[Ⅰ]
レヴァンは左右の翼を勢いよく羽ばたかせ、強烈な風を巻き起こした。
風は唸り声をあげて俺達に襲い掛かってくる。
と、その直後、前目の位置にいたシェーラさんとウォーレンさん、そしてルッシラさんが、その風によって、後方へと一気に吹っ飛ばされたのである。
「キャァァ!」
「ウワァァァ」
「何ィッ!」
3人は30mくらい後方の壁に激突し、床に落ちてきた。
一時的にに戦列を離れる形になったので、ある意味、DQⅥのトロルとかが使う『つきとばし』のような効果である。
他の者達はなんとか踏ん張っていた。
俺とシャールさんは、前衛が壁になる位置にいたので、今の攻撃からはなんとか逃れた格好である。
フィオナ王女とアーシャさん、それとサナちゃんは少し離れた位置にいた為、風の影響はそれほどないみたいであった。
(あの攻撃……結構厄介だな。気を付けなければ……)
レヴァンが愉快そうに口を開いた。
【クククッ……これはほんの挨拶代わりだ。次は面白い魔法を使ってやろう……イシュマリアでは誰も見た事のない魔法をな……喰らうがいい!】
レヴァンは胸の前で両手をクロスした。
【バギクロス!】
呪文を唱えた次の瞬間、奴は両腕を目一杯に広げたのである。
奴の前に、X状にクロスする強烈な2つの竜巻が発生する。
その2つの竜巻は、勢いよく、俺達へと襲い掛かってきた。
アヴェル王子にレイスさん、そして、俺とシャールさんは、成す術無く、竜巻の餌食となってしまった。
竜巻の中は強烈な風の刃が吹き荒れており、俺達を縦横無尽に切り刻んでゆく。
「グァァァ!」
「キャァァ」
「何よ、この呪文は……」
「グッ……これが、バギクロスか……」
そして2つ竜巻は、俺達を散々斬りつけた後、役目を終えたかのように消えていったのである。
直撃を受けた俺達は、肩で息をしながら、そこで片膝を付いた。
俺達4人はバギクロスによる深い切り傷が、至る箇所に出来ていた。
特に前衛の2人は酷く、顔や腕から真っ赤な血が滴っている。それが、今の攻撃の凄惨さを物語っていた。早く治療しないと不味い状態である。
レヴァンの嘲笑う声が響き渡る。
【ククククッ、どうだ、バギクロスの威力はッ! お前達の使う貧弱な魔法とは、一味違うだろう。クハハハッ】
俺は急いで、後ろの3人に指示をした。
「フィオナ王女にアーシャさん、それとサナちゃんは、皆の回復をお願いします!」
「は、はい」
「わかりましたわ」
3人はベホイミと祝福の杖で、前衛の回復を始めた。
(まさか、バギクロスを使ってくるとは……厄介な敵になったもんだ……)
続いて、レイスさんとアヴェル王子がレヴァンへ攻撃を開始した。
2人は一気に間合いを詰め、掛け声と共に、レヴァンへ力強く剣を振るう。
「許さんぞッ! この裏切り者がァッ!」
「デヤァッ!」
レヴァンはニヤリと笑い、翼を広げて飛翔した。
その刹那、2人の剣は空を斬る。
そして、レヴァンは少し離れた位置に舞い降りたのである。
【クククッ、単純な奴等だ。今までの私と思うなよ、このマヌケがッ!】
「オノレ……」
「チッ、素早い……」
アヴェル王子とレイスさんは、悔しそうに下唇を噛んだ。
魔物に転生した事で、奴の能力は飛躍的に上がったのだろう。
(今の奴を考えると、魔法攻撃が最善の手か……じゃあ、コレを使って奴等の反応を見てみるとしよう……)
俺は光の杖を真上に掲げ、呪文を唱えた。
【ライデイン!】
雷球が発生し、雷の矢が、レヴァンと、玉座に腰掛けるアシュレイアに直撃する。
【グッ!】
レヴァンは苦悶の表情を浮かべ、顔を歪めた。が、しかし……アシュレイアは直撃したにもかかわらず、平然と呪文詠唱を続けていたのである。
恐らく、ライデイン程度の呪文では、焼け石に水状態なのだろう。
(予想はしてたが、やはり、アシュレイアにはこの程度の呪文では駄目か……何か、もっと強力な攻撃方法をとらないと、奴の結界魔法は止められそうにない……ン?)
と、その時であった。
アシュレイアは呪文詠唱を止め、自身の正面とレヴァンに向け、左右の竜の手を突き出したのである。
その直後、部屋の中心で渦巻く煙は、元の回転へと戻り始めた。
ちなみにだが、黒い翼の手はそのままで、人間の手は印を組んだままであった。
(竜の手だけを自分の正面とレヴァンに向けた……奴は一体何をするつもりだ?)
アシュレイアの口が動く。
【マホカンタ!】
呪文を唱えた次の瞬間、自身の正面とレヴァンの前に、青白く輝く半透明の丸い何かがフッと一瞬だけ現れ、消えていった。
それはまるで、ガラスの板が一瞬だけ現れたかのような現象であった。
(チッ……ここでマホカンタかよ……なんて厄介な……)
【レヴァンよ、奴等の魔法は気にせず、存分に戦うがよい】
【ハッ、アシュレイア様】
そして、アシュレイアは呪文詠唱を再開したのである。
この戦況変化に、俺は溜息を吐きたい気分であった。が、これのお陰で、少しわかったこともあった。
それは何かというと、奴が呪文詠唱を中断した途端、リュビストの力に押されたということだ。
これが意味するところは1つである。
(マホカンタは厄介だが……奴は今、気の抜けない状況と見て良さそうだ。とりあえず、この状況に合わせて、戦いを進めないと……って、アアッ!?)
そこで予想外の事が起きた。
なんと、シャールさんの全身が、オレンジ色に淡く発光したのである。
(こ、これは魔生の法! 不味いッ!)
俺は慌てて叫んだ。
【シャールさん待ってッ! 魔法を使うのは不味いッ!】
だが、俺の静止は間に合わなかった。
俺が叫ぶと同時に、シャールさんの正面にメラミと思われる火球が1つと、ルカニと思われる紫色の霧が現れたからである。
それら2つの魔法は、俺が制止する間もなく、レヴァンへと放たれた。
そして、その直後、奴の正面が青白く輝き、魔法は俺達へと跳ね返されてしまったのである。
跳ね返されたメラミの火球は、アヴェル王子へと襲い掛かる。
続いて、俺の周囲には、跳ね返された紫色の霧が纏わりついてきた。
そう……つまり、俺とアヴェル王子が、シャールさんの魔法を受ける羽目になってしまったのだ。
メラミに焼かれ、アヴェル王子は苦悶の表情を浮かべた。
「グァァ!」
時を同じくして、俺は守備力の低下被害を被る事となった。
全くもって、残念な展開である。
この現象を前にして、シャールさんは顔を顰めていた。
「な、なんで、魔法が跳ね返されるのよッ!?」
俺は大きな声で忠告をした。
【シャールさん……いや、皆、聞いてくださいッ! レヴァンとアシュレイアに魔法は厳禁ですッ! 今、アシュレイアが使ったマホカンタという魔法は、全ての魔法を跳ね返してしまいます。こうなった以上、物理攻撃主体の戦い方に切り替えるしかないです】
皆は驚きの声を上げる。
「なんだって!?」
「魔法を跳ね返すですって!?」
続いて、なぜかレヴァンも。
【おお……なるほど。今のは、魔法を跳ね返す呪文なのですね。流石はアシュレイア様だ。これは心強い。しかし……】
レヴァンはそこで言葉を切り、俺に鋭い視線を向けた。
【それにしても、貴方は物知りですね……先程のアークデーモンやギガンテスの事といい、この魔法の事といい……一体何者なのですか? その調子だと、失われた古代の魔法の事も、かなり知ってそうですね。まさか、イシュマリアに、こんな奴がいるとは思いませんでしたよ】
動揺を悟られないように、とりあえず、ケイシー・ラ〇バック調で答えておいた。
「俺か? 俺はただの魔法使いさ」
【ただの……クククッ、喰えない奴だ。まぁ良いでしょう。何れにしろ、今の状況ですと、貴方が一番危険な気がします。ですから、まずは貴方を排除する事にしましょうか!】
レヴァンはそう告げるや否や、俺に向かって翼を大きく広げ、先程のように強烈な風を巻き起こした。
だが、この攻撃が来るのを予想していた俺は、その前に魔導の手を使い、天井にある出っ張り部分へ見えない手を伸ばしていた。
そして、それを命綱にして、奴の暴風を凌いだのである。
【チッ……小賢しい奴だ】
レヴァンは面白くなさそうに、眉間に皺を寄せた。
ちなみにだが、俺の身体は鯉のぼりのように浮き上がったが、それ以上後退することはなかった。魔導の手様様である。
(とりあえず、なんとか凌いだが……奴がいる限り、アシュレイアには簡単に近づけそうにない。まずは奴を何とかしないと……。今のレヴァンに対抗するには、基礎能力の底上げしかない……)
というわけで、俺はまず、素早さを上げる呪文を唱えた。
【ピオリム!】
仲間全員に緑色の霧が纏わりつく。
続いて俺は、後方の2人に指示をした。
「アーシャさんとサナちゃんは、レイスさんとアヴェル王子にスカラをお願いしますッ!」
彼女達はコクリと頷き、指示通り動いてくれた。
【スカラ!】
前衛の2人に、守備力を上げる青い霧が纏わりついてゆく。
そして、アヴェル王子とレイスさんは、レヴァンへ攻撃を開始したのである。
スピードが更に強化された事もあり、2人の動きはかなり俊敏であった。
「デヤァ!」
「セアァァ!」
【グッ……】
レヴァンも流石に避けきれず、2人の斬撃を受けていた。
とはいえ、奴の素早さや守備力もかなり高い為、完全には入ってない。恐らく、そこまでのダメージは望めないだろう。
【チッ、オノレェェェェッ!】
レヴァンは左右の翼で弧を描くように、2人へと反撃した。
風圧を伴う攻撃の所為か、アヴェル王子とレイスさんは派手に吹っ飛ばされる。
「なッ……ウワァァッ」
「グアァァ」
そして、その直後、レヴァンは翼を更に大きく仰ぎ、俺達に向かって、またもや暴風を巻き起こしたのである。
【クハハハッ、下がれ下がれ、愚か者共よ! アシュレイア様の邪魔はさせぬわ!】
轟々と音を立て、風が吹き荒れる。
だが、今の奴が巻き起こす風は、台風のような風圧なので、飛ばされるような事はなかった。
とはいえ、まともに立っていられないほどの風ではあった為、俺達は後退を余儀なくされた。
アヴェル王子は悔しそうに呟く。
「クッ……これでは近づけない……」
と、そこで、戦列を離れた者達がカムバックしてきた。
ウォーレンさんが腕で風除けをしながら、険しい表情で俺に訊いてくる。
「どんな状況だ、コータロー」
「残念ですが、形勢はよくないです。アシュレイアが魔法を跳ね返す呪文を唱えてから、奴等の流れになってます」
「ま、魔法を跳ね返すだと……なんて厄介な……」
「という事は、武器による攻撃しか奴にはできないのね……」と、シェーラさん。
「ええ、そうなります」
アヴェル王子はそこで俺に視線を向けた。
「コータローさん……何か良い手はないですか?」
良い手は無い……というのが正直なところであった。
今の俺達が取れる方法は1つだけだ。が……それを行ったとして、効果があるのかどうかさえ怪しい。それに加えて、俺はさっきから感じる奇妙な違和感を拭えないでいた。その為、俺はその方法を取る事に、少し躊躇しているのである。
しかし、俺達に残された時間はそれほど無い。悠長に構えている内に、奴の結界魔法が完成してしまうからだ。
(この部屋に入ってから、ずっと違和感があるが……それを考える時間がない。もうイチかバチかで、やるしかない、か……)
俺はアヴェル王子に耳打ちをした。
「それなんですが、アヴェル王子にお頼みしたい事があるんです」
「頼み……なんですかそれは?」
「今から俺と共に、アシュレイアに直接攻撃をしてほしいのです。但し、デインの魔法剣を行使して、ですが……」
「デインの魔法剣で直接攻撃……」
「今のこの状況を打破するには、アシュレイアが行使している結界魔法を止める以外にありません。上手くいくかどうかはわかりませんが、俺達が奴に直接攻撃するしか、現状、方法がないのです」
アヴェル王子は疑心暗鬼な眼差しを俺に向ける。
「そんな事……できるんですか? 今のレヴァンはかなり厄介ですよ。レヴァンを倒さずに、奴の所に行くのはかなり厳しいのでは……」
「レヴァンの相手は、俺達以外の皆にお願いするしかないでしょう。何れにしろ、この事態を打開するためには、やれる事をする以外にありません」
「ですが、コータローさん……レヴァンの注意を逸らせたとしても、あのアシュレイアという魔物は、俺と貴方だけでは絶対に倒せませんよ。貴方が発動した結界のお陰で、奴も本来の力は出せないかもしれないが、それでも、あのとんでもない魔力の波動は、まだまだ健在です。それと、これは俺の見立てですが……あのアシュレイアという魔物は、俺達が束になっても、いや……イシュマリアの全魔導騎士を向かわせたとしても、倒せない気がします。さっきの奴を見て……俺はそう思いました。悔しいですが……俺達は敵の力量を見誤っていたんですよ。まさか……あんな魔物がいるなんて……」
アヴェル王子は消え入りそうな声でそう告げると、力なく肩を落とした。かなり憔悴した表情であった。
まぁこうなるのも無理はないだろう。
他の皆も戦い続ける気力はあるが、ホントは内心、こう思ってるに違いない。
だが……今すべき事は、それではない。
「勘違いしてるようなので言いますが……倒す必要はありませんよ、アヴェル王子」
アヴェル王子は眉根を寄せる。
「え? 倒す必要はない……どういう意味ですか、それは……」
「俺達が一刻も早くしなければならないのは、アシュレイアの結界魔法を止める事なんです。そうすれば奴等は、俺が発動させたリュビストの結界によって、魔の世界へと帰るしかなくなります。ですが、今、リュビストの結界は奴の結界魔法によって少しづつ押されています。このままでは、リュビストの結界は完成しません。それどころか、またさっきの状況に逆戻りです。ですから、一刻も早い対処が必要なのです」
アヴェル王子はそこで、アシュレイアと巨大化したラーの鏡に視線を向けた。
「そ、そういうことか……」
「恐らく、奴の結界術は、あの2つの手が組む印が肝なんだろうと思います。それを解く事ができれば、一気に流れは変わる筈です。そして……それが可能な手段は、魔法が使えない現状だと、デインの魔法剣だけなのです」
「それはわかりましたが……デインの魔法剣は、奴に効果があるのですか? ヴィゴールには効果がありましたが……」
「奴は俺がライデインを使った直後、マホカンタを自分とレヴァンに使いました。それを見る限り、恐らく、多かれ少なかれ効果はあると思います。でなければ、自分にまで掛ける必要がないですからね。それとこれも言っておきましょう。ライデインはデインを強化した魔法なので、同じ系統の魔法です」
アヴェル王子は目を大きくした。
「え? そうなのですか?」
「ライデインとデインは同じ系統の魔法です」
「という事は……コータローさんも我々と同じ魔法を使えるのですか?」
「今まで黙ってましたが、使えます」
「そうだったのですか……では、その件については後で訊かせて貰うとして、今は奴の対処を優先しましょう」
俺の言葉を聞き、アヴェル王子は目つきが変わった。
少しは希望の光が見えたからだろう。
「コータローさん、どうするといいですか? 貴方の指示に従います」
俺はそこで、床の中心で渦巻く紫色の煙をチラッと見た。
煙はゆっくりとではあるが、逆回転を続けていた。かなり良くない兆候である。
(チッ、不味い……アシュレイアの魔力に押され続けている。見た感じだと、あと数分しか持たなそうな感じだ。なんとかして、早く奴の魔法を止めないと……)
レヴァンに視線を向けると、今も尚、俺達を近づけまいと翼を豪快に仰いでいた。
あの調子だと、まだまだ仰ぎ続けられそうな気配である。
俺はアヴェル王子に耳打ちした。
「王子……まずは皆と共に、レヴァンの相手をするフリをしてください。敵を騙すには、まず味方からです。それから、頃合いを見計らい、光の剣を使って、奴等の隙を突きましょう」
「目くらましをするという事ですか?」
「ええ。あの強烈な光を浴びれば、例え、目くらましが失敗したとしても、奴等の視界は一時的に死角ができることになります。そこを突いて、アシュレイアへ一気に接近するしかないです」
「アシュレイアへ攻撃するのは我々だけで?」
「ええ、我々だけです。あまり人数をかけると、いくら目くらましをしたとはいえ、レヴァンも流石に気づくかもしれませんので」
「ですが、今のレヴァンは素早いですよ。我々の動きについてくるかもしれません。それに、これだけ翼を仰がれると、近づくのは至難の業です」
「奴の仰ぐ風は確かに厄介ですが……強風なのは正面だけです。なので、目くらましをした後は、風が弱い左右のどちらかから近づくしかありません。それと素早さですが、それについてはこれで対処します……ピオリム!」
俺達全員に緑い色の霧が纏わりついてくる。
3度の重ね掛けを施したので、皆の身体は緑色のオーラを発しているかのようであった。
つまり、俺達は今、かなり素早さが上がっているということである。恐らく、倍以上の底上げはされてるに違いない。
「先程のアヴェル王子とレイスさんの戦いを見る限り、これだけピオリムを使えば、レヴァンの素早さにも、そうそう後れを取ることはないでしょう」
「確かに……では行きますか?」
「ええ。まずは皆と共に戦うフリです。それから、私が合図を送ったら、光の剣を使ってください」
アヴェル王子は首を縦に振ると、大きく息を吸い、声高に告げた。
【皆、気を緩めるな! 幾ら魔物になったとはいえ、レヴァンの体力も無限ではない。いつまでもこんな風は起こせ続けない筈だッ!】
レヴァンの嘲笑う声が聞こえてくる。
【クククッ、馬鹿め! 私の仰ぐ力が尽きるまで待つだとッ、この間抜け共がッ! その前にアシュレイア様の結界は完成するわッ! 貴様等は成す術無く死ぬんだよッ! クハハハッ!】
レヴァンはそう告げるや否や、更に強く翼を仰いだ。
アシュレイアの結界が完成するまで、これを続けるつもりなのだろう。
(風は強力だが……ある意味、好都合だ。始めよう……)
俺は光の杖と魔光の剣を握り締め、アヴェル王子に言った。
「アレをお願いします、アヴェル王子」
王子は無言で頷くと、自身の胸元で光の剣を縦に構えた。
その刹那、太陽の如き閃光が、奴に向かいに放たれる。
【グアァァ、これは光の剣かッ! オノレェェ】
あまりの眩しさに、レヴァンは瞼を閉じていた。
どうやら、目くらましは成功したようだ。今が好機である。
「王子、行きますよ!」
「ええ!」
俺達はこの隙を利用して、風の弱い箇所を駆け抜けた。
レヴァンは目くらましの影響で、俺達の行動には全く気付いてない。
その為、俺達はすんなりと、奴の暴風圏を突破する事ができた。
俺とアヴェル王子はそんなレヴァンを横切り、その後方にいるアシュレイアへと間合いを詰める。
ちなみにだが、奴との距離は俺が一番近かった。理由は勿論、俺の方が早いからである。軽装備と重装備の差が、ここで出ているのだ。
(このままいくと、アシュレイアへの最初の攻撃は俺からになりそうだ。しかし……リュビストの結界が発動してるにもかかわらず、なんつー魔力の波動だよ。波動自体はさっきより弱まっているが、まさか、こんな化け物だったとは……。おまけに身体も、トロルやサイクロプスくらいはありそうだ。魔光の剣が通じるかどうかは賭けになるが……もうやるしかない……)
アシュレイアは玉座に腰掛けたまま、目を閉じて印を組み、呪文を唱え続けていた。
俺達の接近に気付いているとは思うが、なんのアクションも起こさないのが気掛かりであった。
(恐らく、俺達の事よりも、結界の方を優先してるのだとは思うが……なぜ座ったまま動こうとしない……何か引っかかる。が……今はそんな事を考えている暇は無い。攻撃対象は印を組む奴の手だ……最大魔力圧のライトニングセーバーをお見舞いしてやる!)
アシュレイアに10mくらいまで接近したところで、俺は魔導の手を奴の身体に伸ばして引き寄せ、一気に間合いを詰めた。
そして、最大魔力圧のライトニングセーバーを発動し、雷を纏う眩い光の刃を振り被ったのである。が、しかし……奴はそこで呪文詠唱を止め、二ヤリと笑ったのであった。
【フッ、掛かったな、コータロー】
と、次の瞬間、奴が腰掛ける玉座から、刺々しい芋虫みたいな魔物が突如現れ、口から無数の白い糸みたいなモノを吐きだしたのである。
俺は成す術無く、その糸に絡めとられてしまい、身動きが出来なくなってしまった。
(なんで魔物が玉座から……ハッ!? わ、わかったぞ、違和感の正体がッ! 俺は物事を見誤っていた。奴の魔力の波動で、ソレに気付かなかったんだ……ここで謎が解けるなんて……クソッ、予定変更だッ)
糸を振りほどこうと、俺は必死にもがいた。
だが、思うようにいかない。
「チッ、なんだよこの糸はッ!」
糸は粘着力があり、良く伸びるのである。
しかし、それほど強度はないのか、俺がもがく度に、糸はプツプツと切れていた。
とはいえ、振りほどくには少々時間が必要であった。
だがそれは……致命的な時間を敵に与えているに等しい行為だったのである。
【フフフッ……お前なら、そう来ると思っていた。どうだ、コータロー、サンドワームの糸は? そこまで絡みつくと、そう簡単には取れんぞ。だが、安心するがよい。お前はもう動かなくて良いのだからな……さぁコレを受け取るがよいッ】
玉座に腰掛けるアシュレイアの竜の手がグンと勢いよく伸び、俺に襲い掛かる。
俺はその瞬間、奴の手の中にある物体に、思わず目が行った。
なぜなら、そこにあったモノは、俺が長い間苦楽を共にしてきた武器であったからだ。
そう……旧型の魔光の剣が、奴の手に握られていたのである。
だが、魔光の剣はまだ発動していない。その為、剣の柄だけが襲い掛かるという感じであった。
魔光の剣を握る奴の手は、瞬く間に、俺の鳩尾へと到達する。
そして、奴が発する声と共に、魔光の剣はその力を解き放ったのである。
【死ねッ、コータロー! 自らの武器で果てるがよいッ!】
鳩尾に鋭い激痛が走り、俺の喉元を生暖かい何かが逆流してゆく。
それから程なくして、口から真っ赤な液体が、勢いよく吐き出された。
【ガハッ……】
どうやら俺は、奴の行使する魔光の剣によって、モロに鳩尾を貫かれたようだ。
吐き出された真っ赤な生暖かい液体は、口から顎へ、そして胸元へと伝って、ポタポタと床に落ちてゆく。貫かれた箇所からも、同様に……。
俺はそこで理解したのである。これは致命傷だと……。
【コ、コータローサァァァァンッ!】
【コータローォォォォ!】
【コータローさんッ!】
悲鳴にも似た、皆の絶叫が聞こえてくる。
そんな中、アシュレイアの勝ち誇る声が、俺の耳に響き渡ったのである。
【フッ……コータローよ、選択を誤ったな。我が配下となれば、生き延びられたモノを……。だが、今回ばかりは私もヒヤッとさせられたよ。まさか、リュビストの結界をお前が発動するとは思わなかったのでな。ここまで我等を苦しめたお前に、私も敬意を表そうではないか。せめてもの礼だ。今、楽にしてやろう。永遠の眠りにつくがよいッ……メラゾーマ!】
もう片方の竜の手から、奴の身体と同じサイズの巨大な炎の塊が現れ、俺に襲い掛かる。
炎の塊は物凄い圧力で俺を吹っ飛ばし、飲み込んでいった。
俺は火達磨になりながら、皆の後方に位置する床を勢いよく転がり、そこでぐったりと横たわる。
そして、俺の目は最後に、隣で眩い光を携えるラーの鏡を映したのであった。
(……この世界に来てから、いつかこんな日が来るんじゃないかとは思っていたが、とうとうその日が来たようだ。ここで、俺の冒険は終わりか。あっけない幕切れだな……本当はもっと生きていたかったが、これも運命と思ってあきらめるしかないか。ごめん、ヴァロムさん……俺ができるのはここまでのようです。後は皆で何とかしてください。結局、日本には帰れずじまいだったな……せめて最後くらいは家族に会いたかった。この世界で死んでも、向こうで死んだ親父に会えるんだろうか……会えるといいな……)
程なくして、今までの俺の人生が、ダイジェストのように脳内で再生されてゆく。
これが走馬灯というやつなのだろう――
[Ⅱ]
気がついたら、辺り一面に白い雲が漂う場所で、俺は1人ポツンと佇んでいた。
「あれ……雲の上……どこだ、ここ? つか、なんでこんな所にいるんだ……って、あ!?」
俺はそこで、今まであった出来事を思い出した。
「そういや……アシュレイアと戦っていて、俺は奴に殺されたんだっけ。って事は……ここは死後の世界か?」
足元にはどこまでも続く白い雲の世界があり、上を見上げると、青く清々しい大空が壮大に広がっていた。
解放感がある所為か、凄く気分がいい。が、周りに誰もいないので、ちょっと心細い空間でもあった。
この場所を何かに例えるならば、果てしなく続く雲海といった感じだろうか。とにかく、俺が今いるのはそんな所であった。
「俺は一体……どこに行けばいいんだろう。誰もおらんから、訊く事もできないな。死後の世界なら、誰か迎えに来ても良さそうなもんだけど、そんな気配ないし……ン?」
周囲をキョロキョロと見回していると、俺の視界に、あるモノが入ってきた。
それは現実世界にあるパルテノン神殿のような建造物であった。
なぜか知らないが、この白い雲の世界に、それだけがポツンと建っていたのだ。
「おお……なんか知らんけど、あんな所に神殿みたいなのがあるじゃないか。あれが天国への入り口かも。まさかとは思うが、天空城とかいうオチじゃないだろうな……まぁいいや、ちょっと遠いけど、行ってみるか」
つーわけで、俺はそこへと歩を進めた。
程なくして建造物の前へとやって来た俺は、そこで立ち止まり、まずは建物に目を凝らした。
モロにパルテノン神殿のような建築様式で、色が白っぽいせいか、この白い雲の世界に異様にマッチしていた。
また、入口は少し高い所にあり、厳かな白い石の階段がそこまで伸びている。
佇まいは、まさに神殿といった感じであり、周囲の雰囲気とも相まって、中には神様みたいな存在がいそうであった。
(入口は上みたいだな。ここで見ていても仕方ない……行くとするか。悪い事はそんなにしてないから大丈夫だとは思うが……万が一って事もある。どうか、地獄に落とされませんよーに……)
そんな事を考えつつ、俺は白い階段を上り始めた。
階段を上ると、大きな丸柱が幾つも立ち並ぶ、建物の入口が見えてきた。が、しかし……俺はそこで、思わず立ち止まったのである。
なぜなら、入口の手前には、黒いローブを纏う不気味な存在が佇んでいたからだ。
それは頭の部分まで黒いフードに覆われている為、この白い世界に似つかわしくない存在であった。
(なんだあれは……以前、イデア神殿で遭遇した影とソックリな奴だ。また攻撃してくんじゃないだろうな……って、もう死んでるし、さすがにそれは無いか。ちょっと怖いけど……とりあえず、近づいてみるか……)
俺は恐る恐る、黒いローブ姿の存在へと近づいた。
黒い存在は俺が近づいているにも拘らず、微動だにしない。
その為、置物のようにも感じられた。
だが、得体が知れない存在なので、俺はとりあえず、10mくらい手前で立ち止まったのである。
見るからに不気味ではあるが、不思議と嫌な感じはしなかった。
(向こうから話しかけてくる気配はないな……こちらから訊いてみるか……)
つーわけで、俺はやんわりと話しかけてみた。
「あのぉ……すいませんが、貴方は、ここの関係者の方ですか?」
「……」
その黒い存在は無言であった。
もしかすると、本当に置物なのかもしれない。
(無反応だな……もう少し近づいて見るか……)
俺は更に数歩、その存在へと近づいた。
と、その時である。
【長い間……君がここに来るのをずっと待っていた……】
不意にその存在は言葉を発したのだ。
それは若い男の声であった。
この予想外の言葉に、俺は少し戸惑った。
「何を言ってるんだ、一体……というか、誰だよ、アンタは」
【私は……
嘗ての君だ】
「はぁ? 嘗ての君って……どういう」
【君に渡すモノがある。これを受け取ってほしい】
黒いローブ姿の存在は、両腕を大きく広げた。
と、次の瞬間、黒いローブの奥に見える暗闇から、眩い光が放たれたのである。
俺の眼前は、その眩い光によって真っ白になる。
またそれと共に、幾つかの情報が俺の中に入り込んできた。
それはまるで、以前経験した魔法を覚える儀式と同じような現象であった。
(こ、これは……魔法……いや、他にも何かが入ってくる……)
眩い光は程なくして消えていった。
【私の盟約は、これで君へと引き継がれた……後は君に任せよう……】
と、その直後、黒いローブ姿の存在は、まるで煙のように消え始めたのである。
俺は慌てて呼び止めた。
「ちょっ、ちょっと待てッ……君に任せるって、一体何なんだよ! 俺はもう死んでるんだぞ! 今更、何が出来るっていうんだ!」
【君はまだ死んでいない。さぁ……この奥にある門へと進むんだ】
「死んでいない? 門? 何言ってんだよ……さっきから、わけがわからんぞ」
【ここは君の中にある精霊界と現実世界をつなぐ狭間の門……門を開いた時、君は新たな力に目覚め、現実世界に戻るだろう……さぁ時間がない……急ぐんだ】
黒い存在はそれだけを告げ、この場から消えてしまった。
辺りはシンとした静寂が漂っている。
俺はそこで、神殿みたいな建物に視線を向けた。
「精霊界と現実世界をつなぐ、狭間の門だって……いいだろう。よくわからんが……行ってやろうじゃないか」――