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嗤うせぇるすガキども

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戦車は愛と正義を否定する 後編

 
 
 
 
 
 チャーチルは、なぜかベドフォード・ツインシックスを止めたままだ。
 砲塔のコマンダーズハッチが開き、中からこの聖グロの旗車の主が現れる。
 それは当然聖グロリアーナ女学院戦車道隊長、ノーブルネームをダージリンという。

「やあ、ダージリン。君が僕の邪魔をすることなんかないよね。
 今日の埋め合わせに、次の土曜の晩……」



 そのダージリンの様子が何かおかしい。
 玖波がそう思ったとき、彼女はキャンバス布で覆われていたものを取り出した。
 その長物の先端にはバイポッド。バナナ弾倉と思われるものが背中から生えている。
 ブレンガン。日本の軽機関銃と同じチェコ製の機銃を先祖に持つ軽機関銃。
 ダージリンの、影になって見えない右目から、光が放たれる。

「ちっ!」

 横飛びに逃げる玖波。しかし逃げるのが一瞬遅かった。
 彼を追う火線が、彼の右腕、肘関節を砕く。

「うわああぁぁぁああ!」

 そのまま前のめりに転倒する玖波。

「良かったですわね。ネルソンのようで格好いいですわよ」

 ダージリンはそんなことを言いながらチャーチルを降り、左肩に吊っていたホルスターから、エンフィールドNo.2 Mk1*という戦車兵用のダブルアクションリボルバーを引き抜くと、玖波の足の甲を撃った。

「あぐぁっ!」

 左手で引きちぎられた右腕の傷を押さえていた玖波は、たまらずそのままひっくり返って地べたにあおむけになる。
 ダージリンが、倒れた彼の顔の横に立っている。

「そのままでは、アメリカの英雄ですわ。
 やはり右目も潰しませんとね。英雄ネルソンになるには」

 そこにいるのがダージリンなのかも定かではない。
 玖波は、ただ恐怖に駆られて硬直するのみ。

 スローモーションのようにエンフィールドの銃口から38口径弾がはき出され、ゆっくりと回転しながら玖波の右目を目指して進む。
 やがて、右目一杯に広がるS&Wの拳銃弾……。

「女子マラソンの大会で、男子選手が出場して優勝したとして、
 いったいどこの誰が賞賛するのかしら? まして彼が一流選手ならなおのこと」








『碧暁様。すべての試練が終了いたしました』

 玖波が気がつくと、そこはビクトリアン・ホールの正門。
 思わず右腕と右目があるか確認する玖波。

『我が主君から、斯様な半端者に手助けするなど言語道断とお叱りを受けました。
 戦車道連盟からの入門承認は、おあきらめくださいませ』

 少年悪魔は、下僕でありながら主人の命に背くようだ。
 何が「あきらめろ」だ。ふざけている。

「僕は、欲しい物は何があっても手にいれると言ったはずだ」
『世界一におなりになりたければ、ご自分の力だけでおなりください』

 その時になって、玖波はやっと気がついた。
 この少年悪魔が、彼をおちょくっていたことを。
「おちょくる」という熊本弁を全国区にしたのは、彼の遠い子孫だが。

「貴様ぁ……!」

 玖波は少年悪魔につかみかかろうとした。
 しかし背後から放たれたクモの糸に捕らえられ、少年悪魔まであと少しのところで玖波はそのまま静止する。

『ふふふ……』



 玖波が背後をふり返ると、そこには彼と同年輩のように見える、おかっぱの銀髪に黒い衣装、右腕と左脚だけを赤いレザーで包み、顔の右だけ覆面で覆った異様な若者が立っていた。

『僕は、少年X・陽炎』

 艦娘ではなく男のくせに「陽炎」だと、ふざけるにも程がある。
 玖波は怒りをむき出しに悪魔少年をにらみつける。

「どこまで人をからかえば気がすむんだ!」
『からかいやいやがらせや挑発は無視するにかぎるんだよ。
 反応すればかえって、君の方がバカではないかと思われる。
 かわいそうに。君はいったい何を今まで教わってきたんだい?
 まあいい。君は本当は世界の女をすべて味方に付ける必要はないんだよ。
 ならば、僕にでもなんとかできる』

 こいつの目的はいったい何なんだ?
 悪魔がただで働くわけがない。
 クモの糸で囚われたまま、玖波は顔だけを悪魔少年に向ける。

「何が貴様の望みだ?」
『彼。──ああ、僕の同僚の身柄の解放だ』

 つまり、玖波の召還は少年悪魔を部分的にせよ拘束していると言うことのようだ。
 だから玖波の仕掛けた呪術をリセットさせろというのだろう。

「……どうやって僕の望みを実現するのだ?」
『児玉理事長に議長権限で君の入門の緊急動議を発議させ、理事会の面子をすべて操り、無理やり賛成させるのさ。10名に満たない人間ならば造作もない。
 もっとも、この場で君を「消去」してしまってもいいんだ。僕としては』

 悪魔少年の手から伸びる「クモの糸」が妖しく光る。
 彼は怒っているのだろう。この条件闘争は彼にできる最大限の譲歩。ということか。

「話を聞かせろ。条件はのむ」

 玖波は、それでもまだ尊大な態度を隠そうとしない。
 悪魔少年には、かえって滑稽なだけなのだが。
 クモの糸は「ふっ」と消え、彼は自由になる。



『戦車乗りに絶対に必要な条件って、何だと思う?』

 玖波と相対する悪魔少年は、いきなりそんな質問を玖波に投げた。

「ふん。優れた頭脳に瞬発、持久ともに優れた筋力、さらに高度な反射神経」

 当たり前のことを当たり前に答えればそうなる。
 玖波はあいかわらず主導権を握っていると思うらしく、あいかわらず尊大なままだ。
 悪魔少年、陽炎は目を閉じてかぶりを振る。

『ちがうよ。愛と正義を否定して冷酷無惨になることだ。
 いいかい? 戦車って装甲の中から生身の兵士や無力な女子どもを殺戮するのが仕事だよ。それをあやつる人間が人の情なんか持っていてはならないんだよ。
 そんな人の情なんてものを捨てきれなかったから、この世界の男たちは女たちの言うままに、装甲戦闘車両を手放したんだ。
 当然君は、「愛と正義」なんてものを否定する必要がある』

 おそらくは詭弁なのだろう。悪魔が口にするのだから。
 それは彼に、悪魔になれと言うに等しい。
 だが、この世界の住民たちが思うとおり、この世界で戦車に乗る男は悪魔より下劣な存在だ。なぜならそれは、この世界の神々が定めたまいしことなのだから。

「承ろう。この僕に「逃げる」という道はない」
『二言はないね』

 悪魔少年の身体から、暗闇が吹き出す。
 あっというまに聖グロリアーナ艦も、その上のビクトリアンホールも闇に消える。



 彼らの前には、1両の戦車、いや、豆戦車があった。

『知っているだろう? Ⅰ号戦車C型だ』

 玖波は、悪魔少年の問いに黙ったままうなずく。

『これは最高時速、路上で79km/hというプロトタイプ』
「知っているさ。たとえ対戦車銃しかないこの戦車でも、僕なら上手く使いこなす。
 いや、僕にしか使えないだろう。
 で、この戦車でティーガーⅡとでも戦えと?」

 また悪魔少年はかぶりを振る。
 それでは愛と正義の否定にならないから。

『君にやって欲しいことは、この戦車に乗って走り、
 これから進路に現れる「人間」を一人残らずひき殺してみせることだ。
 この戦車のスピードなら、君であっても逃げることはできないだろう』
「いや、僕なら逃げる自信はある。
 まあいい。そのくらいのことで僕が戦車乗りになれるなら、やってやる」

 悪魔少年は黙って、「Ⅰ号戦車C型」の操縦手席を指し示す。
「乗れ」というのだ。
 玖波は操縦手席ハッチから、見せつけるようにひらりと戦車に乗りこむ。
 悪魔少年は砲塔の半月型のハッチを開けて、銃手席に着いた。

 果てしない暗闇の中でⅠ号戦車C型のボッシュライトが点灯する。
 ハーフトラックのエンジンをボアアップしたHL45P直列6気筒エンジンがうなりを上げる。

『もう知っているだろうが、こいつのステアリングはフランス発祥、シャーマンやハノマークと同じクレトラックだ』
「つまりこいつは戦場のスポーツカーだな」
『飲み込みが早いと助かる。戦車行進(パンツァー・マールシェ)』
「うるさい。僕に命令できるのは僕だけだ」

 Ⅰ号戦車C型は、フルスロットルで急発進した。
 戦車では今まで経験したことのない加速と速度。
 玖波はすっかり自己陶酔している。



 最初に彼らの前に現れたのは、ダークスーツにサングラス。
 伊達に鍛えているわけではなさそうなSPか自衛隊の特戦群にでも所属していそうな男。

『まず最初は、あの「誰も逃がさない男」だ』

 Ⅰ号戦車C型は、装軌車にあるまじき速度でその男に迫る。
 驚いた男は、確かに尋常ではない速度で逃げる。
 しかし、誰も逃がさない男が、今度は逃げられない立場。
 ものの1分で戦車はその男の背中を突き飛ばし、履帯で両断した。



 さらに進むと、今度は杖代わりの手押し車にすがっている、
よろよろと歩くのがやっとの老婆が現れる。

『今度はあれだ。
 まさか「仏心」など起こさないだろうね』
「うるさい!
 戦車に乗ると決めたときから、人の心などとっくに捨てた!」
『重畳だ』

 老婆は、驚いた顔のまま、身動きもできず、
手押し車ごとポキポキと乾いた音を立てて挽き潰される。

『わかるな? これが戦争だ』
「僕に説教するな。三下悪魔が」
『けっこうだ』



 Ⅰ号戦車C型は、また次の目標を見つける。
 今度は3歳ぐらいの女児を連れた母親だった。
 子どもを抱えて逃げようとするが、Ⅰ号C型の快速にかなうはずもない。
 母親は子どもを横に放り投げ、前部装甲にはね飛ばされる。
 胴体がありえない方向にねじ曲がって死んでいる。
 子どもはいきなり投げ出され、座り込んだまま号泣している。

『ほら、子どもだけ遺しちゃ可哀想だろ』
「あたりまえだ。母親の後を追わせてやる、やってやる!」

 玖波は、もちろん正確に機械のようにやってのけた。
 泣いていた女児はいきなり後ろから履帯に踏みつけられ、風船のように弾けた。
 真っ赤な泥濘の中には、かろうじて4本の手足だけが残っていた。

「ふははははははは!」

 哄笑する玖波は、もはや本職の悪魔以上に悪魔的だ。



 さらに進むⅠ号C型の前に、マイバッハのリムジンが現れる。
 うしろを見せて逃げるようだ。

『さっさと追え。またしくじりたいのか?』
「黙れ!」

 玖波はアクセル全開で追い回す。
 リムジンは必死に逃げ道を探しているようだが、先が詰まっているのか速度が落ちる。

「あれ? 家のリムジンか?」

 玖波はナンバーを見る。
 まちがいなく、彼の母のショーファードリブンだ。
 そして後部座席で蒼白になっているのは、彼の母だ。

『ここで止まるのか? 退けば道はなくなるぞ』
「あーっはっはっは! 誰が引くものか!」

 Ⅰ号C型は速度を落とさず、マイバッハに乗り上げる。
 さしもの巨大リムジンも5トンもの重量に耐えられるはずもない。
 玖波はリムジンを、母親ごと挽き潰した。

『ふふふ、これで終わりだよ。
 君は、合格だ……』



 悪魔少年がそうつぶやいたとたん、無音の世界に音が蘇り、闇が晴れて都会の光景が広がる。

「何だよ、これは……」

 あらためて、玖波は周囲を見回す。
 戦車が暴れ回った市街地では、歩行者たちが挽き潰され、原形をとどめない自動車の残骸が火を噴いて燃えている。
 そして、Ⅰ号C型の車体の下には、無惨に車体後部を挽き潰された彼の母専用のマイバッハ。
 もちろん、後部座席には彼の母が乗っている。

『君は悪魔でさえ恐れをなす。
 悪魔でさえ、親殺しなどしない』
「どういうことだこれはぁぁぁああ!!」

 彼らの周囲には、すでに機動隊が包囲を完成させている。
 SATとおぼしきスナイパーが、何か大型の銃器を構えている。

『ふふふ、対物狙撃銃と言うんだってね。
 で、この戦車の前部装甲はせいぜい30mm』

 悪魔少年はC型の対戦車ライフルに手を伸ばす。
 そしてそれで、ドアに防弾板が入ったパトカーを撃った。
 犯罪は「戦車男子禁制」を上回る「急迫不正の侵害」だ。
 銃で武装するテロリストを相手する警察官には、正当防衛・緊急避難の法理から装甲使用の違法性が阻却される。
(逆に言えば男は戦争であろうが平時であろうが、国際法上装甲に守られてはならない)
 しかし、C型のEW141対戦車銃は、それすらあっさり撃ちぬいた。

「くそっ! 正当防衛射撃だ!」

 SAT隊員はテロリスト制圧用に特に配備されたM82A1対物狙撃銃を、まず砲塔に発砲した。
 EW141とMG34に1発ずつ着弾。これらを破壊する。
 その弾道には悪魔少年もいるが、銃弾は彼を素通りする。
 内部で跳弾した銃弾が、玖波の正面の計器板をたたき壊し、エンジンの隔壁を撃ちぬいてエンジンを破壊する。

「操縦席も撃て!」

 指揮官の命令で、スナイパーはさらに操縦席クラッペをめがけて、12.7mm高速撤甲弾を3発撃ちこんだ。
 大口径タングステン弾頭は、玖波の頭部、胸部、腹部にそれぞれ当たるが、対人銃弾ではないので、ただ彼を貫くだけ。
 しかし、その銃弾は高速で戦車の中を飛び回り、四方八方から玖波を穴だらけにしていく。
 10秒も経たないうちに、彼の肉体は「ミンチよりひどい」状態となる。
 それを、ただ笑ってながめる悪魔少年……。






『マイロード。お仕置きが過ぎましたな』

 ここはK県某所の精神科閉鎖病棟。
 そこの「反省室」と言う名の、鉄格子の牢屋の前。
 玖波は、そこにいた。

『生半可の知識でおかしな魔方陣を書いたあげく、この僕を呼び出したりするからだ。
 思念波で脳を破壊されたぐらいですんだことに感謝してほしいね』

 そう、実はあの日、玖波が無茶な呪術を使って呼び出したのは少年悪魔ではなく、悪魔少年の方だったのだ。

『相当恐ろしい夢を見せたようですね。狂って暴れるものだから、あんな姿に』

 玖波は「反省室」のベッドに、拘束衣を巻かれた上で厳重に縛り付けられている。
 本来は患者にこんな処遇をすることは禁じられている。
 ……しかし、ここはないことになっているこの病院の地下三階。
 当然「玖波碧暁」なる患者も入院して「いない」のだ。

『人間の医学で、あの男を回復させることは不可能だろうな』
『いかなる魔術にても、不可能にございますでしょう。アスタロト閣下』

 少年悪魔がそう言うと、悪魔少年はその本来の姿に戻った。
 四大悪魔の一人としての姿に。
 そして彼らは、魔界の大邸宅に戻っていく。

『しかし、あの小僧の実家。余の邸宅より豪華であったな……』
『人間は身の丈にあった夢を見ていればいいのです。
 カニは甲羅に会わせて穴を掘ると、あの学校の女生徒のリーダーが申しておりました』
『たとえ他の誰かをうらやんだとしても、その誰かも他の誰かをうらやんでいるものだ。
 人間は誰も彼も、自分が幸福だと言うことを知らない……。度しがたいな』



 その世界を作った「神」が定めた「掟」をなかったことにすることは、その世界の破綻を意味する。
 ゆえにこの世界では男が戦車に乗ろうとすれば、女たちも世界自体もすべての協力を拒否するであろう。
 異論はもちろん構わない。やってみせればいい。
 誰かがこの世界の「神」を超えることができるというならば。
 
 
 
 
 
-こんな「作者がうつになりまして」は、危険だからいやだ- 完
 
 
 
 
 
 
 
 

 
後書き
 
自分自身を否定するものが「愛」と「正義」であった場合、いかに自分に理と正当性がなかろうが、それらに会わせる必要はないと言うしかないでしょう。

本話をもって、この作品は完結しました。
しかし新たなフラグが某所にて立ってしまったら、また2匹の悪魔が動きだすかも知れません。
 
 
 
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