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儚き想い、されど永遠の想い

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431部分:第三十三話 鈴虫その七


第三十三話 鈴虫その七

「ではこの紅葉を」
「この子に」
「何かに挟んでいたいですね」
「ではこれを」 
 義正は着ているコート、黒く厚いそれの懐からだった。
 一冊の本を出してだ。真理に差し出してきた。その本はというと。
「これに挟んでこの子にあげましょう」
「その本にですか」
「はい、どうでしょうか」
「そうですね」
 見ればその本は詩集だった。書いているのは。
「島崎藤村ですか」
「秋とは離れているでしょうか」
「いえ」
 違うとだ。真理は答えた。
「林檎を貰う歌がありますね」
「あの歌はこの詩集の中にあります」
「林檎は秋の果物と思います」
 それでだというのだ。
「ですから。この紅葉もその詩集の中にあっていいと思います」
「そうしてですね」
「この子にあげたいです」
 ここでまた義幸の方を振り向いて言うのだった。
「そう思います」
「わかりました。それでは」
「はい、では」
 真理は義正からその島崎藤村の詩集を受け取ってだった。そのうえで。
 林檎の詩があるページを開いてそこに紅葉を入れてだった。
 義正にだ。こう述べたのだった。
「ではこの子に」
「あげましょう」
「はい、そうしましょう」
 こうしてだった。紅葉と詩集が義幸に渡されるのだった。
 それからだった。真理はだ。
 義正にだ。また言うのだった。
「もう少しこの場を歩きましょうか」
「公園をですね」
「見渡す限り紅葉で」
 見上げても見下ろしてもだった。ここは。
「そしてあまりにも奇麗なので」
「だからこそですね」
「もっと。見ていたいです」
 目が恍惚となっていた。そのうえでの言葉だった。
「ですから宜しいでしょうか」
「はい、勿論です」
 義正も断らなかった。そうしてだった。
 真理にだ。今度はこう答えたのだった。
「真理さんが心ゆくまで」
「すいません、本当に」
「紅葉も花も堪能するものですから」
「心で、ですね」
「心で味わったものは忘れられません」
 身体よりもだ。そうだというのだ。
「ですから。それを忘れない為にも」
「その為にもですね」
「この場にいましょう」
 公園にだというのだ。
「そして見ていきましょう」
「わかりました。それでは」
「ゆっくりと」
 こうした話をしてだった。三人でまた巡っていく。そうして山門やそうした公園の名所まで見回ってからだ。夕方になってからだった。
 真理はだ。満ち足りた声で義正に述べたのである。
「ではもう」
「満足されましたか」
「はい、とても」
「私もです。そしてですね」
「この子もですね」
 義幸をここでも見た。二人で。
 
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