英雄伝説~西風の絶剣~
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第44話 アガットの危機
side:リィン
アガットさんを中央工房の医務室に運んだ俺たちはベットに眠るアガットさんを心配そうに見つめていた、今は応急処置を受けて眠っているがその顔色は一向に良くならなかった。
「アガットさん……」
その中でもティータは人一倍アガットさんの事を心配していた。自分を庇ってくれた恩人が危険な状態になってしまった事に責任を感じているんだろう、下手に慰めても逆効果だと思った俺は今はそっとしておくことにした。
「ミリアム先生、アガットの様子はどうなの?」
「とりあえず応急処置は施したわ、でもどうやら特殊な神経毒みたいで普通の解毒剤が効かないのよ」
「あ、あの、アガットさんはどうなっちゃうんですか……?」
「相当タフみたいだから何とか持ちこたえているけどこの状態が続けば死に至る危険もあるわ」
「そ、そんな……」
アガットさんの状態は思ったよりも深刻なものみたいだ。
「ごめん、遅くなった」
「あ、ヨシュア……ってあなたは?」
「よう、前は道を教えてくれてありがとうな」
キリカさんに報告をしに行っていたヨシュアさんが戻ってきたが今日の朝に出会った東方風の恰好をした男性も一緒だった。
「キリカさんにアガットさんや黒装束たちの事を報告しにギルドに行ったらジンさんがいたんだ」
「ギルド……って事は同業者なの?」
「自己紹介がまだだったな、俺はジン・ヴァセック、共和国のギルドに所属している」
「あたしはエステルよ、よろしくね。でも何でジンさんも一緒にここに来たの?」
「同業者が倒れたって聞いたんで見舞いに来たんだが……ふむ、どうも事態は深刻のようだな」
「そうなの、実は……」
エステルさんはジンさんにアガットさんの状態を話した。
「ふ~む、特殊な神経毒か……それなら七耀教会の教区長に相談したらどうだ。あそこには伝統医療の蓄積があるからな、何か力になってくれるかもしれん」
「なら早速行きましょう!」
俺たちはティータとフィーをアガットさんの傍に残してこの街の七耀教会に向かった。
「こんばんわ、教区長さんはいますか?」
「おや、こんな夜更けにどうかしたのかね?」
「実は……」
俺たちはアガットさんが毒で倒れた事情と詳しい症状を教区長さんに伝えた。
「そんなことがあったのか、うむむ……これは困ったことになったな」
「や、やっぱり治すのは難しそうですか?」
「いや、幸いな事に神経毒全般に効果のある薬が七耀協会には伝わっておる。毒を消すのではなく患者の抵抗力を高めて自然治癒を促す薬だ。だが薬を作る材料がちょうど切れてしまっていて作ることが出来ないのだ」
……運が悪いな、薬の材料が切れてしまっているなんて。
「薬の原料はなんですか?僕たちは遊撃士ですから自分たちで調達してこれます」
「おお、そうだったのか。薬の材料は『ゼムリア苔』というものでこの辺りではカルデア隧道の途中にある鍾乳洞に生えておる」
「なんだ、じゃあ直に持ってくるわね」
「だが鍾乳洞に出る魔獣はかなり強いらしく、以前遊撃士協会に材料の調達を依頼した際にはベテラン遊撃士が4人でチームを組んで挑んだほどだ」
ベテランを4人も用意するほど鍾乳洞に生息している魔獣は強いのか、これは厄介だな。
「じゃああたしとヨシュアだけじゃ厳しいかも知れないわね……」
「なら俺も同行しよう」
「えっ、ジンさんが?」
「ああ、これも何かの縁だ。明日には王都に向かうからそれまでしか協力できんがいいか?」
「勿論よ、頼りになるわ!」
「でもこれでも3人か、あと一人は協力してくれる人が欲しいね」
「なら俺を連れて行ってください」
俺はエステルさんたちに自分も同行したいと伝えた。
「えっ、でもリート君を巻き込むわけにはいかないわ」
「俺も責任を感じているんです、ちゃんとティータを見ておけばこんなことにはならなかったかもしれないって……お願いします!」
「……どうする、ヨシュア?」
「リート君の実力は知ってるし今は時間が惜しい、少しでも早くゼムリア苔を入手できる可能性を高めるためにここは彼にも協力してもらおう。ジンさんもいいですか?」
「俺は構わんよ、見たところかなりの腕前のようだ。しかし何処かで見たような気がするな……坊や、俺とどこかで会ったことないか?」
「うえっ!?……い、いやぁ、俺はジンさんとは会った覚えがないですね……」
「ふーむ、気のせいか……」
……怪しまれてしまったか、でもなんとか誤魔化せたようだし今は急いでカルデア隧道に向かおう。
中央工房の地下に降りた俺たちはカルデア隧道を進んで行くと途中に『危険』と書かれた看板が地面に刺してある細い横道を見つけその先に進むと淡い光がぼんやりと辺りを包み込む幻想的な光景が広がっていた。でも奥からは強そうな魔獣の気配が漂っていた。
「ここがカルデア鍾乳洞……確かにカルデア隧道の魔獣と比べたらかなり強い奴らばかりね」
「死角などの襲撃に気を付けながらゼムリア苔を探していこう」
「ええ、皆、気を引き締めていくわよ!」
エステルさんの掛け声に全員が頷いてカルデア鍾乳洞の奥に進んで行く。
この鍾乳洞にはペングーと呼ばれる魔獣が多く生息しており見た目はふざけたような奴らだが中々に強くしかも知識が高いのか水面からアーツを撃ってきたり天井から奇襲してきたりと厄介な戦法を取ってくる。
俺たちはそれらを撃退しながら奥を目指して進んで行くがエステルさんに少し疲労が見えてきたな。
「あーもう!あのペングーって奴ら何匹いるのよ!」
「エステル、落ち着いて。焦ったら注意力が低下してしまうよ」
「しかし結構奥まで来ましたがゼムリア苔は見つからないですね、このままだとアガットさんが危ないですよ」
「不味いわね、一体どこにあるのかしら……」
「ん、おい。皆、あそこを見てみろ」
ジンさんが何かを見つけたようだ、見てみると視線の先に天井の隙間から光が差し込む洞窟湖があった。
「うわぁ、綺麗……」
「中々の絶景じゃないか。洞窟の中にこんな神秘的な場所があったとはな」
「あ、あそこを見て。光る植物があるよ」
ヨシュアさんが指を刺した岩に光るものが見えた、あれがゼムリア苔なのか?
「……うん、間違いない。教区長さんが言っていた特徴と一致している、これがゼムリア苔だね」
「うーん、こんなに綺麗な苔だとは思わなかったな。どうして光ってるのかしら?」
「七耀石の成分が大量に含まれているのかもしれませんね。この鍾乳洞が少し明るいのも岩壁に微量の七耀石が埋まっているからそれと同じだと思います」
「そうなんだ、じゃあ早速採取してツァイスに戻りましょう」
俺たちは岩からゼムリア苔をナイフで剥がして瓶に入れる。
「よし、任務終了!それじゃ街に戻って教区長に渡しましょう」
「……待て」
俺たちは急いでその場を離れようとしたがジンさんが待ったをかけた。
「ジンさん、どうしたの?」
「あ……!」
「気を付けろ!水中に何かいるぞ!」
水中から巨大な影が飛び上がってきて俺たちの前に降り立った、それはこの鍾乳洞で戦ってきた魔獣のペングーを更に大きくしたような魔獣だった。
「な、なにアレ……!?」
「どうやらこの洞窟湖のヌシみたいですね、勝手にゼムリア苔を持っていこうとした俺たちに怒っているようです」
「戦うしかないようね、皆、行くわよ!」
俺たちは武器を出して巨大なペングー……オウサマペングーとの戦闘を開始した。
「グワッ!グワッ!」
「きゃあ!なんて声なの!?」
オウサマペングーは鼓膜が破れそうな程の大きな鳴き声を上げる、すると水中からアカペングーやシロペングーなど沢山の魔獣が現れた。
「奴め、仲間を呼べるのか!」
「エステル、危ない!」
「甘いわ、『旋風輪』!!」
エステルさんの背後からペングーが襲い掛かったがエステルはスタッフを振り回してペングーを弾き飛ばした。
「ふん、どんなもんよ」
「おみごとです!」
俺は疾風を放ち4体のペングーを倒すがオウサマペングーが再び鳴き声を上げるとペングーたちが水中から現れた。
「ああもう!これじゃキリがないわ!」
「エステル、まずは敵の大将から倒せ!じゃないとこいつらはいくらでも出てくるぞ!」
「分かったわ!ならこれでも喰らいなさい!『捻糸棍』!!」
エステルさんが振るったスタッフから衝撃波が放たれてオウサマペングーに向かうが他のペングーが飛び出してきて捻糸棍を喰らった。
「あいつら、親玉を庇ったのか?」
俺も弧影斬を放ち攻撃したがやはり他のペングーに塞がれてしまった。
「遠距離系のクラフトだと他の魔獣が盾になって防がれてしまうのか」
「ならば直接近づいて叩くまでだ、『龍神功』!!」
「ならば僕も……『絶影』!!」
ジンさんの身体から凄まじい闘気が漏れ出していた。今のは身体能力を上昇させるクラフトだったんだろう、ペングーたちを飛び越えてオウサマペングーに向かっていき、ヨシュアさんもペングーたちの隙間を駆け抜けてオウサマペングーに攻撃を仕掛ける。だがオウサマペングーの口から電撃が放たれて二人を直撃した。
「ぐわっ!?」
「うわぁ!?」
攻撃を受けた二人は体がしびれてしまったようで動けなくなっていた。オウサマペングーはそれをチャンスと考えたのか大きく飛び上がり二人を押しつぶそうとした。
「させるか、『業炎撃』!!」
炎を纏った太刀でオウサマペングーに攻撃して態勢を崩させる、そのあいだにエステルさんがアーツの『ブレス』を使って二人を回復した。
「ヨシュア、ジンさん。大丈夫?」
「すまんな、ちょいと油断した」
「近づいたら電撃、離れた攻撃は手下を盾にするか……どう攻めたらいいんだろうか」
「おや、親玉の様子がおかしいな?」
オウサマペングーは体についた炎を落とそうと動き回っておりそのあいだは他のペングーたちも動かなかった。
「あいつ、何やってんのかしら?」
「炎を嫌がっとるようだな。恐らくあの大きな魔獣が他の魔獣を操っとるんだろう、炎を嫌がって暴れているから他の魔獣の動きが止まったのかもしれない」
「だったら火属性のアーツであいつを攻撃すれば……!」
「ならエステルさんとヨシュアさんで強力な火属性のアーツを使ってください、その間は俺とジンさんで他の魔獣を食い止めます」
「よし、それで行くぞ!」
エステルさんとヨシュアさんがアーツを放つために精神力を高めていく、そうはさせまいと他の魔獣たちが襲い掛かってくるが俺とジンさんで食い止める。
「グワァァァァ!!」
手下では駄目だと思ったのかオウサマペングーは口から電撃を放ちエステルさんとヨシュアさんに攻撃するがそこにジンさんが立ちふさがった。
「同じ手は二度も食わん!『月華掌』!!」
気を溜めたジンさんは渾身の力で突きを放った、それが電撃に当たると電撃は四散してしまった。
「凄い、電撃を素手で消してしまうなんて……」
「出来たわ!喰らいなさい、『ナパームブレス』!!」
エステルさんとヨシュアさんが放った火属性のアーツがオウサマペングーを巨大な爆発で包み込んだ。
「グ、グワァァァァァァ!?」
全身が炎に包まれたオウサマペングーはパニックを起こしてしまい他のペングーたちも動かなくなってしまった。
「今よ、必殺!『桜花無双撃』!!」
「はぁぁぁ!『漆黒の牙』!!」
「これで決める!奥義、『龍閃脚』!!」
「蒼き炎よ、我が剣に集え!『蒼炎ノ太刀』!!」
全員で放ったSクラフトをまともに喰らったオウサマペングーは跡形も無く消え去った。他のペングーたちはオウサマペングーがやられると一目散に逃げだしていく。
「ふう……何とか撃退できたみたいだね。でもモタモタしていたらまた襲ってくるかもしれない」
「ふむ、とっとと街に戻った方が良さそうだ」
「うん、急ぎましょう!」
俺たちは急いで街に戻り教区長さんの元を訪ねた。
「教区長さん!ゼムリア苔を採ってきたわよ!」
「おお……本当かね!?」
「確認をお願いします」
「……確かにゼムリア苔だ。よくぞ、こんなにも早く採ってくることができたものだ」
俺たちはゼムリア苔の入った瓶を見せると教区長さんは感心したように呟いた。
「これで薬は出来るのか?」
「ああ、勿論だとも。奥で調合するから少し待っていてくれたまえ」
教区長さんはそう言うと教会の奥に向かったので俺たちも付いていった。
「万物の根源たる七耀より聖別された蒼と金、ここに在り。万物の流転司る女神の秘跡、浄化と活性の融合を成したまえ」
ゼムリア苔を他の材料と混ぜていき調合する、そして最後に教区長さんが空の女神に祈りを捧げた。
「……うむ、これで完成だ。さあ持っていきなさい」
教区長さんは綺麗な色をした薬の入った瓶を俺たちにくれた。
「うわぁ、綺麗な色ね。これって飲み薬なの?」
「ああ、内服薬だ。毒を消すのではなく患者の免疫力を飛躍的に高めて自然治癒をうながすわけだな」
「ふむ、東方の医術に通じる所がありますな」
「たしか漢方だったか……あれと同じ発想と言ってもいいだろう」
漢方……そういえば前にユン老師の元で修行中にフィーが風邪をひいた時にユン老師が飲ませていたな。フィーは酷く嫌がっていたが効果は抜群だったのを覚えている。
「さあ、急いでその薬を届けてやるといい」
「うん、分かったわ!」
俺たちは教区長さんから貰った薬を持って急いでアガットさんの元に向かった。
―――――――――
――――――
―――
side:フィー
リィンたちが出かけている間、わたしとティータはアガットの看病をしていたがアガットは苦しそうに唸っていた。
「ぐっ……うぅ……」
「アガットさん……」
ティータは心配そうに見守るが無理もない、わたしもアガットではなく毒を喰らったのがリィンだったらと思うと怖くて仕方がない。
「ティータ、ただいま!」
「お姉ちゃん!」
そこにリィンたちが返ってきた。エステルの手には何かの液体が入った瓶が見えるがもしかして薬なのだろうか?
「教区長さんに薬を作ってもらったの」
「流石はビクセン教区長ね、毒を消す薬なの?」
「ううん、患者の免疫力を高めて自然治癒をうながすものだって言っていたわ」
エステルから薬を受け取ったミリアムは薬の効果をエステルたちから聞いていた。
「なるほど……免疫力を活性化させる薬か、試してみる価値はありそうね」
ミリアムは薬をスポイトに入れてアガットの口から薬を飲ませる、するとアガットは苦しそうに声を荒げだした。
「ぐっ……あぐっ……ぐっ……がああああ……!!」
「ア、アガットさん!?」
「わわっ!なんか苦しみだしたわよ!?」
「いや大丈夫だ、これでいい」
「えっ?」
苦しそうにするアガットを見てヨシュアは大丈夫だと言った。でもこんなに苦しそうなのにどうして大丈夫なんだろう?
「薬が効き始めたようだな。苦しかったり痛かったりするのは体の機能が復活した証拠だろう」
「ええ、その通りよ。これで神経毒による危険な昏睡状態からは脱したわ」
「そ、そうなんだ……」
なるほど、そういう事か。ジンとミリアムの説明を受けてわたしは納得してエステルは安堵の表情を浮かべた。
「で、でも……アガットさん、苦しそう……」
「ええ、何時間かは苦しむことになるわね。でもそれを過ぎれば完治するはずよ」
こうしてアガットは危険な状態から脱することが出来た、その後は全員で交代しながらアガットの看病をすることにした。でもティータはまだ幼いのでわたしと一緒に看病することになった。
「うーん、おかしいな……」
「ティータ、こっちに新しいタオルがあるよ」
「あ、それだよ。ありがとう、フィルちゃん」
ティータはわたしから受け取ったタオルを冷たい水が入った入れ物に入れて力いっぱい絞る、そして苦しそうに息を荒げるアガットの頭にのせる。
「はぁ……はぁ……う、うあああぁぁぁっ……」
「ア、アガットさん……」
「凄い汗だね……ティータ、アガットの身体を少し上げるから体をふいてあげて」
「わ、分かったよ!」
ティータと協力してアガットの身体をふいていく、それにしても凄い汗だ。
「……う、うう……」
「あ、アガットさん!気が付いたんですか?」
「水があるからこれを飲んで」
「ミ、ミーシャか……?」
わたしたちはアガットが目を覚ましたのかと思った、でもアガットはティータの顔を見るとわたしたちの知らない名前を呟いた。
「え……」
「よ、よかった……そこにいたのか…兄ちゃんがついてる……もう……怖くないから…な……」
アガットはそう言うとゆっくりと寝息を立て始めた。
「アガットさん!?」
「……大丈夫、さっきよりも呼吸が安定してる。今は眠ってるだけ」
「よ、良かった……」
アガットの容体が落ち着いたことを知ったティータはホッと息を吐いた。
「……ねえフィルちゃん。アガットさん、わたしを見てミーシャって呼んだよね」
「ん、確かにそう言ってたね」
「……誰なのかな?」
「気になるの?」
「ふえっ!?べ、別に変な意味じゃないよ!」
「クスッ、大丈夫。わたしは理解してるから」
「もう、フィルちゃん!」
わたしたちは次の交代までアガットの看病を続けた。
それから夜が明けて朝になり王都に向かうジンを見送るためにわたしたちは発着場に来ていた。
「わざわざ済まんな。見送りなんぞさせちまって」
「このくらい当然よ、色々お世話になっちゃったしね」
「ジンさんはこのまま定期船で王都に向かうんですか?」
「ああ、どうしても外せない用事があってな。そうでなければ俺も誘拐事件の調査に付き合わせてもらうんだが……すまんな」
ジンは済まなそうにティータやエステルたちに頭を下げた。
「と、とんでもないですよ。ジンさんには色々お世話になりましたしホントーに感謝しています!」
「はは、そう言ってくれると助かるぜ……そろそろ出発のようだな、アガットが目覚めたらよろしく行っておいてくれ」
「ジンさん、本当にありがとうね」
「どうかお気をつけて」
「ん、バイバイ」
わたしたちは飛び立っていく定期船に手を振ってジンを見送った。
「……行っちゃったね」
「うん、凄く頼りになる人だったね……」
「はい……」
ジンを見送った後わたしたちは黒装束たちについて何か情報が入ってないかギルドに向かう事にしたがティータは未だ目覚めないアガットの看病に行くと言って別れた。今はミリアムもいるだろうし一人でも大丈夫だろう。
「キリカさん、おはよ~」
「おはようございます、キリカさん」
「おはよう。あら、リートとフィルも一緒だったの?」
「ええ、せめてアガットさんが目覚めるまではツァイスにいようかなって思いまして……」
「そう、まあいいわ。でもアガットが目覚めたらすぐに戻るのよ、アイナが心配していたわ」
「了解しました」
それからアイナの話を聞いていくとどうやらレイストン要塞から連絡が来なくなりこちらからも連絡が出来なくなったこと、そして各関所に敷かれていた検問が解除されたようだ。
「どうして検問を解除したのかしら、また空賊事件の時みたいに縄張り争いでもするつもりなの?」
「いや、それだったら検問を解除するメリットが無いです。みすみす犯人を逃すようなものですからね」
「それに犯人を捕まえたなら大々的に発表すると思うし遊撃士協会にも連絡してくるはず」
「……雲行きが怪しくなってきたね」
「こんにちは~」
何故王国軍がそんな行動を取ったのか分からずエステルたちは頭を悩ましていた。するとそこにドロシーが現れた。
「あら、ドロシーじゃない。一体どうしたの?」
「いや~、ちょっと相談したいことがあって来ちゃった」
「相談したいこと?」
ドロシーの話を聞くと軍に預けた感光クオーツを返してもらいに行ったが門前払いを喰らいどうにかできないかという話だった。
「感光クオーツを返してもらえなかったからかわりに雑誌連載用に要塞の写真を撮ってきちゃった。月明かりがライトアップされてすっごく可愛く採れたんだよ~」
「えっ、許可なしに軍事施設を撮ったんですか?怒られますよ……」
「まぁまぁ固い事は言いっこナシ♡ほらぁ、見てみて。さっき現像したばっかりなの」
ドロシーはそう言うとカウンターの上に写真を置いた。夜のレイストン要塞を月明かりが照らして中々味のある写真だった。
「へぇ……たしかに綺麗に取れてますね」
「ドロシーの写真は本当に上手に取れてるわよね~、しかも上手い具合に軍の警備艇まで映ってるし」
「あれれ?こんなの映ってたんだ~。私、全然気が付かなかったよ~」
「……これは!?」
写真を見ていたヨシュアが何かに気が付いたように驚いた表情を浮かべた。
「エステル、これは軍の警備艇じゃない、あの黒装束たちが乗っていた飛行艇だ」
「あ、あんですって!?」
「あいつらの?……確かによく見るとあの時の飛行艇に見えますね」
「でもどうしてレイストン要塞の上空に映ってるの?あいつらからすれば絶対に近づきたくない場所なのに……」
「ま、まさか王国軍と黒装束が内通していたってこと!?」
わたしの言葉を聞いたエステルがまさかという表情で王国軍が奴らと組んでいるんじゃないかと言うがそれにヨシュアが待ったをかけた。
「色々な可能性が考えられるけどまだ結論を出すのは速すぎるよ、ここは僕たちもレイストン要塞に行って事情を聴くべきだと思う。キリカさん、いいでしょうか?」
「ゆさぶりをかけるつもりね、許可するわ」
「なら早速行きましょう。ドロシー、写真を一枚貰っていってもいい?」
「うん、いいよ~」
エステルたちはそう言うとレイストン要塞に向かったので、わたしとリィンはアガットの様子を見に行く事にした。4階に上がると果物の入ったカゴを持ったティータがいたので声をかけた。
「ティータ、アガットの様子はどう?」
「あ、リートさん!フィルちゃん!アガットさんが目を覚ましたの!」
「なんだって?それは本当かい?」
「はい、今なにか食べ物でも渡そうかと思って果物を買ってきたんです。あれ、そういえばお姉ちゃんたちは一緒じゃないんですか?」
「エステルさんたちはちょっとね、でもこれはいいタイミングかも知れないね」
わたしたちが事務室に入ると目を覚ましていたアガットが声をかけてきた。
「よう、来たのか」
「アガットさん、目を覚ましたんですね。良かったです」
「俺としたことが油断しちまったが何とか生き残ることが出来たぜ。ティータから聞いたがお前らも色々動いてくれたんだってな。まあ……その、なんだ、ありがとうよ」
「……」
「……おい、何か言えよ」
「あ、すいません。まさかお礼を言われるとは思ってなくて……」
「ツンデレ?」
「てめえらなぁ!!」
わたしたちの態度にアガットは怒ってしまったが、ちょっと前までリィンの胸倉をつかみ上げていたイメージの方が強かったので困惑してしまった。
「アガットさん!病み上がりの身体で大きな声を出したら駄目ですよ!」
「ティータ、だがよ……」
「う~っ……」
「……ぐっ、分かったよ。俺が悪かった」
「えへへ」
アガットはティータに注意されると怒りを収めた、なんか尻に敷かれているみたい。
「でもアガットさんが起きていてくれて良かったです。実はあれから色々な事が分かりました」
「なんだ、話してみろ」
わたしたちはドロシーの写真に写っていた飛行艇の事をアガットに話した。
「……レイストン要塞にだと?キナくせえ話になってきたな」
「お、おじいちゃんがレイストン要塞にいるんですか?」
「今、エステルさんとヨシュアさんが事情調査に向かっています。そろそろ戻ってくる頃だと思いますが……」
「よし、こうしちゃいられねえな」
アガットはそう言うと大剣を背負って立ち上がった。
「まさか病み上がりの身体で行くんですか?」
「へっ、そんな軟な鍛え方はしてねえよ。体がなまっちまったから動かしたくてしょうがねえ」
「アガットさん、無茶はしないでくださいよ?」
「分かってるよ、んじゃギルドに向かうか」
わたしたちはアガットとティータも連れてギルドに向かった。
ちょうどエステルたちが帰ってきていたので詳しい話を聞くとレイストン要塞の情報部は不在だったそうで守備隊長のシード少佐という人がエステルたちの対応をしたらしく最後にゲートが途中で止まってしまったらしい。
「……なるほどな、前にツァイスの導力器が全て停止したことがあるって聞いたがそれと同じ現象がレイストン要塞で起きたのか。加えて写真に写っていた飛行艇はあの黒装束が乗っていた物に違いねえ。正体が分かってスッキリしたぜ、キッチリ落とし前を付けさせてもらう」
「落とし前っていうと?」
「決まってんだろう、要塞に侵入して博士を解放するんだ。そうすりゃあいつらに一泡吹かせてやれる」
「あ、なるほど。それが一番手っ取り早いってわけね」
「そう簡単にはいかないわ」
「えっ?」
アガットの話にエステルが納得したがそれにキリカが待ったをかけた。
「遊撃士協会の決まりとして各国の軍隊には不干渉の原則があるわ。協会規約第三項『国家権力に対する不干渉……遊撃士は、国家主権及びそれが認めた公約機関に対して捜査権、逮捕権を酷使できない』とあるわ。つまり軍がシラを切る限りこちらから手を出す権利は無いの」
「チッ、そいつがあったか……」
「そ、そんな……そんなのっておかしいわよ!目の前で起きている悪事を見過ごせっていうわけ!?」
エステルは納得がいかないと言うがキリカはクスッと笑うと再び話し出した。
「ただしこの原則には抜け穴があるわ。協会規約第ニ項『民間人に対する保護義務』……『遊撃士は民間人の生命・権利が不当に脅かされようとした場合、これを保護する義務と責任を持つ』とあるの。これが何を意味するか分かるかしら?」
「そうか、ラッセル博士は役人でも軍人でもない民間人です。つまり遊撃士が保護すべき対象という訳ですね」
キリカの問いにヨシュアが納得したように答える。確かにラッセルは民間人である以上助けに行っても問題はないはずだ。
「あとは……工房長さん、あなた次第ね。この件に関して王国軍と対立することになってもラッセル博士を救助するつもりはあるかしら?」
「……考えるまでもない。博士は中央工房の……いや、リベールにとっても欠かすことのできない人材だ、救出を依頼する!」
「これで大義名分は出来たわね。遊撃士アガット。それからエステルとヨシュア。レイストン要塞内に捕まっていると推測されるラッセル博士の救出を要請するわ、非公式ではあるけど遊撃士協会からの正式な要請よ」
「そうこなくっちゃ!」
その後レイストン要塞に侵入するために工房船『ライプニッツ号』の運ぶ荷物に紛れて侵入すると言う大胆不敵な作戦を考えて遂に実行される時がやってきた。
「じゃあわたしたちはここでお別れだね」
「皆さん、作戦の成功を祈っています」
わたしとリィンは発着場でライプニッツ号に乗り込むエステル、ヨシュア、アガット、ティータを見送りに来ていた。
なんでティータまで行くのかというと要塞に荷物を運ぶとき生体感知器をかけられるのだがラッセル博士の発明品にそれを妨害できる装置があったらしく今回の作戦が実行されることになった、でもそれはティータにしか動かせないらしいのでこうして同行することになった。
因みにそれを知ったアガットは大反対、説得して何とか納得はさせたがその時の姿がわたしに対して過保護な対応をするリィンや西風の皆によく似ていた。
「リート君とフィルはあたしたちを見送ったらロレントに戻るの?」
「ええ、そろそろ帰らないとアイナさんに叱られてしまいますから」
「ん、お手伝いもしないといけないしね」
「アガットさんもありがとうございました、お体に気を付けてください」
「ああ、お前らも達者でな」
エステルたちと挨拶をしてるとティータがギュッと抱き着いてきた。
「ティータ?」
「フィルちゃん、色々とありがとうね……」
「ん、ティータも気を付けてね。何かあったら絶対にわたしが駆けつけるから」
「うん!」
ティータはわたしから離れるとリィンに頭を下げた。
「リートさんも色々ありがとうございました」
「ティータ、こっちこそありがとう。ラッセル博士が無事に救助されることを祈ってるよ」
「はい、本当にありがとうございました」
そしていよいよ作戦が実行される時間となりライプニッツ号はレイストン要塞に向けて飛び立っていった。
「いっちゃったね……」
「ああ……皆さん、無事を祈ります」
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