提督はBarにいる・外伝
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上条当麻という男
「あのジジィめ、毎回同じような手を使いやがって……」
青葉による上条当麻の調査が終わった数日後、大本営から命令書が届いた。内容は、『演習強化月間への協力要請』。本土にいる若手の優秀な提督を、国外の泊地にいる有力な鎮守府に出向かせ、演習をこなしてもらうというのが演習強化月間の趣旨らしい。当然ながらウチもその有力な鎮守府という奴に選ばれて、目的の上条当麻ご一行がやって来る前にも幾つもの演習スケジュールが組まれている。
「普通にその上条当麻の居る鎮守府の連中だけ呼びゃあいいだろうに……ったく」
「まぁまぁ、普段相手に出来ないような若手の娘達を相手に出来て、皆さん楽しそうですし?」
そう言って窓の外に視線を促す赤城に従って窓の外に目をやると、沖合いの方で幾つもの水柱が上がる。
「あ、ライブ映像を撮る為のドローンも飛ばしてありますよ。ご覧になります」
「たまにはチェックしてみるか」
執務机に備え付けられた液晶モニターの電源を入れると……
「キャハハハ!待て待て~、首置いてくっぽーい!」
「こらこら夕立、演習なんだから刀使っても峰打ちまでだぞ?」
「あ、忘れてたっぽい。じゃあ首へし折ってやるっぽい!」
『いやあああぁぁぁぁぁ!』
……敵艦隊を刀振り回しながら追いかける夕立と、それを微笑ましい物でも見るかのような優しげな眼差しの長門が映っていた。
「オイ、なんだこれは?」
「演習ですが?」
「明らかに相手側が必要以上に怯えてるんですが……」
「『相手を生かして帰すなら、もう二度と掛かって来られないようにトラウマを植え付けて帰せ』……提督の教えですよ?」
そう言って赤城はニッコリと微笑んだ。その笑顔は大変に素晴らしく輝いて見えるのだが。
「それは深海棲艦相手の話で、誰が味方にトラウマ植え付けろっつったよ……」
イカン、変な頭痛がしてきた。まぁそこまでの実力を有するまで鍛え上げたのは俺だから、原因がないとは言わんが。
「ま、なるようにしかならんさ。本土のお坊ちゃん方には悪いが、暫くはウチの連中にイジメられてもらおう」
「まぁ、悪い提督ですこと」
「嫌いか?」
「いえいえ、そういうダーティな所も提督の魅力ですから♪」
そう言って赤城がしなだれかかってくる。まだ執務中なんだから、時間と場所を弁えてくれ。
更に一週間程経過した頃、漸くお目当ての上条当麻ご一行が来る日となった。海軍らしく海から来るのかと思いきや、民間の航空機でブルネイ入りするとの返答が返ってきた。どうも、艦娘が疲弊するのを嫌っての事らしい。まぁ、元がブラック鎮守府を立て直している中で、急遽決まった今回の演習だからそれも解らなくは無い。ならば迎えの車を回そうか?とも打診したが、恐縮したのか迎えの車も要らんと言われてしまった。……まぁ、俺同様そういった類いの厚遇が面倒臭いと感じるタイプなのかもな。玄関口で出迎える為に予定時刻の前から俺と金剛の二人で待ち構える。
「どんな人デスかねー?」
「さてな。20歳そこそこの小僧らしいからな……小生意気でなけりゃあそれでいい」
若さ故の無鉄砲さはしょうがないとしても、立場が上の人間にさえ横柄な態度を取るのは見過ごせん。また、若い内から優秀な奴ほどその傾向が強い。実際、ウチに演習にやって来る提督の何割かはそんな連中だ……まぁ、そんな野郎は挨拶の時点でやらかしてきやがるので礼儀を教育(物理)してやった上で、演習によってその鼻っ柱をへし折るというよりバキバキに粉砕してやるのだが。さてさて、上条大佐はどっちの人物かねぇ。やがて鎮守府の門の前に数台のタクシーが停車する。どうやら、空港から分乗して直接ウチにやって来たらしい。なら別にウチの送迎車でもよさそうなモンだが……まぁいい、どんな面してるか拝ませてもらおうじゃねぇの。タクシーから降りてきたのは、利根をはじめとした6人の艦娘。さしずめ自分の鎮守府から連れてきた演習相手ってトコだろう。そして最後に降りてきた白い軍服の男……あれが上条当麻、か。
身長は意外と低いな……170にちょい足りない位か。中肉中背だが、どちらかと言えば筋肉質。特に鍛えているような跡は無し。だが、指の付け根に拳ダコがあるな?成る程、鍛えてねぇ身体に拳ダコとくりゃあ、中々のヤンチャ坊主だって事だ。昔の俺を見ているようで若干気恥ずかしさが沸いてくる。髪はお洒落のつもりかワックスで立ててるな。『不良になりきれてない不良』って表現がしっくり来そうだ。顔は……あ~、明らかに面倒臭がってる顔だなありゃ。それでもちゃんと遅れずに来る辺りは好ましい性格だと言えるな。嫌な事なら俺は全力で逃げるしな。そろそろ人間観察は終わりにして、真面目に提督としての務めを果たしますかねぇ。
「よく来てくれた、上条大佐。俺がこの鎮守府を提督をしている金城だ。今日は演習の相手……よろしく頼むぜ?」
そう言って挨拶がわりに握手をしようと右手を差し出す。
「あ、はい!こちらこそよろしくお願いします!……と言っても大将の相手になるかどうか」
そう言って上条大佐も握り返して来る。握力はそれほどでもないが、明らかに『人を殴り慣れている』手だ。手触りで解る。
「んなもん、やってみなけりゃ解らんさ……兎に角、今日は手加減無しで行く。お前らも早々に諦めず、当たって砕けるつもりで全力で来い」
演習相手には手抜きをした事は一度も無い。大将という立場上、挑まれる側だという意識もある。武道なんかでいう『胸を貸す』という奴だ。それに、人となりを見るなら全力の相手とぶつからにゃ意味がない。
「では、演習場に移動シマース!付いてきてネ~!」
金剛が元気よく手を振りながら上条一行を案内していく。
「あ~、その前にちょっといいスか?」
「あん?どうした、トイレか?」
「いや、そうじゃなくて……実はちょっとお借りしたい物が」
「………?」
やれやれ、何やら面白い事になりそうだ。
「よい……しょっと。こんな物、一体何に使うんですかねぇ?」
「さぁな。まぁ、ウチの備品だからぶっ壊されない限り文句はねぇが……」
上条大佐は、明石に『ある物』を借りたいと伝えて来て、明石が頻りに首を傾げながらも貸し出す許可を俺に取りに来た。別に俺も否はなく、明石に保管庫から持ってくるように伝えた。明石が持ってきたのはマリンバイク。ジェットスキーなどとも呼ばれる、ジェット噴流を使って水上を滑走する小型船舶だ。
「まさかとは思うが、これに乗って現場で指揮するのか?」
提督の戦闘指揮のやり方には、大きく分けて2通りのやり方がある。1つは鎮守府から遠距離通信によって艦娘に指示を飛ばすやり方、そしてもう1つは艦娘達に同行して現場で指揮をするやり方だ。それぞれにメリット・デメリットがある。
前者の鎮守府から指揮をするやり方のメリットはなんといっても、提督の安全性が高い事だ。流れ弾が飛んでくる事もないし、不意を突かれて爆撃される事もない(鎮守府が戦場にならなければ、だが)。デメリットとしては不測の事態に対応しにくい事と通信機が故障したらどうしようもないという事か。ウチは基本的にはこのやり方だが、ほとんど指揮らしい指揮は出した事がない。作戦を練る時に多少の意見をしたり、俺の判断がどうしても必要な場合のみ口を出すようにしている。何より現場の判断を優先しているワケだ。正しい判断や決断を下せるだけの思考と、それを実行に移せるだけの訓練は積ませてあるつもりだ。
逆に後者のメリットは、逐一提督の指示が仰げる点だろう。何せ現場にいるのだから、現場の状況は具(つぶさ)にキャッチ出来る。提督自身が細かい指示を出せる為、艦娘に任せる不安が少ない。デメリットとしてはやはり、提督が危険に晒される点だろう。艦娘が居るのは砲火飛び交う戦場なのだから、当然自分が狙われる危険性はある。寧ろ、敵の指揮官が乗っていると悟られれば集中砲火に遭うのは目に見えている。上条大佐はこっちのやり方なんだろうな。だが、マリンバイクってのはやりすぎだ。普通ならば通信機の備え付けられた指揮所のある護衛艦等に座乗して指揮するのが一般的で、どんなに頑張ってもクルーザーがせいぜいだ。幾ら小回りが利くとは言っても、これじゃあな……。
「あ~、違うっスよ?」
声のした方を見ると、ウェットスーツにライフジャケットを着た上条大佐が立っていた。やはりこのマリンバイクには上条大佐が乗るつもりらしい。
「あ~上条大佐?1つ確認したいんだが」
「はい?何でしょう?」
「今からやるのは演習だよな?水上鬼ごっことかではなく」
「えぇ、そうですよ」
「……なら、百歩譲ってお前さんが現場に出て指揮するのは良しとしよう。だが、何故お前さんの連れてきた艦娘は準備をしていない?」
俺が顎でしゃくった先には、上条大佐が連れてきた艦娘達がいた。しかし、座ったままで動く気配がない。艤装すら着けていない。
「あぁ、あいつらは見学です。戦るのは俺ですから」
「……ほう?」
久し振りに頭の奥の方で『プチっ』て音がしたぞ?
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