嗤うせぇるすガキども
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これが漢の戦車道 ⑤
鹿次だけが正体を知っているらしい奇妙な女性軍、表向きは女子プロリーグの二軍補欠というふれこみの女子戦車隊も、それぞれの戦車に向かった。
小娘悪魔は、毎度おなじみA41第12号車7.92mmペサ機銃つきダークグレーゾーンに戻り、ハッチから砲塔に滑り込む。
「いくら相手が中級戦車といっても、こちらは少数。
囲まれてタコ殴りされたら、不覚をとるかも知れないわ」
砲手はベリーショートカットの後ろから見たら男に見えるかも知れない女。
「ふっ」と笑うと、くちゃくちゃと行儀悪くガムを噛んでいる。
17パウンダーの扱いに関しては、右に出るものはいないかも知れない。
「シャーマン3両でパンター一個中隊を全滅させる人が言うんだから、肝に銘じとくよ」
ローダーは小娘悪魔とたいして変わらない体格。ただしツインテール。
20kgを超える17ポンドの徹甲弾を、片手でもてあそんでいる。
「ああ、できたらガンナーとドライバーに、次の標的の概略位置の指図もおねがい。
私は全体指揮をとるわ」
じゃんけん無敵のローダーは、空間認識力も飛び抜けている。
「リアルNT」と呼ぶ者もいる。ほかにもいろいろできるが、とりあえず戦車道には関係ない。
重要なのは、このチビガリが何かと車長を兼任できる無能な怠け者兼有能な働き者だということだ。
「角谷ぃ~、方位だけ言ってくれればいいよ~」
ドライバーはツインドリルテールの目立つ、陽気な女。
しかし、彼女は最優秀ドライバーを多数擁することで知られるチームのトップリーダー。
いずれは「日本最速の戦車ドライバー」と呼ばれることになるかも知れない。
「情報収集なら……」
そう言いかけた通信手を、小娘悪魔がさえぎる。
「私の勘の方が確かよ」
ぴしゃりと言われてしゅんとなった通信手は、短いツインテにそばかすがあった……。
「お疲れ様です。隊長」
「やりなれんことをこなすと、げっそり疲れるな」
ショートボブの砲手が、脳みそ筋肉と変態に言われた「まほ」なる人物をねぎらっている。
「しかしあいつ、悪魔憑きだったとはな。
いや、悪魔そのものか」
西住まほは、自分に割り当てられた戦車の中を見て嘆息する。
「あのときこれに乗っていれば、みほに後れをとらずにすんだかもな……」
「華さん。この戦車砲は75mmといってもラインメタルとシェコダが協力してつくった新型よ。
1,500mまではほぼ零距離といっていいわ」
標準的中戦車とかにもどってきた少佐カットは、さっきまでのおろおろぶりから一転してキビキビとクルーたちに指示を出す。
「優花里さん、Ⅳ号H型より徹甲弾は重いわ。大丈夫?」
「行進間でも6秒台で装てんできますよ。西住殿」
よく「忠犬」とよばれてからかわれているローダー。
しかし彼女はこの(というより向こうの)日本で、わずか数ヶ月でトップクラスのローダーに成長したことで知られている。
「いままで乗った中ではカモさん並みに簡単だな。
私はあひるさんぐらい難しい方が好みだが。これでは居眠りしそうだ」
右大脳半球が常人の1.5倍ともいわれるドライバーは、本当に眠そうだ。
小娘悪魔に午前4時にたたき起こされて転移したのが、まだ効いているようだ。
「みぽりーん。携帯は使えるの?」
コミュニケーション能力は異常に高い通信手は、アマ無線二級を持っている。
しかし、本当にすごいのは、ここにいる誰もかなわないメール打ちだ。
「沙織さん、大丈夫。
全車の通信手が、「ここ」のスマホを持っています。
『彼女』が用意していました。ハンズフリーセットもあります。
画像付きのメールが来るかも知れないから、気をつけて」
そして彼女らには、悪魔の神通力は必要ない。
世界中すべての軍神は、常に彼女らとともにある。
「皆、よく聞け。
この戦いには、前隊長の身柄そのものがかかっている」
シャーマンのうち1両の中で、シャツから胸の谷間が見える変形ぱっつんが檄を飛ばす。
前髪ひと房だけがカールしている以外オールバックロングの「前隊長」はうつむいたままだ。
「前隊長は、もと父親がやらかしたせいで、一家が路頭に迷う寸前だ。
もし勝てなければ、老婆になるまでお風呂に沈められる運命が待っている」
そう「前隊長」辻つつじはもう18歳だから、遠慮なく帝国金融あたりが沈めてしまうだろう。
なぜ大阪の街金なのかまでは知らないが。
「……西、無理はしなくていい。
全国大会で知波単をボロ負けさせ、史上最低の隊長の汚名を着た私に気遣いは無用」
「なにをおっしゃいます。水くさいことを。
アメリカで『シャーマン泥棒』と言われた私です。
シャーマンでなら、たとえ相手がティーガーⅡでもわたりあって見せます」
「西、……すまぬ」
世間では継続のミカが「手癖が悪い」と評判になっているが、彼女はそこらに落ちているソ連戦車をネコババしているだけの話だ。
堂々と盗んだシャーマンで戦ったのは、硫黄島の西の方である(史実)。
「ふふふ、あの男どもは、これをただのA3と思って油断してるわね。
レット・イット・ゴー(くたばれテメエら)ね」
トウモロコシ頭が、イギリス巻にささやく。
最近この二人は、デキているのではないかと評判だが、ミカと同じで事実無根である。
「そんな下品なことば、はしたないですわよ。
せいぜいレット・イット・ビー(神様の言うとおり)ですわ」
イギリス巻はそれらしく、英国面の世界的名曲のタイトルで返す。
だが、そんなこといっていると、グループは解散してしまうだろう。
それにここに来ているのは天使ガブリエルではなく、悪魔アスタロトの手先だ。
「ふふふ、ターボチャージャーシングルタービンの四式ディーゼルにシンクロメッシュのトランスミッション、プラス、クレトラックステアリングに足回りはHVSSですわー。
どんな走りをするか、いまから楽しみですわぁ」
よく「豆腐屋の隠し子」呼ばわりされるローズヒップは元々ハイテンションだが、
ラ○エボと同じ系列の会社が作った37.7リッターV12ターボ500馬力※に狂喜乱舞している。
(※ 「戦後日本の戦車開発史」より)
一方で、中分けロングの砲手はまったく沈黙している。無駄なガールズトークは苦手らしい。
「風が笑っている」
手癖の悪いチューリップ帽が、意味不明なポエムをささやいている。
「こんな言葉をご存じ?
『人は喜んで自己の望むものを信じるものだ』ですって。
あと『中国語で書くと、危機という言葉は二つの文字でできている。
ひとつは危険、もうひとつは好機である』とか、
『悪口を言われて我が身を正すことの出来る人間は幸せと言うべきだ』とか、
『おまえは、他人のなかにある自分と同じ欠点をむち打とうとするのか』
とか……」
残念な事に、格言オタクのイギリス巻を止めることができる者は、いまここにいない……。
チューリップ帽子が、火に油を注ぐ。
「そのおちょくりに、意味があるのだろうか」
男性陣はパドックからゲートまで戦車を移動させると、いったん戦車を降りて、割り当てられたミーティングルームに集まった。
これは女性軍も同様で、N山競戦車場の反対側でも同じようにブリーフィングが行われているはずだ。
「いいか野郎ども。これから作戦を言う」
ふだんは素っ裸に赤フン一丁の戦争親父だが、今は米軍払い下げのボディアーマー付き野戦服上下に、ちゃんと戦車乗車用ヘルメットを着用している。本気度がやけに高い。
ただ安全靴は、赤いままだが。
「はじめ俺は、KVを横一列に並べ、シャーマン長砲身を隠しながら前進の、
押しの一手で何とかなると思っていた。
だが、それをやったら、枕を並べて討ち死にだろう。
いや、もうはっきり言おう。
野戦かつ遭遇戦では、いまの俺たちでは全滅だ」
皆が顔を見あわせ、小声でなにか言い合っている。
「戦争親父」が、ここまで悲観的なことを言うのは初めてだからだ。
「ここの競技場は、東西4km、南北8kmの、普通の市町村が入ってしまうレベルの戦場だ。
だが、絶対にうしろをとられない方法がある」
戦争親父は、別に盗聴を恐れているわけでもないのだろうが、まずKVの車長たちを集め、彼らの耳元で、ひそひそ声で内緒話をはじめた。
これは結果オーライだった。
なぜなら、この部屋にはそばかすが仕掛けた、コンセントに見せかけた盗聴器があったから。
「すみません。悟られました」
「だから元々あてにはしていない」
女子のミーティングルームでは、やっぱりそばかすはそばかすだと思われていた。
しかし、敵がこちらをまったく過小評価していないことは理解できた。
小娘悪魔が少佐カットに言う。
「すべての作戦計画は、あなたがここで立てておきなさい。
そしてそれをテキストファイルにして番号を振り、そちらの通信士のスマホに保存。
他のスマホに赤外線で送っておいて。できる?」
黙ってうなずく少佐カット。
すぐに彼女のチームの通信士を呼ぶ。
競技場全体の地形図を広げ、各車ごとに行動計画を文書と画像で記録させ、フォルダにまとめてほうり込む。
しかし、ハム二級の音速打ちでも時間がないので、作戦は簡単なものにならざるをえなかった。
そして小娘悪魔は、少佐カットの姉に因果を含める。
「あなたは妹さんのそばにいなさい。あなたを使いこなしてくれるわ。
『戦争親父』は、妹さんと同じインファイター。わかるわね」
小娘悪魔は、よく知っていた。この二人を混ぜると危険だと。
だてに「姉妹合体ブレイザーカノン」にやられたわけではない。
転んでもただで起きないのは、悪魔もいっしょだ。
男子側ミーティングルームでは、戦争親父が即決で決めた作戦を全員が理解し、ブリーフィングを終えて、全員がくつろいでいる。
戦争親父は、最後に鹿次を呼び、持っている小さな段ボール箱の中身を見せる。
「おやっつあん。これって……」
「別に戦車道規則で禁止されている訳じゃないし、ここは禁止区域でもない。
もちろん使えるよな」
戦争親父は鹿次に、その段ボール箱を中身ごと渡した。
「各車の通信も、全部俺に集約させる。
お前が操作している間は、通信は放っておけ。
今回は索敵情報が生命線だ。あいつらはすでに女じゃねえ。
せめて戦車のティアさえ制限無しなら、パーシング10両にしたいくらいだ」
たしかに、鹿次のいた世界では、あの連中は世界ユースでさえ優勝が狙えるだろうが、野郎が戦車に乗っていいこの世界で通用するとは思えない。
いままでの経験から、鹿次はそう思っている。
それよりもあの悪魔コンビは、いったい何をたくらんでいるのだろうか。
鹿次にはそちらの方がよほど気になる。
連中は、このバトルで何を得ようというのだろう。
ここで鹿次を負けさせても、実入りは全くないのだから。
しかし、それは考えるだけ無駄というものである。
人間が悪魔より賢かったら、エヴァがリンゴを食うことはなかっただろうし、人間は全員、というか原初の二人だけで、いまでも天国の住人であったろうから。
(つづく)
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