったりするんだ」
「ああ、何かこっちのヘラクレスはな」
 この世界の歌劇での彼はというと。
「弱い感じがするな」
「ヘラクレスがなんだ」
「実際はかなり強くてもな」
 神話の方ではというのだ、こちらが本来のヘラクレスと考えられていることは言うまでもないことである。
「歌劇だとな」
「弱いんだ」
「あれこれ悩んでな」
「ヘラクレスは悩まないね」
「はい、全く」
 進太が源三に答えた。
「悩むよりもです」
「すぐに動く方だね」
「それが時として仇にもなりますが」 
 人を誤って殺したりしてだ、こうした話の展開はギリシア神話においてはよく見られるものではあるがだ。
「しかしでござる」
「悩むことはしないよね」
「即断即決でござる」
 まさにとだ、進太は源三に話した。
「それがヘラクレスでござるが」
「こっちの世界では違うんだね」
「その様でござるな」
「悩むんだ」
「ランスロットみたいにな」
 親父がここでまた一行に話した。
「あれこれとな」
「ああ、あの騎士はそうだね」
「王妃との道ならぬ恋に悩んでいるでござる」
 例えそれがプラトニックラブにしてもだ、ランスロットはそれ自体に苦しみ悩む騎士であったのである。
「そのランスロットの様に」
「歌劇のヘラクレスは悩むんだ」
「俺にしてはな」
 親父は自分のヘラクレス観も述べた。
「ヘラクレスってのはな」
「強くて逞しくて」
「悩まないでござるな」
「そうした奴なんだよ」
 源三と進太に強い声で答えた程だった。
「神様でもあるしな」
「そうそう、ヘラクレスもね」
「神でござる」
「ゼウスの息子でね」
「死後天界でそうなっているでござる」
「それがどうした悩むんだよ」
 親父は甚だ不満といった感じだった、それが言葉にも出ていた。
「違うだろ、だから今やってる作品はな」
「好きじゃないんだ」
「貴殿はそうでござるか」
「音楽はいいぜ、歌だってな」
 そうしたものはいいというのだ。
「けれどあらすじがな」
「好きじゃないんだね」
「そういうことでござるな」
「どうにもな、じゃあ他の場所も紹介するからな」
 ゴンドラは歌劇場から離れていた、親父はそれを受けて歌劇の話を止めた。そうして次はヴェネツィアにあるポセイドンの神殿の話をした。大理石を青くしてイルカやトリトンの像が前にあるそのシギリシア調の神殿を見つつ親父はこちらの話もした。
「ヴェネツィアの守り神の一柱さ」
「ああ、そうだよな」
 その神殿を見つつだ、芳直が応えた。
「海の神だからな」
「ここは海はないけれどな」
「じゃあ湖の神だな」
「その立場でな」
「湖沿いのこの街の守護神か」
「そうなってるんだよ」
 親父はその神殿を恭しい目で見つつ芳直に答えた。 
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