おぢばにおかえり
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37部分:第六話 レポートその六
第六話 レポートその六
「今やっと五十話なんだ」
「まだまだこれからね」
「そうなんだ。今からそれをやるから」
そう言って立ち去ります。
「また明日」
「それで何処でゲームするの?」
不意にこう尋ねたのは新一君がよく詰所でもゲームをするからです。本当に図々しいっていうか主任先生達も優しいっていうか。甘やかしたら駄目な子なのに。
「僕の家でだよ」
「だったらいいけれど」
「本当は先輩の側がいいんだけれど」
「馬鹿言いなさい」
またそんなこと言って。
「今日のところはこれでね。今から忙しいがな」
「まあ頑張りなさい」
そんな話をして別れました。そうして次の日。学校の講義が終わると図書館の前に行きました。天理大学の図書館はかなり大きくてしかも蔵書もかなりあります。
その前まで行くともう新一君がいました。にこにことした顔で立っています。
「少し遅かったね」
「何かデートのはじまりみたいな言葉ね」
少し前に見たドラマを思い出しました。
「それって」
「あっ、そうかも」
それでこうした言葉を聞くとすぐ笑顔になるんですから。どうしたものでしょう、この子だけは。
「まあ図書館でのデートも悪くないよね」
「悪くないの」
「そうそう。たまには静かにね」
一人でそんなことを決めています。私はどうなるんでしょう。
「楽しむのもいいじゃない」
「言っておくけれどね」
ふざけた調子の新一君に言います。
「学校のレポートについてだから。デートが本来の目的じゃないわよ」
「わかってるって」
わかっていないのがはっきりとわかります。そういう子ですし。
「それじゃあ入ろうよ」
「ええ」
ずっと彼のリードのまま話が進みます。気付いたらもう図書館の入り口の階段を登っていてそこから中に入って。それで中の閲覧室でもう新一君が出してくれたその本を読んでいました。見たら日本語で書かれた分厚い本です。
「何か思ったより簡単な翻訳ね」
「この本はそうなんだ」
新一君は私の横にいます。そこから私に説明します。
「わかりやすくてね。いいんだよ」
「そうね。私でもわかるし」
「中国の古典はこの平凡社のが一番いいんだ」
そう私に教えてくれます。
「ここになら絶対にあると思ったけれどやっぱりね」
「予想通りだったのね」
「うん」
にこりと笑って私に言います。
「そうだよ。わかりやすいでしょ、本当に」
「ええ、とても」
おかげで頭の中にもすぐに入っていきます。気付いたらもうレポートも進んでいるような。そんな気分にもなってきました。
「これでレポートは大丈夫だと思うよ」
「そうね」
私も笑顔になって。新一君の言葉に頷きます。
「おかげでね。有り難うね」
「それで御礼はさ」
新一君はまた調子に乗った顔を見せてきます。すっごく嫌な感じです。それを顔にも出していますけれどそれでどうにかなる子じゃないんですよね。
「御礼?」
「うん。ほっぺたでいいから」
「ほっぺたって?」
「だからさ」
何かここまでにやけた笑いってそうはないでしょう。とにかく何か変な期待をしているのがわかります。どうせ言うことは決まっていますけれど聞いてあげることにしました。
「それで何?」
「キスなんだけれど」
「そう、キスなの」
わかっていましたけれど。よりによって図書館で言いますかこの子は。
「駄目かな。御礼はまあささやかなもので」
「はったおすわよ」
一言で済ませてあげました。
「馬鹿言ってると」
「冷たいなあ、先輩は」
「キスなんて何考えてるのよ」
また八重歯が出ちゃいました。自分でもわかります。
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