大洗女子 第64回全国大会に出場せず
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れっつじょいん ばりぼーくらぶ 中編
「よーし、新入生も歩いているから慎重にね」
新学期が始まって、入学式の次の日のこと。
はっきゅんのキューポラから顔を出した磯部キャプテンが、周囲360°を見渡しながら、できるだけスロープを使ってデモンストレーションの場所に指定された『学園中央広場』に、ゆっくりと向かっている
車体にはあの『バレー部復活!』の白ペンキ文字こそないものの、かつての聖グロ交流戦時のような大小のボールのステッカーが各面一枚ずつ貼られている。
いったいなんだと興味を持った新入生たちや上級生たちがぞろぞろと集まってきた。
この『ぎりぎり昭和生まれ。ただしヒトケタの方』戦車は、いまや茨城県人ならば知らぬ者のない「アヒルさん」だ。もちろん実物を生で見るのはこれが初めてという者もいっぱいいる。
「あれがアヒルさんかー」
「テレビで見るとすごくちっちゃかったけど、マイクロバスぐらいあるね」
実際にはっきゅんより小さな戦車は、これまでカルロベローチェ、FT17、Ⅱ号戦車ぐらいしか登場していない。
そんなはっきゅんでも、身長185cmの西住小次郎が乗り込んでも頭がつかえたりしないのだ。
なお、秋山殿ポジションの高松殿は体重95kgの巨漢だった……
「えー、お集まりの皆さん。
私たちは戦車道『アヒルさんチーム』です。
昨年度はこの『はっきゅん』八九式中戦車とともに全国高校生大会、大学選抜戦、無限軌道杯を戦ってまいりました」
磯部は停車したはっきゅんの周りに集まってきた生徒たちにそうあいさつした。
生徒たちはそれぞれ拍手したり、口笛を吹いたりして喝采する。
これから何か始まるのはまちがいない。
しかし磯部は、注目する生徒たちに予想もしないことを言った。
「ごぞんじの方もいるかも知れませんが、私たちはバレーボール部員でした。
去年のちょうど今ごろ、私の努力がたりず、部員不足で廃部になってしまいました。
ここにいる三人はバレー部を選んでくれたのに、一度も試合に出たことがないのです。
私の代でバレー部をなくしてしまうことになれば、この三人やいままでバレー部の歴史を守り続けてきた先輩方になんとお詫びすればいいか、言葉もありませんでした」
こんな話になるとは誰も思っていなかったが、それでも生徒たちは皆静かに、磯部の次の言葉を待っている。
「私たちはバレーボール部の命運をかけて、戦車道に参加することにしました。
その戦車道は、この大洗女子学園自体の存続をかけて戦いました。
私たちの戦いはバレー部だけのものでなく、大洗女子そのもののためのものになりました。
ですから私たちはこの大洗女子が安泰になるのをこの目で見極めるまでは、バレー部のことはわきにおいて、この八九式、五人目のバレー部員とともに戦車道を戦い抜いてきました」
ここにいた生徒たちはこのとき、この非力で小さな八九式がはるかに強くて大きい戦車たち相手に懸命に戦った、その場面を思い出している。
八九式でさえ実物はこんなに大きいのだ。黒森峰のティーガーⅡや大学選抜のパーシングなどいったいどれほどの威容を誇るのだろうか。
そんな戦車を相手に、ここにいる「五人」は一歩も引かなかったのだ。
奇跡と言われる勝利を、その手につかむまで。
涙ぐむ生徒もいたかも知れない。
「こうして今、もはや大洗女子の存続をおびやかす者はいなくなりました。
それを見届けた戦車道の仲間たちは私たちに、もうバレーボール部の復活にかかってもいいんじゃないかと言ってくれました。隊長は広場で、この八九式とともにバレー部復活をアピールしてきなさいとおっしゃいました。
ですので、皆さんにお願いがあります。
もしこのなかに、私たちといっしょにバレーボールをやってみたい。そう思う人がいたらぜひ私たちといっしょにバレーボール部の復活再結成に加わってください。お願いします」
「お願いします」
磯部たち四人は、そう言い終わると頭を下げた。
生徒たちは皆、どういう反応を返したものか顔を見合わせている。
そのとき……
「えー、皆さん。
私もバレー部に参加することにいたしました」
八九式のかげから見た目には普通の3年生が、バレー部のユニフォームを着てあらわれた。
「えーっ!」
「うっそお!」
「大洗の軍神よ!」
なんとその3年生は、「軍神」西住みほその人だった。広場は大騒ぎだ。
みほ本人にすれば「軍神」よばわりはしゃれじゃなく冗談じゃないのだが、この際それを大いに活用しようと考えたのだ。本来みほは引っ込み思案のあがり症なのだが、ここ一番のときは人が変わったように堂々としゃべってみせる。だから試合の時の方が落ち着いているのだ。
「それだけではありません。
今年バレー部に参加する方は、新調するユニフォームといっしょに、戦車道制式パンツァージャケット一式をプレゼントします。
さあ、今年は私といっしょにバレーボールをしましょう。
私たちははみんなを待っています!!」
磯部たち四人がそれに合わせて「おー!」と叫ぶ。
生徒たちもなぜかつられていっしょに「おー!」と叫んでいる。
みほは「虚名は無名に勝る」のだなと、しみじみ思った。
「あのー、すいませーん」
磯部の真ん前にいる生徒が手を上げている。
なにか聞きたいようだ。
「今度できるバレー部って、体育会系のガチ部活っすか?
それともレク活動も許容するんですか?」
「それはもち……、ふごふご」
答えかける磯部にとっさにフェイスロックをかますみほ。
生徒たちがめいめいに口を開きだしたからだ。
「ガチはやだ~。楽しくないとね」
「いや、どーせやるなら本格的に」
「いや、とりあえず部活動再開が優先でしょ。
多少ユルい方がいいんじゃない?」
「めざせインターハイ!」
こうなったら百家争鳴、全然まとまりそうもない。
「では、本格的にバレーボールをやりたい人はアヒルさんチームといっしょに県大会やインターハイをめざして行くことにして、レクリエーションの人は私といっしょに体育授業の延長でいきましょう。実は私も完全に初心者だから~」
「ふごふごふごーっ」
みほは磯部を押さえ込んだまま、勝手に場を仕切ってしまった。
誰かが言っていたが、今はバレー部をどんな形でもいいから復活させねばならないからだ。
「ごめんね、磯部さん。
ここで逃げられたら困るでしょ」
「ふ・ぐ・ぐ、…… ……」
「きゃあ、ロック外すのわすれてたあ!」
「ま・だ・あ・ご・が・い・だ・い・よー」
「ごめんなさい! 磯部さん」
「みぽりん、ときどき自分がバカ力だってこと忘れてるでしょ。
ムラカミさんみたいなあんこ型をショルダースルーでぶん投げるなんて、よほど体幹部と首の筋肉ができてないと無理だってレスリング部の主将が言ってた」
ムラカミならイギリスではやっている女相撲の大会に出ても、いいところまで行くだろう。
日本の女相撲なら、国際大会の代表になれるかもしれない。
しかし、「BARどん底」で秋山殿がまた暴走していたら、サメさんチームもろとも執行部全滅ということになっていたとは、誰も気がついていない。
(手榴弾とバズーカは、室外から使いましょう)
「でも、みほさんがあんなこと言ってしまっては……」
「会長。まあ、隊長の深謀遠慮はいつものことだから。
なにか考えがあるんでしょ?」
「そうね。えへへ」
「西住殿、えへへじゃありません!
戦車道履修者の募集はどうするんですか?
ご自分までバレー部に入部宣言してしまって」
みほは組んだ手の甲にアゴを乗せ、目線を上に向けて思案顔だ。
しばらくして秋山殿の方に向き直ると、また別な話を振る。
「戦車道履修者への特典は、どうしようかしら?」
「今年はなしですう~。
だって去年あれだけ大盤振る舞いしてさえ、32人しか集まらなかったのですから。
西住殿もいやいやでしたし……」
いや、事情が事情で黒森峰を飛びだしたみほが戦車道を取る気など初めからあろうはずがない。
とはいえ自分の事情は別として、モノで釣ろうと考えるのが間違っているんじゃないか。
そういうところがおじさんみたいと、みほは角谷を評している。
そしていよいよ本題に移る。
「んーとね、みんな。
戦車道は1科目3単位。それだけは維持してみない?」
その場にいた4人が、頭の上を「?」だらけにしている……
秋山殿は、手持ち資金では授業1単位分の燃料弾薬しか購入できないと知っていた。
何回検算しても、条件を色々変えても同じだった。
「西住殿、今年の予算では戦車道の実習は1単位分しかできません。
これは座学をふくめての話です」
その西住殿は、無邪気な顔で「ふふふ」と含み笑いしている。
「もちろん、きちんと考えての上でのことよ。
でもこれで、バレー部も戦車道も両方救えるの」
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