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鎮守府のみかんの木

作者:おかぴ1129
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3.夏

 夏。私の体中に小さな実がつきはじめ、全身がむずむずとかゆくなってくるこの季節。太陽が照りつけ地面から水分を奪い、のどが渇いて仕方がない。

『キシャァァアアア!!! ォォオオオシ!!! ツクツクツク!!! ニーヨーイィイイイイ!!!』

 忌まわしいセミのやつが時々私の身体にしがみき、私の体液を吸い取っていく。おかげで、たたでさえのどが渇いて仕方ないのに、さらにのどが渇いていく。喉の渇きと全身のムズムズに今日も耐えて、お日様の光を浴びて光合成を行っていたら。

「貴公! はじめましてだな!!」

 そんな男の声が聞こえ、チャリチャリと何か金属同士が擦れる音と共に、ずいぶんと妙な格好をした変態が姿を表した。その手に持つプラスチックのバケツの中には、剪定バサミと思しきものが入っていた。

「ああ、貴公もどうやら、亡者ではないようだ」

 私も人と触れ合うようになってもう10年近くたつが、私もまだまだ精進が足らないようだ。真夏のこの時期に頭に金属のバケツをかぶり、全身に太陽のマークが入った分厚い服を着込むこの男の言っていることが、私には最初さっぱり理解出来なかった。

「俺は太陽の騎士ソラール。俺の太陽から聞いているかもしれないが、今日は貴公の摘果をさせていただくために来た。初めてゆえ至らぬ点もあるだろうが、そこは勘弁していただきたい」

 そういってこの男は私の前で、両手を斜め上に伸ばして両足をキレイに揃え、背伸びをするように伸びている。この動作が一体何を意味するものなのか、私にはさっぱりわからなかった。その後この変態自身が……

「ちなみにこのポーズは太陽賛美という」

 と説明をしてくれたのだが、やっぱり意味がわからなかった。

「本当は俺の太陽も一緒にここで摘果をさせていただく予定だったのだが……許してほしい。彼女は急な用事が入ってしまったので、本日は俺だけで摘果をさせていただく……」

 この変態……ソラールはそう言いながらバケツの中から剪定バサミを取り出し、私の枝に鳴る小さな実を一つ取ると……

「ふんッ」

 と小さな声を上げ、その小さな実をパチンと切り落とした。その瞬間、私の全身を言い知れぬ快感が走り抜けていく。

 我々みかんは、必要以上に果実をつけてしまうよう、身体ができてしまっている。そのままではすべての実に栄養が充分に行き渡らず、その結果すべての実が、小さく、美味しくない実になってしまう。

 そのため、毎年美味しい実をつけるためには、適度に小さい実を摘み取る『摘果』という作業が必要不可欠だ。摘果を行うことで、残りの実に栄養が行き渡り、それらが甘く美味しい実となるのだ。

「ふんふ〜ん……たいよ〜ぅ……俺のぉぉおう……」

 必要以上になってしまった実は、人間で言えば『伸びすぎた爪や髪の毛』みたいなもので、そのままほおって置くと私自身もとても気持ちの悪いものなのだが……

「♪〜たいようだぁ~からぁあ~……んん~♪」

 このソラールという変態……はじめてとは思えないほどの正確な摘果の腕前だ……不必要な実を的確に選び、そして確実に摘んでいくその所作は、熟練の農業従事者を思わせる。

「♪〜……おっ。これも摘み取らねば……パチリ」

 そしてこの鮮やかなハサミさばきはどうだ。まるで私の快感ポイントを知っているかのようではないか。この変態が剪定バサミをパチリと鳴らす度に、私の全身をスッキリとした心地よさが駆け巡っていく。

 そうして暫くの間、この変態のハサミの鮮やかな腕前に酔いしれた後……変態が剪定バサミをバケツの中に入れ、私の全身をしげしげと見つめた。

「……よし。こんなものだな。貴公のみかんは実にうまいと聞くが……これでさらにうまいみかんを、その身に宿すことができるだろう」

 摘果が終わったようだ。私の身体もずいぶんとスッキリした。余計なものをハサミで切り落としたおかげだろう。身体が軽い。今なら風に乗ってどこまでも飛んで行くことができそうだ。無理だけど。

「……知っているか貴公」

 そう言って変態が、私から視線を外した。彼の視線の先にあるのは、真夏の太陽。やる気を必要以上に振りまき、その熱意とやる気で、日本全土を余すことなく照りつけている。

「貴公がうまいみかんをその身に宿す条件……それは、太陽の光を充分に浴びることだそうだ……太陽は偉大だ……我らを温かく見守るだけでなく、貴公に素晴らしくうまいみかんを届けてくれる……まるで、我々を導き育ててくれる、父のようだ」

 この男……口を開けば太陽太陽と……しかしこの変態が言っていることもあながち間違いではない。

 お日様の光を存分に浴びた年の私の実は、鳳翔が『今年のみかんは甘酸っぱくて美味しいですねぇ……』と満面の笑みで褒めてくれるし、逆にあまりお日様の光を浴びることができなかった時は、『くぉッ……!? 赤城!? 今年のみかんはなぜこんなに酸っぱいんだッ!?』とロドニーが悶絶している。

 この男……伊達に太陽太陽と口走っているわけではないということか……私とお日様の関係を的確に把握しているとは……。

「!? 貴公!?」

 急に変態がしゃがみ、私の根本の土をすくい上げた。私の根本は連日お日様が照りつけているせいで、もはや砂のようにサラサラに乾燥してしまっている。

「土が乾燥しきっているではないか!」

 気のせいだろうか……鉄のバケツを被るこの変態の額に、汗が見えたのは……

 変態は『少し待っていてくれ……』というと、私の前から姿を消した。時々『がちゃどちゃり』と音を立てて前転し、背中から着地していたのが気になったが……それに何か意味があるのか?

 ほどなくして、変態は私の前に再び姿を表した。

――ヒヤァァァアアアアアアア!!!

 こんな具合で世紀末色が濃い雄叫びを上げる、緑色のプラスチックの、ぞうさんジョウロを片手に。

「貴公。土がそんなに乾いていると、さぞ喉が乾くだろう。このぞうさんジョウロで俺が貴公に水をやろう」

――俺にびしょ濡れにされたいヤツはどいつだぁああ!!!
  ヒヤァァァアアアアアアア!!!

 ぞうさんジョウロの叫び声は、恐らくこの変態には届いていないのだろう。朗らかな表情のまま、変態は私の頭のてっぺんから、ぞうさんジョウロで水をかけてくれた。

――どうだ!!! 冷てぇか!? 冷てぇか!?
  ヒャッハァァアアアアアア!!!

 今日はお日様がいつも以上にやる気を振り絞っていて、とても暑い。そのためこの変態がかけてくれる水の冷たさが心地よく、私の身体を伝って地面に落ちる水が、私の喉を潤していく。

――ソラールァあ!! かけてやれ!! もっとだ!!!
  こいつを水浸しにしてやろうぜぇぇぇぁぁあああ!!!

 ぞうさんジョウロのロックな叫びは耳障りだが……それにしても心地よい。乾いた私の身体に、変態がかけてくれる水が静かに、心地よく染み込んでいく……それに、この暑さだ。ひんやりとした水がとても心地いい。

「ぉお! 貴公!!」

 不意に変態が声を上げた。何事かと思ったが……

「心地よさそうな貴公の様子に、太陽が祝福を施してくれたぞ! 虹だ!!!」

 変態がひときわ嬉しそうに、私にそう教えてくれた。見ると、変態ソラールがぞうさんジョウロでかけている水のその向こう側に、七色に輝く美しい虹が見えていた。

 照りつけるお日様の眩しい光の中で、キラキラと輝くぞうさんジョウロの水しぶき……そしてその向こう側には、輝く虹のアーチ……美しい。この季節にしか見ることの出来ない美しい光景が、私と変態ソラール、そしてぞうさんジョウロの前に、広がっていた。

「太陽よ……このような美しい奇跡の光景を俺たちに見せてくれたこと、感謝する」

――どうだテメェエ!! 俺様の無慈悲な水攻撃で、
  テメーは水浸しだぜヒャァァアアア!!!

「そして、貴公にも感謝する。貴公の摘果をさせていただいたおかげで、このような奇跡の光景を堪能することが出来た。……みかん。ありがとう」

――どうだ!? 涼しいか? 涼しいか!?
  ヒヤァァァアアアアアア!!?

 交互に私に言葉をかけてくれる変態ソラールとぞうさんジョウロ。そんな彼らの周囲には、先程ぞうさんジョウロがぶちまけていたシャワー状の細かい水滴が漂っていた。

「太陽に愛された貴公だ……そのまま精進をつづけていれは、きっと貴公も、太陽の戦士へとなれるだろう……」

 そう言って遠い目で太陽を眺める変態ソラールの言葉は、最後まで理解することができなかったが……そんな彼の背中の向こう側には、きれいな虹が見えていた。

 
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