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魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~

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第3章 『ネコにもなれば』
  第42話 『ネコ先生によるスキルレッスン?』





 少女ヴィヴィオの彼、コタロウ・カギネに対する印象は怖くは無いが怯えてなのはの後ろに隠れてしまう存在であった。それは、なのはがヴィヴィオを連れて寮の廊下を歩いているときに、ふと彼の名前を口に出し、


「コタロウさんどこにいるのかな?」
「はい、なんでしょう?」
『――っ!!』


 天井からぶら下がって出てきたことが、少女の第一印象を悪くさせたのだ。ヴィヴィオはその後、彼の数あるポケットから取り出した飴となのはによって泣き止んだが、それからどうも苦手意識を持ってしまっているようであった。
 しかし、先ほどの通りに怖い印象は持っていない。好きか嫌いかは置いておいて、行動の原理は本人はよく分かっていないが彼が近くにいても遠くにいても、つい目線を追ってしまう人であった。
 少女の目線の先の彼は、というより彼に話しかける人は大きく分けて2通りあることに気が付いた。挨拶というのを抜きにして笑顔で話しかける人と眉を寄せて話しかける人の2通りである。とくに後者のほうが多く、アイナが彼を訪ねていたときはひとりで彼女と彼を追っていった。寮のとある部屋に二人で入ったのをちらりとのぞくと、


「じつは最近ぬいぐるみ作りにはまってまして、それで最後のこの部分がうまく縫製できなくて……」
「なるほど」
「教えていただいてもよろしいですか?」
「わかりました、そしたら少々お待ちしていただいてもよろしいですか?」


 彼女の作った型紙を見ると何種類かこれから作る予定のようで、クマのようなものや、トリのようなもの、カバのようなもの、ゾウのようなものたちがすべてぬいぐるみに合わせてデフォルメされて型どられていた。それをヴィヴィオは以前描いているのを横で見ていたので知っており、そのなかでアイナはトリを製作しているようである。
 彼はアイナに一言断りいれると、生地を拝借しそのトリより二まわりほど小さく色違いでそっくりなぬいぐるみを、アイナと同じ製作工程まで進めた。


「では一緒にやっていきましょうか」
「お、お願いします」


 少女にとって今のあっという間のことがまるで不思議な力を使った魔法のように見えた。そしてそれを今度なのはに話そうと決めた。






魔法少女リリカルなのはStrikerS ~困った時の機械ネコ~
第42話 『ネコ先生によるスキルレッスン?』






 コタロウは朝、訓練後になのはとティアナに呼び止められ寮の自販機のある、とある一角に席に着いた。遠巻きに新人たちもいて聞き耳を立てた。


「それで、お話とは何でしょうか?」
「ティアナ」


 なのはは彼女に目配せすると口を開いた。


「ネ、いえコタロウさん、以前フェイトさんと模擬戦をしてなのはさんから、ゼロレンジにおける戦闘術があるとお伺いしたのです」
「はい」
「それで渡した個人的に調べたんですが、コタロウさんのように戦う手段をアドヴァンスドグレイザーと呼ぶのですが……」


 ティアナは真っ直ぐ見られて、いつもの無表情の彼でも違和感を感じずにはいられなかった。


「コタロウさん、もしかして、知りませんか?」
「はい、存じ上げません」
『……』


 なのははともかくティアナにとっては出鼻を挫かれてしまった。ここから本筋が始まるというところで彼は知りえていなかったのだ。


「そう、ですか」
「えーと、実はですね、ティアナが私に相談してきまして……」


 なのはが言うにはそのアドヴァンスドグレイザーというのが保有魔力が低くても、高い人と遜色ない戦い方ができるということから彼女にもできるのであれば教わりたいというのだ。なにより、この前のヘリでの対処法を見たことが決定的であったらしい。もちろん“できるのであれば”というのは、あれだけの近距離はひとつ間違えば大怪我につながりかねない。以前のティアナの強さに対するわき目も振らない追求を見かねてというところも含んでいる。しかし、今の彼女はなのはに相談し危険は冒さないということを見て取れたためこの場を設けたという。


「なるほど」
「……すみません。てっきり」


 ティアナは肩を落とし俯いた。コタロウはパネルを開きそのアドヴァンズドグレイザーについて目を通し始めた。


「確かに、私の戦闘――彼の場合は防御――術に似ていますね」
「……はい」


 離れたテーブルの端ではスバルたちが目を合わせ首を横に振る。
 ティアナの肩に手を置きコタロウに軽く会釈して立ち上がろうとしたとき、なのはは正面の彼が顎に乗せていおりまだ話は終わっていないようであることに気づいた。


「ランスター二等陸士は、いえ、ランスター二等陸士に私の能力を教えればよろしいのでしょうか?」





△▽△▽△▽△▽△▽






 コタロウによる説明は午後に行なうとのことで昼食後に小会議室に集まった。


「でははじめますが……」


 彼は首を傾げる。


『お願いします!』
『お願いします』
「おー、わかりやすくなー」
「お願いするです~」


 はやてやフェイト、ヴォルケンリッターたちも揃っており、朝より明らかに人数が増えていた。


「説明するのは高町一等空尉とランスター二等陸士と考えておりましたが」
「聞いているだけだ、気にしなくていい」
「あはは……すみません、話したら皆聞きたいみたいです」


 シグナムは腕を組んで後ろに寄りかかり、なのはは乾いた笑いを見せた。
 興味を得る理由を理解しかねたが、構わず始めることにした。コタロウはパネルを開く。


「それでは、これから私のことはネコ先生と呼んでください……あれ?」
「ん?」


 どうやら教授資料の台本、骨組みはトラガホルン夫婦が作成したようで、一文目を彼はそのまま読み上げたらしい。公文書ではない夫婦の作成資料は基本目を通すことをコタロウはしない。彼は時々あるこのイタズラが、普段の彼らへの困らせたお返しであることを把握はしていた。


「……失礼しました、前言は撤回し――」
『分かりました、ネコ先生!』
「……はい」


 だが、この場でそれを犯さなくてもいいのにと内心思いなが、頷くことしかできなかった。


「これから上官にいくつか質問や試してしまうことをお許しください」
「え、わかりました」
「それでは、と」


 彼はいくつか準備をしていたようで、コインを一枚取り出し、彼女に手渡した。表、裏も説明する。


「コイントス、できますか?」
「はい」
「お願いします」


 そうすると彼女はコインを弾き手の甲に乗せながらすばやくもう一方の手で隠した。


「ランスター二等陸士はどちらにしますか?」
「えと、じゃあ表で」
「私も表です」


 そして確認すると確かに表である。


「では、もう一度」
「はい」


 再度コイントスをする。次はコタロウが当たり、ティアナははずれた。
 もう一度、もう一度、と繰り返していくと彼は一定として当たり続けたが、彼女は当たったりはずれたりを繰り返していた。


「あの、ネコ先生」
「私もやってみていいですか?」


 スバルの参加に頷くと、コタロウはティアナのコインを渡すわけではなく、スバルにもう一枚コインを渡し、考慮してか今度はコタロウとスバルがコイントスをした。


「ランスター二等陸士、私のコインとナカジマ二等陸士のコインをそれぞれ答えてください」
「……え、と、こちらが表、そちらが裏?」
「違います。私のは裏で、ナカジマ二等陸士のは表です」


 そのあと、今度はその二枚を繰り返すと、先ほどと同様にコタロウは当たり続け、ティアナの正答率は一定ではなった。


『……』
「私の能力が分かりましたか?」


 ある人たちが見れば手品の類に見えるかもしれないが、そのような出し物ではないことは間違いなく、コタロウの能力のヒントとして実演したのだ。


「すごく、目がいい?」


 スバルの答えにコタロウは顔を振った。


「ランスター二等陸士は、とある一瞬がものすごくゆっくりとスローヴィジョンに見えたことはありませんか?」
「……えと、あります」


 なのはに撃墜されたときを思い出した。あのときは放たれてから当たる寸前まで、時間が遅れているように思え、かつ身体が動かなかったことを覚えている。


「私の能力はそれです」
「え、と……?」
『……』


 なのはたちは彼の答えにそれぞれ考え、自分たちも同じように物事がスローヴィジョンに見えたときの状況を思い出した。


「ネコ先生の能力は異常なまでの『集中力』なんですよ」


 先日治療を施したシャマルが簡潔に話した。


『集中力……』
「おいおい、確かに危ない! ってときはゆっくりに見えたりするけどほんの一瞬じゃん」


 シャマルの言葉に理解を示すも理由としてはいまいちというようにヴィータは感じた。しかし、シャマルは静かに核心めいた表情を崩すことはなく、


「そうですよ? それは頭がその異常に耐えられずリミッターをかけてしまうのよ」


 真っ直ぐ彼を見て、


「ネコ先生、貴方の能力はリミッターを外せるほどの集中力ですよね?」
「はい」


 と、彼は頷いた。


「火事場のバカ力というやつか?」


 シャマルも頷いた。


「だから、工機課の環境対応を含め、普段の身体への異常な酷使によってそのリミッターはずしに耐えられるようにしているんですよね?」


 これにもう一度コタロウは頷いた。


「他の工機課の皆さんより私が環境劣化の場所に派遣されるのはそのためです」


 そして、と彼は続ける。


「私は『離陸(ロー)上昇(アッパー)頂点(トップ)限界(オーバー)臨界(オーバートップ)』の五段に分けています」


「え、じゃあ」
「フェイトちゃん?」


 彼女は何かに気が付いた。


「え、うん。模擬戦のときの九天鞭を出すときに『上昇(アッパー)から頂点(トップ)へ』って」


「なるほどな」


 その横ではヴィータが指を折り、


「ロー、アッパー、トップ、オーバー、オーバートップ……あ? じゃあネコセンセーはフェイトとの模擬戦は全然本気じゃなかったってことか?」
「本気、といいますか、集中力の度合いなのでイコール本気かどうかを捉えることは困難です」


 ヴィータは不満にも似た表情だが、シャマルがそれを諌めた。


「ネコ先生の能力はきちんと五等分できるようなものじゃないからヴィータちゃんの考えている以上に複雑なのよ」


 その証拠に、と続ける。


「あの模擬戦の後やヘリでの対処後など、終わった後の疲労は普段、スバルやティアナたちの疲労とは質が違ってたもの。本気であることと全力はまったく違うわ」
「シャマル、怒ってる?」
「怒ってません!」


 能力の説明を聞くほど、シャマルとしてはこんなに医務官泣かせなものはないと口をへの字に曲げた。


「と、とりあえず、ネコ先生サンの能力はその集中力ということでええんやな?」
「はい」


 コクリと頷くと、彼はティアナを見て。


「後で、ランスター二等陸士の筋力の確認をしますが、見たところできて30秒が限界だと思います」
「30秒……」
「私の場合はトップで72時間、オーバーになると24時間もつか持たないかかと思います。オーバーの継続は負担が大きいので控えています」
「じゃあ、もし私も五段階できるとして……」
「いえ、それは現時点ではできない。と言わせていただきます。トラガホルン両二等陸佐が自分たちもできないと言っていました」


 コタロウが言うに、自分の能力は生まれつきなようで、それに興味を示したジャニカとロビンが解析した結果、彼の中では感覚的に制御しているのであり自分たちを含め一般人には到底真似できないことらしかった。自分が話していることは二人から教えてもらったことで、それを一般人でもできるようにしたものらしい。


「なので、ランスター二等陸士ができるのはオン・オフまでです」
「そうなんですか」
「はい。私は全身の全ての制御ができますので、魔力制御に加え」


 そういって、ティアナにこちらを見るように言うと、


「……え」
「このように髪を伸ばすことや」


 襟足がスルスルと伸びた。次に指を見せて、


「……」
「爪を伸ばすといった。成長を促すこともできます。これは新陳代謝を無理に上げるので非常にお腹が空きますが」


 レアスキルと判断していいのか周りは分からなかった。


「ランスター二等陸士はここまでは不可能です。ですが、集中力を高めることのメリットの大きさがどんなものかは今までの私を見て理解できていると思います」


 それでは、とコタロウはコインをしまいこむ。


「映像で見ているかと思いますが、今度は外で実演して、高町一等空尉の許可が下りれば訓練していきましょう」






△▽△▽△▽△▽△▽






 シャマルはティアナがこの能力を身につけようと考えていることを先ほど知り、不快感をあらわにしたが無理はさせないことと、普段の訓練に支障をきたすならやめさせるからとなのは管理の下で行なわれることにしぶしぶ納得し自分の仕事に戻っていった。


「……それで、この格好は」
「しっかり繋がないと内臓が持ってかれてしまいますので」


 ティアナは今、コタロウにおんぶされた状態で自分の出したバインドで二人をきつく縛りつけた。はじめは女性がぴったりと身体を男性預けることに抵抗を覚えたが、彼がそのようなことで動揺する人間とも思えなかったので覚悟を決めてひしりとしがみついた。
 現在はいつも訓練しているなのはやヴィータ、新人たち、そして珍しくシグナムがいるくらいである。
 新人たちは体育すわりで


「それでは、高町一等空尉お願いします」
「はーい」


 少しはなれたところにいるなのはは先ほどコタロウから何点かお願いをされおり、その通りに動く。


「えーと、はじめはこれくらいかな?」


 自分の周りにいくつもの魔力弾を出現させると二人に向かって打ち出した。
 すると彼は傘を前に出すと以前のフェイトとの模擬戦と同じように自分に当たるものだけを逸らしていった。背負われたティアナはこれを間近で見ることができた。


(……すごい)


 傘で触って逸らしているはずなのに、彼女の目には弾が自分たちを避けているように見えた。


「高町一等空尉」
「はい」
「次の段階に進めてください」
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「問題ありません」


 座っている新人たちから見て今の弾数は多くもないが少なくもない。しかし次になのはが出した弾数は目視では3倍くらいに増えたことがわかり、驚きを隠せずにいた。


「で、では行きます!」
「お願いします」


 なのはは魔力を込めるとその多く――新人たちからみたらめったに見ない弾幕と呼ばれる数――の魔力弾を出現させると、コタロウを信じてか一斉に打ち出した。座っている新人たちは一瞬目を閉じる。


「ランスター二等陸士、目を閉じてはいけません」
「う、は、はい!」


 ティアナも同様であり、むしろ狙われる対象であるため身体を強張らせ目を閉じようとするが、コタロウに注意を受けた。
 また傘を前に出すと彼は速度を上げて先ほどと同様に弾くわけでなく全て受け流した。なのはの魔力弾は全て通り過ぎると上昇し再び術者の横を通り、コタロウとティアナに向かっていく。軌道はもちろん同じではない。


「……ん?」


 彼はふと何かに気づき下を向くと靴紐が切れているのに気が付いた。


『あ!!!』
「え、ちょ、コタロウさん!?」


 正面に弾幕が迫っているのにティアナは前の男が突然しゃがんだことに驚き、目を瞑った。
 術者の制御下でも誰が向かっても間に合わないと思ったそのとき、コタロウは靴紐を掴むためには傘が邪魔であるかのように前にぽいっと放ると、その傘は初めの彼らに当たる弾にぶつかった後、その反動で回転し次の弾に当たるがそれも彼らに当たる弾であり、以降傘はそれを繰り返した。自我なく踊っているようであり、その後ろにいる二人に決して当たらぬよう逸らし続けたのだ。


「……うそ」


 スバルの言葉にティアナは目を開け、眼前で起こっていることに目を見張った。
 全ての弾が彼らを通り過ぎたところで靴の応急処置を終えた彼は傘の柄を掴みなのはに終わりを申し出た。






 コタロウはティアナにバインドを解いてもらい背中から降ろすと、彼女はぺたんと座り込んだ。


「ランスター二等陸士?」
「あの、二回目のは……?」


 若干恐怖が後から来たのか少し涙ぐんでいる。


「靴紐が切れたので、当たるのを順番にそらせるよう調整して傘を離したのです。当たる角度まで先に計算しないといけませんが」
「そう、ですか……」
「はい。それでは、ランスター二等陸士」
「は、はい!」
「私のこの能力を身につける訓練を受けますか?」
「……」


 ティアナはしばしの間考えた後、決意ある目でコタロウを見て、頷いた。


「わかりました。最低でも弾数を増やす前の状況はクリアできるのを目的とすることにいたしましょう」
「はい!」
「では訓練方法なのですが、初めに高町一等空尉が試すということでよろしいのですね?」


 彼ら――トラガホルン夫妻を含む――の考えた訓練だろう、その方法を誰よりも先に確認する義務がなのはにはあった。


「それでは高町一等空尉」
「はい」
「こちらに跪坐(きざ)――足首を立てて踵を上にする正座――してください」
「わかりました」


 日本出身で兄が武道を修めていることもあり、なのはは背筋を伸ばし凛と座る。


「私の行なう訓練は、これを――」


 片手で収まる程度のボール取り出し、


「私が空中に放るので、落ちてくるボールを上を見上げることなく視認できた瞬間、タッチ、あるいは撃って当てる。というものです」
「なるほど」


 地味であるが集中力、注意力を磨くにはよい訓練になる。とコタロウが上にボールを蹴り上げるのを確認してからなのはは耳を凝らし目を瞑った。ヴィータ、新人たちは別段難しいとは思わず無言でそのやり取りを見守る。
 そしてなのはは落ちてくるボールの風切り音が聞こえると目を開けタイミングを見計らい、


「ん……」


 見えた瞬間ボールを撃ち落した。ボール自体は威力に耐えうるもので無傷で転がる。


「お見事です」
「これくらいなら別になんでもなくねェか?」


 ヴィータが声を漏らす間になのはが立ち上がろうとするとコタロウは「あと2つ段階がありますので」とそのままにさせた。
 次に彼は帽子(キャップ)を取り出し、彼女に被らせた。


「これは……?」
「また同じようにボールを撃ち落してください」
「……? わかりました」


 先ほどと変わらないだろうとなのはは考えたが、いわれたとおりにして、コタロウの蹴る音が聞こえると目を閉じた。


「さっきと同じよね?」
「うん」


 ボールを目で追い上を見上げるティアナとスバルのやり取りにエリオやキャロも頷く。彼の蹴り上げたボールの落ちる範囲はなのはの目の届く範囲に限定されていた。
 また、音が大きくなるのが分かってからなのはは目を開ける。


「――っ!」


 なのはは何かに気づいたようで今度は目つきを変えて周囲をうかがい、


「ン!」


 先ほどとは違い余裕のないことが新人たちにも分かった。


「なのは?」
「……コタロウさん」
「はい」
「もうひとつの段階というのは?」
「今度は様々な色、大小のボールを織り交ぜて指定する色のボールを撃ち落すというものです」
「これを被りながら、ですか?」


 コタロウはコクリと頷く。


「加えて音を遮断して行ないます」
「……なるほど。ティアナ」
「は、はい」
「午後の訓練はコタロウさんの言うことを守って練習しなさい。コタロウさん」
「はい」
「ティアナのこと、よろしくお願いします」
「できなければ、筋力トレーニングを課しても問題ありませんか?」
「構いません」


 膝の埃を払いながらなのはは立ち上がるとコタロウに帽子を返し、ティアナだけ別行動を指示し自分たちは普段の訓練を行なうために歩き始めた。
 ヴィータを含め新人たちはなのはが今の帽子がある、ないで何が変わるかよく分からなかった。






△▽△▽△▽△▽△▽






「なのはさん」
「ん?」


 スバルは準備体操をしながらたずねた。


「さっきの帽子を被る被らないで何が違うんですか?」


 なのはは少し考えると、


「スバル、片目だけ手で隠してみてくれる?」
「あ、はい」


 左手で左目を隠す。


「両目で見えている視野角より狭まるでしょ?」
「はい」
「ツバつきの帽子を被ると上が狭まるのよ」
「あ……」
「確か、人間は上に60度まで視野があるんだけど、帽子を被ると20度くらいまで落ちるから、より集中しなければならない」
「なるほど」
「それで周りの音も消して完全に視認してから撃つとなると相当な集中力を有するわね」
「なのはは音ありでやってたな」
「うん。あれは私がコタロウさんの初めの説明を間違えちゃってた。音で感知といってなかったからね」


 なのはは少し苦笑した。


「でも、無音だったら相当難しいと思う。私も何度か訓練しないと……」
「なのはさんでも?」
「うん。ただ、将来を考えてもティアナ向きの訓練なのは間違いないから明日からあの子の訓練は今までの訓練を羨むくらいなものになるかもね。コタ、いえネコ先生の訓練は多分私の考えている以上に基準が上に設定されてるから」


 スバルたちはティアナに二束のわらじを履かせることが分かり寒気を覚え、今夜彼女に訓練の感想を聞こうと思った。






△▽△▽△▽△▽△▽






「ティア!?」
「……な、に?」
「だ、大丈夫!?」


 スバルは流石にティアナがコタロウに担がれて帰ってくるとは思わなかった。


「……ストレッチとかマッサージはネコ先生がしてくれたから」


 今はおぼつかないが座り、食べ物を無理にでも口に詰め込んでいる。


「んぐ、あと終わった後シャマル先生にも診せに行くから、大丈夫よ」
「そんなに辛かったの?」
「身体も精神もね」


 エリオが興味本位で、


「う、うまくいったのは何回くらいなんですか?」


 と聞くとジロリと睨まれ


「0回よ」


 と再び口にものを詰め込んだ。


「ふぅ。成功しないとペナルティ、成功するには神経すり減らさなければならない。後者をとらなきゃいけないんだけど……」
「ペナルティ軽減してもらえばいいんじゃないでしょうか?」
「それも違うのよ」
「違う?」


 キャロの労わりに首を振って、飲み物を含んだ。


「……コタロウさん、私の身体状況を私以上に知ってるから本当にできるかできないかのぎりぎりのペナルティを毎回課すのよ」
『……えぇ』


 彼だからこそ可能なトレーニング方法らしい。訓練終了後に気絶するように組まれているらしい。


「でも、それだといざ出動のとき、できないんじゃない?」


 そこでティアナが不敵に笑った。


「その時は、副作用の少ない生薬を調合した気付け薬を飲ませてくれるってさ……」
『うわぁ……』


 疲労回復つきのね。と容赦ない訓練法に周りも苦笑いが出た。
 なのはが許すのかという疑問がわいたが、訓練後コタロウはなのはとシャマルにこの特訓法を取り入れた時のティアナの疲労度と薬の成分をプレゼンテーションし納得させていた。


「そういえば、なのはさん明日からティアナはネコ先生のメニューをメインにして連携訓練以外はそっちに割いていいみたい」
「……そう。まあなのはさんは技術はネコ先生の訓練でも問題ないっていってたし……」
「ネコ先生はティアに起こり得る心配事を私以上に考えてるだろうから……心配していいのやら、しなくていいのやら。とりあえず、ガンバ!!」


 突っ伏すティアナにスバルは心配しようとするも、労うことしかできなかった。


「んー」


 それに彼女は手を振って答えた。


「ランスター二等陸士」
「は、はい。何でしょう?」
「食べ終わりましたか?」


 ティアナは顔を上げて頷く。


「では、訓練を始めましょう」
「え……ここで、ですか」
「あちらにあいているテーブルがございますので」
「あの~」


 たまらずスバルが口を挟んだ。


「なんでしょうか、ナカジマ二等陸士」
「もう疲労困憊してますし、今日はこの辺で……」
「強制はしていません。ランスター二等陸士が訓練の程度は私に全てお任せすると盟約しています」


 とパネルを見せて盟約文をスバルに読ませた。


「ティア……」
「よい、しょ。と」


 いいのよ。とやっと立ち上がった。


「私は強くなる。身体と頭に言い聞かせて納得した上なんだから」


 それだけいうと空いているテーブルにコタロウと対面するように座ると、彼はカードを取り出し並べ始めた。
 他の新人たちも興味から見学するように近くに座る。


「それで先生、何をするんですか?」


 ネコはつけなかった。


「神経衰弱と呼ばれるゲームです。このカードは1から10までの数字と11から13までの絵柄が入る13枚のカードが四種あり、計52枚あります。裏返しで並べられているので2枚めくりペアをつくり、ペアができれば自分が所有し最後に多く枚数を持っていたほうが勝者。というものです。このカードをよく見ていてください」
 間違えればターン終了です。と、彼は続けた。
 トランプと呼ばれる並べられたカードは魔力によって二人の間に浮かび上がり、くるり、くるりと数回転するとまたテーブルに並べられた。


「先攻はランスター二等陸士です」
「はい」




[私、このゲーム知ってるー]
[僕も知ってます]
[間違いを繰り返しながら配置を覚えていくんですよね]
[でも、これ後者のほうが有利ですよね]
[うん]
[どうして、ティアナが不利なほうなんだろ]


 みんな目を合わせて首を傾げながらティアナの裏返す手を追った。
 ティアナは一枚めくり、そしてもう一枚めくり合わずにターンを終えた。


「先生、どうぞ」
「はい」


 彼は今回教えるという立場であり、これもまた台本があるのか分からないが口を開いた。


「ランスター二等陸士」
「……はい」
「次回からもう少しよく見ていてください」


 そういながら一枚、また一枚とめくるがその全てが揃っている。


『……え』
「せん、せい……?」
「はい」


 手は止まらない。


「もしかして、覚えてるんですか?」
「先ほど宙で回転させたときに覚えました。不正を感じているなら今度はランスター二等陸士が行なっても構いません」
 彼が言った「よく見ていてください」というのは初めの配置前の回転で全て覚えろという意味であった。
 気づけば、全てめくり終わっていた。


「では、ランスター二等陸士。負けた場合、明日私のようにいくらか工具――重り――を忍ばせた訓練着でストップ&ゴーのダッシュを負けた回数×5回、なのはさんの早朝訓練前に行なってください」
「……え」
「問題ありません。きちんと起こしに行きます。順を追って心身の崩壊を起こさない二歩手前ぐらいで訓練していきましょう。では次はランスター二等陸士が配ってください。今の時間で5分でしたので、カードを切っている時間は休憩できますからそのまま続けるとして20回はできますでしょうか」
「……ハイ、ネコセンセー」
『……』


 新人たちはティアナの魂が体から出て行くのが見えたような気がした。 
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