英雄伝説~西風の絶剣~
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第42話 妖精の想いと絶剣の苦悩
side:エステル
「そんな事があったのね。まさか初日から問題行動を起こされるとは思ってなかったわ」
「うぅ……ごめんなさい」
「……ごめん」
カルデア隧道でリート君とフィル、そしてティータという女の子と出会ったあたしとヨシュアは驚きながらも取りあえずツァイスに全員で行きギルドで手続きをしていたんだけど話を聞いたキリカさんにリート君とフィルが叱られていた。
「あ、あのキリカさん!私が無理を言って付いてきてもらったんです!だからリートさんとフィルちゃんを許してあげてくれませんか?」
「……そうね、ティータちゃんにも落ち度はあったし遊撃士じゃないから褒められた事をしたわけでもないけど結果的には危ない所を助けたわけだし……お説教はここまでにしておきましょう。でもアイナには報告しておくからそのつもりでね」
「はい……」
「まあ、仕方ないよね」
キリカさんはどうやらティータと知り合いのようでリート君とフィルは取りあえず許してもらえたようだ。
「でもどうしてリート君とフィルがツァイスにいるの?」
「実はエステルさんとヨシュアさんに渡さなければならないものがあってここに来ました」
「渡さなければならないもの……?」
リート君は懐から黒いオーブメントを取り出してあたしたちに見せてきた。
「これってオーブメント?」
「でもかなり複雑そうな物だね。リート君、これは一体どうしたの?」
「実はこのオーブメントはKという匿名を使った人物がカシウスさんに贈ろうとしていた物だったらしいんです」
「えぇ!父さんに!?」
まさか父さんの名前をここで聞くとは思っておらずあたしは声を出して驚いてしまった。
「はい、空賊たちのアジトにあったそうなんですが、事情があって発見に時間がかかってしまったそうなんです。でもカシウスさんは今留守ですから家族のお二人に渡すために、ツァイスまで来たという訳です」
「だからリート君とフィルがツァイスにいたのね。それにしても父さんったら何をしているのかしら?連絡もよこさないでこんな訳の分かんないものを送られたりして……なにかあったんじゃないわよね?」
あたしは未だに連絡すら寄こさない薄情な父親を思い出してちょっとイライラしてきた。
「まあまあ、エステル……父さんの事も心配だけど今は手紙に書かれていたこのR博士の事について考えよう」
「ヨシュア、でも……」
「父さんが心配なのは僕も同じさ、でも連絡を寄こさないのはきっと何か考えがあるからだと思う。それにこのKという人が父さんに送ったって事はこのオーブメントは重要なものかも知れない、今父さんはいないから代わりに僕たちがこれをR博士という人に届けてあげよう」
「……分かったわ。こんなのいつもの事だし今はこのR博士という人について考えましょう」
あたしは考えを変えてR博士について考える事にした。
「R博士か、あたしは聞き覚えが無いわね。ヨシュアは知らないの?」
「R……それだけで特定するのは流石に難しいな……」
「そうよね……うーん、困ったわ」
「あ、あの……」
あたしたちがR博士が誰なのかを考えているとティータが何かを言いたそうに手を挙げた。
「ティータ、どうかしたの?」
「その、R博士ってひょっとしたらラッセル博士の事なんじゃないかなって思って……」
「ラッセル博士?」
あたしはラッセルという名前を聞いて引っかかりを感じた。いや、どこかで聞いたような気がしたんだけど思い出せないのよね。
「エステルさん、ラッセル博士は導力器を開発したエプスタイン博士の弟子で『導力革命の父』とも呼ばれる優れた技術者の事ですよ」
「ああ、そういえばそんな話をシェラ姉から習っていたわね」
リート君から説明を受けて前にシェラ姉からラッセル博士について習っていたのを思い出したわ。
「……エステル、まさか今まで忘れていた訳じゃないよね?」
「そ、そんなことある訳ないじゃない!それでそのラッセル博士は何処にいるんだっけ?」
「ラッセル博士はツァイスが誇る中央工房の設立者よ。今はご自宅の工房で様々な発明をされているわ」
「そうなんだ。でもティータはどうしてR博士がラッセル博士だって思ったの?」
「お爺ちゃんはリベールで一番優れた技術者だからRのイニシャルがついた博士と聞いてピンと来たんです」
「お爺ちゃん?」
「ティータはラッセル博士のお孫さんよ」
「ええ?そうだったの!?」
キリカさんの言葉にあたしはラッキーと思った、だって丁度会いたい人と思った人の関係者に出会えたんだもん。
「やった!運がいいわね!ならこのオーブメントをラッセル博士に渡しに行きましょう」
「ちょっと待ちなさい」
あたしが外に向かおうとするとキリカさんに呼び止められた。
「キリカさん、どうかしたの?」
「紹介状を書いておいたからこれをラッセル博士に渡しなさい。ティータがいるとはいえあなたたちと博士は初対面でしょ?遊撃士協会からの依頼として渡せば博士も快く協力してくれるはずよ」
「はえ~……キリカさん、準備が早いわね」
「あなたたち遊撃士のサポートが私の仕事だから届けられた情報を判断してしかるべき用意をしただけよ」
す、凄い人ね。こんな頼もしい人がサポートに回ってくれるならどんな仕事でも出来てしまいそうだわ。
「お、恐れ入りました」
「助かります、本当に」
「気にすることはないわ。何か事件が起きた時に働いてかえしてもらうから」
「あはは……うん、その時は任せて!」
あたしはキリカさんから紹介状を貰ってラッセル博士に会いに行く事にした。
「じゃあ俺たちはここでお別れですね」
「ん、そうだね」
「えっ?どうして?」
外に出るとリート君とフィルが別れると言いだした。どうしてなのかしら?
「エステル、彼らはあくまでも保護された一般人なんだよ?これ以上は深入りさせられないよ」
「あ、そうだったわね。なら仕方ないか……」
「エステルさん、ヨシュアさん、ティータ、取りあえずはここでお別れですね。俺とフィルはエルモ村の温泉宿に向かうのでもし縁があったらまた会いましょう」
「また何かあったら相談して。力になるから」
「はい、リートさんもフィルちゃんもありがとうございました!」
二人はそう言って去っていった。
「折角久しぶりに会えたからもう少し話しをしたかったんだけどなぁ」
「また会えるさ、今は仕事を優先しよう」
「そうね。じゃあティータ、案内よろしくね」
「はい、それじゃ行きましょう」
あたしとヨシュアはティータに案内されてラッセル博士の工房へ向かった。
―――――――――
――――――
―――
side:フィー
エステルたちと別れた後、わたしとリィンは居酒屋『フォーゲル』で遅めの昼食を食べようとしていた。二人でうずまきパスタと黒胡椒スープを注文して来るのを待っている。
「……ねえ、リィン。良かったの?」
「ん、何がだ?」
「エステルたちについていかなくてもって事だよ。あのオーブメントが気になってたんでしょ?」
「まあな。でもこれ以上首をつっこんだらマズイ事になるかも知れないしエステルさんたちなら大丈夫だと判断したまでさ」
「そっか、リィンがそう言うならわたしも気にしないようにするよ」
リィンとおしゃべりをしていると注文していた品が運ばれてきた。パスタもスープもとても美味しそうだ。
「それじゃ頂こうか」
「うん、頂きます」
わたしはフォークでパスタを絡めとり口に運ぶ、ハーブをふんだんに使ったパスタはさっぱりとしていながらも味わい深い一品だった。
「うん、美味しい」
「このスープも黒胡椒がピリリと効いていて美味しいぞ」
わたしはパスタを絡めたフォークをリィンに向けた。
「はい、あーん」
「えっ、流石に恥ずかしいんだけど……」
「あーん」
リィンは最初は恥ずかしがっていたけど観念したのかわたしの差し出したパスタをパクリと食べた。
「どう、美味しい?」
「……ああ、美味しいな」
「じゃあ次はわたしの番だね」
わたしは口を開けてリィンにあーんをおねだりする。
「おいおい、俺はしなくてもいいだろう?」
「あーん」
「……はぁ、分かったよ」
リィンはパスタを絡めたフォークをわたしの口の中に運ぶ。
「もぐもぐ……」
「美味しいか?」
「……うん、リィンに食べさせてもらうとより美味しく感じる」
リィンにニコッと笑いながらそう話すとリィンは顔を赤くしながら「……良かったな」と呟いた。もしかして照れちゃったのかな?
「リィン、可愛いね」
「……いいから冷める前に食べろよ。デザートも頼むんだろう?」
「もちろん」
その後パスタとスープを完食して、デザートに旬のフルーツタルトを食べてからわたしたちはエルモ村に向かった。
―――――――――
――――――
―――
「……なあ、そろそろ機嫌を直してくれよ」
「……」
辺りもすっかり暗くなった夜、わたしたちはエルモ村の温泉宿ではなくツァイスの『ツァンラートホテル』の一室にいた。わたしはベットの枕に顔を沈めて横になっており、リィンは隣のベットに座りながら困った顔でわたしを見ていた。
「……楽しみにしていたのに」
「仕方ないだろう、今日は温泉宿が満室だったんだから」
そう、エルモ村の温泉宿に到着したのは良かったんだけど今日は満室で宿を取る事が出来なかったの。急いでツァイスに戻ってきたわたしとリィンは偶然一部屋だけ空いていたホテルに宿を取ることにしたんだけどやっぱり納得いかない。
「……」
「なぁ、機嫌を直してくれないか?膨れっ面のフィーは珍しいけど俺は笑っているフィーの顔が見たいんだ」
「……ごめん、ちょっと大人げなかった」
わたしはベットから起き上がるとリィンの傍に行き彼の膝に腰を下ろした。リィンはそうすると分かっていたようにわたしの頭を優しく撫で始める。
「明日直にエルモ村の温泉宿に行って宿を取ってこような。それにこのホテルだって中々快適じゃないか、だから今日だけは我慢してくれ、な?」
「ん、そうだね。子供っぽい事をしてごめんね」
「子供っぽいってフィーはまだ子供だろう?気にすることないって」
「むう、リィンだって2歳しか離れてないのに子供扱いしないでよ……」
「えい」
「ぷう……もうやめてよ」
「あはは」
ぷく~と頬を膨らますとリィンは楽しそうにわたしの頬をつついて遊んでいる。もう、リィンはいつもわたしの事を子供扱いするんだから。
「……?」
なんだろうか?今、何か嫌な感じが辺りを通り過ぎたような……
「おや、停電か?」
すると急に部屋の明かりが消えて真っ暗闇になってしまった。フロントに確認しに行くとホテルの従業員や責任者が慌てた様子で話していた。
「原因が分からないだと?」
「はい、突然明かりをつける導力器が止まってしまいそれどころか他の導力器まで原因不明の停止をしてしまいました」
「何が起きたというんだ……」
どうにも唯の停電では無いらしくおかしいと思ったわたしたちは外に出てみると辺りが完全に真っ暗闇になっていた。
「どうなっているんだ、家どころか電灯も真っ暗じゃないか」
「しかも動く階段も止まってるね。導力器が動いていないのかな?」
まるで街全体の導力器が停止してしまったような状況にわたしもリィンも驚いていた。だが暫くすると街全体に明かりが戻り動く階段も正常に動き出した。
「直ったのか……しかし今の現象は一体なんだったんだろう?」
「導力器が全部止まっちゃうなんて初めて見た。こんな事は普通あり得ない」
わたしたちがそう話していると中央工房から誰かが凄い勢いで出てきてわたしたちの前を横切っていった。
「突然街全体の導力器が停止するなんて……きっとまたあの人がなにかやらかしたに違いない!」
その人は怒ったような呆れたようなとにかく疲れ切った表情で街の端にある民家に入っていった。
「……なんだったんだ?」
「さあ?」
その後わたしたちはホテルの部屋に戻り1日は過ぎていった……
翌日になってホテルをチェックアウトした後、わたしとリィンは今度こそエルモ村の温泉宿に宿を取るために急いで向かった。
「あら、あんたたちは昨日の……」
「すいません、今日は部屋開いていますか?」
「わざわざ今日も来てくれたのかい?ありがとうねぇ。でも間が悪かったね、申し訳ないんだけど今はちょっと困ったことになっちゃってねぇ……」
なんてことだろう、今日もまたなにかあったらしい。空の女神はわたしに恨みでもあるのだろうか。
「困った事とは一体何ですか?」
「温泉をくみ上げる導力ポンプが故障してしまったんだよ。このままじゃ営業が出来ないからツァイスの中央工房に修理を要請しないといけないんだけど運が悪いことに導力通信器まで調子が悪くてね、連絡ができないんだよ」
「……なら、俺たちが行ってきましょうか?」
「えっ、あんたたちがかい?」
「ええ、俺たちは魔獣との戦いも慣れているので直にツァイスまで行って修理を頼んできますよ」
「しかしねぇ……」
「妹が温泉を楽しみにしていたんです、ここは妹の為に俺たちに任せてくれませんか?」
「……そうだねぇ。あんたがそこまで行ってくれるならお願いしようかしら。その代わり宿代を半額にまけてあげるわ」
「それはいいですね、なら任せてください」
宿屋の女将さんから頼まれた修理の要請を伝えるために、わたしたちは急いでツァイスに戻り中央工房の受付に向かった。
「こんにちは。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「実はエルモ村の温泉をくみ上げる導力器ポンプと導力通信器が故障してしまったそうで修理をお願いしたいんですが出来るでしょうか?」
「かしこまりました。ただ今担当者に連絡を致しますので暫くお待ちください」
受付のお姉さんは導力通信器で誰かを呼び出す。すると出てきたのはエステルとヨシュア、それにティータだった。
「あれ?リート君とフィルじゃない。エルモ村の温泉宿に行ったんじゃなかったの?」
「はは……それが色々ありまして」
わたしたちは今まで起きたことをエステルたちに話した。
「そうだったの、じゃあ昨日の停電も知っているのね」
「じゃあ昨日の停電はエステルさんたち……いや、あのオーブメントが関係しているんですね?ならこれ以上は聞きません。それよりもどうしてさんエステルたちが降りてきたんですか?確か担当者を呼ぶと受付の人は言っていましたがまさかエステルさんが修理するんですか?」
「違うって。修理するのはティータよ、あたしたちは護衛を担当してるの」
「えへへ……」
そういえばティータってラッセル博士のお孫さんだったね、わたしとそう年は変わらないのに凄いと思う。
「なら俺たちも一緒に行っていいですか?どのみちエルモ村に戻る予定でしたから」
「ええ、構わないわ。ヨシュアもいいわよね?」
「そうだね、村まで同行するだけなら問題ないよ」
「じゃあ決まりですね、早速エルモ村に向かいましょう」
わたしたちはエステルたちを加えてエルモ村に戻った。
エルモ村に戻ったわたしたちは温泉宿の女将さんに声をかけた。
「こんにちは、マオおばあちゃん」
「おお、ティータ。よく来てくれたね」
どうやらティータは女将さんと知り合いのようで親しそうに話し出した。
「さてはラッセルの奴、アンタに修理を押し付けてまた研究に没頭してるんだねぇ。まったくあのジジィは孫をこき使ってまぁ……」
「そ、そんなことないよ~。おじいちゃんが来るはずだったんだけど私が無理を言っちゃって……」
「はぁ~、あんたって子は本当に健気でいい子だねぇ」
どうやらこのマオってお婆さんはラッセル博士の古い知り合いのようだ。ものすごいディスってるし。
「女将さん、ティータと知り合いだったんですね」
「おや、あんたたちも一緒だったのかい?わざわざすまなかったねえ。それにそっちのお嬢ちゃんと坊ちゃんは?もしかしてお客さんかい?」
リィンが女将さんに話しかけた事で女将さんはわたしたちとエステルたちに気が付いた。
「初めまして。あたしはエステルよ」
「僕はヨシュアです、今回はティータの護衛で同行してきました」
「へぇ、そうだったのかい。それはごくろうさまだったねぇ。あたしはこの『紅葉寧』の女将をしているマオってババァさ。ラッセルとは幼馴染でこの子も実の孫みたいなもんさね」
「へ~、そうだったんだ」
エステルたちが自己紹介を終えた後、問題の導力ポンプと通信器をティータが修理している間に、魔獣に襲われていたドロシーを助けたりしていたらすっかり日が暮れてしまった。
―――――――――
――――――
―――
side:??
「ふう……いい湯加減だ」
「温泉には初めて入ったけどいいものだね」
エステルたちがドロシーを救助してティータが導力ポンプの修理を終えると日が沈みかけていた。リィンとフィーは宿を一泊二日で取り、エステルたちもマオのご厚意で泊っていくことになった。エステル、ティータ、フィーと別れたヨシュアとリィンは男湯の内風呂でのんびりと湯に浸かっていた。
「しかしドロシーさんにも困ったものです、マイペースなのが彼女の魅力かも知れませんがちょっと危機感がないのも考え物ですね」
「まあそれがドロシーさんらしい一面なのかもしれないけどね」
「でもこうしてヨシュアさんと二人っきりで会話するのってヴァレリア湖の宿以来ですよね」
「そういえばそうだったね、あれから結構な時間が過ぎたけどこの旅も悪くなかったかな……」
二人だけで会話したのが久しぶりだからか普段はあまり喋らないヨシュアも楽しそうに会話をしている、温泉の熱で頭が少しのぼせていたのも原因かも知れないがヨシュアは知らないうちにリィンと意気投合していた。
「ジェニス王立学園の学園祭でヨシュアさんがセシリア姫を演じていたのを見て最初は目を疑いましたよ」
「止めてくれ……未だに恥ずかしいんだ」
「でも写真をシェラザードさんやアイナさんに見せたら大絶賛していましたよ」
「リ、リート君!?なんてことをしてくれたんだ!」
「あはは、街の人にも見せたら皆可愛いって言ってました」
「うぅ……ロレントに戻るのが怖くなってきたよ……」
ブライト家に来た日からヨシュアは警戒心が強かった。最初はエステルにさえ警戒心を持っていた程だ、そのくらい彼は他人に心を委ねなかった。でも何故かヨシュアはリィンを強く警戒できなかった、昔から知り合っていた友人のように心地いい雰囲気がリィンからしていたのだ。
「ツァイスで推薦状を貰ったら後はグランセルだけですね。エステルさんとヨシュアさんが正遊撃士になるのもそう遠くないんじゃないんですか?」
「そうだね、この旅もあと少しで終わってしまうんだ……」
「……ヨシュアさん?」
微笑みを浮かべていたヨシュアだが旅が終わってしまうと言うと表情が少し沈んでしまった。何事かと思いリィンが声をかけた。
「ヨシュアさん、もしかしてのぼせてしまったんですか?」
「ああ、ごめん。そうじゃないんだ、唯ね……」
「唯……なんですか」
「最近おかしな夢を見るんだ。僕がエステルを手にかけてしまう夢を……」
「それは……」
思った以上に重い内容にリィンは口を閉ざしてしまった。
「ごめんね、変な事を話したりして……」
「いえ、気にしないでください……その、いつからなんですか?」
「……最初に見たのはルーアンでダルモア市長を捕らえた件から数日がたった夜だったんだ。思わず声を荒げてしまってエステルに心配をかけてしまった、それから徐々にその夢を見る頻度が増えてきたんだ。しかもエステルだけじゃなくシェラさんやオリビエさん、クローゼにフィル……そして君を手にかけていた……どんどん増えていったんだ」
「……」
「流石に応えたよ。前に君はエステルを信じてといった、でもエステルがどれだけ僕を信じてくれても僕が裏切ってしまうんじゃないかと思うと怖くて仕方ないんだ……」
「ヨシュアさん……」
ヨシュアは小さく震えていた。自らの記憶がないから自分が何者なのか分からない、そんなときに自分が親しい人を手にかける夢など見れば精神的に参るのは当然の事だ。
「……俺はヨシュアさんの気持ちが分かります」
「えっ?」
「前にヨシュアさんと話した時は言わなかったんですが俺も孤児なんです。3歳くらいの時に義父に拾われたんですがそれ以前の記憶は全くないんです」
「リート君も……」
「それに俺は体の中に恐ろしいモノを宿しているんです。俺もよく分からないんですが強い怒りを感じると見境なく暴れだしてしまう爆弾のようなものなんです。しかもそれが最近漏れ出してくるようになっていつ暴走しちゃうかも分からないんですよ……あはは、俺の方がよっぽど危険ですよね」
リィンは自虐するように笑うがヨシュアは申し訳なさそうに頭を下げた。
「ごめん、リート君。僕が変な事を話してしまったせいで君にまで嫌な事を話させてしまった……」
「いいんです。ヨシュアさんのせいじゃありませんから……」
その後は会話が無くなってしまい暫くの間、静寂が二人を包むがふとヨシュアがリィンに話しかけた。
「……ねえ、リート君。ここの温泉には露天風呂もあるらしいんだ。行ってみないかい?」
「……いいですね。俺、ちょっと興味があったんですよ」
重くなった場の空気を変えようとヨシュアがリィンを露天風呂に誘った。リィンも重苦しい雰囲気をどうにかしたかったのでヨシュアの提案に乗って二人は外に向かった。
「は~、極楽、極楽……温泉って初めて入ったけど想像以上に気持ちいいわねぇ」
「ふぁぁ……なんだか眠くなってきちゃう」
「フィルちゃん、流石にお湯の中で寝ちゃったら危ないよ」
一方こちらの女湯の内風呂ではエステル、ティータ、フィーが仲良く温泉を堪能していた。
「ふぁぁ……フィルを見ていたらあたしも眠くなってきちゃったわ。体の疲れがお湯に溶けていくみたい」
「エステルさん、フィルちゃん。私、お二人に聞きたいことがあるんですけどいいですか?」
「聞きたいこと?なになに、何でも聞いていいわよ。ねえフィル?」
「ん、わたしもかまわないよ」
エステルとフィーが承諾するとティータは恥ずかしそうに質問をした。
「えっと、その……お二人はヨシュアさんやリートさんと結婚しているのかなぁって」
「…………ふえっ?」
「…………」
ティータの質問にエステルとフィーは言葉を失ってしまった。
「……えっと、ごめん。どうも上手く聞こえなかったみたい。あたしとヨシュアがなんだって?」
「あう……ですからぁエステルさんとヨシュアさんはもう結婚しているのかなぁ~って」
「な、な、な……なんでそうなる訳!?」
最初は聞き間違いかと思ったエステルもティータの二度目の質問で意味を理解して大きな声を上げた。
「だ、だってお二人とも苗字が同じだし兄妹にしては似てないからてっきりそうなのかな~って……」
「に、似てないのは血が繋がってないからっ!苗字が同じなのはヨシュアが父さんの養子だからっ!」
「あ、そーなんですか……えへへ、ごめんなさい、ちょっと勘違いしちゃいました」
「と、とんだ勘違いだわ。ねえフィル?」
エステルの説明にティータは若干納得いかなそうだが一応結婚しているわけではないと理解した。エステルはフィーも自分と同じで血の繋がっていない兄がいることを思い出して同意を求めた。
「…………」
「フィル?」
「……わたしはリートとそういう関係になりたいって思ってる」
「うえぇぇ!?」
フィーのまさかの発言に自分と同じ回答が来るだろうと思っていたエステルは驚いてしまった。
「フィルちゃんはリートさんの事が好きなの?」
「ん、異性として意識してる」
「そうなんだ!」
フィーの答えにティータは声を上げた。まだ12歳とはいえ女の子であるティータもこういう話に興味があるのだろう、目を輝かせながらいやんいやんと首を横にふっていた。
「それで!それで!いつから好きになったの?」
「ティータ、落ち着きなさいって……」
エステルはそう言うが内心は落ち着いていなかった。自分と似たような境遇の女の子の恋愛話は、最近無意識にヨシュアを意識しだしたエステルに物凄く強い関心を与えていた。
「リートと初めて出会ったのはわたしが5歳の頃かな、わたしは物心ついたときから一人で生きていたんだけどある時お父さんに拾われてその時にリートを紹介されてわたしと彼は兄妹になったの。家族を知らなかったわたしは最初は上手く馴染めなかったけど皆優しくしてくれた」
「皆ってそのお父さん以外にも家族がいるの?」
「うん、お父さんは部下を沢山持っていて全員を家族だと思ってるの、だからわたしには沢山のお兄ちゃんやお姉ちゃんがいる。その中でもリートはわたしと年が近かったから一番身近な存在になったの」
ティータの質問にフィーはある程度ごまかして答えた。
「初めはお兄ちゃんとして慕っていたんだけど一緒に過ごしているうちに段々と意識しだして好きになっていったの」
「そうだったんだ。じゃあリートさんとは恋人なの?」
「残念ながらまだそうなってない。リートはわたしを妹としてしか見てないから中々振り向いてくれないの」
「フィルちゃんなら絶対にリートさんを振り向かせられるよ!私、応援してるね!」
「ん、サンクス」
「……ねえ、フィル。ちょっといいかしら?」
年が近いこともあってかすっかり仲良くなったフィーとティータは恋愛話に花を咲かせていたがそこにエステルが入り込みフィーに質問をしてきた。
「ん、どうしたのエステル?」
「その……フィルは抵抗とかないの?ずっと家族として傍にいた男の子を異性として見るのって……」
「……初めはちょっと戸惑ったけど自分の気持ちを理解してからは何とも思わなくなった」
「自分の気持ち……?」
「うん、初めは一緒にいたい存在だった。でもいつからか共に歩んでいきたい、支えてあげたいって思う人になっていったの」
「共に歩んでいきたい……か」
フィーの言葉を聞いてエステルは何か考え込むように目を細めて顔を鼻の下あたりまで湯に沈めた。さっきは咄嗟にごまかしたがもしかしたら自分はヨシュアに対してそういう感情を持っているんじゃないかと思い始めたのだ。
(あたしはヨシュアの事をどう想ってるのかな?よく考えたらヨシュアはいっつもあたしの事を助けてくれたんだよね)
思えばヨシュアは何時だってエステルの為に行動していた。自分が遊撃士として活動できているのはヨシュアのフォローが大きい、彼がいなかったら今みたいにうまくはいっていないはずだ。勿論エステルは成長しているし彼女の手柄になった依頼も多い、だがそれでも最初はヨシュアに助けられてばかりだった。
学園祭の劇でクローゼとキスしたんじゃないかと思ったら嫌な気持ちになった。ダルモア市長に食って掛かったヨシュアは少し怖かったが自分の為にあそこまで強い怒りを出したと思うと胸が熱くなった。劇でのキスが演技で良かったと安堵した自分がいた。
今までは家族として接してきたから分からなかったがこの旅の中でヨシュアと過ごしてきたことを思い出したエステルは耳まで赤くしてしまった。
(ど、どうしよう……あたしったら今まであんな恥ずかしい事を平気で……)
エステルは今までヨシュアに結構な頻度でスキンシップを取ってきたがそれは家族にするものという考えだったから出来た事だ。いざ振り返ってみると恋人同士がするようなスキンシップも何気なくやってきた事を思い出してしまいエステルは顔を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
「エステルさん、大丈夫ですか?顔まで真っ赤になってますが……」
「えっ!?あ、あはは!いやー温泉って凄いわね。あたしったら血行が良くなって体が赤くなっちゃったわ!ちょっとのぼせちゃったし外の露天風呂で体を冷やしてくるわね!!」
「あ、行っちゃった。露天風呂は混浴なのに大丈夫かな……?」
「湯着を着てるから大丈夫だと思うよ」
その後エステルは露天風呂にいたヨシュアとリートを見て大声を出してマオに叱られたり、ティータがエステルとヨシュアをお姉ちゃん、お兄ちゃんと呼ぶようになった。
それに便乗してリィンもティータにお兄ちゃんって呼んでほしいと頼もうとしたが「リートは駄目」とフィーが焼きもちを焼いたりするなどあったが、一行は和やかな雰囲気で露天風呂を堪能した。
後書き
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