儚き想い、されど永遠の想い
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440部分:第三十四話 冬の花その四
第三十四話 冬の花その四
「今現在もです」
「お花の。菊の手入れを」
「それをですね」
「そのことがとても嬉しいです」
婦人は目を細めさせて話す。
「だからこそこの菊達はです」
「奇麗なのですね」
「菊はそのままでも奇麗な花ですが」
ただそこに咲いているだけで。だがそれに加えてだというのだ。
「手入れを。愛情を込めるとです」
「さらにですね」
「はい、奇麗になる花です」
婦人は真理達にこう話していく。
「そして冷たい空気の中でも咲き誇ります」
「そう言われますと」
「どう思われますか?」
「人の様みたいですね」
婦人の話を聞いてだ。菊をその様に思ったのである。
真理はそのことをだ。婦人に微笑みながら話すのだった。
「それですと」
「そうですね。子供達と同じだと言いましたが」
「それもですね」
「はい、人と同じ様に手入れをすれば奇麗になるものですから」
だからそう思い言ったというのだ。
「私達にとっては本当に」
「お子様達そのものですか」
「そうです。ではその子供達を」
「はい、こうして」
「よく御覧になって下さい」
婦人は菊達をその左手で指し示しながら話した。
「私達の自慢の子供達です」
「それでは暫く」
「見させてもらいます」
義正も真理も応えてだ。冬の日差しに負けない明るさでだ。
その菊達を見ていく。その中でだ。
小さく数多くある花弁達を見てだ。義正がだ。
静香に笑みを浮かべつつだ。真理に話した。
「菊はですね」
「どう思われるのですか?」
「時々この世のものではない様に思えます」
こう話すのだった。その緑の茎や葉の上に咲く黄色や白の小さいが見事な大輪を見て。
「何か他の世の花に」
「そう思えるのですね」
「はい、思えます」
これが義正の今の言葉だった。
「人が奇麗にして。それが極限にまでなると」
「今の様にですね」
「はい、そう思える様になります」
こう言うのだった。
「不思議なことに」
「確かに。この菊達は」
「幽玄ですね。それは」
「それは?」
「能の様です」
その世界だった。義正が菊に見るものは。
「人が創り出す何処かこの世を離れた世界です」
「それが菊にありますか」
「静かで。それでいて美しい」
能の幽玄そのものだというのだ。
「引き込まれそこから離れられなくなるものがあります」
「人が手入れすると菊にそれが加わりますか」
「その様です。だからですか」
母が何故ここに行く様に勧めたのか。またわかったのだった。
「この世にありながらこの世にはない様なものもあるのですね」
「こうしてこの場にそれがあるからこそ」
「お母様は私達に勧めてくれたのです」
「有り難いことですね」
「全くです」
そのこと自体がだ。そうだというのだ。
「まことにです」
「ではこの花達を見て」
「幽玄を味わいましょう」
後は無言になってだ。菊達を見ている三人だった。そしてだ。ふとだ。婦人がその彼等に対してだ。小さいが確かな声で言ってきたのだった。
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