ルヴァフォース・エトランゼ 魔術の国の異邦人
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人狩りの夜 5
前書き
原作ではまだ登場していない、レニリア姫を出しちゃいました。
帝都を騒がす仮面の義賊ペルルノワール。その正体はアルザーノ帝国王女レニリア姫。
「ななな、な、な、な、なにをほざくか!? 盗人の分際でなにをほざくかっ! 姫様の名を騙る不埒者が!」
「クェイド。あなたは先月の琥珀の間での謁見のおり、わたしにオルランド市場について質問しましたね」
「……っ!」
「そのときわたしはこう答えました『中央銀行の量的金融融和政策を過小評価するべきではない。準備制度の金利引き上げによる流動性も徐々に収まっていくのではないか』と。おぼえているでしょう」
「そ、そんなバカな。本当にレニリア殿下なのか……」
「そのとおりです。あるときは美少女仮面ペルルノワール、あるときは花屋の美少女看板娘シモーヌ、あるときは美少女吟遊詩人ミージュ、またあるときは美少女探偵アンジェリカ――」
「おまえそんないっぱい変装していたのか。つうか美少女押すな、おい」
「しかしてその実態はアルザーノ帝国女王アリシア七世が一子、愛と正義の美少女プリンセス☆レニリア(キラッ☆」
「…………」
「クェイド。あなたは侯爵という民草を守り導く貴族の地位にありながら守るべき人民をかどわかし、獣のように狩りたて殺しました。人倫にもとる鬼畜の所業、恥を知りなさい!」
「ぐぬぬ……」
「さらに不正に入手、飼育している合成魔獣をけしかけ、戯れに人を、わたしたちを嬲り殺そうとしました。その罪、断じて許しがたい!」
「…………」
「非道な悪事の数々、このアルザーノ帝国王女レニリアの目と耳を通して明々白々の下に晒されています。潔く法の裁きを受けなさい。もしくはこの場で歯ブラシで鼻の穴を磨き殺すの刑に処します!」
「いや、貴族の自決方法なら普通は毒酒をあおるとかだろ、なんだよそのえぐい刑罰」
「……は、ははっ、うぇーっはっは!」
「…………」
「姫様が、王女殿下がかような所に来られるはずがない! なにが王女殿下じゃ! いや、おまえなぞ姫様ではない、姫様の名を騙る痴れ者じゃ!」
「愚かな……」
「『暴れん坊将軍』でもおなじみの、定番の流れだな」
「ええいっ、たとえまことの姫様であろうと、ここで死ねばただの盗賊ペルルノワールよ!」
「うん、そんな科白も『暴れん坊将軍』であったわ」
秋芳たちの足下の床が消滅した。
落とし穴だ。
「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」
「《三界の理・天秤の法則・律の皿は左舷に傾くべし》」
秋芳とペルルノワールことレニリア姫。落下するふたりの口から、ほぼ同時におなじ呪文が唱えられる。
重力を操作する黒魔【グラビティ・コントロール】だ。
呪文は即座に効力を発揮し、落下速度が大きく減速。地面に叩きつけられることなく、ふわりと着地する。
そこは、大広間よりもさらに広い空間が広がっていた。
暗くはない。光源はドーム状の天井にいくつも灯された魔力光だ。
「なんだ、てっきり水牢にでも落とされてケルピーやマーマンといった水棲魔獣をけしかけられるとでも思ったぞ」
「ほう、中々興味深いことを言う。その発案、次回から使わせてもらおう」
「おまえに次はないわ、クェイド。悪あがきしないでとっとと鼻歯ブラシの刑に――」
OOOoooUUUuuuNNNnnn――
咆哮が轟くと壁の一角が上がり、新たな魔獣が姿を現した。
六本の足に獅子の顔をした、家ほどもある巨大な亀。甲羅をふくめ、その巨体には大小無数の透きとおった宝石のようなものでおおわれ、ほのかに光り輝いていた。
「次がないのは貴様らのほうだ。我が最強の宝石獣タラスクスの餌になるといい」
「宝石獣……かつてわが国が密かにおこなっていた合成魔獣研究の最高傑作として、理論上の設計だけはなされていたと言うわ」
「なんで『理論上』止まりだったんだ?」
「生産するためのコストがあまりにも高かったため、軍縮傾向にあった当時の政局にかんがみて実際に創られることはなかったの」
「ふぅん、そんなにすごいのか」
「様々な魔鉱石で構成された外皮は炎熱・冷気・電撃といった三属の攻性呪文が効かず、真銀と日緋色金以外のいかなる武器でも傷つけることができない硬度を――しまった!」
「どうした?」
「わたしたち、たった今、高い所から落下したのにスーパーヒーロー着地しなかったわ!」
「膝に悪いからやめろ」
「だから【グラビティ・コントロール】がかかっているときにするんじゃない」
「あれは高速で落下して決めるからこそかっこいいのであって、今さっきみたいにゆっくり落ちたときは『ふわり』と着地したほうが凄味が出るだろ。なんかこう武術の達人的な」
「それは東方人的な感覚ね。もっとこう、派手にいきたいのよ、わたしは」
UOOOUonnnッ……
咆哮とともに丸太のような前足を振り上げ、突進するタラスクス。
破城槌のごとき一撃を跳んで躱すレニリア。
地を走り避ける秋芳。
「まぁ、目まで硬いのね」
「足のつけ根もだ」
レニリアはレイピアで、秋芳は布棍で。避けると同時にそれぞれ攻撃をしたのだが、はじかれた。
大抵の生物の急所である眼球と四肢のつけ根も鋼の硬度を持っている。
UloooUOOOnnッ!
大亀獅子が雄叫びを上げると、その巨体に埋め込まれている宝石が激しく明滅する。
膨大な量のマナが放出し、破壊のエネルギーと化す。
「《光の障壁よ》!」
攻撃に備えてレニリアは【フォース・シールド】を唱えた。
黒魔【フォース・シールド】。無次元・有次元を間わず、あらゆる攻撃に対し有効な魔力障壁を展開する。非常に強力だが座標指定呪文なので、使用すると足が止まってしまうのが欠点。
呪文は即座に効果を現し、光の六角形模様が無数に並ぶ魔力障壁がレニリアの目前に展開。
ひと呼吸ほど遅れて目も眩む閃光と耳をつんざく轟音が炸裂した。幾条もの稲妻が乱舞し、雷音とともに視界を埋め尽くす。
タラスクスの全身から放たれた雷霆の嵐は【プラズマ・フィールド】にも匹敵するだろう。
「《霧散せよ》」
一方の秋芳は【トライ・バニッシュ】によって放電攻撃を無効化。雷霆は秋芳の周りで煌めく塵のような魔力の残滓となって空間に散華した。
黒魔【トライ・バニッシュ】。空間に内在する炎熱、冷気、電撃の三属エネルギーをゼロ基底状態へ強制的に戻して打ち消す、対抗呪文の基礎。
一般的に防御呪文は【フォース・シールド】、【エア・スクリーン】、【トライ・レジスト】の三種が基本とされる。
それぞれに『万能で強固だが足が止まり移動ができない』、『万能で自由に動けるが物理的な衝撃に弱く消滅しやすい』、『自由に動けて魔力が続く限り永続的だが効果は三属性だけで損傷を軽減するだけ』と、おのおのに一長一短がある。
これら三魔術が受動防御ならば、【トライ・バニッシュ】は能動防御といえるだろう。
相手の攻撃を読み、先んじて動いて無効化する。その性質ゆえ決まれば決定的だが失敗すれば、もともこもない。
実戦で多用する機会は限られている。
それを、秋芳はもちいた。
なぜか?
見鬼によってタラスクスの攻撃を電撃属性だと見抜いたからだ。
UOOOnnッ!
タラスクスの甲羅がふたたび激しく明滅し、マナが放出。こんどは、雷ではなく炎。
燃え盛る火焔の渦が室内を焦がす。
「…………!」
「《霧散せよ》」
レニリアはそのまま障壁を維持し、秋芳は再度【トライ・バニッシュ】で炎を消し去る。
「雷に火ときて、次は氷かしら?」
「……いや、また雷だ」
迸る雷光。
灼熱の爆炎。
炸裂する火球。
荒れ狂う迅雷――。
雷火の乱舞。タラスクスは雷と炎をでたらめに放ちまくる。
そのつど秋芳は打ち消し、レニリアはさらに魔力を奮い、障壁を強化していく。
「レイヴン、ちょっとこっちに来て」
秋芳はレニリアの手招きに応じ、【フォース・シールド】の範囲内に素早く移動する。
「あなた、なんで次に来る攻撃の種類がわかるの?」
「魔力の動きを読むのが人よりも少し早い体質なんだ」
むろん、これは見鬼のことである。
「まぁ、便利なこと」
「それよりこのままではジリ貧だぞ。なにか手があるのか?」
「三属性以外の攻撃手段、風の魔術を試してみるわ」
「強力な風魔術の心得があるんだな」
「【エア・ブレード】を使うわ」
「極めれば岩盤をも切断し、人の体ならば一滴の血を流すことなく両断する真空の刃を生み出すという攻性呪文か」
「ええ、でもわたしの実力じゃあそこまではいかないかも。それでも試してみる価値はあるわ。ただ、【エア・ブレード】は節数が多いし、集中に時間がかかるから時間稼ぎをお願いするわ。あいつの注意をそらしてちょうだい、あなたならあいつの攻撃を寸前で散らせるでしょ」
「やってみよう」
言うが早いかタラスクスの前へ飛び出し、鼻先に布棍を叩きつけた。
足の踏み込み、腰の回転、肩、腕、手首のひねり――体内で練った勁力が槍と化した布を螺旋状に伝わり、浸透系の打撃となる。
鋼の硬度を誇るタラスクスの外皮だが、内部に伝わる衝撃までは無効化できない。
KISYAAAaaaッッッ!
たいていの動物にとって鼻は神経の集中する急所である。魔改造をほどこされた合成魔獣であるタラスクスも鼻を攻撃されるのはいやのようで、いきり立って秋芳に狙いをさだめた。
牙を剥き出し、六本の足を振り回して暴れまわる。
秋芳は杭のような牙と丸太のような足による猛攻をかいくぐり、布棍を一瞬のうちに二閃三閃させる。
魔鉱石におおわれた外皮には傷ひとつつかないが、打撃に込められた勁力がタラスクスの筋肉と神経を痛めつける。
内傷というやつだ。
この闘方は、ここルヴァフォース世界では魔闘術と呼ばれる技法に酷似していた。拳や脚に魔術を乗せ、インパクトの瞬間に相手の体内で直接その魔力を爆発させるという、魔術と格闘術を組み合わせた異色の近接戦闘術に。
(牛鬼よりもでかいな、こんなデカブツとやり合ったのは鈴鹿山の大鬼以来か)
秋芳とて元の世界では数多の動的霊災を修祓してきた猛者である。
小山の如き体躯をした合成魔獣が相手でも、一歩も引かず応戦する。
「――《天翔る風竜よ我らにその力を示せ・天を仰ぎし者どもよ地にひれ伏し祈れ・空よ裂けよ・ 颶風よ猛れ・大地を覆いし黒雲を切り裂け》――」
一節詠唱と三節詠唱――。
基本的に呪文の詠唱は三節でおこなわれるが、略式詠唱のセンスがあれば一節による詠唱も可能である。
特徴として一節詠唱は素早く魔術を発動させることができるが、暴発する危険性がある。
一方、三節詠唱は発動速度が遅いが魔力の消費効率が一節より良い。
俗なたとえをすれば、一節詠唱はMPを多く消費する。というやつだ。
そして非殺傷系の攻性呪文でも時間をかけて魔力を練り上げ、三節以上の詠唱節数をかけて呪文を唱えて威力を最大限に高めれば、 じゅうぶんな殺傷力を得ることができる。
この応用で、本来ならばあつかえない高レベルの呪文であっても詠唱と集中に時間をかければ使用可能なのだ。
レニリアを中心に竜巻が発生し、周囲にかまいたちが発生。黒魔【シュレッド・テンペスト】にも等しい風の刃が吹きすさぶ。発動前でさえ、このような現象を引き起こすのだ。【エア・ブレード】自体の威力たるや、どれほどのものだろうか。
両手が舞うように動いて幾度も宙に印を刻み、十字を切る。
轟ッ!
上下左右から不可視の刃が迸り、タラスクスの甲羅を削って壁に大穴を空けた。
「おお、すごい! まるでバギクロスだ! ……だが、惜しいなぁ。あたっていれば決まっていたのに」
真銀と日緋色金以外の武器では傷つけることができないといわれる宝石獣の堅固な甲羅を削り取り、背後の石壁にはくっきりと十文字の形で大穴が穿たれていた。
その断面はなめらかで、まるで鋭利な刃物でホールチーズを切り分けたかのようだ。
「ふぅ……、使いなれない魔術を使うとこれだから――。レイヴン、悪いけどもう少しそいつをひきつけてくれない。次は絶対にはずさないわ」
「やめておけ、あんな大技を続けて放てばマナ欠乏症になるぞ」
「ならどうするのよ、なにか考えがあるわけ?」
「ああ、ある。こいつ、さっきから直接攻撃のほかは炎熱と電撃しか使ってこないよな」
「ええ、そうね」
「ドーム型の背甲と平たい腹甲に円形の鼻孔。この合成魔獣のベースとなった生物はサイネリアノロガメじゃないかな」
「わたし、動物のことはあまりくわしくないから」
「サイネリア島を中心とした温暖な島々にしか生息できない、寒さに極端に弱い生き物だ。宝石獣に改造されても寒さに弱いという特徴があるのかもしれない」
「弱点が冷気だとしても、魔術が効かないなら、どうしようもないわ」
「あいつの体を直に冷やす必要はないだろう。この部屋を氷室にしてやるから、【エア・コンディショニング】で暖をとれ」
秋芳の意図を察したレニリアはすぐに【エア・コンディショニング】――術者周りの気温と湿度を調整する特殊呪文(エクストラ・スペル)を唱える。
「《銀嶺より吹きし冷風よ・氷原を駆け・凍土に満ちよ》」
瞬時に血液が凍るほどの強烈な凍気と、それによって生じた氷弾の合わせ技によって標的を粉砕する【アイス・ブリザード】でも、空気も凍る極低温の輝く凍気を広域に展開する【フリージング・ヘル】でもない。
【クーリング・マテリアル】。対象物の温度を下げる地味な冷却呪文。魔力を消費し、維持し続ける必要があるが、理論上は絶対零度まで下げることが可能だ。
UOOOッ!
妨害しようとタラスクスが炎雷を放とうとするが、不発に終る。レニリアの【エア・ブレード】による損傷で、マナの放出ができなくなったのだ。
穿たれた甲羅についた宝石はただただ明滅を繰り返すのみ。
それならばと呪文を唱え続ける秋芳に襲いかかるが――。
「おっと」
「《銀嶺より吹きし冷風よ・氷原を駆け・凍土に満ちよ》」
呪文を中断した秋芳に代わりレニリアが続きを唱える。
目標をレニリアに変えて攻撃しても軽やかにかわして秋芳が続きを詠唱。また秋芳を攻撃し、レニリアが続きを詠唱。
蝶のように舞い、燕のように翻り、さらりすらりと柳に風とばかりに華麗によけては冷却呪文を交互に唱え続けるうちに、タラスクスの動きが次第に鈍くなる。
室内の温度の低下が、寒さに弱いその体を蝕んでいるのだ。
体温を調節する機能がなく、 外界の温度によって体温が変化し、新陳代謝に影響を受ける変温動物は低温になると種々な活動が不可能となり、冬眠や休眠するものが多い。
秋芳の推測通り宝石獣タラスクスには素体となったサイネリアノロガメの変温動物の特性が残っていたのだ。
やがて、タラスクスはその動きを完全に止めた。
後書き
ドラゴンマガジンに『真・三国志妹』という作品が載っていたのですが、主人公がしょっぱなから「劉備玄徳」と称していて萎えました。
劉備玄徳、諸葛亮孔明、関羽雲長――。
などと、姓+名+字で呼んだり書いたりすることは漢籍に親しまなくなった最近の日本人のまちがい。
劉備か劉玄徳、諸葛亮か諸葛孔明、関羽か関雲長――。と、姓の次は名か字かにちゃんとわけないといけない。
もう20年くらい前から作家の田中芳樹が指摘しており、彼以外にも高島俊男や大森洋平といった中国文学者や時代考証の先生も指摘しています。
コーエーのゲームじゃそのあたりが守られていましたね。
こういうの、ラノベだからといっておろそかにして欲しくないものです。
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