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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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正体見たり

 珍しいことがありやした。うちに宿を借りた人がいたんですよ。
 街道沿いにポツンとある茶屋ですからね、そういう人が全くいないってわけじゃないんです。でも元々人通りが少ない上に、街道に入る時間帯に気をつければ日暮れまでに簡単に越せるもんで、宿を借りてぇって人は滅多にいないんでさぁ。

 旦那が来たのは、日もすっかり暮れて、空が完全に真っ黒くなったころでしたねぇ。こんな時間にあっしの宿を通るってことは、ちょっと日も傾いた頃に街道に入ったってことなんで、ちょっと変な気もしやした。ま、急ぎの用だかのっぴきならない事情があったんでしょうなあ。

 断る理由なんてのは全くねぇんで、泊めて欲しいという旦那に対して、あっしは快く返答しやした。まあ客用の部屋なんてのがあるわけではないんで、同じ部屋で寝てもらうことにはなりやすが……。
 旦那は中々にいい人で、泊めてもらえるなら何でもいいって感じでした。あっしも夜中に話し相手がいることは滅多にないんで、精一杯のもてなしをしてあげようと思いやした。

 夕飯とかも全部ふるまって、粗末ですが風呂も用意したんでさぁ。
 旦那は大層感激してやした。そういうのを見るのがあっしの幸せなんで、うれしいのなんのって……。

 色々話を聞くと、旦那はどうやら人の見送りに行くらしいんでさぁ。故郷にいる甥だかが村を立って旅にでるんで、その祝いと見送りに、一度故郷に顔を出したいと。
 知らせが届くのに時間がかかって、慌てて帰ってるらしいんでさぁ。それであっしのとこに宿を借りることになった。

 なんとも、故郷と親しい人を大切にしてる人でしたねぇ。経緯を話してる時なんか、顔が輝いてやした。

 そんな感じで、ちょっとお酒も入ったりして盛り上がりやしたが、夜も更けたんで床に就いたんでさぁ。
 囲炉裏を挟んで両側に布団を敷いて、旦那は家の奥、障子戸の傍に寝ることになりやした。

 暫くの間は何事もなかったんですがね、月が昇ってきた頃に、突然旦那が悲鳴を上げたんですよ。
 何事かと思って飛び起きてみると、なんと障子に女の影が写ってる。髪を振り乱して、何かに掴みかかろうとしてる風に見えやしたねえ。
 あっしも驚いて、慌てて障子を開けたんですよ。

 障子戸の外では、家の裏に生えてる木が月の光を受けていやした。

 またバケモノかと思いやしたが、影女の正体があまりに呆気なかったんで、あっしも旦那も、声あげて笑いやしたよ。

 月はほんとに綺麗でした。 
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