SAO-銀ノ月-
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
「ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ、た、し?」
浮遊城アインクラッド第三層《マロメの村》。その片田舎にある誰からも注目されていなかった鉱山の中腹、竜人たちが住まう洞穴の中心に、彼らが崇拝する聖樹が存在していた。以前に寄生虫へと養分を奪われていた姿からは幾分か持ち直したものの、まだまだ十全なものには届いていないらしい。確かにショウキが見上げる聖樹とやらは、いつかの浮遊城百層ボスが操っているものとは随分と違っていて。
『……助かる。これで聖樹も少しは持ち直すだろう』
「お互い様だろ」
そこでショウキが最近知り合った情報屋に聞かされ、持ってきた素材は聖樹の成長を促す効果があるらしく。もはやこの場に残った最後の竜人ギルバートには、なかなか役に立つ代物だったようで。とはいえ、ショウキはその聖樹から産み出される鉱石を貰いに来ているため、本当にお互い様だと言うべきだったが。
以前の聖樹を救出するクエスト。竜人ギルバートに協力して、聖樹に巣くう寄生虫を消滅させる――といった旨のクリア報酬として、その聖樹の力で現出するというレアな鉱石を入手できるという、新装開店した我らが新生リズベット武具店にはありがたい話で。
『いいや、聖樹を救わせてさらに助けてもらうなど、竜人の誇りに関わる。これも受け取ってくれ、扱いが難しい分、研磨できれば役に立つはずだ』
「……どうも」
ただし竜人の誇りとやらは随分と強情なものらしく、麻袋に入ったいっぱいの鉱石をさらに報酬として渡される。もちろんありがたくいただくと、さらにクエストが更新されていく。どうやら聞いていた通り、聖樹が力を取り戻せば取り戻すほどに、特殊鉱石のグレードも上がるというクエストのようだ。
『また来て欲しい。君たちのためならば、鉱石を渡すのも聖樹は許してくださるだろう』
「ああ。また、あの素材が手に入れば」
そうしてNPCとはいえ良き取引相手となった竜人ギルバートに別れを告げて、聖樹に一礼するとショウキは洞穴から出ていって。ただ鉱石を貰えるだけでもありがたかったというのに、さらに鉱石のグレードまで上がるというのだから、鍛冶屋にとっては文句のつけようもない良クエストだ。
「……どうダ?」
「おかげさまで。お釣りが来るぐらいだ」
そうして洞穴の入り口に背中を預けている、当の最近知り合った情報屋――アルゴの姿を見て、計画通りとばかりにニヤリと笑う彼女に釣られて、小さく笑って挨拶すれば。彼女もここにはもう用はないのだろう、歩いて転移門まで向かおうとするショウキに並走すると。
「いい素材を貰ったみたいだが、使えそうカ?」
「もうちょっとスキルレベル上げが必要だな……いや、リズなら出来るかもしれないが。ありがとう」
「にひひ。オレっちはそれが仕事だからな、言葉だけは受け取っておくヨ」
先日、NPCの少女から連れられて発生した、この《竜人の聖樹》クエストに続きがあるという情報をもたらしてくれたのは、それこそ先日に知り合ったこの《鼠》だ。こんな片田舎な、しかも旧アインクラッドにはなかったクエストまで把握しているとは、やはり情報屋としての腕は確からしく。ついでにクエストの発生条件である『NPCと行動を共にしていること』という話まで聞いたが、至れり尽くせりの情報に少しばつが悪くなってしまう。
「オレっちに悪いとでも思ってるのカ?」
「…………」
「沈黙は肯定と同じダ。にひひ。リズに聞いた通りに、意外と分かりやすいヤツだナ」
……会って数日にも満たないような知り合いにすら、表情から考えていることが分かると言われ、ショウキは頭を抱えたくなる衝動を必死に抑えながら。かの浮遊城では、《鼠》と話すだけで持つ情報が奪われる、との噂だったが。こんな調子では、どうも顔を合わせているだけで丸裸にされそうだと、ショウキは観念してアルゴに向き合うと。
「だって悪いだろう。そっちの申し出にはろくに答えられなかったのに、こっちだけ世話になれば」
そもそもアルゴとこうして顔を合わせるようになった理由は、あの黒髪のNPCの謎をユイに頼んで解いてほしいということで。それを足がかりに、この《ALO》でも情報屋としてのアルゴの名を轟かせる代わりに、リズベット武具店の宣伝もしてもらうという約束だった。
「クソ真面目は美徳を通り越して損だナ。今は約束とか関係なく、ただ情報屋として商売をしてるだけじゃないカ」
にもかかわらず、あの黒髪少女のNPCについてアルゴに提供できたことは、何もない――正確には、あのNPCの少女には何もないということが分かったのだが。少なくともそれはアルゴの求めていた情報ではなく、理由はどうあれ、こちらは約束を果たせなかったということになる。
「それに、何もなかったって情報もれっきとした情報ダ。そうだロ?」
「それは……そうだが……」
「ほら、さっさと帰らなきゃ、ダ。転移! イグドラシル・シティ」
ただしアルゴは気にしていないように、むしろショウキが気にしすぎだと言わんばかりに、ニヤニヤと余裕そうに笑っていて。そうして《マロメの村》から最も近い転移門に着くとともに、さっさとアルゴから転移の言葉が放たれ、閃光に包まれながらイグドラシル・シティへと転移を果たす。
「……それにナ。オネーサンには、まだあの子には何かあるって思ってるゾ」
「情報屋の勘か?」
「ま、そんなところダ」
もはや見慣れた《イグドラシル・シティ》の商店街前。そんなアルゴの意味ありげな言葉を聞きながら、ショウキは竜人ギルバートから貰った鉱石の袋を抱え、ようやくリズベット武具店に帰宅する。そこで待っていたのは、もちろんその店主……ではなく。
「お帰りなさい、ショウキ」
先程までアルゴとの話題の渦中にあった、黒髪のNPCだった。まるで店番のように……というより、事実として店番として、一見して無表情ながらも実は張り切った表情を見せながら、リズベット武具店に立っていた。いや、もはやNPCの少女というべきでもなく。
「ただいま、『プレミア』」
「はい」
――先日、ユイの手によって『何も設定されていない』という解析がなされた少女へ、リズはこの店でバイトをしないかと持ちかけた。設定がないのならばどんなキャラクターにもなれると、知ったような、けれども熱意のある口を聞いたリズの申し出に少女は頷いて。もちろん名前まで設定されていないと呼び方に困ると、アスナにユイも合わせて皆で名前を考え、少女が満足したものは。
プレミア――幕開けを意味する言葉だった。
それからは暇な時はリズベット武具店のバイトとして、たまに道行くプレイヤーにクエストを頼みながら、少女はこの世界を生きている。何もない少女から、プレミアという一つの生命になるために、何事も学びながら。
「では、ショウキ。ご飯にしますか? お風呂にしますか? それとも……わ、た、し?」
「……お帰りなさい、だけでいいから。な?」
「こう言うと男の人は喜ぶと聞いたのですが、ショウキにはあまり効果がないようですね。言葉は難しいです……」
……たまに、よく分からないことまでどこかで学んでくるものの。それはそれで彼女の愛嬌だろうと考えていれば、背後にいたアルゴから肩をポン、と叩かれた。
「……ずいぶん、イイコトを教えてるみたいだナ?」
「いや、違っ」
「アルゴもいましたか。つまり、お帰りなさいです」
「プレミアは優しいナ。誰かさんに襲われそうになったら、すぐにオネーサンが拡散してやるから、安心しろヨ」
「襲われそうとは、どういうことですか?」
もちろん希代の情報屋がこんな鮮度抜群のネタに食いつかない訳もなく、ただニヤニヤと笑いながらも、アルゴは我が物顔でリズベット武具店内へ侵入していく。そうして来客が増えたことから用意した椅子に座りながら、さらにプレミアへ教育上よくないことを吹き込むかと思われた瞬間、店内に用意されたログイン用のスペースが光って。
「プレミア、お待たせー……って、ショウキにアルゴも来てたのね。何かあった?」
「いえ。お客様の数は0です」
「そ、そう……ほらショウキ、何そんなとこ突っ立ってんのよ」
嘘など言わないプレミアからの無慈悲な現実を叩きつけられながらも、店主が随分と重役出勤してきたらしく。相変わらず面倒そうに半脱ぎにされたツナギを着たリズに促され、ショウキも話が流されたことに心底ありがたく思いながら店内に入って入手してきた素材を倉庫に移していく。
「はいプレミア。お給料」
「ありがとうございます。では、ごきげんよう」
そうして大体の状況を把握したらしいリズが、まずは店番をしてくれていたプレミアへ『お給料』が入った袋を渡すと、どういった仕組みかは分からないがプレミアの手の中で消えていく。恐らくはクエストNPCにアイテムを渡した時と同様の処置がなされているのだろう、プレミアは満足げな表情を見せながら、何やら指折り数えてリズベット武具店を後にする。
もちろんずっと店番をしているわけではなく、というよりむしろ店番をしている時間の方が短く、プレミアは街角のどこかに消えていく。いつもならば、またどこかでプレミアのクエスト――プレミアをどこかに連れていく、1ユルドを報酬としたクエストにプレイヤーを誘っているそうだが。今日はどこか、何やら決意を秘めていた横顔だったような――とまでショウキが思ったところに、眼鏡をかけたリズの顔が眼前に浮かび上がった。
「んで、ショウキの方は……へぇ、情報の通りにいい素材じゃない」
「ドーモ。オレっちも、アイツに居場所を用意してくれる、優しい店主がいてくれて助かってるヨ」
「……別に、そんなんじゃないわよ。放っておけないだけ」
そういうのが優しいっていうんだと思うがナ――というアルゴの言葉に鼻を鳴らすのみで反応を留めながら、いきなり眼前にリズの顔があってフリーズしたショウキのことにも構うことはなく、リズは持ち帰られた素材の吟味を終えたらしく。すっかり自らのスペースだとばかりに、狭いリズベット武具店内の片隅に馴染んでいるアルゴへと向き直った。
「……ってことは、用件もプレミアの様子見?」
「アア。それと、何でリズがあのNPC……プレミアをバイトに雇ったのか、とか気になってナ」
「放っておけなかったから。本当にそれだけだよ」
そんなアルゴの問いはリズに向けられた問いかけだったけれど、ショウキは苦笑いしながらも代わりに答えていた。行き場も何もない少女に居場所を作ってやった理由など、リズにとっては『放っておけなかった』という理由以外にあるものかと。一瞬だけフードの奥に隠されたアルゴの鋭い目付きと視線が交錯するものの、そんな《鼠》の表情はすぐさま人を食ったような笑顔に変わる。
「変に問い詰めて悪かっタ。許してくれ、オネーサンの癖なんダ」
「そもそも、何であんたもまだプレミアのこと気にしてるのよ。あいにく特ダネじゃないみたいよ?」
「……あのナ。オレっちだって、その、情報にしか興味のないような冷血人間じゃないつもりでナ?」
そうして素直に謝ったアルゴだったが、リズからの問いかけに始めて言いにくそうに口ごもった。どうして望んでいたクエストNPCではなかったにもかかわらず、わざわざこうして様子まで見に来ているのかと。先には、ショウキにまだプレミアには何か隠されているような気がする、などと漏らしたが。
「……リズの言う通りだヨ。放っておけないじゃないか、何もないアイツがどうするのカ」
こちらから視線を外して言いにくそうにそう呟く姿は、まるであの《鼠》のようではなかったけれど。生来から面倒見のよいアルゴという一個人が始めて見えた気がして、視線を外された隙に接近したリズがフード越しに頭をグシャグシャに撫で回した。特にネコミミを重点的に触られているらしく、ケットシーたちが口を揃えて『尻尾と耳はダメだ』と言うだけあって、アルゴも見たことがない表情を晒していた。
「最初からそう言っときゃいいのよ、もう!」
「ヤーメーロー! おいショウキ! 責任もって止めロ!」
「そういやあんたケットシーだったわね! シリカの代わりになりなさい代わりに!」
アルゴも負けじと逃げようとするものの、やはり敏捷特化のアルゴと筋力特化のリズでは、掴まった時点で勝負は決まっている。そして同じくショウキにも止めることなど出来ないと、アルゴへと悼むように手を合わせたが、助ける素振りぐらいは見せてやるかと話しかける。
「そういえばリズ、防具のことなんだけど」
「防具? ……あー、やっぱり難しいわね」
「……何のことダ?」
「新商品よ」
ショウキの問いかけにリズが商売人の表情となったことで、アルゴもリズの可愛がりから抜け出し、威嚇のような鳴き声を響かせるとともに。いそいそとフードや服の乱れを直しながら、話を逸らそうとしてかショウキの話題に乗ってきて。
「今まで武器しか作ってなかったけど、この素材があれば防具も作れるんじゃないか、って。ほら、ちょうどそこに初期装備みたいなのもいるし」
「ああ……」
リズベット武具店という名の通りに、浮遊城の頃から武器専門だったが、新装開店とともに防具へ手を出したらどうか――と、新規業務について話していたことが数度ある。とはいえ素材の要求数や鍛冶スキルから現実的ではなく、視線を向けられる初期装備みたいなの――すなわちショウキが実験台として、試作的な防具は作られていたものの、売り物としてのレベルには達しておらず。
「でもまあ、やっぱり今のところは武器専門店ね」
「この素材なら少しは何とかなるかもしれないけどな」
「なるほどナ……それにしたって、ショウキ。少しぐらいは防具に気を使った方がいいと思うゾ」
竜人ギルバートからいただいてきた《聖樹の鉱石》を手の中で弄っていれば、途端にアルゴの視線と矛先がショウキへと向く。確かにリズからも指摘があった通り、今のショウキの装備は初期装備同然の軽装鎧であり、防御力や追加スキルなどはないに等しい。先の聖樹クエストでの人型カマキリ戦でも、とにかく被弾しないように立ち回っていたように。
「……いいんだよ、これはこれで。動きやすいんだから」
「本音ハ?」
「俺の防具より店を軌道に乗せる方が先、だそうよ」
「…………」
「図星かヨ」
最近に会ったばかりのはずの女性陣2名の息のあったコンビネーションが辛い――と、誰にも相談しようのない弱音を心中で呟きながら、ショウキは呆れたような二人の視線から目を逸らすと。外は商店街ということでいつも騒がしくはあるものの、どこか普段とは違った声が聞こえてきて。
「ん……?」
「ショウキ、どうしたの――って」
そう、それはどこか奇妙なものを遠巻きに見るような声色で。気になって店先から顔を出したショウキとリズが見たものは、思った通り確かに商店街の中心を歩く奇妙なものを、出来れば関わり合いになりたくないように逃げるプレイヤーの姿だった。
「……何やってんの、あの子」
その中心にいる奇妙なものが、自分たちの知り合いなどではなければ、ショウキたちも無視を決め込んでいたものの。その少女がこのリズベット武具店のバイトということであれば、それはもうどうしようもなく、驚愕するリズをよそにショウキは店の外へ文字通りに飛び出ると。
「……プレミア?」
「ただいま帰りました。ショウキ」
「ああ……お帰り」
そこにいたのは、プレミア――自らの背丈の倍ほどもある両手斧を、両手をプルプルと震わせながら持ち上げて歩く、どこか満足げな表情をしたプレミアの姿だった。その両手斧が明らかにプレミアでは持てない……というか今のショウキでも怪しいほどの筋力要求値を持ったものというのは、新たに取得した《鑑定》スキルを使わずとも分かるほどで、とにかく可及的速やかにそそくさとリズベット武具店の店内へと招き入れて。
「ン!?」
「えーっと……プレミア。それ、どうしたの?」
「はい。リズからいただいていたお給料を使って買いました。つまり、一番いいのを頼む、ということです」
店の奥にいたが故に事態の把握に遅れたアルゴの驚愕の声とともに、店内に両手斧を持ったプレミアが侵入する。ただし入口を通るのにも工夫が必要だったほどで、やっぱり新しい店だけあって小さいんだな――などと、現実逃避も兼ねた思考をさせられる。
「へ、へぇ……なんで買ってきたの?」
「実は、わたしのクエストを受けてくれる人がいなくなってしまいました。理由を考えてみたところ、わたしが戦えないのがいけないのではないかと」
苦々しげな無表情――というと意味が分からないが、とにかくプレミアはNPCとして唯一に設定されたクエストを、誰も受けてくれないのが不満らしい。会ったばかりは感情も何も感じられなかった少女だが、最近はよく見ると無表情の中にも感情が見え隠れしてきていた。
「ですが、この『一番いいの』があれば大丈夫です。つまり、バッチリです」
そうして誇らしげに両手斧を掲げる――というより、あまりにも重さでプレミアには掲げるしか出来ないわけだが。あいにくとプレミアのクエストを受けるプレイヤーがいなくなってしまった理由は、そんなものではなく……ただただ単純に、ランダムに指定された何もない場所に、自衛程度の戦闘力もないプレミアを連れていくという面倒さに反比例するかのような、1ユルドという報酬の低さであろう。
……という事実を、自慢の両手斧を嬉しそうに持つプレミアへ、どうやって告げてやればいいんだと、集まった三人のプレイヤーはすぐさま視線を交差する――お前が言ってやれ、と。とはいえそうした責任の押しつけあいに敗北するのは、このリズベット武具店ではいつだって誰か決まっている。
「……なぁプレミア」
「なんでしょうか?」
「その斧、どうやって使う気なんだ?」
「それはもちろん、ショウキのように、こうして、こう……」
その誰か――すなわちショウキも、どうやって告げてやるべきか考えながら、手探りで少女に話しかけてみれば。ひとまずずっとプルプルと腕を震わせながら持っている、両手斧について尋ねてみると、プレミアは見て驚けとばかりに振り回す――ことはもちろん出来ずに。とにかくパラメータ上は強いというだけで選んできたのだろう、持ってくることがやっとの武器で戦闘など不可能ということが、ようやくプレミアも悟ったようで。
「どうしましょうショウキ。重くて振れません」
そうして『一番いいの』が自分には扱えないと分かっていくことに比例するように、プレミアの表情も誇らしげなものから、考えてもいなかったことへと直面したかのように推移していなかった。ショウキ自身、よく表情から考えをどうしてか見抜かれることは多いが、自分も端から見るとこうなのか――と、少しばかり疑念の思いに囚われつつ。
「これでは、皆さんがわたしのクエストを受けてくれません……」
「……いくらでも連れてくよ」
「え?」
などと気にしている場合ではなく。とにかくプレミアからすれば、自分のクエストをやってもらいたいが為の行動であり、まずは持っていた両手斧を取り上げながら。
「プレミアのクエスト、暇な時なら俺が行くからさ」
「そうそう! っていうか武器ならあたしがいくらでも造ってあげるのに、水くさいじゃないの!」
「……ありがとうございます。ショウキ、リズ」
そうして申し訳ないが用済みになった両手斧を壁に立てかけている間に、リズがプレミアの肩の上に手を乗せながら、様々な武器のリストなどを見せていて。こちらを見上げてお礼を言った後、興味津々とばかりにそのリストを凝視するプレミアに、こういうところが放っておけないんだな――と、リズと顔を見合わせていれば、事態を面白げに見守っていたアルゴからまばらな拍手が響く。
「ですが、わたしが戦う力を欲しがっているのは本当です。いつまでも見ているだけというのは、悲しいです」
「あー……まあね」
「ですから、戦い方を教えていただけないでしょうか」
とはいえプレミアもそこは譲れないらしく。確かにプレミアのクエストの関係上からフィールドへ連れていくことも多く、自分で自分の身を守るくらいは出来た方が便利であるし……なにより、初めてプレミアがクエスト以外のことで自発的に頼んできたことだ。ショウキとしても、リズとしても、是非とも叶えてやりたいところ、だったが。
「戦い方を……教える……?」
片やソードスキルを普通に使えるかも怪しいショウキに、片やプレミアが扱えないような重量武器しか使ったことのないリズ。先の両手斧のやり取り……というかそもそも、戦闘からして初心者のプレミアには、重量級の武器は荷が重いだろうと、お互いにどうあがいても先生になれそうにない――とまで考えたところで、ショウキたちはもう一人ほどいることを思い出した。
「だそうよ、アルゴ?」
「ハ!?」
「よかったなプレミア、アルゴが教えてくれるらしいぞ」
すっかり事態を静観する側に向かっていたアルゴが突如として話題を振られ、何かを言うよりも先にプレミアへと約束をつける。実はアルゴの戦闘スタイルはまだ聞いてもいなかったりするが、それにしたって重量級武器ではないだろうと。というかただ面白げに見ているなどと許されない。
「待テ待テ、オレっちだってその、結構忙しくてだな」
「ありがとうございます、アルゴ」
「うっ……そんな目でオレっちを見るナ……」
「ふふふ……強いでしょう、プレミア視線」
何故か自慢げにリズが腕を組んでいるが、実際ショウキもプレミアからキラキラとした視線を向けられたら耐えられない。自分が何か汚い存在に思えて、綺麗なプレミアに何かしてやりたくなる。ショウキでさえそうなるのだから、おねーさん属性には効果覿面だろう――というか、リズもそうだ。
「アア、もう! 分かった分かった、オネーサンが手取り足取り教えてやるヨ!」
「はい、お願いします」
ヤケクソ気味ではあったもののアルゴもそう言ってくれて、ショウキとリズはまたもや顔を見合わせた。
――残るは自分達が、プレミアのために武器を作ってやる番だと。
「ところでショウキ」
「どうした?」
「『一番いいの』を買うついでに、『とくばいひん』を買ってきたのですが、これはどうやって食べるのでしょう」
そうしてリズはアルゴと実際のところの相談に、ショウキはせっかく新たな素材も手にいれたことだし、試しに作ってみるかと炉のふいごを起動すると、いつの間にやら背後にいたからプレミアから声をかけられて。共に炉の中でぼうぼうと燃える炎を見ながら、プレミアから何やら食材アイテムを渡される。
「……芋?」
「おっ、懐かしいモノを持ってるじゃないカ」
正確には《イクチオイドの芋》、というらしい。ショウキの《鑑定》スキル程度でも分かるとなれば、あまり希少価値のあるアイテムではなさそうだが、こちらを覗いてきたアルゴが首をかしげていたショウキとプレミアの元にやってきた。
「《イクチオイドの芋》……アルゴは知ってるの?」
「愚問だナ。これを見つけてくるとは、プレミアも筋がいいゾ」
「よくわかりませんが誉められました。ありがとうございます」
片手でプレミアの絹のような髪に覆われた頭を撫でながら、アルゴはもう片手でショウキが持っていた《イクチオイドの芋》二つを奪い取ると、燃え盛る炉に向かって放り投げた。
「ちょっ……あのねぇ、あたしたちの炉は焚き火じゃないのよ!?」
「まあまあ、見てろっテ……よっこらせってナ」
未知の素材すらも焼却してみせるふいごに明らかに芋は耐えることが出来ずに、すぐさま焼けるどころか炭と化していってしまう。ただしリズの忠告にも適当に返したアルゴの手が高速で動いたかと思えば、いつの間にやら腕に装備していたクローに、見事に焼けた《イクチオイドの芋》が突き刺さっていた。
「焦げるギリギリが一番美味しいってナ。大した炉の火力だったヨ、店主?」
「……そりゃどうも」
「おお……」
誉め言葉とともに差し出されたイクチオイドの焼き芋を、リズは真っ二つにしてプレミアに渡しながら。内部から露出してきた黄金色の本体を興味津々といった様子で眺めるプレミアを微笑ましげに見つつ、四人ともに焼き芋が手に回ったことを確認しながら。
「それじゃあ、プレミアが買ってきてくれた焼き芋を」
「いただきます」
「…………!」
一斉に焼き芋を頬張ると、プレミアの身体がピクリと震えていた。リアルでもわりと焼き芋を食べる経験のあるショウキだったが、確かに言うだけのことはあると、すぐさま二口目に向かって。
「あら、美味しいじゃない」
「だロ? なかなかイケるくせに、ドロップ率が悪くてナ……」
「何からドロップするの?」
「……聞かない方がいいと思うゾ」
「プレミア?」
店がどんなにボロかろうと炉だけは手を抜かなかった店主が選んできた通りに、流石は当店自慢の炉といったところか、熱々の焼き芋は一気に頬張るには向いていなかった。フーフーと息を吹いて冷ましながら食べていれば、プレミアが一口食べてからピクリとも動いていなかった。どうしたものかと、ショウキが声をかけると。
「…………美味しいです」
「……お粗末」
どうやら感動にうち震えていただけだったらしく。瞳を輝かせながらモグモグといった擬音を思わせる、見事な食べっぷりを見せてくれたが、その代償は小さくはなかった。細かい芋の破片が口の周りにベタベタと貼りつき、ひどくみっともなう絵面となっただけだが。
「あー……もう。ほら、拭いてあげるからちょっと動かないでよ」
「すいません」
「……オイ」
放っておけなくなったリズが、残り少なくなくなっていた自分の焼き芋は一口で口に放り込み、ハンカチを持ってしゃがんでいって。その隙という訳ではないだろうが、ショウキに向けて背後からアルゴが小声で話しかけてきて。
「……プレミアのこと、どう思うんダ?」
「ただの食い意地の張った子供にしか見えない」
「直球だナ」
「まあでも……おかげさまで、楽しくやってるよ」
自らの問いに迷いなく即答されてきたことが少しおかしかったのか、アルゴは小さく吹き出しながら。とはいえそれはショウキの偽らざる本音でしかなく、もちろん次に言い放った言葉も間違いなく。こうも毎日、先程の斧のような天然系イベントが続けば、慣れが来るというか楽しまない方が損だ。
「けしかけておいて今更だけども、本当にいいのか? プレミアの戦闘訓練」
「本当に今更ダ。一生に一度のサービスだからナ、せいぜいプレミアに感謝しろヨ……それに、訓練の最後はアーたんに見てもらった方がイイ」
「アーたん? ……ああ、アスナか」
言われてみれば適役だ。片手で使いやすい武器の扱いなら右に出る者はおらず、実際に他のプレイヤーに戦闘を教えた経験もあり、事故があっても大丈夫なようなヒールを覚えており、何よりプレミアのことを知っている。
……アスナ以外の他のメンバーは最近、二人の邪魔をするのは悪いから――などと、店に立ち寄ることはなくなっているというのもある。とはいえ、この店は仲間たちの活動範囲とは少しズレているし、まだまだ腕前も足りないのも事実であるが。
「ま、オレっちがフィールドに出られるくらいにはしてやるヨ。もちろんショウキにも手伝ってもらうゾ?」
「それは……もちろんだ。何をすればいいんだ?」
そうして偶然にもアルゴと同じタイミングで焼き芋を食べ終わり、ほどよい満足感と微妙に足りなさを感じながら、アルゴに問い返してみれば――不敵な笑いが返ってきて。
「もちろん、的にでもなってもらおうかナ」
後書き
アルゴがなんか甘いキャラになりすぎている気もしますが、捨てられた子猫系キャラに弱いのはオネーサンである以上は仕方がありません。もうデスゲームじゃないというのもありますが
ページ上へ戻る