リング
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116部分:イドゥンの杯その二十二
イドゥンの杯その二十二
「いってしまったか」
今までクンドリーがいた虚空を眺めて呟く。
「全てを語らずに。卿はいってしまったか」
多くのことはわかった。だが肝心なことはわからずじまいであった。
「だがニーベルングとの戦いは続く」
それはよくわかった。
「そして」
まだ何か言おうとする。しかしそこで後ろの扉が左右に開いた。
「どうした?」
「陛下、大変です」
後ろにいる部下達が言った。
「突如。謎の一団に襲撃を受けました」
「帝国軍か!?」
まだ潜んでいたのかと思った。
「いえ、違います」
だが部下達の言葉はそうではなかった。
「少なくとも帝国軍ではありません」
「では一体」
「それは・・・・・・うっ」
「動くな」
後ろから別の者の声がした。トリスタンはそれに振り向く。
「ここは我等が占拠した。無駄な抵抗は止めろ」
「わかった」
トリスタンはそれに従うことにした。そして両手をあげる。
「卿等に従おう。だが一つ聞きたいことがある」
「何だ」
「卿等は。一体何者なのだ」
その謎の一団に対して問う。服装はありふれたものだが武装が違っていた。帝国軍のものでもトリスタン達のものとも違っていたからだ。
「我々か?」
「そうだ。帝国の者ではないようだが」
「帝国」
彼等はその言葉を聞いてシニカルな笑みを浮かべた。
「我々をあの様な者達と一緒にしないでもらおうか」
「では違うのだな」
「当然だ。そして我々は貴殿等とも違う」
「我々とも違う」
「そうだ。我々はホランダー」
「ホランダー、まさか」
「そうだ。かっての第三帝国のことは知っていよう」
「ああ」
トリスタンもその帝国のことは聞いていた。かって第四帝国の前にこのノルン銀河を治めていた帝国だ。その国を築いていたのがホランダーであったのだ。
「まさかこのラートボートにいるとは」
「縁あってな。我等はここに潜んでいた」
彼等の中の一人が述べた。
「縁あって」
「第四帝国成立後我等の苦難がはじまった」
そして別の一人がこう言った。
「トリスタン=フォン=カレオール」
「私の名を知っているか」
「カレオールの藩王にして帝国きっての天才科学者」
「貴殿ならば我等が第四帝国に受けた仕打ち、知っていよう」
「否定はしない」
トリスタンは沈んだ声で応えた。
第四帝国を築いている今の者達とホランダーは違う種族なのである。今いる人類はホランダー達を虐待し、殺戮してきた。時には生体実験の材料とすらしてきたのだ。
「そのことは私も聞いている」
「そしてミーメという男も知っているな」
「ニーベルングの弟だった男だな」
「そうだ。あの男により同胞達はさらに殺された」
彼等は忌々しげにこう述べた。
「生きたまま脳を奪われた者もいる」
「脳を」
「そうだ。そして戦艦の生体コンピューターとされたのだ」
「それはまさか」
「ローゲ。知っているな」
「うむ」
他でもない。彼が乗るケーニヒ級戦艦イゾルデに搭載されている生体コンピューターである。このコンピューターのおかげで彼もかなり救われている。
「あの頭脳は我等のものだったのだ」
「何と」
「そもそもあの戦艦はミーメが設計した」
彼等は言う。
「そして夥しい犠牲の後で七隻の戦艦が建造された」
「それを命じたのは第四帝国の者達だ」
「我等か」
「言いたいことはわかるな」
彼等はトリスタンに詰め寄ってきた。
「ミーメの出自はわかっている」
彼がニーベルング族だったことも知っていた。
「我等にとって今の帝国は敵だ。だが」
「我々も敵だというわけか」
「そうだ。部下達は全て投降した」
「彼等に用はない。放してやる」
「済まないな」
だが自分はそうではないとわかっていた。
「しかし貴殿は違う」
それを聞いてやはり、と思った。
「わかっている。では一思いにやるがいい」
「いや、それはしない」
しかし彼等にはトリスタンを殺すつもりはなかった。
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