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越奥街道一軒茶屋

作者:綾瀬紫陽
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のびあがり

 越奥街道ってのがあるんですがね。その道中にポツンとあるのがあっしの茶屋なんですよ。

 便利な場所といえばそうなんですが、なにせ森やら沼やらばっかりの、どえらい不気味な場所でね。しかも街道は、道中ゆっくり気を休められるのがうちくらいしかない。だからまあ、寂れてると言われちゃ何も文句言えないようなところなんでさあ。

「へえ、それで一人旅を。中々キモが据わったお人とみた」

「よしてくれよ。ただのらりくらりと何とかなってるだけなんだから」

 それでも、今みたいに、日に何人かはお客さんが来てくださる。お客さんは皆不気味な街道を抜けて来てやすから、少しでも元気をって具合に、茶と菓子、あと他愛ない話でもてなす。これがあっしの日常。

 今縁台に座ってるお客さんは、若い娘さん。旅をしているそうだが、その経緯が中々面白くてね。ついつい長話をしちまってた。
 あまり話に花を咲かせてると、日暮れはすーぐきちまうから、いい塩梅で話を終わりにして、娘さんを送り出す。
 笠をつけて歩いていく娘さんを、背中が見えなくなるまで見送れば、仕事は全てお仕舞。

「あ、あの」

 お? どうしたんだ?

「あんたさんの名前を、聞いてもいいかい? また会った時、覚えてたいからさ」

 そういうことかい。
 こういうことは、意外とよくあるんでさあ。

「あっしは、紫虎っていいやす」

 自分で言うのもなんなんですが、あんまり見かけない名前で、すぐに覚えてもらえるってのは、商売人として得ってもんでしてね。
 娘さんは、軽く会釈して去っていきやした。

 とまあこういうことを繰り返して、あっしはここで毎日やっていってるんですがね。たまぁに普通じゃないこともある。というかこの場所、普通じゃないことばかりなんですよ。

「お……おい! 誰か!」

 どうやらその類いが出たようで。

「どうしやした?」

 駆け込んできたのは、若い旦那。顔を青ざめさせて、大慌てのご様子。
 息を整える暇もねぇみたいだ。

「バ、バケモンが!」

 やっぱり。
 この辺り、風景だけじゃなく本当に気味の悪いことばかりで、お化けとか、バケモノとかいったものがぞろぞろ出るっていわくがありましてねぇ。

 旦那の話を聞いてみたが、どうも混乱しちまってるようで要領を得ない。
 近くで何かに出くわして、思わず逃げてきたってぇのはわかるが、それより詳しいことがさっぱり。
 そのほうが手っ取り早いからと、旦那に言ってバケモノに出くわした場所へ案内してもらうことにしたんでさぁ。

 その場所は、茶屋の目と鼻の先、といった坂道。

「そう、ここ、ここですよ。ここに普通の大きさの人が突然現れたと思ったら、どんどんでかくなって……」

 道端に出た、というわけですな。

「そりゃたまげたでしょう。無事で何よりでさあ」

 やっと旦那は落ち着いてくれた。
 この辺りは一面うっそうとした森で、道から外れるとすぐに迷っちまうようなとこだ。
 旦那の言うようなことが起こったときゃ、大抵近くの地面を探れば……。

「こりゃ、やっぱり貉だなぁ。貉が旦那を化かしたみてえで」

「むじな……」

 ちょいちょいと手招きして、見つけた巣穴を旦那に見せる。
 まあわざわざ巣穴を探らなくとも、この辺はそーいうのが多いから、大体の見当はつくんですがね。

「旦那が見たのは、のびあがりってやつでさぁ。貉がデッカい人に化けるんだ。場合によっちゃ命まで取られることもあるらしいが、この辺のは優しいんで、安心してくだせえ」

 あっしの日課は、茶屋の他にもう一つ。それが、この近辺に出るバケモノから、旅人を守ることでしてね。まあ今回は何ともなかったけど、時に狂暴なのも出てきやがるから、そういうのに気を配ってるんでさぁ。

 旦那も、あっしの説明で納得安心してくれたみてえだ。

「どうですか旦那、これも何かの縁だ、うちで一服してってくれよ」

 あっしの茶屋、その名も奥越は、こんな具合の毎日でさぁ。
 人とバケモノの入り乱れる茶屋、どうでしょうかねぇ。
 
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