悲劇で終わりの物語ではない - 凍結 -
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|聖杯探索《グランドオーダー》開幕
前書き
感想欄にて指摘されたウィスの言葉遣い、細かな変更点など修正させて頂いた改訂版Ⅰです。
然程内容は変わっておらず、違和感を感じた箇所等変更させて頂きました。
それではどうぞ
最後のマスターである藤丸立香の手により人類史の歪みである7つの特異点は無事修復された。世界の崩壊は防がれたのだ。
だが多くの犠牲があった。
かけがえのない物を失った。
多くの出会い以上の別れと悲劇があった。
人理の崩壊に伴う影響は数多の時代と人々の間に決して浅くない傷跡を残したのだ。
世界がその矛盾と影に潜む危険性に気付くことはない。
世界は無事安寧を取り戻し、世界中の人々は何気ない日常を過ごしている。そう、世界は今やかけがえのない日々を享受しているのだ。
人々がこの空白の1年の彼らの奮闘と頑張りにこれから先気付くことはないだろう。
空白の1年、人理の崩壊に伴い世間に波及した多大なる影響は人々を大いに驚かせることになった。しかし初めこそ騒がれていたが今では誰一人として空白の1年を気にする者はいない。
人は慣れる者。
人々は徐々にこの奇怪な現象に対して追究することを止め、いつしか忘れ去っていったのである。
世界が落ち着きを見せ始めた一方で、無事人理を修復したカルデア一行は健闘を讃え合い、事後処理に取り掛かっていた。
現在カルデアの職員達は時計塔や各地への報告と事後処理をこなすべく日々を過ごしている。
凍結されていた47人のマスターも無事回復の兆しを見せており、順風満帆な様子だ。
だが彼らの顔に浮かぶは笑顔ではなく、悲壮な悲しみの表情。
人理修復は無事為された。
他ならぬ最後のマスターである藤丸立香の貢献と奮闘によって。
だがそれ以上に手からこぼれ落ち、失ったものが多すぎた。
こぼれ落ち、失った物は二度と帰ってこない
故に互いの健闘を讃えることすれど、彼らの心に光は下りず、影が差しているのだ。
そんな混沌とした現状と化したカルデア内の廊下を言葉を交わしながら共に歩くはDr.ロマニはゲーティアの2人。
反対側からは仲良さげに此方へと歩み寄る立香とマシュの2人の姿も見える。
「…あ、立香君にマシュ。2人とも体調はどうだい?」
会話を一旦止め、ロマニは立香とマシュの2人の安否を尋ねる。
「俺は元気だよ、ロマン。」
「私も体調に異常はありません、ドクター。」
笑顔でロマニへと返事を返す2人。
見ればマシュの肩にはキャスパリーグが乗っていた。
─定命の存在であったマシュは磨耗した魂の蘇生と運命力の譲渡を受けることで今では人並みの生を送ることができている─
「…彼女達の様子はどうだい?」
ロマニはどこか躊躇いながらも本題を切り出す。
「自分の部屋に今なお閉じこもっています…。」
「呼びかけても皆部屋から出てこようとしないんだ…。」
途端、顔を曇らせる立香とマシュの2人。
見ればマシュの肩に乗るキャスパリーグもどこか寂し気に尻尾を垂れ下げていた。
「そうかい…。」
現状が好転していないことが分かり、ロマニは思わず嘆息する。
「特に酷いのがスカサハさんです。時間神殿から私達が帰還して以降まるで魂が抜け落ちたかのように虚空を見つめ続けています。呼びかけても上の空の状態です。他の方々は何とか立ち直ろうとしているのですが……。」
マシュは自身の力の無さを嘆くように眉をひそめ、肩を落とす。右手の掌は今にも血が滴り落ちそうな程強く握りしめている。
「ウィス…。」
声が震えるのを自覚しながらもロマニは言葉を絞り出す。
「彼女達にとってウィスさんは正に心の支えだったのでしょう。」
「フォウ…。(ウィス…。)」
その場の全員が悲しげに表情を曇らせる。この事件の黒幕であるゲーティアは先程から沈黙を貫いていた。
そう、このカルデアの精神的主柱的存在であったウィスはもういない。
彼は常に傍観者であり、中立者。決してカルデアの命運を決める刻に力を振るうことはせず、静観していた。だが様々な誓約に縛せられながらもウィスはカルデアと立香達に手を貸してくれたのだ。
ウィスは数多の特異点の時代にて出会った英霊達の生前にて知己関係にあり、その時代を文字通り生き続けた者。ウィスは人類史の運命を立香達に任せながらも常にカルデアに指標を示し続けた。
悠久の時を生きるウィスのことだ。恐らくウィスは初めから人理崩壊を起こしたゲーティアの存在も、起こすに至った背景も全て知っていたのだろう。
何故ならあれだけの頂上の力を有しているウィスが此度のゲーティアの暴動に気付かないはずがないからだ。神代から現代へ、文字通り数千年にも渡る悠久の時を生き続けたウィスが人類を破滅へと誘うゲーティアの陰謀に勘付かないはずがない。
思えば人理崩壊に憤りを抱き、ソロモンに憎悪を向けていたカルデア職員とは異なりウィスは終始ゲーティアに対して見向きはすれど、憎悪することも、怒ることも、弾劾することも、責めることも、彼らの行いを否定することはしなかった。
ただ彼らの存在と信念を受け止め、理解し、彼らに道を指し示した。崩壊を待つ存在であったゲーティアに第二の人生と機会を与えたのだ。
推測の域を出ないがウィスは聖杯探索が開幕する以前、否、遥か以前からゲーティアが未来において起こす人理崩壊を予見していたのだろう。
そう考えなければ辻褄が合わないのだから。
─『終局特異点 冠位時間神殿』でのゲーティアとの死闘を終え、カルデアへと無事帰還したのはマスターである藤丸立香とマシュ・キリエライト、キャスパリーグ、そして此度の事件の黒幕であるゲーティアの4名のみ─
─そう、ウィスの姿はどこにも存在しなかったのだ─
帰還したのはウィスが常に有していた奇抜な装飾が施された杖のみ。
担い手が存在しない今、杖に光は灯ってはいない。
今、その杖はスカサハが肌身離さず持っている。
彼女は絶対離さないとばかりに、その身に杖を掻き抱いているのだ。
ウィスにその命を救われたオルガマリーは日々カルデアの所長としての責務をこなしている。
だがそこに覇気は無く、無理をしているのは一目瞭然であった。
日々追われる仕事をひたすら必死に取り組むことで現実から目をそらしているに他ならない。
─人理修復後のカルデアにウィスの姿はどこにもなかった─
△▼△▼△
世界の滅亡は余りにも突然であり、残酷であった。
人理継続保障機関・カルデアにより人類史は100年先まで安全を保障されていた。しかし2015年、何の前触れもなく近未来観測レンズ・シバによる未来の観測領域が消滅。これが意味することはつまり─
──2016年人類滅亡──
カルデアは急遽人類滅亡の原因を探ることを決意。観測できない未知の領域を探索すべく未だ実験段階の第六の実験を決行した。過去に発生した特異点の原因を解明、あるいは破壊する禁断とされる儀式──
──その名を聖杯探索──
人類史の存続を確実なものとすべくカルデアは運命と戦うことを決意した。しかし第六の実験である霊子転移を決行しようとするも霊子転移直前に起きた事故により失敗。世界中から集めたマスター候補が数合わせのために迎えられた一般人を除いて全滅。
カルデアスは真っ赤に染めあがり人類史は何者かの手によって無残にも焼き尽くされた。瞬く間に中央管理室は死が蔓延する地獄へと変貌を遂げてしまう。その場に居合わせたDr.ロマニは原因の解明をするべく中央管理室を離れ、最後のマスターである藤丸立香とウィスの2人は瀕死の状態のマシュの手を握り続けた。
──システム レイシフト開始します。座標 西暦2004年 1月30日 日本冬木──
藤丸立香とマシュ・キリエライト、ウィス、キャスパリーグの3人と1匹は燃え盛る中央管理室から霊子転移により過去の冬木へと跳んだ。
──『特異点F 炎上汚染都市 冬木』開幕──
「な、これは…。」
「冬木の町が─。これが特異点の影響ですか…。」
「フォウ…(こりゃ酷い…)」
無事霊子転移にて過去へと跳んだ藤丸立香とマシュ・キリエライト、ウィス、キャスパリーグの3人と1匹。
舞台は2004年の聖杯戦争が開催された日本の冬木。
彼らは今、文字通り過去の冬木の大地を踏みしめていた。
日本の中枢として発展を遂げてきた冬木の町。
だがそこに近現代の煌びやかな都市の輝きなど存在せず、今や血と死者が蔓延する町へと変貌を遂げていた。至る場所が激しく炎上し、街並みは大きく崩れ、人ならざる者の気配が漂っている。
誰もが目の前に広がる惨状に言葉が出なかった。
「フォウ…フォフォウ!(それにしてもマシュの姿はドスケベだね!)」
「フォウさん、私に何か言っているのですか?」
キャスパリーグがこんな状況の中マシュにけしからんことを述べている。マシュはキャスパリーグの述べていることが理解できずに首を傾げていたが。
「ファッ!?…フォウー!?(なっ!?…やめろー!?)」
ウィスはキャスパリーグのモフモフの頬を左右に引っ張る。
キャスパリーグはウィスの縛りから逃れようとジタバタと暴れるが、当の本人はガッチリと掴み離さない。
「先ずは周囲を散策するか、立香、マシュ?」
「ああ、そうしよう。」
「そうですね。」
ウィス達は荒れ果てた荒野と化した冬木の町を散策することを決意する。
今なおキャスパリーグはウィスに掴まれたままの状態であったが。
─こうして最後のマスターである藤丸立香とマシュ・キリエライトの世界を救うべく第一歩を踏み出した─
特異点と化した冬木の散策は困難を極めた。
─デミ・サーヴァントとなったマシュの奮闘─
─マスターとしての大役を果たさんとする藤丸立香─
─スケルトンと応戦していたオルガマリーを拾い─
─冬木で行われていた聖杯戦争の生き残りである生前の知り合いであるキャスターと再会し─
─残留思念と化したシャドウサーヴァントとの遭遇、そして戦闘─
─女神としての側面では無く怪物の側面が現れた姿で現界した旧友であるランサーと再会し─
─属性が反転した腹ペコ王と再会、マシュの疑似的な真名解放、その後の苦しまぎれの勝利─
─カルデアを陥れたこの事件の黒幕であるレフ・ライノールの登場─
「…未来は消失したのではない、焼却されたのだ!自らの無能さが故に、─我らの王の寵愛を失ったがゆえに─貴様らは滅びるのだ!」
実に愉し気に両腕を空へと掲げ、声を荒げるレフ・ライノール。
王とはソロモン王であるに違いない。
奴から漂うあの魔力は彼が使役していた魔人柱だ。
『そうか…外部と連絡がつかなかったのは外の世界は既に滅び、連絡を受け取る相手がいなかったからか…。』
「そんな…、レフが裏切り者だなんて…。」
依存すらしていた男であるレフの実質的な裏切り者宣言。これまでカルデアにて多くの貢献をしてきたレフの言葉に誰もが驚きを隠せない。
特に一時期依存すらしていたオルガマリーの動揺は凄まじく、今にも膝から崩れ落ちてしまいそうである。
「それにしてもマリー、何故君が生きている?確実に殺すためにわざわざ君の足元に爆弾を仕掛けたというのに。」
「…え?」
レフからの殺害宣言にマリーは真顔になり、呆然とする。
それもそうだろう。
依存し、信頼していた人物からの文字通りの裏切り宣言。加えて彼女を殺した犯人は自分だと言っているのだ。
「まったくどいつもこいつも統制のとれない屑ばかり。加えて何故かロマニも生きている。不愉快極まりない…」
オルガマリーを路上の石ころの様に冷たく見つめ淡々と語るレフ。その視線が彼女の心を鋭利な刃物の如く傷つけていく。
奴は語る。
─レイシフト適正が存在しないオルガマリーが特異点にレイシフトすることができたのは適性の有無を左右する肉体が消滅し、魂と精神のみの存在であったため─
─オルガマリーの肉体は既に消滅しているのだと─
「まあ、折角だ。私も鬼ではない。最後に君の宝物を触れさせてあげよう。」
聖杯により呼び出されるは真っ赤になったカルデアス。
それが意味するは人類史の未来の消失。
途端、オルガマリーはカルデアスに引き寄せられ、その体を宙へと浮き上がらせる。
眼前に佇むは太陽やブラックホールと遜色なき存在であると言われるカルデアス。唯の人間であるマリーが触れてしまえばたちまち分子レベルにまで分解されてしまうだろう。
「いや─いや、いや、助けて、誰か助けて!わた、わたし、こんなところで死にたくない!!」
今なおカルデアスに引き寄せらせがらも彼女は助けを求める。
威厳も誇りもかなぐり捨てて、懇願する。
それは正に彼女の深層心理に根付く、オルガマリー・アニムスフィアの少女の魂の叫び。
「やっと認められたのにっ!やっと自分に分け隔てなく接してくれる友達を得たのにっ!!」
脳裏に浮かぶはこの特異点にて自身を所長として敬い、尽くしてくれたマシュと最後のマスターである立香の姿。
そして今なお此方を見据えるウィスの姿─
─初めまして、私の名前は時風晃人といいます。これからよろしくお願いしますね─
─馬鹿にするわけがりませんよ。レイシフト適性やマスター適性がその人を構成する全てではないのですから─
─マリーはこのカルデアの誰よりも努力をしています。マリーを陰で馬鹿にしているあのエゴの塊共と比べるまでもない程にね─
─私の言葉では説得力はないかもしれませんがマリーは頑張っていますよ。私が認めます。人類という大役を背負いながら誰でもできることではありません─
─ですからマリーは私の前では素のままでいていいんです。私は魔術師でも魔術協会の者ではないのですからね─
─何か困ったことがあれば遠慮なく言ってください。私で良ければ相談に乗りますよ─
出会った当初からウイスは不思議な雰囲気を持つ青年であった。見た目にそぐわぬ達観さを有し、どこか掴みどころが無かった。
最初の頃は距離感を掴みかねていた。だが次第にウィスと打ち解け、自分は頼るようになっていたのだ。
そう、ウィスはあの殺伐としたカルデアで唯一の自身の心の拠り所だったのだ。
―ようやく自分を一人の少女として、"オルガマリー・アニムスフィア"として見てくれる人に出会えたのだ。こんな所で死にたくない。絶対に、絶対に死にたくない!!―
故に彼女は生を強く渇望する。
こんな所で死んでなどいられない。
だが現実は残酷で、彼女に一歩、また一歩と死が近付いてきている。
誰も彼女を、オルガマリー・アニムスフィアを救うことなどできはしない。それがこの世界の正史に刻まれ、世界に決められた彼女の運命。
「所長──!!」
「駄目ですっ!先輩っ!!」
彼女を救おうと立香が駆け出そうとする。
そんな彼の愚行を止めようと抱きつくマシュ。
そう、彼は所詮唯の人間。
人間である彼にできることなど何もありはしない。
「─。」
だた一人、ウィスは目の前の光景を静観していた。
自分は知っている。知っているのだ。
彼女の頑張りを、必死さを。マスター適性とレイシフト適性を持たぬがゆえに裏で陰口を叩かれ、馬鹿にされながらも真摯に自身の職務を全うしようと取り組む彼女の姿を。
─これでは余りにも彼女が救われない。あんまりだ─
彼女は決してこんな所で死ぬべき人間ではない。彼女は生きるべき人間だ。
幸いにも体は動く。
自身を縛り付ける枷も世界からの干渉も存在しない。
自らの意志で力を振るうことができる。
ならば今此処ですべきことは決まっている。
次の瞬間、ウィスはその場から消えていた。
「いや──!っえ!?」
マリーは絶叫の最中誰かに抱え上げられていることに気付く。
恐怖で閉じていた瞳を恐る恐る開ければ、眼前にはウィスの姿が。
自分はウィスにお姫様抱っこの形で抱えられ、慈愛の満ちた眼で見つめられている。先程まで自身を引き寄せていた浮力は消え失せ、周囲にはマリー達を守護するがごとく魔力による青色の球状の結界が張られていた。
「えっ…。ア…アキト?」
ウィスはいつもと変わらない優し気な表情でマリーを見ている。見ればウィスの身体からは何かの前触れか光の粒子が溢れ出していた。
「もう大丈夫ですよ、マリー。」
安心させるようマリーの頭を撫でるウィス。
マリーは自分が助かったのだと理解し、思わず人目を憚らずにウィスへと泣きながら抱き着いた。
「レフ、いや『レフ・ライノール・フラウロス』」
ウィスは慈愛の満ちた眼から一転、射抜く様な鋭い視線を此度の一連の騒動を引き起こしたレフへと放つ。
「貴様っ!何故その名前を!?」
レフは驚きを隠せない。
自身の正体をいとも簡単に看破された。
ましてや此方の全ての確信を突く言葉を。
明らかに目の前の男はカルデアにて自分が知っている波風晃人という男ではない。
ならば何だ。
一体誰なのだ。
何者なのだ。
こいつは。
理解が追い付かない。
眼前には無事救出したオルガマリーを地面へと降ろしているウィスの姿が。
唖然としている此方に構うことなくウィスは言葉を続ける。
「理解できないという顏ですね?そんな貴方の問いに答えましょう。」
「…生前貴方達の王と誰よりも言葉を交わした私のことを本当に忘れてしまったのですか?」
その言葉が合図であった。
次の瞬間、ウィスから暴風が吹き荒れ、サーヴァントを優に超すエネルギーが放出される。
膨大なまでのエネルギーがウィスから放たれ、溢れ出し、周囲へと波及した。
ウィスの圧倒的なまでのエネルギーの本流が辺り一帯に吹き荒れ、瞬く間にそのこの場を支配する。
立香達は皆一様に吹き飛ばされないように足を踏ん張ることしかできなかった。
唖然。
呆然。
驚愕。
この場の誰もがウィスから目を離せない。
今なおウィスから放たれる途方もないエネルギーの流れが途絶えることはなく、止めどなく溢れ出している。
瞬く間にウィスから放たれるエネルギーの本流は洞窟の天井を容易に貫き、空へと昇り、天を大きく裂いた。
何というエネルギー。
何という存在感。
視認することができる程の膨大なまでのエネルギー量。
見ればレフは眼前の光景を前に人知れず表情が凍り付き、冷や汗を流していた。
まさか…。まさか、この男はっ!
レフは動揺を隠すことができない。
やがてエネルギーの放出が静まり、吹き荒れていた暴風が止んだ。
そして目の前には大きく変貌を遂げたウィスの姿が。
右手に有するは奇抜的なデザインが施された杖。
服装は何処か魔導士を連想させるダークカラーのローブ姿。
金色の長髪は黒の短髪へと、瞳の色は紅へと変化している。
首回りに下がるは水色の大きなリング。
まるでその場に太陽の存在を幻視してしまうほどの圧倒的な存在感。
レフは既に眼前の男の正体を看破していた。
この圧倒的な存在感は間違いない。
間違えるはずなどあるはずがない。
奴は此の王が存命中に出会った人類史上最も奇怪で特異な存在。
その名は─
「き…貴様はウィス!貴様っ!よくも、よくもっ…!私の愉しみを邪魔してくれたな!!」
レフはウィスに対し先程までの比ではない憎悪の念をぶつける。目は血走り、まるでウィスを長年の宿敵の如く鋭く睨みつけている。
だがこの程度の憎悪でウィスが動じるはずもなく……
「もう貴方の出番は終わりです。」
ウィスは左手の人差し指をレフへとかざし、指先に高密度のエネルギーを一瞬で圧縮し、集束させる。
指先へと一点に集束された莫大なエネルギーをウィスは更に圧縮、凝縮し、眼前のレフへ放出した。
その絶大なる破壊の閃光は一直線にレフへと向かう。
レフはその膨大なエネルギーを誇る気功波の直撃を受け、瞬く間にその姿を遥か空の彼方へと消滅させた。
─レフは大気圏を貫き、大気に青色の軌跡を残し、その姿を消滅させた─
『『『……』』』
辺りに広がる静寂。
『いくら裏切り者とはいえこれは流石レフに同情しちゃうなー。』
「レ…レフが彗星になっちゃた…。」
「ファ─ww(ファ─ww)」
「それでは皆さん、カルデアに帰還しますよ。」
Dr.ロマニはウィスの容赦の無さにドン引きしている。
モニター越しでもその引き様は切実に伝わった。
見れば立香とマシュ達もどこか引いていた。マリーに至っては状況が把握できていないのか唖然としている。キャスパリーグはいつものようにウィスとハイタッチを交わしている
『よ…よしっ!皆気を強く持ってくれ!レイシフトを始めるぞ!』
「ちょっと待ってください!このままレイシフトをすれば所長が消滅してしまいます!」
叫ぶマシュ。
魂のみの存在であるマリーのことを忘れていた。当の本人であるマリーも今思い出したとばかりに驚きの声を上げている。
「ふむ…、確かに肉体を持ち得ない今のマリーではレイシフトをした途端消滅してしまいますね。」
「そんな…、せっかく私助かったのに…。」
マリーは絶望の表情を浮かべる。
レイシフト適性が存在しないマリーは当然レイシフトを行うことは不可能。
加えて現在魂のみの存在である彼女は魂を守護する役割を持つ肉体さえも有していない。
だが心配には及ばない。
言うまでもなくウィスはマリーの状態を誰よりも先に把握していた。当然、策も抜かりなく用意してある。
「そんなに悲観する必要はありませんよ、マリー?」
「…?」
マリーが前を見ればいつもと変わらず微笑を受かべているウィスの姿が。
「私以前にマリーに言いましたよね?"困ったことがあれが遠慮なく相談してほしい"と?」
「でも、…私死んでしまっているのよ?こんなのどうしようもないじゃない…。」
そう、マリーは既に死んでしまっている。
例え聖杯であろうと完全な死者の蘇生は不可能な奇跡事象だ。
誰よりも聡明である彼女だからこそ理解してしまう。
否、理解せざるを得ない。
自分はどうあっても助からないのだと。
だが眼前のウィスは変わらず超然とした態度で此方を見据えている。
「既にカルデアを爆破した元凶は潰しました。そして今、この冬木へとレイシフトした全員が誰一人欠けることなくカルデアに帰還します。」
「そう、文字通りのハッピーエンドです。」
「…。」
それは自分を除いた"全員"であるが。
思わず自嘲の笑みをマリーは浮かべる。
「ですからマリーもいっそハッピーエンドになってはいかがですか?」
「…え…?」
だがこの絶望としか言いようが状況でもウィスは笑う。
「ん──、ほい!」
ウィスは微笑みながらその手に持つ杖を回転させた。
途端、奇抜な装飾が施された杖に取り付けられた球体が淡く発光する。
今なお呆然とするマリーへとウィスはその杖を振りかざした。
途端、マリーの身体の全身を包むように青く発光する。
マリーを包み込んだ光は瞬く間に消失し、その姿を虚空へと消え失せた。
途端自身の身に押し寄せる生命の躍動。
「これでマリーの肉体は元通りです。」
これで問題ないとばかりにウィスはあっけらかんと言う。
『ちょっと待ってくれ、ウィス!?君はまさかマリーを生き返らせたというのかい!?』
信じられないとばかりにロマニは声を荒げた。
「ええ、その通りです。これでマリーは完全に蘇生され、この世に第二の生を得ました。」
神にも勝る奇跡を軽く起こしたウィスはなおもその超然とした姿勢を崩さない。
完全なる死者蘇生。
万能の願望器と評される聖杯をもってしても不可能な奇跡。
それをウィスは事もなげに行ってみせたのだ。
誰もが眼前の頂上の奇跡の具現に言葉が出てこない。
「…嘘、私生き返ったの…?」
自身の体を見回し、本当に自分が生き返ったことを実感するマリー。
「ええ、本来ならば死者の蘇生には様々な誓約が存在するのですが、今回は無事マリーを生き返らせることができました。」
安心したとばかりにウィスはふわりと微笑む。
「ファー、フォウ。フォフォウ。(はー、こりゃ凄ぇ。ウィスは死者の蘇生もできるのか。)」
「まあ、本来ならばこの力を遣うことはできないんですけどね。」
周囲の目を気にすることなくキャスパリーグと普通に言葉を交わすウィス。
「…ですが事態はまだ完全に好転していません。マリーは確かに蘇生されましたが、流石の私もマリーにレイシフト適性だけは与えることができませんでした。」
無論、マスター適性も。
こればかりは如何せんものであった。
「え…、それじゃあ私カルデアに帰れないじゃない。」
正に上げて落とす。
実質的な生死の問題はウィスの手によって解決したが、これでは彼女は結局カルデアに戻ることもできずこの特異点と共に消滅してしまうことになるだろう。
マリーは思わず顔面を蒼白にしてしまう。
「ですのでマリーにはこの杖の中に入ってもらいます。」
今度は下げて上げるウィス。
本当にマリーは感情の強弱が激しく、魔術師らしからぬ魔術師だ。
だからこそウィスはマリーを助けようと思ったのであるが。
無論、彼女を助ける理由はそれだけではない。
「…え、それってどういう意…!?」
「すみません、マリー。今は時間がありませんので失礼します。」
マリーの返答を待つことなくウィスは強制的に彼女を杖の中に取り組む。
途端、ウィス達の身から光の粒子が溢れ出し、レイシフトが始まった。
そう、カルデアへの帰還すべき時間である。
こうしてマリーを含めたこの場の全員が誰一人として欠けることなく冬木の特異点からカルデへと帰還した。
だが突如として始まった彼らの旅はまだ序章に差し掛かったばかり。
人類史は謎の黒幕により崩壊され、世界は徐々に滅びのレールの上を歩いている。
これから始まるは"未来を取り戻す物語"である。
最後のマスターである藤丸立香と彼のサーヴァントであるマシュ・キリエライトの2人が織り成す英雄譚だ。
─聖杯探索開幕─
後書き
以上、改訂版Ⅰでした。
お付き合いいただきありがとうございました。
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