ソードアート・オンライン ~紫紺の剣士~
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アインクラッド編
13.難敵
「う、嘘だろ・・・」
リヒティが呻き声を上げながら一歩後ろに下がった。そのHPバーには、毒の状態異常を表すドクロマークのアイコンが点灯している。騎士人形の口からは火の粉―――――ではなく、毒々しい紫色の霧がたなびいている。
さらに、後方には≪雷ブレス≫を受けて麻痺状態になったタクミが、ポーションを飲んで回復を待っていた。
つまり、この人形は、3種類の状態異常を食らわせられるのだ。しかも、どのブレスを吐くかは直前まで分からない。回避はほぼ不可能。毒消しポーションを飲み、リヒティが喚く。
「難敵って、そういう難敵かよ!」
「通りで腕の攻撃が簡単に避けられるはずだ」
麻痺から回復したタクミが呟いた。
そう、HPは致命的なほど減りはしない。しかしいくつものブレスを食らい続ければ、いつかポーションも底を尽きてしまう。
撤退、の2文字が俺の脳裏をよぎった。それを実際に言葉にしようとした直前、ミーシャが言った。
「ごめん、皆。もう少しだけ、攻撃を続けて」
「ミーシャ、それは」
「危険なのは分かってる。でももう少しだけお願い。後少しで、分かりそうなの」
シルストの言葉を遮ったミーシャの目には、どこか自信に溢れているように見えた。
だから俺は何か言うより先に、剣の切っ先をモンスターに向けた。
「おいお前・・・!」
「ギルドリーダーの命令だろう」
全く愛想もなく返した俺の態度か、または言葉に、リヒティは苦笑を漏らした。続いてナツが盾を思い切り地面に突き立てる。
「そうッスよ。ここで諦めるなんて俺達らしくないッス。火炎ブレスは俺が全部防ぐから、もうちょっと頑張りましょう!」
元気な声にあてられたのか、ギルドメンバー全員がおお!と叫んだ。
壁を前方に、ジリジリと騎士人形を囲い込む。青白い2つの炎が俺を捉え、まるで嘲笑うかのように口を開けた。直後に拳の2連撃が迫る。
「ふっ・・・!」
片手で持った両手剣を、2度大きく振る。装甲に覆われた腕は僅かに俺を掠めて地面を抉った。
「スイッチ!」
タクミが飛び込んできて、細剣ソードスキル≪リップ・ラヴィーネ≫を放った。俺は技後硬直を課せられたタクミを抱えて即離脱し、間隙をリヒティが埋める。がぱ、と人形が口を開く。パチッとスパークが散る。その時、後方から何かが騎士めがけてとんだ。放たれた雷ブレスは、飛んできた物体に引かれるように軌道を曲げて、天井にぶち当たった。
「やった!」
後ろで快哉を上げたのはアンだった。
「電気伝導効率の高い金属なら雷も逸らせるかもって思って、ピックを投げたんです!上手くいって良かったです!」
「ナイスアン!次も雷ブレスが来たときは頼むよ!」
「はい!」
シルストにアンが威勢よく叫び返す。せっかくのブレスを当てられなかった騎士人形は、どこか苛立ったように今度は脚を持ち上げて目の前にいるリヒティを踏み潰そうとした。
「食らわねぇよ!」
リヒティが地面を蹴り飛ばし前に出た。お返しとばかりに、何者もいない空間を踏みつけた脚にメイススキル≪トリニティ・アーツ≫を叩き込んだ。
「ガアァァァァ!!」
騎士が吠える。今度は何のブレスが来るのかと全員が身構えた、その瞬間。
「ナツ出て!」
「!」
返事をする前に、彼は動いていた。突き出したタワーシールドを炎の波が襲うが、本人にダメージは入っていない。
「分かった!ブレスを吐く種類は目の代わりになってる炎の燐光の色で決まってる!私が指示するから、ナツは火、アンは雷を対処して!毒は息を止めて!」
「さすがミーシャ!よっしゃやるわ!!覚悟せえやこんにゃろ!」
テンションが上がっているのか、どこかの方言丸出しでシルストが叫ぶ。
ミーシャもニヤリと笑って叫んだ。
「よし皆、ラストスパート・・・倒すよ!」
「「おお!」」
そこからの戦闘は、さっきまでの苦戦が嘘のように順調に進んだ。火炎ブレスはことごとくナツが受け止め、雷ブレスはアンが逸らす。腕の攻撃を俺とリヒティが弾き、シルスト、クリスティナ、タクミがソードスキルを叩き込む。
「行動不能になった!全員総攻撃!」
指示に徹していたミーシャも加わり、それぞれの得物にライトエフェクトを纏わせる。
そして。
俺達を散々手こずらせた≪Doll without the missions≫は、色とりどりのソードスキルに囲まれて苦しげな咆哮を響かせ、硬直、四散した。
しばらくの間、誰も何も言わなかった。沈黙を破ったのは、何とミーシャではなくクリスティナだった。槍を背中に戻し、ミーシャの肩にポンと手を置く。
「お疲れ様、ミーシャ。素晴らしい指揮だったわ」
「あはは、ありがとう。気づけて良かったよホント。危うく大赤字になるとこだったよ」
「見事な観察眼だった」
俺がそう言うと、ミーシャは嬉しいのか驚いているのか、何とも言い難い表情をして固まった。ミーシャのみならず、全員がそんな表情をしている。
「・・・何だ。おかしいことでも言ったか?」
「あっいや違くて!アルトに誉めてもらえるなんて思わなかったから!あ~っと・・・ありがとね!」
確かに、誰かを誉めるのは久しぶりだが、こんなに驚かれるとは思わなかった。
「行くぞ」
「あっちょっと待って拗ねないでよ!」
「拗ねてない」
「どう考えても拗ねてるよ!」
さっさと出口に歩き始める俺をミーシャが慌てて追いかけてくる。
シルストとタクミは苦笑を、アンは笑顔を浮かべ、クリスティナとリヒティは一番後ろで手を繋いで、俺達2人に続いて洞窟を出た。
後書き
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