SAO -Across the another world-
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三話 希望の手掛かり
東京都・台東区上野 [15:50]
牧田玲/デルタ・高校生
「目的地まではもうすぐです」
栗原の声に反応して車窓の外を見てみると、そこには東京の中心部、上野の繁華街があった。土曜の昼だからか、人は溢れ返る程に多く、冬であるのにも関わらず暑そうである。十年近く都民として生活してきた筈ではあるが、あまり人混みには慣れていない牧田は、この中を進んでいくのかと思うと、若干の気だるさを感じていた。
結局、牧田達が下車したのは、上野駅から数駅離れた山の手線の御徒町駅だった。席を立ち、人の流れるままに下車すると、そこには東大和の方では見る事が珍しい密度の高い人混みが、牧田達を迎えていた。あらゆる容姿、性別、人種の人々が混ざり合い、都会特有の、色々な物が複雑に混じりあった様な匂いが、かなりの高濃度で充満していた。その人混みの中をスムーズに歩く栗原に対して素直に感心しつつも、自分を置いていきそうなペースで歩き続ける栗原にやっとこさ着いていく。
人混みに紛れ、方向感覚が無くなったからか、自分が今何処に居るのか把握出来ずに居たが突然、人混みがばっと途切れた事でどうやら人通りの少ない裏路地に出たらしい、と解った。栗原はスマホで地図を確認する様子もなく、すたすたと薄暗い路地を歩いている。すると、突然栗原が足を止めた。
「ここです」
栗原が示した先には、一見して古びたバーのような建物があった。しかし、店の看板を見てみると「Daicy cafe」という表記がある。どうやらバー風の喫茶店である様であった。
栗原が入り口のドアを開けると、ベルがカランコロン、と年期の入った音を弾き出し、内部からは木とコーヒーの香りが混じった、牧田には嗅いだ事の無い匂いが漂ってきた。栗原と牧田は店内に歩を進めた。
「いらっしゃいませ」
野太く、そして何処か日本人離れをしたところがある声に迎えられ、店の奥へと歩んでいく。シックな基調の店内には自分達以外には誰も居らず、店の一角にある年代物のレコードが流すジャズがひとりでに響いていた。
カウンターの向こう側には、カフェコートとエプロンを完璧に着こなし、これぞマスター、という雰囲気を纏っている黒人が居た。そのマスターに栗原が一礼し、革張りのスツールに腰掛けた。
「こんにちは、エギルさん。ご無沙汰しています」
「おお、お前がマロンか。久しぶりだな」
エギル? 聞き覚えのあるような無いような人名を脳内を漁って思い出そうとするが、中々上手くいかない。昔から自分は人の顔を覚えるのは苦手であった。
そんな牧田に、栗原は助け舟を出した。
「この人はエギルさんですよ。【攻略組】の補給など後方支援に奔放して下さった……」
「ああ! あの大きな斧持ってた人か!」
向こう側で散々世話になったであろう人物の情報をその程度しか覚えていない事に自分で驚き、そして何か申し訳無い気持ちになりながら相手の返答を待った。
「そうだ。本名はアンドリュー・ギルバート・ミルズ、まぁエギルで良いぞ」
「…すいません。彼はちょっと人の記憶に関してここが弱いようでして…」
栗原が側頭部をとんとん、と指差した。どういう意味だそれは。
エギルに勧められるままにスツールへと腰を下ろし、エギルからオーダーシートを受け取って中を開いた。
牧田はコーヒーが飲めないのでココアを頼み、栗原は冬にも関わらずにアイスコーヒーを頼んでいた。
「で、ここまで来た理由はなんなんだ、マロン?....いや、栗原か」
栗原はスマートフォンを取り出し、行きに見せられた例の画像をエギルに見せた。
「知っているんですよね、エギルさん?これが何なのかを」
「ああ、勿論だ。その写真の為に呼んだんだからな」
そう言うとエギルは、カウンターの下から、直方体のパッケージを出すと目の前のカウンターの上に置いた。
「何だこれ?」
手の平サイズのパッケージは、明らかにゲームソフトの物だと思われた。ハードウェアは何だとロゴを探すと、右上に印刷された[AmuSphere]というロゴに気が付いた。
「何て読むんだ、これ」
「アム...スフィア...ですかね」
「正確には[アミュスフィア]。レクトが開発したゲームハードで、なんとあのナーヴギアの後継機だ」
SAO事件を引き起こし、4千人もの犠牲者を出した悪魔のハードウェアであるナーヴギアだが、その後継機を求める声は当たり前の様に多かった。結局、僅か半年後に大手電子総合メーカー【レクト】が絶対安全の名の下に新型後継機であるこの【アミュスフィア】が発売された。その売り上げは尋常ではないらしく、出せば出すだけ売れ、売れば売れるだけ黒字になるという。
「このソフトのジャンルも、SAOと同じVRMMOなんですか?」
「ああ。【アルヴヘイム・オンライン】という名前だそうだ。アルヴヘイム、の意味は妖精の国。だが名称通りのまったり系では無いらしい」
「じゃあどんなゲームなんだ?」
「どスキル制。プレイヤースキル重視。PK推奨」
「殺伐としてますね…」
「いわゆる【Lv】は存在しないらしい。各種スキルが反復使用で上昇するだけで、ヒットポイントはあまり上がらないらしい。戦闘もプレイヤーの能力依存。ソードスキル、魔法無しのSAOって感じだ」
「ほーお…PK推奨ってどういう意味だ?」
「プレイヤーはゲーム開始時に種族を選べるらしい。違う種族ならキル有りだとさ」
「でも、そんな殺伐としてるゲームじゃ人気は出ないんじゃ…」
その栗原の発言に、エギルは厳つい顔に笑みを浮かべた。
「そう思っただろ? でも今では大人気なんだとさ。理由は【飛べる】からだそうだ」
「ああ。そこで妖精の羽が出てくるのか」
「ご名答。自由に飛び回れて空中戦も出来るらしいぞ」
栗原はその言葉にわくわくと笑顔を見せていたが、高所恐怖症の気がある牧田にとってはあまり興味の無い事であった。
「で、このソフトとアスナさんの画像とは何の関係があるんだ?」
「その鳥籠が有るのは、そのゲームの中だ」
ん? と牧田は疑問を呈した様な顔を見せた。
「アスナさんはSAOに居たんだろ?じゃあ、別にこのゲームをやってたっておかしくはないだろ」
「アスナさんは……現実世界に帰ってきていないんです」
栗原の言葉に牧田はある事に気付いた。ーーこの少女も、ユーリと同じ「未帰還者」にカデコライズされているという事を。
「……エギル、この鳥籠は何処にあるんだ?」
「ん? ああ、ALOのマップの中央にある【世界樹】のてっぺんの枝にあるらしい」
牧田はそうか、と呟くと、出されたココアを一息に飲み干した。やる事の道筋が見えれば、それを突き通すだけだ。
「エギル、このソフトは何処で手にはいるんだ?」
「なんだ、行くのか。じゃあ二つ持ってけ。あとハードはナーヴギアでも動く」
「いや、もうナーヴは廃棄されちまってるからな。アミュスフィアとやらを購入するよ。資金は潤沢にある」
「私もそうします。仮にナーヴギアが手元にあったとしても、もうあれを被る勇気は無いですから」
「まったくだ」
エギルの発言に、三人は顔を見合わせて笑い合った。が、栗原の顔は表面しか笑っていなかった。心は笑っていない、と読み取れる様な表情をした栗原は、難しい顔をしたままスツールを回転させ、再びカウンターに向き合った。
御徒町から再び電車に乗り、帰路に寄った秋葉原でアミュスフィアを二セット購入しがてら少し早めの夕食を摂った。
「この世界に、本当にユーリさんは居るんでしょうか…」
温かい天そばを食べ、一息吐いていた時、不意に栗原は呟いた。
「生きている、とは言えるんじゃないか」
「ええ....それは言えると思います。心臓停止や脳死状態になった訳ではありませんし。でも、意識がいつ還るか判らず、さらにその意識は他の世界に囚われたまま。これじゃこの世界に居ないも同然だと思うんです」
昏睡状態から治る見込みも無く、未だにあの異世界に囚われているのであろう彼らはこの現実世界に「居る」と言えるのか。それを栗原は心配していた。たとえ肉体が生きていようと、意識は仮想世界の中にある。精神と肉体、どちらが人間の本体か、牧田には分からない。
「それでも、希望が無い訳じゃない」
たとえ一パーセント以下の確率であろうと、人の道から踏み外れようと、目的を達成するための希望を捨てるのは自らのアイデンティティを否定する事になる。稀有かつ歪んだ人生経験を積んでしまった者所以の考えかもしれないが、「戦う為に生まれた」自分を肯定する考えである以上、否定は出来ない。
「...そうですね。ごめんなさい。悲観的になってしまって...」
栗原は自嘲した様な笑みを浮かべながら、食後出された蕎茶を飲んでいた。その笑みはSAO開始以前には見ることの無かった、栗原の弱気が表れた表情であった。
「最近疲れ気味だろ。リハビリの疲れがまだ残ってるんじゃないか?今度温泉でも行くか?」
「行きたいですね....」
結局、栗原の弱気な笑みは中央線の車内で眠ってしまうまで消えなかった。その笑みは家の前で栗原と別れてからも消えず、ずっと牧田の思考の端に引っ掛かるようにして残っていた。栗原の見せた表情は、一体何を意味するのか。現状に対する己の無力さか。それとも親友と呼べる人物への手掛かりが有りながらも、結局は心の中で嫌悪している仮想世界に行かなければならないというジレンマか。どちらにせよ、栗原が何らかの精神的負担が掛かっている事は分かる。そのケアもしなきゃな、と心に留めつつ、牧田は早速手を回す為、スマートフォンを開いた。
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「.....こちら729-08[デルタ]。事案Sに関する情報を入手。不確実な情報だが信憑性は高い情報の模様........了解。明日そちらに顔を出す.......了解。オーバー」
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