鎮守府のみかんの木
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5.冬
冬。一年もの長きに渡り、ずっと我慢を強いられていた私たちみかんが、ついに本領を発揮する、私のための季節だ。
「わぁ〜。今年も大きなみかんがたくさん成ったのです〜」
「ホントだなぁ〜イナズマぁ〜」
集積地と電が、白い吐息を吐きながら、きれいなオレンジ色に染まった私の実をしげしげと見つめた。電はピンク色の可愛らしいミトンを、集積地はその抹茶色のジャージによく似合う、無骨な軍手をその手につけていた。
「今年も豊作ですねイツキさん?」
「さすが先輩。毎度のことながら、俺たち後輩にうまいみかんを届けてくれる……いやぁ、頭が下がりますなぁ先輩っ」
水色のバケツを持った大淀が私をそう賛辞を送ったかと思えば、提督のサクラバは私の幹をバシバシと叩く。私のことを先輩だと思うのなら、少しはその失礼な態度をわきまえていただきたいのだが……まぁいい。喜び故のハメ外しだと受け取ろう。
「ホントですね。今年も美味しいみかんが食べられそうです」
「秋口はすっぱいみかんでひどい目を見たからな……それはそれは美味なみかんでなければ、私も困る。キリッ」
赤城とロドニーもうれしそうだ。しかしロドニーよ。私の気遣いを『ひどい目』とは何事か。私はお前のことをこんなにも案じていたと言うのに。まぁいい。照れ隠しだと受け取っておこう。
その後鳳翔や変態ソラール、神通や川内といった面子も顔を出し、私の身体に成ったみかんの実の収穫が始まった。
「ではいただくのです。よいしょ」
うむ。心して食せ電。
「よっ……あれ……取れない……」
無理して引きちぎろうとするんじゃない集積地っ。キチンと電のように剪定バサミを使えっ。
「ハサミを使うのめんどくさいな……剣ではダメか?」
「キチンとハサミを使いましょうよ……余計なところを斬っちゃうでしょう?」
赤城の言うとおりだぞロドニー? キチンと剪定バサミを使え。パチンと切るその快感は癖になるぞ。主に私が。
「みかんさん今年もごちそうさま! お礼に今度、せんせーに内緒で夜戦に付き合ってあげるよ!!」
「姉さん……でも、ホントに毎年、美味しそうなみかんですね」
……夜戦とは一体……? 木である私に一体何を期待しているのやら……
そんなこんなで、みんなでわいわいと賑わいながら、一つ、また一つと、和体の身体のみかんが収穫されていく。
「よし。あと二、三個だな」
と残り少なくなった私の実にソラールが手を伸ばした時。
「先生? それらは木守りですから、収穫してはダメですよ?」
と神通が制止していた。
「木守り?」
「ええ。他の小鳥たちへのおすそ分け兼、来年もまた豊作でありますようにというおまじないです」
「なるほど。ではこれらは収穫せず、残すべきだな」
そうして木守りの実を残し、ほぼすべての実の収穫を終えた彼らは、
「……では、今年のみかんをいただきましょうか」
という鳳翔の声とともに、一つずつ私のみかんを手にとって、皮を剥き始めた。各々皮を剥き終わり、一房取って、それを口に放り込むと……
「……ん!」
「美味しい!!」
「ん〜甘酸っぱいのです!!」
「くおッ!? 今年もすっぱ!!!」
と約一名を除き、最高の出来に仕上がった私のみかんへ、惜しみない賛辞を送ってくれた。
「ん〜……今年も上々ですねぇ……」
「どこが上々だっ……秋口のやつよりもさらに酸っぱいじゃないかっ!」
私の実の甘酸っぱさを堪能する赤城のその横で、相変わらずロドニーは顔のパーツのすべてを顔の中央に集めて、涙目で身震いしていた。しかし運が無いなロドニーは。毎年すっぱいみかんの被害者第一号だなぁお前は。
しかし、私も誇らしい。この一年の努力の結晶が、こうして皆の口に運ばれ、そして『うまい』と称賛してくれる。みかんとしてこの世に生を受けた者として、これ以上の幸せはあるまい。私が最もうれしいのは、この、『美味しい』の一言だ。
「ん〜おいしい〜! せんせーにも持っていってあげなきゃ!」
川内が嬉しそうな笑顔で、そんな嬉しいことを叫んでいる。そこまで言われると、わたしもみかんとしてとても誇らしい。
「ホントですね。こうやって、毎年美味しいみかんが食べられる……智久さんにも、食べもらえる……これもすべて、みかんさんのおかげですね。ありがとうございます」
智久というのは確か……時々鳳翔とともに来て、チェロとかいう姉妹と共に音楽を奏でてくれる彼のことだったはずだ。そうか。私の一年の努力の結晶を、彼にも食べていただけるか……うれしいな。皆に認められ食べてもらえ、そしてほめてもらえるというのは。
……だが鳳翔。そして鎮守府の皆。私こそ、皆に感謝する。皆が私を愛し、献身的に手入れして、そして美味しい実がなる手助けをしてくれていたからこそ、私は毎年、こんなに美味しいみかんを皆に届けることが出来るのだ。
いわば、この美味しいみかんは、皆の努力の結晶ともいえる。そんな素晴らしいみかんを皆の口に届けることが出来る私は、みかんとしてこの上なく幸せだ。
私こそ、皆に感謝する。ありがとう。私に美味しいみかんを皆に届ける役目を与えてくれて……。
そんな風に皆が私のみかんを堪能し、私が感慨にふけっていたら……
「……あ、集積地さん! 雪なのです!!」
「ホントだ! 積もったら雪合戦でもやるかイナズマ!!」
「はいなのです!!」
空からはらりはらりと、雪が降ってきた。知らないうちに空は曇っていたらしい。お日様はいつの間にか雲に隠れ、やがてたくさんの真っ白い雪が、周囲に積り始めた。
「ああ。本格的に降り出してきましたね。智久さんにあとでマフラーでも届けましょうか……」
「やったのです! これなら雪だるまも作れそうなのです!!」
「よし! じゃああとでどっちが大きい雪だるまを作れるか競争だなイナズマ!!」
「ぇえ〜……電は集積地さんと一緒に雪だるまを作りたいのです……」
「ええっ……そんな……イナズマ……っ!」
みんなが大騒ぎする。この地はあまり雪がふらない。ゆえに電たち小さい子は雪が降れば大騒ぎだ。数十分後、電と集積地の2人は、きっとお化けのように大きな雪だるまを作って、私の隣に置いてくれることだろう。
「……ぉお神通、見ろ」
「はい? 先生どうしました?」
「みかんの木にも雪が積もっているが……木守りのみかんがとても鮮やかでよく映える」
「ホントですね〜……とてもキレイです」
「ああ。まるで空に浮かび、我々を暖かく見守る太陽のように美しい……」
「ホント……オレンジ色がお日様のように映えますね……」
変態ソラールと神通も、私の木守のみかんを見つめて、そんな風に目尻を下げていた。
「よし……日頃の意趣返しとして、普賢院智久には私が選んだすっぱいみかんを……」
「あなた不思議とすっぱいみかんを引き当てますもんねぇ……でもそういう時に限って、美味しいみかんを引き当てちゃいますよ?」
「なんだとッ!? ならこれならどうだ赤城ッ!?」
「どれどれ〜……うん。とても美味しい上等なみかんです」
「バカなッ!? どれどれ……くおッ!? すっぱ!!!」
「同じ実なのに、美味しかったりすっぱかったりするんですねぇ。勉強になります……」
「房単位かッ!? 房単位で私が選ぶものは酸っぱいのかッ!? どんな運命のいたずらだッ!!」
と騒ぐロドニーと赤城だが……ロドニーは知るまい。そうやってすっぱいみかんで悶絶しているその腰には、お前のことを常に案じ、そして今は主の醜態に冷や汗をかいている、忠義の士、剣がいるということを。
ともあれ、私は今年も仕事を成し遂げた。皆に美味しいみかんを届ける……世界でたった一人だけ、私だけが出来る、私にのみ許された、私だけの使命……そして、私の喜び。
「みかんさん、みかんさん」
皆が今年のみかんの出来にうなり、ロドニーが酸っぱさに悶絶して大騒ぎしている中、鳳翔が静かに私の元にやってきて、その暖かい右手で、私の幹に触れた。
「みかんさん。……おかげさまで、今年もおいしいみかんにありつけました。今年もお疲れ様でしたね。ありがとう」
いや、礼には及ばない。このみかんは、いつも私を献身的に世話してくれる皆への、いわば私からの礼だ。遠慮なく受け取ってくれ。そして、美味しく食べてくれれば、これ以上の喜びはない。
「……よかったら、また来年も、こんな風においしいみかんを、たくさん私たちに届けて下さいね」
任せろ。皆が私を愛してくれる限り、私は全力で美味しいみかんを、皆に届けてご覧に入れる。
そうして私は、今年も一年がかりの大仕事を終えた。今年のみかんの出来も上々。皆に喜んでもらえる、極上のみかんを届けることが出来た。
きっと来年も、そのまた来年も……極上のみかんを皆に届けることになるだろう。約一名は、永遠にすっぱいみかんで悶絶することになるかもしれないが……私がここにいる限り、皆に素晴らしいみかんを届けることを、私は心の中で約束した。
では、私は今年の休眠期に入る。同士でありライバルの、桜の奴らが蕾をつける頃に、私はまた目覚めることにしよう。
……わたしを愛してくれる皆よ。来年の春頃にまた会おう。来年も楽しみに待つがいい。皆が私を愛してくれる限り、私は毎年、極上のみかんを届けて差し上げる。
では、私が愛する鎮守府の皆よ……おやすみ……zzZZZZ
休眠。
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