普通だった少年の憑依&転移転生物語
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
【ハリー・ポッター】編
241―Ex.幻想閑話集
<≪紅い悪魔(スカーレット・デビル)≫との邂逅>
SIDE 升田 真人
「ごちそうさま」「御馳走様でした」
【満足亭】のカウンターの向こうで、優雅な所作で食事を終える少女二人。
……否、〝二人〟と云うのは正しくなく、正しくは〝一体と一人〟と言い替えるべきか。
メイドに日傘を差されつつ、真っ昼間から【満足亭】の暖簾潜り入店した幼い吸血鬼。その様は正しく晴天の霹靂だった。
「可も無く不可も無く──けれども、不思議ね。……咲夜もそう思わない?」
「そうですねお嬢様。私も店主の手並みを拝見させていただきましたが、下拵えは気をてらわず基本に忠実で、味付けも〝痒いところに手が届く〟と云うものですのに、何故か〝もう一度食べたい〟と思わされるような味です。……おそらく私が同じ工程、同じ食材で調理致しましたとしても店主のこの料理のように〝もう一度〟とはならないでしょう」
「……どうも」
〝あの館〟に住む〝一体と一人〟であるので、一応は賛辞と受け取っておく。
面識こそ無いが、俺はこのカウンターの向こうで「お茶をいただけないかしら」と、お茶を催促してくる〝一体と一人〟を識っている。
〝一体〟は、【紅魔館】の主である≪紅い悪魔(スカーレット・デビル)≫と云う異名を持つ、顏にあどけなさを残す青髪の吸血鬼──レミリア・スカーレット。
そして先ほど、そのレミリア・スカーレットから〝咲夜〟と呼ばれた〝一人〟は、≪完全で瀟洒なメイド≫と名高い灰銀の髪にメイド服をピシッと身に纏った人間の少女──十六夜 咲夜。レミリア・スカーレットを〝お嬢様〟と呼んだ事から判る様に、彼女はレミリア・スカーレットに仕えている。
(……ほぅ…)
俺は改めてそんな十六夜 咲夜を見て、内心である種の感嘆の息を洩らす。どうやら彼女は吸血鬼の眷属になっているでもなく、人間のままだと云うのに吸血鬼を主とする事に不満に思ってないらしい。
……寧ろある程度の信頼関係すら窺える。
〝ムチにロウソクに〝バキューン〟もあるのかも…〟などと、幼い吸血姫と人間メイドと云う特殊過ぎる関係性についていろいろと表情筋が緩まない様に注意を払いながら下世話な妄想をしていると、レミリア・スカーレットは俺が出した緑茶に3回ほど口を付けると出し抜けにこう口にした。
「礼を言うわ、ありがとう」
「は? ……はぁ、どうもお粗末様…?」
「ふふっ…。……いえ、ごめんなさい。料理も確かに楽しませてもらったけど、門番の事よ」
「私の方からもお礼を。貴方が時折【紅魔館】を訪れる様になってから彼女も門番業に力が入っている様に感じますから」
(……あー、成る程)
レミリア・スカーレットと十六夜 咲夜からのその言葉で、やっと得心が行った。……今回のこの〝一体と一人〟の来店は、美鈴についての謝礼──と云うことらしい。
「……むしろ俺の方が礼を述べたいところですが、〝どういたしまして〟と言っておきましょう」
「お礼なら美鈴に言ってあげなさい」
「スカーレット卿にもですよ」
「あら、どうしてかしら? ……それと、その〝スカーレット卿〟と云うのは止めて。私には妹も居るし、レミリアで良いわ。それに【満足亭】は貴方の店で公的な場では無いの口調も崩して結構よ」
「……なら、〝レミリア〟と改めて──レミリアは美鈴が門番の業務から一時的とは云え、放れるのを黙認してくれているだろう?」
「あら、気付いていたのね」
言外に、俺と美鈴が推手している時のレミリア・スカーレット──レミリアからの視線に気付いていた事を話せば、レミリアは悪びれも無く面白そうにしながらそう宣う。
その後はチェスの話をレミリアから振られ、その内レミリアと【紅魔館】で対局する事になったり、〝主人がと云うことなら〟十六夜 咲夜を〝咲夜〟と呼ぶことになったりした。
「……お嬢様」
「そうね、そろそろおいとましましょうか」
そして〝一体と一人〟は入店時と同様、メイドに日傘を差されつつ、真っ昼間から【満足亭】の暖簾潜り退店していく。……やはりその様は正しく晴天の霹靂だった。
SIDE END
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
<〝第二次月面戦争〟>
SIDE 升田 真人
――……かちゃり
「なぁ、紫」
――かちゃり
「どうかしたのかしら? ……ああ、手は抜かないわよ」
――……かちゃり
「……そうじゃない。……ずっと思ってたんだが、チェスって将棋より有情だよな、存外と」
――かちゃり
「チェスは駒を取ったらそれでお終い。将棋は取った駒を自らの手駒にして忠義を誓っていたはずの相手方の王や玉を攻めさせる事も出来る…。そう考えるなら、確かにそんな風に思わない事もないけれど、随分捻くれた見方ね」
――……かちゃり
「……言ってて俺も思ったよ」
――かちゃり
「……ところで、そんな冗句を言っててもいいのかしら?」
「む…」
対局者──紫によって、揶揄がやや混ざった笑みを浮かべながら置かれた〝僧侶〟の駒に思わず唸ってしまう。
……最早〝詰み(チェックメイト)〟だった。
いつぞや〝紫=ジョゼフ〟と云う等式を立てた事もあったが、とんでもない思い違いをしていた事を改めて突き付けられる。〝俺が弱い〟と云う訳ではないと思いたいが──それでも紫の底(IQ)は計り知れない。
「……〝降参〟だ」
「やはり真人とやるのは中々良いわね。……でも、今回は終盤気を抜いてたわね」
「……今に思えば無きしも非ずだな──さて…」
感想戦はさておき、うちにスキマで直接的に訪問してきた理由を言外に問えば、紫も態度を改めて単刀直入に切り出してきた。
「しばらく〝月〟の方が騒がしくなるわ」
〝月〟。
その言葉で、この前月へ昇って往く〝月の羽衣〟が騒ぎになっていたのを思い出し、紫が何を言いたいか大体判った。
「……また〝月〟とおっ始めるのか? 今度は霊夢を使って」
「あら、話が早いわね」
「〝いきなり紫が〝修業つけてやる〟とか言ってきて意味不明なんだけど!〟とか、あれだけ霊夢から愚痴られてりゃあな…。それに、レミリアもこの前〝≪妖怪の賢者≫から〝月に行け〟と唆されたわ〟とか言ってたし…」
「……貴方って変なところで多芸よね…」
俺が霊夢とレミリアの声を〝PSI(サイ)〟のちょっとした応用で真似てやったら、それが予想以上に似ていたのか呆れ顔の紫。
……しかし、〝月〟に純粋な力勝負を仕掛けるなんて〝あの姉妹〟が居る以上負け確である。こう表現しよう──例の〝第一次月面戦争〟で一番辛酸を嘗めさせられた当人である紫も、それを忘れているはずがない。
そこら辺気になった事を訊いてみる事にした。
「……で、〝紫にとっての勝ち〟は?」
「〝私にとっての勝ち〟──そうね、〝人間〟として生きるのならやっぱり〝妖怪〟を怖がってもらわないと」
「……それなら標的は輝夜──いや、この場合だと永琳か」
紫は「大正解」と、〝よくぞ気付いた〟と云わんばかりに宣う。要はつまり、紫は永琳に一杯食わせたいのだ。……云うなれば八雲 紫プロデュースの、〝〝≪月の賢者≫ドッキリ大作戦〟~ネタバラシは無いよ~〟──とでも云ったところか。
……などと、諧謔混じりに考えていると紫からジト目が飛んでくる。
「……何やら、愉快で不愉快な事を考えなかったかしら」
「滅相もない」
紫は「……さて、話を戻すわね」と話を切り替える。
「今回〝月〟と事を構えるにあたって貴方に要請があるの」
「〝要請〟ねぇ…」
「そんな難しいことでは無いわ。……早い話が…」
「〝現状維持〟──だろう?」
「……うふふ、やっぱり貴方との話は会話が弾んで楽しいわね」
そう紫の言葉尻を奪ってやれば、〝俺と居る時に〟いつも浮かべている笑みを更に深めた。
そもそも、上述した様に〝月〟と〝ガチ〟で戦るなんて負け戦も同然だし、俺が出て十把一絡げに鏖殺するのも恐らく不可能ではないが、〝不殺〟がウリであるスペルカードルールを流布した紫がそれに反した要請をするのもおかしな話。
ともすれば、選択肢はごく限られてきて──早い話が消去法だった。
俺は紫に返事をする事にした。
「……まぁ、良いか」
「なら…?」
「ああ、承った」
「礼を言うわ」
結局のところ、俺は紫からの要請を承諾した。悪い言い方だが高見の見物をさせてもらう事に。
……確かに、俺もまた永琳に一杯喰わされたものだが、さる〝永夜異変〟で輝夜と再会出来てある程度溜飲も下がっているし──何より、紫が〝月〟とどう戦るか気になったのだ。
(あっ、ちょっと待てよ? そう云えば…)
堅い話はそこまでとして〝さあ、酒を飲もう〟と云ったところで、不意に〝とある事を〟思い出し、〝あれ〟を紫に呑ませてみようと〝倉庫〟に手を突っ込む。
……それが紫にとってどういう意味をもっているのか全くも考えずに…。
「そういや、〝月面戦争〟で思い出したんだが」
俺はそう前置きをして〝倉庫〟から古めかしい瓶を取り出す。
「何その瓶」
「酒瓶さ」
「あ、美味しい」
「そいつは重畳」
俺が〝倉庫〟から取り出したのは昔、【月の都】のとある豪邸から火事場泥棒的に盗んできた酒で、紫の盃にも注いでやると、紫は盃に口を付け、その味に顔を綻ばせる。
……そしてそれも束の間。今度は表情を一転させ、〝恐る恐る〟と云った感じで訊いてきた。
「……嫌な予感がするのだけれど──一応訊いておこうかしら。……これ、どこのお酒?」
「昔、【月の都】から掻っ払った。多分〝月〟の金持ちの自造酒。当初は味がビミョーだったんだが、ちょちょいのちょいとテキトーに300年ほど加速させたら、中々の銘酒に化けてくれた」
「そう──ふ、ふふ…」
そこまで語ると、何故か紫が乾いた笑みを浮かべた。
……後になって紫から聞いた話だが、紫は此度の〝月面戦争〟で〝あの姉妹〟の〝妹〟の方をレミリア達が──〝姉〟は紫自身が囮となって引き付け、空いた【月の都】を浄土の存在である幽々子に〝面白そうなもの〟を家捜しさせるつもりだったらしい。……ちょうど俺が今出した酒の様なものを…。
「ねぇ、真人。このお酒私に分けてくれないかしら?」
「……? 別に構わんが」
「ありがとう」
紫はそう礼を述べると〝スキマ〟を開き「前提条件が変わったわ、幽々子にも謝りに行かないと」と溢し〝スキマ〟の向こうに消えてった。
そんなこんなで緒戦からグダグダになりながら〝第二次月面戦争〟が始まる。
SIDE END
ページ上へ戻る