儚き想い、されど永遠の想い
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
445部分:第三十四話 冬の花その九
第三十四話 冬の花その九
「ですがこの子にはこれからも」
「義幸にはですね」
「はい、聴かせてあげて下さい」
これが真理の今の言葉だった。その恍惚とした目は義幸を見続けている。
そしてその中でだ。義正にこうも話した。
「それでこれからですが」
「新年ですね」
「その時もまたですね」
「考えています。ですがやはり新年は」
どうかというのだ。その新年は。
「おせちですね」
「はい、それですね」
「それを楽しみましょう」
「新年にしか楽しめないそれを」
「新年は全てのはじまりです」
義正の考えは既に新年に向かっていた。そしてだ。
そのうえでだ。彼はこうも話すのだった。
「お餅ですが」
「それを頂きたいですね」
「あれはいいものです」
餅のことだった。その話は。
「一年中食べられないことが残念です」
「いつも食べてもいいように思えますが」
「ですがそれでもですね」
「はい、お餅は新年のものです」
半ばそう決まっていることだった。縁起ものだからだ。
「ですから新年にです」
「そのお餅を楽しんで」
「そうしましょう」
「お餅は非常にいいものですね」
自然にだ。真理の顔は変わっていた。
それまでの恍惚としたものから期待するものになりだ。そして言うのだった。
「あれだけで元気が出る様な」
「はい、不思議な食べものですね」
「お餅を入れたおうどんは力うどんといいますが」
「食べると何かが違うからですね」
その餅を食べるとだ。そうなるというのだ。
「だから力うどんなのですね」
「では。そのお持ちを食べて」
真理は言った。ここでもだ。
「春を目指します」
「冬はまだはじまったばかりですが」
それでもだった。義正も真理もだ。今は春を見ていた。
そしてその春についてだ。こう述べるのだった。
「春までは」
「桜の花を見て」
真理の夢だった。そのことはどうしても適えたかった。
その為に生きる、だからこそなのだった。
シューベルトの清らかな音楽の中でも誓いだ。冬の入り口にいたのだった。
そこから冬に入りだ。その季節の中を過ごした。その彼女にだ。
屋敷まで診察に来た医師がだ。驚きを以て彼女と義正に話した。
「本来ならもう床から起き上がれなくなっていてもです」
「不思議ではないのですね」
「最早」
「はい、その筈です」
余命一年、それならばだというのだ。
だがそれがどうかとだ。医師は話すのだった。
「ですがこうして今も普通にこうしておられるとは」
「ありませんか」
「はい、見たことがありません」
医師としてだ。義正に答えたのである。
「はじめてです。このままいけば」
「どうなのでしょうか」
「春まで過ごせるかも知れません」
真理にとっての福音がだ。ここで出されたのだった。
「若しかしたらですが」
「春まで、ですか」
「はい、大丈夫かも知れません」
確かな顔でだ。医師は真理に告げる。
「これだけお元気ならです」
「そうですか。春まで、ですか」
「私は生きられるのですね」
「それ以上はわかりませんが」
具体的には桜の季節、そこまではだというのだ。
ページ上へ戻る