真田十勇士
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巻ノ百三十一 国崩しの攻めその六
「それは」
「砲が止まってからじゃ」
「それからというのですか」
「そうじゃ、それまではじゃ」
「茶々様にですか」
「近付いてはならん」
つまり会うなというのだ。
「断じてな、お主でもじゃ」
「しかし今はです」
大野は母である大蔵局にさらに言った。
「何とかしてです」
「まだ言うのか、そなたは」
「それがしもです」
治房も大蔵局に言う、治胤も同じ顔である。
「どうかここは茶々様に」
「まだ言うのか、だからじゃ」
大蔵局は茶々を守りたい一心だ、その一心のまま息子達に言った。
「今は無理じゃ」
「ですがそれはです」
治胤も遂に口を開いた。
「我等がうって出ればです」
「砲撃を止められるというのか」
「ですから是非」
「いやいや、それは出来ませぬぞ」
有楽は大蔵局の側に立って大野達を止めた。
「既に敵も迎え撃つ容易をしておるのです」
「それはまことでございますか」
「はい」
自分の言葉に聞いてきた大蔵局にすぐに答えた。
「ですからうって出ても確実にはです」
「大砲を退けられませぬか」
「確実にはです」
嘘は言っていないがそれで諸将の考えを退ける言葉だった、もっともそれが有楽の狙いである。
「それはです」
「出来ぬのですな」
「拙僧が見たところ」
「ではならぬ、それに妾は僭越ながら茶々様の乳母を務めてきて今もお傍にお仕えしている身」
ここで大蔵局は見得を切った、きっとした顔になり諸将に言った。
「こうした時妾の言葉は何であるか」
「茶々様のお言葉です」
「左様です」
有楽だけでなく長頼も言ってきた。
「だからですな」
「ここは」
「各々方よく聞かれよ」
諸将を茶々の前に通すまいとして頑としての言葉だった、有楽達の後ろ盾もありそれは非常に強かった。
「ここは下がられよ」
「では」
「うって出ることもまかりなりませぬ」
大野にも強い声で返した。
「何があろうとも」
「左様ですか」
「今の妾の言葉は茶々様のものでありますぞ、どうしても行かれるなら」
さらに見得を切った。
「妾を切って行かれよ」
「戦の場でもない、まして女御を斬るなぞ」
長曾我部がこれ以上はないまでに苦い顔で応えた。
「武士ではない」
「誰がしましょうか」
明石もこう言った。
「我等はそれはしませぬ」
「では今はです」
機と見てだ、有楽はここでも諸将に言った。
「お下がり下され」
「仕方ありませぬな」
幸村も無念であった、だが最早ここはどうしようもないこともわかっていた。それでこう言ったのである。
「この場は」
「茶を飲まれますか」
有楽は今度は微笑んで諸将に彼の道を勧めた。
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