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遊戯王GX~鉄砲水の四方山話~

作者:久本誠一
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ターン89 鉄砲水と、覚悟

 
前書き
こいつまた更新までに1か月空けやがった。プロットはとっくにあったのですが、毎日履歴書やらなんやら書いて就活で神経すり減らしてると家帰ってまで文章書こうっていうやる気が1ミリも出てこないんです……というのもただの言い訳ですが。
そのくせ今回、デュエルないです。そういう回です。ご了承ください。

前回のあらすじ:転生者狩りのお話もようやく終了。そして物語はいよいよ最終決戦に。 

 
 遊の死に際に残した話を、僕のルーツとも言うべきその話を、じっくりと噛みしめる。ちらりと盗み見た富野の表情は彼が言葉を失っていることを如実に表しており、どうやらこの話は彼にとっても初耳だったらしい。ダークネス、夢想、稲石さん、そして僕。複雑にもほどがある人間関係が、よりにもよってこのとんでもなく忙しいタイミングで一斉に襲い掛かってきやがったわけだ。

『マスター』
「……わかってる」

 せっつくようなチャクチャルさんの言葉に、そんな気はなかったがつい吐き捨てるように答えてしまう。すでに稲石さん戦、そして今の遊戦のせいで生まれたタイムロスはかなり大きい。この賢者の石を三沢に届ける、元々そのために僕はここに来たのだ。結果的にはそれが、ダークネスに対する何よりの復讐にも繋がる。色々と、割り切れないものはある。頭の中はぐちゃぐちゃだ。それでも、僕がここでやらなくちゃいけないんだ。やりたいようにやればいい。カイザーや大徳寺先生の言葉が蘇る。なら、これが今の僕がやりたいことだ。

「……じゃあ、僕はこれで」
「ああ」

 短く富野に別れを告げ、よろよろと立ち上がる。しっかりと地面を踏み締めているはずの自分の両足が、なんだかひどく頼りないものに感じた。
 最後に一礼し、くるりと背を向ける。もう、彼に会うことはないだろう。ふらつく足に活を込めて走り出そうとした僕の背中に、最後に富野の声が被さってきた。

「……なあ、遊野清明」

 立ち止まり、しかし振り返らずに耳を澄ます。やや歯切れ悪く、しかしはっきりとした声だった。

「……お前は、俺みたいになるなよ。仲間を、友達を、ライバルを……全部失うようなヘマ、絶対にすんじゃねえぞ。もう後輩はいらねえ。お前みたいに扱いにくそうな奴、なおさらだからな」

 何があったのか、なんて絶っ対に聞く気はない。なんか重い話っぽいし、間違いなく暗い話だし。なんでこの忙しい時にそんなめんどくさい上に長くなりそうな話を聞いてやらなきゃいかんのだ。
 ただ、まあ。その言葉の実感のこもった重みは、そこに込められた彼の本音は、確かに受け取った。背を向けたまま片手をあげ、大丈夫だとアピールする。1度も振り返らないまま、たっと地面を蹴って駆けだした。
 普通に走るだけじゃ、もう間に合わないかもしれない。走りながら顔の前に片手を持ってきて拳を握り、ぐっとひと撫でするように横に動かす。ただそれだけで、全身に蛇が絡みつくように紫の痣が走る。視界がクリアになり、これまで目に入らなかった世界の隅々までもが目に飛び込んでくる。そしていつもの赤い制服を包むように、灰色の地に紫の筋模様が入ったフード付きローブが全身を包んでいた。少し手をやって視界にかかっていたフードの位置を調整すると、これまでとは比べ物にならないほどの速度で周りの景色が後ろにすっとんでいった。このスピードなら、恐らくラーイエロー寮までは2、3分で着けるはずだ。

『……なあ、マスター』
「何?」

 チャクチャルさんの声も、ダークシグナーの力を解放して一時的にその結びつきを強めたからかいつもより明瞭に聞こえる。だからこそ、その声に含まれたわずかな躊躇いにも気づくことができた。スピードは落とさないまま問いかけると、思い切ったように語りかけてくる。

『どうも今のマスターは、見ていて不安なんだ。ひとつ、私と約束してくれないか?』
「約束?」

 たまたま木の上にいた、野生の猿と目が合った。こんなに校舎の近くまで来ていたところを見るとかなり人に慣れている、もしかすると野生に帰ったSALだったのかもしれない。もっともこちらにその確信が持てなかったように、あちらが僕のことを認識できたかは怪しいものだ。ほんの1瞬自分の目の前を駆け抜けていった、灰色と紫の風にしか見えなかったことだろう。

「約束、って?」

 何かよほど切り出すのを躊躇うようなことなのか、少しの間沈黙が流れた。あまりの気まずさにもう1度聞き直そうかとさえ思ったところで、ようやく返事が返ってくる。

『先ほどの話がすべて真実だとして、というよりも、あの話は恐らく真実だろう』
「だろうね」

 あっさり肯定した僕がよっぽど意外だったのか面食らった様子のチャクチャルさんに、思わず笑ってしまう。少し説明が足りなかったので、もう少し詳しく話すために自分の胸をポンと叩いて見せた。

「僕にはわかるよ。根拠もないし覚えてないけど、僕の中の何かが教えてくれる。あの話は本当だ、って」
『そうか』

 また沈黙。いきなりネズミが1匹足元を横切ったため、スピードを落とさないまま踏みつぶさないように軽くジャンプしてそれを避ける。すぐ着地してまた走り出したのを合図に、かつてないレベルで歯切れの悪いチャクチャルさんが再び口を開く。

『約束してもらいたいのは、マスターの想い人についてのことだ』
「……うん」

 ああ、やっぱりその話か。もうこれ以上避けては通れない、どこかで必ずしなくてはならなかった話だ。それでもやっぱり、触れて欲しくない話題だと思うのはわがままだろうか。

『こんな所で会話を誘導する意味も無し。私とマスターの仲だ、率直に言わせてもらうぞ。あの女、マスターに殺せるのか?』
「殺……!」

 稲石さんを看取った時から、すでにその覚悟はできていたはずなのに。情けないことに投げかけられた言葉の重みを受け止めることもできず、走る足がもつれる。地面が突然の勢いで迫ってきたかと思うと、受け身を取る暇もなくそこに顎から叩きつけられた。

「ぐっ……!」

 悲鳴を押し殺してすぐさま立ち上がり、ローブに付いた埃を払う。チャクチャルさんの声は冷たかったが、今の僕にはその冷たさの中に潜む作りもののような嘘くささも聞き取れた。この神様は口こそ悪いけれど、どこか僕には甘い所もある。だからこそこんな、わざと突き放した言い回しをチョイスしたんだろう。
 なんて頭ではわかっていても、やっぱり面と向かってド直球に聞かれるとガツンと来るものがある。

『冗談や笑い話では済みそうにないから、今のうちに確認させてもらう。実力が足りているかはともかく、マスター自身の覚悟の問題としてだ。あの女は恐らくダークネスにとっても最後の守り、切り札中の切り札。今後あの女と対峙してとどめを刺せる状況に陥った時、マスターにそれができるのか?』
「僕は……」
『地縛神たるこの私に命の尊厳などともっともらしく、そして反吐が出る言葉を口にする資格はない。あの女のような存在を果たして「生きている」と呼称することができるのか、などという話は哲学人にでも任せておけばいい。だが、これだけは私と約束してほしい。あの女に与えられた偽りの命を、マスターの手で終わらせると』

 今度は、僕が無言になる番だった。その沈黙の隙間を、自嘲気味なチャクチャルさんの声が埋めていく。

『私を卑怯だと蔑むか?冷血と嘲るか?だが私も所詮、その程度の力しか持ち得ない』

 卑怯?冷血?そんなこと、口が裂けても言えるわけがない。僕にはわかる。チャクチャルさんがどんな気持ちで、この通告をしているのか。要するにチャクチャルさんは、やっぱり僕に対してどこまでも甘い。優しいんだ。
 今チャクチャルさんは僕を追い詰めていると見せかけて、実際はその逆……僕に、逃げ道を作ろうとしている。もしここでこの約束に僕が頷けば、ほんのすぐ後に来たるべき彼女との勝負に僕が勝ったとして、その時彼女にとどめを刺すことになる最後の決断を『約束だから』というのを言い訳にして行えるだろう。さらにその後でいくらその決断を後悔したとしても、怒りの矛先は最初にこの約束を持ち出したチャクチャルさんに向けることができる。決着をつけなくてはいけない僕ではなく、たまたまそこにいただけのチャクチャルさんが。本来ならば僕が1人で背負うべきその重みを、全て肩代わりして背負おうというのだ。
 目頭が熱くなり、にじみはじめた視界から溢れそうになるものを精神力だけで強引に押さえつける。チャクチャルさんの献身に対する感謝の念もあるが、それ以上に自分の情けなさが身に染みたからこそ溢れた涙だった。僕が背負うべき業を他人が背負うと申し出て、それを恥じるどころか歓迎までしている自分がいたからだ。

『マスター?』

 突然泣きそうになっていた僕を案じてか、心配げに声をかけてくる。それがまた情けなくて、そしてありがたかった。深く、荒く呼吸しつつフードを目深にかぶり、固く閉じた両目に力を込めてどうにか涙を振り切る。この優しさに身をゆだねる、それは許されないことだ。
 ……僕と、夢想。共にあの交通事故の生き残りで、ダークネスに人生を何もかも捻じ曲げられた者同士。にもかかわらず僕は『彼女』から再び人間としての生を与えられ、彼女はダークネスに『彼女』の無念を含めその全てを利用される手駒としての偽りの生を与えられて。
 結局のところ僕ら2人の運命を分けたのは、たまたま僕だけが即死せず虫の息で生きていたというだけの単純な理由でしかない。彼女と僕の立ち位置は、そっくりそのまま真逆でも何もおかしくはなかった。
 でも、だからこそ、だ。誰よりも河風夢想に近くて、誰よりも河風夢想から遠いところにいる。この話に幕を引けるのは、僕しかいない。僕の手で、全て終わらせる必要がある。それが僕のダークネスにできる精一杯の抵抗であり、『彼女』に向けられる最大限の手向けだ。そして、その責任は当然僕が負う。それが筋だ。
 ……なんて即答できたら、それはどれだけ立派なことだろう。未来を向いて前に進む、高潔で誇り高い覚悟だ。だけど僕は、どこまでいっても僕でしかなかった。そうするのが正しいはずなのに、自分のエゴのせいでこの期に及んでまだ迷う。そのくせくだらない意地ばかり張って、手を差し伸べてくれたチャクチャルさんの優しさに素直に甘える事すらできないでいる。

「僕は……」
「あ、あそこだクロノス先生!」
「わかってるノーネ!シニョール清明、そこをどきなさい!」

 言いかけた言葉はしかし、突如聞こえてきたけたたましい排気音と聞き覚えのある2つの声のせいで中断された。なぜか見覚えのある、しかしどこで見たのか思い出せないおんぼろの軽トラがガタガタと危なっかしく揺れながらこちらに近づいてくる。明らかに止まりきれないであろうその勢いにさっと森の中に逃げ込むと、案の定その直前まで僕のいた場所を踏みつぶすようにしてどうにか、といった様子で停車した。開きっ放しの窓から、だいぶ久々に見た気がする親友の顔が飛び出した。

「無事だったか、清明!」
「十代!」
「と、止まったノーネ……」
「それにクロノス先生も……なんでここに?」

 運転席に突っ伏した、いかにも疲労困憊なクロノス先生をちらりと見る。ぐったりとしたままの先生に変わり、十代が笑いながら返す。

「どうもこうもないぜ。色々あって童実野町から戻ってきたら、お前と連絡が取れなくなったって三沢が焦っててな。ちょうどクロノス先生がこの車でまだ避難できてない生徒がいないか見回りをしてたから、廃寮まで様子を見に行くところだったのさ」
「車はトメさんが食材運搬に使ってるのを借りたノーネ……ペペロンチーノ、まさかこんな危ない物に乗っていたとは夢にも思わなかったノーネ……」

 言われてよく見れば確かにこの軽トラは、トメさんがいつも使っていたものだ。よくエンストしては立ち往生して、道中押して動かすのを手伝った覚えがある。しょっちゅうエンストするだけあってかなり古い型みたいだし、そりゃあこんな森の中だと乗り心地は最悪だろう。

「あ、そうだ!ちょっと待ってろ、今三沢に連絡するからな」

 そう言って自分のPDFを取り出し、少し画面をいじってからこちらに手渡してくる。コール音1回の後、液晶に親友の顔が浮かんだ。

『どうした、十代……いや、清明か!?』
「ハローハロー。悪かったね、後で話すけどこっちも色々あったのよこれが。でもほら、確かに賢者の石は採って来たよ」

 ポケットにねじ込んでおいた小包を引っ張り出し、画面の向こうからも見えるように顔の近くで軽く振ってみせる。画面越しでもわかるほどに安どの色がその表情をかすめたのを見計らって、また小包をポケットに戻す。

「で?これから僕は、どうすれば?」
『今から説明する。その前にまず確認だが、十代とクロノス先生も今そこにいるんだよな?』
「おう、俺たちもいるぜ」
『ならよし。まず、清明の持っている賢者の石を持って1度俺のところまで来てくれ。それが終わったら十代、お前はそのままアカデミアの正面入り口に攻撃を頼む。特に大きな空間の歪みが2カ所確認された、恐らく藤原優介はそちらに出てくるはずだ』
「藤原、優介……」

 その名を口にした瞬間、十代のデッキがかすかに光を放つ様子が見えた。彼が1枚引きぬいたそのデッキトップにあったカードは当然というかなんというか、E・HERO オネスティ・ネオス。傷つき力尽きたオネストの魂を託され新たな力を得た、もうひとつのネオスの姿だ。オネストはもともと藤原のカード、やはり主の名に反応したのだろう。

『そちらにはヨハンと……それから、さっきコロッセオから連絡があったんだが。どこで聞きつけたかは知らないが、どうも吹雪さんも単独でそちらに向かったらしい。あの付近ではミスターTも存在が確認されている、下手をするともうすでに交戦している可能性もあるから、なるべく急いでくれ』
「吹雪さんが……わかったぜ」
『それから清明。お前にはこれから、もう1か所の大きな歪みが観測された場所に向かって欲しい。お前にはさっきも話したと思うが、ダークネスの出現位置は2つまで特定ができた。だが、どうしてもそこから先を1か所に絞り込む決め手が見つからなくてな。藤原優介が陽動だった場合、ダークネスがもう片方の座標からこの次元に現れる可能性も否定できない』
「了解。まさかとは思うけど、ダークネスが分身して2カ所からいっぺんに出てくる……なんてことはないよね?」

 冗談めかして言いはしたが、あいにく誰も笑わなかった。当然だ。なにせ、相手は闇そのものなのだから。尖兵のミスターTだってコピペやクローンのレベルで増えるのだから、その親玉であるダークネスがそれぐらいのことやってのけないなんて保証はどこにもない。たちの悪い冗談どころか、普通に有り得る未来の仮定でしかない。
 だいたい僕のせいで重く立ちこめてしまった沈黙を最初に振り払ったのは、三沢だった。

『……それで、清明。お前に行ってほしい地点なんだが、ずいぶんと半端な位置でな。本校からレッド寮に向かう道の、ちょうど中間地点あたり……と言えば、お前ならわかるな?』

 ああ、と頷く。なにせ3年間ずっと通ってきた道だ、鮮明に頭に浮かぶ。それと同時に、三沢がそれを訝しむ気持ちもよくわかった。あの辺りは確か、本当に何の変哲もないただの道でしかなかったはず。なんでまた、ピンポイントでそんな場所を?

『その近くを抜けてコロッセオにたどり着いた生徒の証言を聞く限りでは、その近くにはミスターTも見当たらなかったらしい。先ほどはああ言いはしたが、正直なところ戦略上の重要度は正面入り口の方が上だと思う。だから悪いが、そっちにはお前1人で行ってもらいたい』
「わかったよ、こればっかりはしゃーないね」
『すまない。そしてクロノス先生ですが、すみませんが十代と入れ替わるかたちで俺をその車に乗せて発電施設まで連れて行ってください。賢者の石の力を借りて電気エネルギー、そして先ほどから何カ所かで行われているらしいデュエルによって発生して今もこの島を飛び交っているデュエルエナジーを増幅し、時間移動システムの仕上げにかかります』
「むむむ、責任重大なノーネ」

 その口調は硬かった。でも、それも無理はない。なにせ今伝えられた三沢の作戦は何から何まで全部、この車がちゃんと動くことを前提として立てられている。成り行き上とはいえその運転手を務めることになったクロノス先生は、ある意味ではこのダークネス撃退作戦の要だ。
 自分が何か下手をすれば、作戦全てが瓦解しかねない。そのプレッシャーがいかほどのものかは想像もつかないが、それでもそれを隠して極力普通に振る舞おうとするあたりはこのメンバー唯一の教師として、そして大人としての風格を感じさせる。

「じゃあこっちは任せてくれ、清明。必ず、後でまた会おうぜ」
「もちろん。賢者の石、確かに預けたからね」

 十代の差し出した右拳に、こちらも拳を軽く合わせる。すぐにその手を放し、軽トラの助手席へと再び乗り込んでいく。向こうは引き返せばいいとして、僕はどっちに行けばいい?ここからレッド寮と本校の間だと……この場所なら、来た道をまた引き返すことにはならずに済むだろう。方角を確かめてから僕も僕の戦いに向かおうとしたところで、背後から鋭い声が飛ぶ。

「シニョール清明!」

 声の主、クロノス先生がこちらを見ていた。再びエンジンが動き始めた軽トラの窓から顔を出し、真っ直ぐに語りかけてくる。

「私からあなたにかけられる言葉は、もはや1つだけでスーノ。私には今あなたが何に苦しんでいるのか、それはわかりません」
「先生……」

 苦しんでいる、とは、よく言ったものだ。表に出したつもりはなかったけど、きっぱりとお見通しだったか。

「なのでこれは無責任な言葉かもしれませんが、それでも言わせてもらいます。必ず成すべきことを成し遂げて、皆で悔いなく卒業式を迎えるノーネ!」
「……はい!」

 その言葉を最後に、狭い道でどうにかUターンを決めた軽トラがガタガタと揺れながら去っていく。大きく手を振ってそれを見送り、その姿が完全に見えなくなる前に自分から背を向けた。成すべきことを悔いなく、か。その言葉を何度か頭の中で反芻し、それから先ほどのチャクチャルさんの問いにまだ返事をしていなかったことを思い出した。僕の成すべきこと。悔いを残さないこと。皆で、卒業式を迎えること。皆で。
 ふと、あるアイデアが頭の中に閃いた。いや、それはアイデアなんて呼ぶのもおこがましい。あまりにも現実とかけ離れた、綺麗事の理想だけを固めたかのように稚気じみた夢。だけどそれを、口にせずにはいられなかった。

「ねえ、チャクチャルさん。さっきの話だけど」
『ふむ』

 こちらの声の調子から、早くも何かを察したらしい。何を言い出すのかというかすかな警戒と、それでも抑えきれないらしい好奇心を、その短い言葉の端々から感じる。それには気づかないふりをして、なるべく何気ない調子で問いかけてみる。

「そもそも、本当にどうにもならないのかな。全部丸く収まるハッピーエンドは、もうありえないのかな」
『と、いうと?』

 これだけで多分、チャクチャルさんには僕の言いたいことが伝わっているはずだ。だけどあえて問い返してきたのは、それを僕自身の言葉として語ってみろというのだろう。だから僕も、思い切って言葉を続けた。本来固めるべき覚悟に比べるとあまりにも浅ましく身勝手で、だけど切実な小さな叫びだった。

「夢想のことは、とっくの昔にどうにかできるレベルを超えたのかもしれない。だけどそんな物騒な話より先に、本当に夢想をこっち側の世界に引き戻す方法はないのかな、って」
『助けたい、と?傲慢だな。少しでも自分の気に入らないことには必ず他に満足できる選択肢があって、その全てが自分の思い通りになると?そもそも当人の意思も考えずに自分のエゴだけで手を差し伸べることが救いになると?なあマスター、それは本気で思っているのか?』

 即座に投げ返された言葉は冷徹で、残酷で、だけど正しかった。夢想を倒すのではなく、助ける。単純な言葉だが、まさに言うは易しだ。20年近く前の死人、ダークネスの傀儡でしかない魂を今更、人間の世界に戻す?B区はそれを望んでいる、それは間違いない。だけど彼女は、本当にそれを望んでいるのだろうか。違うかもしれない。皆の言うとおり、彼女をこの運命から解放するために戦うことが最善の行動なのかもしれない。
 ……でも。自分を強いて口を歪め、顔だけでもぐっと笑ってみせる。無理を通しさえすれば、道理は向こうから引っ込むのだ。

「僕を誰だと思ってるのさ。砂粒1つから水1滴まで、世界は全部このダークシグナー様の所有物なんだよ?僕を中心に宇宙は動いてるんだ、僕のやることは無条件で正しいに決まってるよ」

 大それた言葉だと思う。だけど、これでいい。
 要するにこれは、逆転の発想だ。世界を何もかも思い通りに動かしたいのなら、それができる存在になるしかない。逆に言えば僕こそがその存在だと言い張って周りがそれを信じれば、そんな僕の思い通りに世界の方が動く。世界を思い通りにできるから神なのではなく、神だからこそ世界はその意思に従う。そして僕はダークシグナー、いわば地縛神の神官だ。彼女の、夢想のためならば、どんな道理でもひっくり返して見せよう。僕にはそれだけの力があり、それだけの仲間がいる。多分。
 そんな宣言にさすがのチャクチャルさんも二の句が継げず、少しの間黙りこむ。若干不安になってきたタイミングで、低く重々しい、抑えきれなくなったかのような笑い声が聞こえてきた。

『ククク……ハッハッハ!いいだろうマスター、その意気は気にいったぞ。そしてよくぞ言った、その根拠なき自信と果てなき欲望こそが人間で、それこそがダークシグナーだ。愚かで、傲慢で、救いようもなくて、そしてだからこそ素晴らしい。それこそが生というものだ』

 言葉の端々から、チャクチャルさんの若干の驚きが含まれた歓喜の鼓動が伝わってくる。その一方で僕自身も、今の言葉を口にしたことで何かが吹っ切れたような気分を味わっていた。これまで自分自身を縛り付けていた何かが、すっと消えさったような。今ならば何でもできそうな、初めてダークシグナーになったあの時よりも遥かに上の高揚感が無限に溢れ出て、それが体の隅々にまで瞬時に行き渡る。だからだろうか、こんな突拍子もない、たとえ思いついたとしても検討することすら諦めるような案が閃いたのは。

「例えば、だけどさ。僕が夢想に勝てば、ダークネスにとって夢想はもう用済みになるわけだよね」
『その可能性は高いな。そもそもあの女を手駒に置いたのも、マスターの……引いてはマスターの中に遺されたその魂の名残を警戒してのことだろう。たとえ能力が劣ろうと、イレギュラー要素の無いミスターTだけで基本的な用は足りるからな。それでは不十分だと判断したからこそのあの女……となると、その仕事すら果たせない駒をわざわざ手元に置き続ける意味はないはずだ』
「そうすると、どうなるの?消えちゃうとか?」
『最終的にはそうなるだろうな。だが仮に私が急にマスターとの繋がりを断ちきったとしても、マスターの体が即座に灰になるわけではない。今のマスターの身体には私が供給し続けるものとは別に少しづつ備蓄されてきた私のエネルギーが溜まっていて、それを使うことで時間的余裕が生まれるからだ。ダークネス式の蘇生は私の行えるものとは厳密には異なるだろうが、おおむねそこは同じはずだ』
「……っていうことは、さ」

 考えをまとめながら、ゆっくりと口にする。無論、目の前の差し迫った危機を忘れたわけではない。だけどこの点についてだけは、どうしても今のうちに考えをまとめておきたかった。

「勝負が付いたらどっちにせよダークネスは夢想を切り捨てて、そこからエネルギーを使い果たして消えちゃうまでの間、夢想は完全に自由になれるってこと?ねえチャクチャルさん、そこを狙い澄まして無理にでも新しくエネルギーを流し込むって……できる?」
『マスターが言いたいのは、要するに接ぎ木だな?根、つまりダークネスからの供給が止まって枯れるまでの間に私に命を繋ぎ直して、そのまま眷属にしろと?』
「お願い、チャクチャルさん」

 頷いた。しょせん素人の浅知恵ではあるが、今までの話を聞く限りではどうにかなりそうな気もする。夢想が解き放たれたその瞬間に僕の命を維持し続けるこの地縛神の力を代わりのエネルギー源とすれば、夢想が消えることもなくなる……はずだ。推測に推測を重ねたか細い光でしかないが、それでも唯一の光明だ。

『……可能性が無いわけではないが、それでもだいぶ厳しいだろう。前例も無論、皆無だ。そもそも、ダークネスがあの女に取った蘇生が本当に私のそれと同じものか、その部分から既に推測でしかない』

 ここで一度言葉を切る。再び発せられた言葉には、心底愉快そうな響きがこもっていた。

『だが、マスターがそう願うのなら、きっとできるのだろう』
「それじゃあ!」
『賭けてみるのも、そう悪くないだろう……次元を越えた異邦人に、そして地縛神たる私に。過去に2度も死の因果を超え、本来あるべき現世の理から逃れて現世に留まり続けたマスターの可能性にな。それに私自身、そんなマスターの果てなき欲望の行きつく先を見てみたくもなったからな』
「ありが……」
『ただし。そもそもマスターに勝ってもらわなければ、この話は全部白紙に戻るからな。それも、マスター自身がそのとどめを刺すんだ。マスター自身の手で勝敗を付けることによりマスターとあの女の間に簡易的な繋がりを作り、それを頼りに私が……まあ要するに極端な話、デッキレスなどで決着をつけられると私には手が出せないからな』

 感謝の言葉を遮り、間髪入れずに釘を刺すチャクチャルさん。とはいえ夢想の【ワイト】も、僕の壊獣やグレイドルといった面々も、そんな搦め手とは縁がない。盤面を支配して、殴る。それが1点集中突破スタイルか、相手フィールドまでも巻き込んでのコントロール型かの違いだけだ。一応覚えてはおくけれど。

「わかった。夢想にはずっと負けっぱなしだったけど、3年分の借りはまとめて返すさ……次は、次だけは、僕が勝つ。勝ってみせる。そういうことでしょ、チャクチャルさん?」
『ならばよし。その意気だ、マスター』

 とんだ道草になってしまったが、そのおかげで得られたものは大きい。諦めさえしなければ、必ず打開策は見えてくる。今はまだか細い糸のような不確かなものでしかないが、その先端には僕が望む未来がくくりつけられていると信じよう。
 足を上げ、大地を踏みしめて1歩を踏み出した。さあ、待ってろダークネス。長い準備はようやく終わり、ここからはついにこっちのターン。反撃開始と洒落込もうじゃないか。 
 

 
後書き
恐ろしいことにこれ、まだ最終決戦前に書きたい前フリの半分程度しか達成できてないという。ならまとめて1話にしてもよかったとは思いますが、ぶっちゃけそんなAパートだけぎっしり詰め込まれていつもと同じ文章量にされても読む方がダレると感じたので分割。
とりあえず次回がこれくらいの短さで決戦直前まで書いてそこで引き(予定)、次々回を開幕デュエルで……このペースでそれが投稿できるのはいつになるんだろう(遠い目)。この手の溜め回に2話も使って、しかもだらだら間が空くのは最悪だと私自身感じてはいるのですが……とりあえず前回も同じようなことを宣言した記憶がありますが、失踪だけはしません。石にかじりついてでも、この遊野清明の物語には1度しっかりと区切りをつけます。なので気の長い話にはなりますが、あと少しだけ長い目でお付き合いいただけると幸いです。

……どうでもいいけど僕を誰だと~の発言、あれ多分清明は後で正気に戻ってから思い出すたびに真っ赤になった顔枕に突っ込んで布団で身もだえするタイプだと思う。 
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