ドリトル先生と奈良の三山
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第十幕その八
「ラーメンについても」
「カレーもそうだけれどね」
「ラーメンにも凝りに凝って」
「日本全国にそれぞれのご当地ラーメンがあって」
「そしてそれぞれのお店にもあるのよね」
「そのお店だけのラーメンが」
「それも凄いよ、この凝り性が」
まさにと言った先生でした。
「日本という国を形成している一つだね」
「そうそう、どうもね」
「日本ってそうした国だよね」
「マニアで凝り性で」
「何でもこだわるから」
「凄いものが出来るのよね」
「この凝り性が何でも向けられるから」
それでというのです。
「日本は凄いね、他のお国から入ったお料理も」
それもというのです。
「こうしてアレンジもされるしね」
「あっ、ラーメンって元々は中国よね」
「中国の麺が入ってね」
「それでこうなったのよね」
「日本人がアレンジしていって」
「そう、最初は徳川光圀さんが食べたと言われているよ」
あの時代劇で有名な水戸黄門様です、お殿様としても有名な人でした。
「そして明治の頃にお店が出来ていったんだ」
「ああ、あの頃になんだ」
「お店が出て来たの」
「それで広まったの」
「そうだったの」
「そうだよ、夏目漱石さんも食べていたそうだよ」
その明治の頃の文豪です、日本では誰もが知っている作家さんの一人です。
「当時はその頃の中国の呼び名で志那そばと言われていたんだ」
「そういえば中華そばって言葉あるね」
「たまに聞くわよね」
「中国の麺類だからなのね」
「それで中華そば、志那そばなのね」
「そう、戦争までの日本では中国を志那と呼んでいたからね」
先生はこのことも知っています。
「これは別に差別用語でもないからね」
「普通に使われていたのね」
「そうだったの」
「大学でも当時は中国語学科じゃなかったんだ」
語学部でもというのです。
「東京外国語大学でも八条大学でも最初は清語学科で清が倒れてね」
「志那語になったのね」
「その表現になったの」
「公の呼び名で差別用語なんて使わないから」
このこともしっかりとお話する先生でした、ラーメンを食べつつ。
「そのことからもわかるね」
「うん、よくね」
「そういうことね」
「いや、そのこともわかったよ」
「ラーメンの呼び名一つにも歴史があるんだね」
「ラーメン自体にも歴史があって」
「それもまた面白いからね」
ラーメン、ひいては食べものの歴史もというのです。
「調べていくと」
「そうみたいだね」
「いや、ラーメンも一日にしてならずだね」
「そこには歴史がある」
「そうなんだね」
「そうだよ、しかし多分明治時代のラーメンは違っていたよ」
そうだったというのです。
「こうした味だったかっていうと」
「違ったいたんだ」
「夏目漱石さんが食べていたラーメンは」
「また違うんだ」
「そう、これは天理のラーメンだしね」
この街で生まれたラーメンだというのです。
「漱石さんは東京にいたね」
「確か代々江戸っ子よね」
「あちらに住んでいたのよね」
「愛媛にはお仕事で行っていて」
「イギリスにも留学されていたけれど」
「元々は東京の人で」
「あちらのラーメンを食べていたのよね」
「そうだったのね」
皆も頷くのでした。
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