ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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侍娘-クリスティナ-part4/悩む戦士たち
ウルトラマンネクサスが存在していた次元の地球。
この日も、ナイトレイダーは新宿に現れたペドレオンの殲滅任務を遂行し、無事犠牲者を出すことなく成功させた。戦果は上々。望むべき形の終わり方だった。
しかし、孤門は悩みを抱えながら廊下を歩いていた。
シュウが行方不明となり、その後吉良沢から明かされた『彼の真実』。これまで幾度となく、スペースビーストとの戦いで身を裂くような痛みを抱え悩み続けた孤門。このときの彼は、当時と同じように悩み続けていた。
「また悩んでいるようだな、孤門」
向かい側から、ちょうどやってきた和倉隊長が孤門に声をかけてきた。
「隊長」
「今度はどんな悩みを抱えているんだ?大体は予想つくが…黒崎のことか?」
「…はい」
シュウのことを指摘され、孤門は重い表情を浮かべながら頷いた。和倉は孤門のその顔を浮かべる理由が何なのか、察しがついた。
「…その様子だと、CICから聞いたようだな。あいつが我々の仲間に加わった真の理由を」
再度頷く孤門。しかし、その『理由』のことを思い出して、納得しきれない様子を見せ始める。
「でもまさか、そんな理由でシュウがナイトレイダーに加わっていたなんて…だけど、イラストレーターの話が真実なら、どうして彼を僕らの部隊に入れたんでしょうか?いいにくいことですけど…その…危険が伴うことになるんじゃ…いや、それ以前に、シュウは彼女を!」
「上層部からの命令でもあったんだ。黒崎の身体検査の結果、免疫判定がこれまで測定された人間の中で最も高い数値を出している。そこには恐らく…」
「まさか…憐のときと同じように!?」
孤門の脳裏に、過去の戦いの出来事の一端が蘇った。
「それもあるだろうな」
和倉も孤門の言おうとしていたことを理解した。
かつて、シュウの遊園地でのバイト仲間でもあった憐は…ウルトラマンネクサスとして戦っていた時期があった。その際、憐は松永たちに捕縛されてしまったことがある。目的は、ウルトラマンの光の波動データを調べ、手に入れること。だがそれには、適能者の命さえ脅かしかねない危険な実験を行わなければならなかった。ただでさえ当時、憐は命に係わる不治の病に侵されていた。確実に憐の命を落としかねない行為に反発した孤門たちナイトレイダーは、TLTに反旗を翻すことになるのを承知の上で、憐を連れ出してTLTを脱走したことがあった。今では反逆の罪を許されて、こうして以前どおりナイトレイダーとして戦っているのだが…。
「だが、憐の一件がこの基地内で知れ渡り、昨年の最後の戦いを経て、ウルトラマンを兵器としか見ないやり方に反発する者が出始めている。だから上層部はせめて『監視』に留めることに決めたそうだ。以前ならこれだけでも考えられない措置だがな。ならせめて監視しつつも、あいつを隊員の一人として育てようとする凪の提案を受け入れた」
凪の提案、彼女が自ら教官となってシュウにナイトレイダーとしての基礎を叩き込むことだ。入隊したてのシュウに、真っ先にそうした凪の行動に、孤門は正直驚いていた。
「黒崎がいなくなって以来、凪も冷静に振舞おうとしている。だが空いた時間を得ると、黒崎を自分の足で探しに向かうこともあるそうだ」
「副隊長が?」
「どこか似ていると思ったのかも知れんな。溝呂木に…」
溝呂木。その名前を聞いて孤門の顔が曇る。怒りもあれば、それだけではないと言い聞かせようと、理性でそれを押さえようとしているようにも見えた。
だが一つ、この場にサイトたちがいたら、彼らの言い回しに違和感を覚えたかもしれない。ウルトラマンの光のデータを得る。その実験のために憐を捕らえていたこと。それを同じ理由で、当時まだウルトラマンじゃなかったはずのシュウも監視しているような言い方だった。
同じように、ここにも悩める少年が一人。
ルイズの使い魔のだろうして、この世界を守っている光の戦士ウルトラマンゼロこと平賀サイトである。
あれから、シュウとテファの二人は、ようやく歩み寄り始めたようだ。まだシュウは暗い様子だが、ティファニアの献身とリシュの存在で以前よりも表情が穏やかになったように見られた。
だが、シュウのことはひとまずとしてももうひとつ問題があった。留学してきた異国の侍王女クリスのことだ。
授業中、ルイズはアンリエッタからクリスのことを頼まれている身でもあるため、時折様子を見ているが、この日もクリスは孤立している様子だったらしい。それどころか、ルイズの主観ではあるが「自分から積極的に入り込もうとしているようにも見えなかった」らしい。サイトとしては、それは気のせいだと思った。侍というひとつのキーワードをきっかけに、自分に積極的に接してくる。その際どうもルイズとハルナ、それに加えて様子を見に来るシエスタの視線が痛いが…。
しかも、この日ある事件が起きた。
中庭に設置されている、テーブルや椅子が並べられた休憩スペース。そこにいる男子生徒の一人が口を開いた。
「ルイズの奴、まだこの学院に来ていたのかよ」
その生徒は、以前からルイズを馬鹿にしてきた生徒の一人だった。本人がいないことをいいことに、さらに罵ってくる。
彼に続いて、今度はもう一人、女子の生徒も絡んできて話に乗っかってきた。
「どうせ授業を受けたって無駄よ。この先も魔法を使えないことが目に見えてるもの」
「そういや、一度家に連れ戻されてたみたいだからな。そのまま家に閉じ込められときゃいいのによ」
「だな。あいつ自身、魔法がロクに使えもしない『ゼロのルイズ』だもんな!!寧ろ失敗魔法をさらして僕らに迷惑かけるに決まってる」
途端に大笑いする、ルイズを馬鹿にする生徒二人。他にも二人同調する者も現れ、共にここにいないルイズを笑い出した。中にはルイズを憐れんだり、彼女を馬鹿にする生徒を軽蔑する者もいたが、彼らはそれを口に出そうとしなかった。授業中は自主トレに励んだり、シュウたちの様子を見に行ったりしていたサイトも、そのタイミングで鉢合わせた。
(あいつら…!!)
ルイズはこれまで、ウルトラマンでもある自分と共に、この国、この世界のために戦ってきた。虚無の恩恵だけじゃない。彼女自身が何とか自分が誰かの力になろうとしている、それを笑う彼らに対して怒りを覚えた。
そんな時だった。
「貴様ら、なぜ笑う?」
通りがかったクリスが、ルイズを馬鹿にする生徒たちに鋭い視線を向けた。異世界人でありながら侍を自称しているだけあり、その眼光に生徒たちは怯んだ。
「ルイズの魔法の際は褒められたものじゃないかもしれない。だが、それでも挫けることなく、ましてやお前の侮辱にも耐えようとする強靭な心を嘲笑う。
そんな彼女を笑うとは、同じ魔法学院の…トリステイン貴族として恥ずかしいとは思わないのか!?」
彼女の生徒全員に向ける叱咤に、教室内の生徒たちは押し黙った。
(クリス…!)
変わった奴だとは思うが、やはりいい子だ。
しかし、その発言がきっかけだった。
クリスは以前より一層、クラスで孤立した。
騒ぎを聞きつけたルイズからも、「余計なことは言わないで!」と厳しく諫言された。その言葉に関してサイトは反発したが、ルイズは聞き入れず、そのまま自室にこもってしまった。
「ルイズの奴、なんで…」
その後、かばったのにどうしてクリスに反発したのか理解できずに、中庭でサイトは悶々としていた。
「まったく意味が分からないね。クリスから庇ってもらったのに、恩知らずな奴…」
ハルナも…いや、アキナも同じことをキツめに口にしていた。彼女もルイズの受け答えに不満を抱いたせいか、自然と人格が交代していた。
「やれやれ、平民の君たちにはわからないだろうね」
そんな二人のもとにギーシュたちも混ざってきた。
「どういうことだよ?ルイズを庇ってやったのに?」
「確かに悪くないわ。けど問題でもあるの」
よくわからないとばかりにサイトが問うと、モンモランシーやギーシュ、そしてキュルケも理由を明かした。
彼らの話をようやくすると、侍であろうとする姿勢を保っているほど生真面目、ノリが悪いともいえる性格であること、それ以前に小国の王女でもあるということが敬遠される要因でもあるそうだ。王女と仲良くすると、その国に取り入ろうとしていると思われるのだそうだ。
「小国に取り入ったって何のメリットもないわ。寧ろ出世の足を引っ張りかねないの。そう思われたくないから、誰もクリスに近づこうとしないのよ」
「貴族は本来、友達付き合いでさえ互いの利害による繋がりが多いものなのだよ、サイト」
「そんな…」
あまりにもかわいそうじゃないか。クリスはただ、ルイズを友達として庇っただけなのに…。
シュウとテファの関係に続き、クリスのクラスメートの関係悪化。怪獣たちとの戦いがなくとも、問題が積み重なってく。
「…ふむ」
その日の授業もすべて終わった頃、シュウは学院の図書館を訪れ、そこで本を探していた。しばらくの間アスカの捕まっているアルビオンへ行くこともできず、ただサイトやアンリエッタの国単位での保護下に置かれるだけでは暇をもて余すことが多くなる。実際この学院に来て以来、やることがめっきりなくなってきた。授業に興味もあったが、この日は授業もなく、生徒や学院勤務の平民が修復作業を行っている。
テファもハーフエルフという身分。迂闊に外を彷徨かせるわけにいかなかった。アンリエッタから事情を聞いたオスマンも、二人をどのような立場でおいておくべきか検討中だ。ひとつは学院の生徒として、もうひとつは新人のメイドとして。だが両方ともメリットとデメリットがある。
学院の生徒ならば貴族としての立場を確立できる。メイドならば彼女の手慣れた家事能力を発揮できる。しかし、貴族であろうとメイドであろうと、どちらでもテファは学院の…特に男性から目をつけられやすい容姿とスタイルを持ち合わせていた。学院に来てから、エルフの証である長い耳を常に帽子で隠しているが、布一枚の防備では不安ばかりが沸く。
だからテファを部屋において、シュウは何か自分やテファの暇を潰せるだけの本がないか探しに来ていた。
思えば、以前からテファは村の外の世界にあこがれていた言葉を口にしていたが、せっかく外に出ても、身の安全を理由に外に連れ出すことができない。結局前よりも自由じゃないままのテファには辛い思いばかりさせてしまっている。
…辛い思いをさせている一番の要因は自分自身だ。今までの自分の素行がその証拠だ。自分のことも、自分を思ってくれる人たちの気持ちを踏みにじり続ける戦い。ただひたすら、人の命を救う、過去の過ちを償うためだけの生き方。見ていて気分がいいはずがない。だから皆俺のやり方を否定した。一番それを明確にしたのはティファニア。森の中でひっそりと平和に生きてきた、心優しい彼女だから当然だろう。
しかし、同時にこうも考える。こんなところでくすぶっている場合なのだろうか、と。自分以外の誰かが傷ついたり死ぬようなことを決して許さない。同時に…愛梨や内戦地で犠牲になった人々の未来を守れなかった自分がのうのうと幸せを掴むことなど許されない。自分の一生を償いの人生として捧げる気でいたからこそ、こうしている間に自分をここへ逃がすために自ら囮になってアルビオンに残ったアスカの安否が気になってくる。でも、自分ひとりだけ無理をしたところで何もなすことができない。それどころか、自分が暴走して事態がもっと混乱するのでは?その不安もあって結局こうして、空いた時間何かをしておかないと気を済ませるしかなかった。同時にテファに対し、無謀な行動を取って心配させすぎたことへの負い目もある。
アスカの言葉が蘇る。
―――――仲間も自分も大事にできない奴は、なにも救えやしないだろ
この言葉自体は、ティファニアからも言われたことだ。彼女の口からと考えると、自分を痛烈に引き留めようとしていると思えたが…アスカにも言われてから少し違う感じで受け止めていた。
愛梨が自分を庇って死んだとき、そしてその過去の話を聞いたアスカがメフィストの手から自分を逃がした時を思うと…その言葉の通りだった。
自分を大事にできなかったから、愛梨も守れなかったのか?だからアスカにただ救われ、マチルダさんから責められ、ティファニアを傷つけすぎた…否定は、できない。
せめてもの侘びだ。
時間を持て余しているであろう彼女のためにも、何か見つけてあげよう。シュウは天井さえも貫きそうな高い本棚を見て回りながら目ぼしい本を探し続ける。
(それにしても、ずいぶんとまぁ大量の本が並んでいるな。アカデミーの資料室並かもしれない)
本棚を見上げながらシュウは、地球にいた頃のかつての学び屋の風景を思い出した。
まだ子供だったあの頃、愛梨と一緒に必要な資料を探しに、迷路のような資料室を回りまくっていた。自分はそのときから機械工学の勉強ばかりしていて、自分の作った機械が誰かの役にたてるものであることを目指していた。役に立てる対象である人々の暮らしをその目で見て、何が人々に必要なものとなるのかを見出すために日本へ渡って、憐たちと出会っていつの間にか遊園地のアルバイトもやるようになっていた。自分にとっては、数少ない友人。彼ら以外の知り合いに、覚えは無かった。
「お兄ちゃん、なんだか難しそうな本ばっかりだね。リシュ、なんだか眠くなってきちゃう」
シュウの足元から、リシュが退屈そうにぼやきだした。絵本とかならまだしも、子供にはやはり学校図書は難しいようだ。
「…リシュ。修道院には友達になれそうな子達がいるんだぞ?別に俺たちと一緒にいなくたって…」
「やー!リシュはお兄ちゃんと一緒じゃないと嫌!」
リシュも本来、トリスタニアの孤児院に預けるなどの措置をとるべきじゃないのかと提案された。しかし眠っていた箱から目を覚まして以来、彼女はシュウの下から一向に離れようとしなかった。自分がなついているシュウと一緒にいたいのだと、ずっとわがままを言い続けて、仕方なくシュウのそばに置くことになっていた。
だが今はリシュのかわいいわがままよりも、読めそうな本が見つからないことが問題だった。シュウはまだハルケギニアの文字が完全に読めるわけじゃない。かろうじていくつか読めるようになったのだが、学校図書クラスの難しい本となると、そうはいかなくなる。リシュは見ての通り子供で知識も豊富には見えない。誰か手を貸してくれそうな人がいればいいのだが、と周囲を見渡す。
ふと、一人誰かが本を読んでいるのが目に入った。
青い髪の小柄な少女。確かタバサという名前で、この学院の生徒だ。無口でいつも本を読んでいるという印象だ。その印象どおり、この日も彼女は静かに本を読んでいる。
ふと、彼女はシュウとリシュの存在に気づいたのか、本の文面からこちらに視線を向けてきた。
「…何か用?」
「あ…ああ。俺はまだこの世界の文字を完全に読めなくてね。それに魔法のこともまだよく知らない。だから、初心者でも読めそうで、それでいて魔法のことを書いてる本を読みたい。この世界の文字も、ちゃんと習得しておきたいんだ」
タバサは、シュウの口調に違和感を覚えた。彼とはほとんど言葉を交わしたことはないが、ある程度の特徴は知っている。ルイズの使い魔と同じ別の世界から来た若い男。ただサイトと異なり、彼は表情も感情も豊かではない。初対面の時からまったく笑みを見せなかったが、単なる無表情な人間よりもっと冷たい印象を与える仮面のような表情を見せていた。
「…タバサ?」
「ッ…なんでもない」
タバサが黙り込んだのを見て、シュウは邪魔だと思ったが、いったん本を閉じてこちらの話を聞いてきた彼女を見て、それは杞憂だったと悟る。彼女が杖を振るうと、シュウたちがちょうどいる読書スペースより3札ほどの本が本棚から飛び出し、ひとりでに浮遊してシュウの手の中に収まった。
「この本ならお勧め」
読書好きなだけあってタバサは図書室の本をある程度把握しているようだ。
ちょっと本の中を見てみようと、一冊開いてみる。意外にもそれは絵本だった。やはりハルケギニア文字で文面が刻まれている。だがシュウが予め覚えていた文字の大半で簡単な文章で記載されている。絵本なので、同時に絵のお陰で内容がわかりやすい。絵本だから本来は子供用ではあるだろうが、かっこ悪いからって難しい本を求めたらどこかで詰まってしまうので、これでいいだろう。
「その子にも、たぶん読めるはず」
「リシュにも気を使ってくれたのか。助かる」
「お姉ちゃん、ありがとう」
「…別にいい」
笑みを見せない者同士。タバサは内心、シュウと自分がどこか似たようなものがある気がしていた。そう思っていると、リシュはタバサに近づいてきた。
「ねぇ、お姉ちゃんの名前なんていうの?」
「…タバサ」
「タバサ…じゃあ、サッちゃんって呼ぶね!」
「…!」
思わぬあだ名をつけられ、さすがのタバサも驚いたのか、わかりにくい反応ではあったが目つきに変化を見せた。
「…すまない。悪気は無いと思うんだ」
「…いい、ちょっと驚いただけ」
平静さを装うかのように、タバサは再び本を開き、その世界に飛び込んでいった。
タバサと別れ、図書室を出た二人は廊下を歩いてテファの待つ部屋へと向かっていった。
しかし、思いのほか親切にタバサは本を紹介してくれた。この世界では平民として扱われている自分たちだが、タバサが「自分が貸し出したことにする」と言ってくれたこともあって、こうして本を借りることができた。
「いつかちゃんとお礼をしておかないとな…しかし、なんだ?その『サッちゃん』とやらは?」
横からくっついたまま歩いているリシュに、シュウはなんとなく尋ねる。
「タバサのサをとってサッちゃん!…変かな?」
「いや、別に…」
「あ。もしかしてサッちゃんのこと気になってる?お兄ちゃん、だめだからね。お兄ちゃんにはリシュがいるんだから!」
「変なことを言うな。ガキに興味はない」
実際そのとおりで、シュウは同世代かそれ以上じゃない女に対して、それに加え小柄で細身な女性を大人であるという認識はなく、そのためルイズのことも子供のように認識していた。当の本人からすれば「私はもう大人よ!!」とぶち切れて文句を言うだろうが。
子供はたまに意味不明なことを口にする。シュウはそう思って適当に返すが、今の言い方もタバサに聞かれたら誤解を招きそうな言い方だ。
「むー!リシュのこと子供扱いした!リシュだって立派な女なんですから」
「はいはい、後10歳成長してフリーだったら考えてやるよ」
当然本気じゃないが。
「今の言葉忘れないでね?」
兄と慕うシュウから求めた形の扱いをされず、やや不満げにしながらもリシュはそこで大人しくなった。
その日の夕方、ウルトラマンとしてだけでなく、人生の先輩でもあるムサシと連絡を取って相談に乗ってもらっていた。
『クリス?もしかして、女王様が言ってた、そっちに留学しにきた他国の王女様のことかな?』
ビデオシーバーに映るムサシに、最初に彼の現在の状況を聞いてみる。後ろには、ヒョコッとヤマワラワが顔を出している。いつか一緒にコスモスペースの地球へと帰る予定ということもあり、表向きは使い魔という形で傍に置いている。少々苦しいが、ヤマワラワが人目の前でも危険視されにくくするにはちょうどいい言い訳だった。
「あ、はい…って、ムサシさんも知ってたんですか?」
『僕もこっちで仕事してる間に、女王様と話をしてたんだ。知り合いの王女が留学生として学院に来るってね。クリスティナ殿下がそっちに行く前に、彼女とも話をしたよ。
でも意外だったのは、彼女の師匠だ』
「師匠…錦田影竜って人ですか?確かに、意外と言えば意外でしたけど」
クリスの格好を考えれば当然とも思えた。しかし意外なのは、次にムサシが口にしたことだった。
『名前だけなら僕も聞いたことがあるんだ』
「ま、マジですか!?」
聞いたことがあるというムサシの告白にサイトは驚いた。
『かつて、戦国時代で互いが敵国の間柄でありながら、愛し合ってしまった武将と姫の怨霊を沈めたそうなんだ。その怨霊と、僕とコスモスは戦ったことがあるんだ。かつてその怨霊を封じたと言われるのが、その錦田影竜って侍なんだ』
ムサシは当時をふりかえる。
あの時、二人山と言われる山にダム建設の計画が立ち上げられる。だが建設予定地には、ムサシがサイトに言った、影竜の封じた怨霊が『刀石』によって封印されていた。ダム建設には邪魔なので建設側は壊してしまおうとするが、現地の住人たちから反対された。封じられた『怨霊鬼 戀鬼』の復活を恐れたからである。だが、時代と共にその非現実的な伝説はただの創作でしかないと思われがちだ。ダム建設側の刀石爆破の強行により、戀鬼は復活、結局EYESやコスモスが戦うこととなった。
「そんなことがあったんですか…何者だったんだ?錦田影竜って…」
もしかしたら時代も世界も、次元さえも越える力を持っていたのかもしれない。本当に何者だったのか気になってきてしまう。
すると、ムサシの背中をヤマワラワがつついてきた。今はその話をしてるときなのかと訴えるように。
『って、殿下の話から反れちゃったね。ごめん』
「いえ…俺にとっても興味があった話なんで。実はそのクリスのことで今悩んでまして…」
サイトは、クリスが来てからの出来事、そしてそれによって彼女が孤立しがちであることを明かした。
「それで…俺、クリスがルイズ以外のクラスメートたちと仲良くなるにはどうすればいいのか悩んでたんです。
しばらく怪獣とか星人の動きもないですし、戦い以外のことにも力を入れていきたいんです」
思えば、サイトもシュウにも匹敵しそうな精神的苦痛も味わいながら戦ってきた。ルイズもそうだし、ハルナにいたっては邪悪な闇の意思に振り回されていたのだ。クリスたちのことも解決すべきことだと思うが、同時にそろそろ次に備えて休みを取りたいと思っていた頃だ。
『そうだね。君たちはまだ若いし、ずっと戦いばかりに明け暮れるのも辛いだけだ。これを機会に戦い以外のことを考えるのもいいと思う』
ムサシは、少しの間腕を組んで考え込み、そしてサイトにあることを提案する。
『なら、クリティナ殿下がクラスに馴染むためのイベントを開く際に、黒崎君たちも参加させてはどうかな?』
「あいつらを?」
『たとえば…殿下の歓迎パーティーを開くことにして、その準備を黒崎君たちにも一緒に準備をさせるんだ。戦いとは関係のない共同作業をしながら、お互いのことを知っていって、距離を縮める。彼女と同じようにまだ学院に来て間もない黒崎君たちも学院に馴染めるだろうし、どうかな?』
「…パーティー…そうだ!それですよ!俺も地球にいた頃、転校生が来たら歓迎パーティーを開くこととかよくありました!」
サイトはナイスアイデアだと確信する。これなら行けるような気がする、そんな予感と期待が膨らんだ。
『力になれて良かったよ』
画面の向こうでムサシの笑みが見えた。
「そういえば、そっちの様子はどうですか?」
『僕は今、ロイヤル・ゾウリン号やジャンバードの起動方法について調べているよ。可能なら、これらを再稼働出来るようにして欲しいと頼まれてたんだ』
元々シュウに頼む予定だった改造ロイヤル・ゾウリン号、ジャンバードの解析はムサシが引き継いで行うことになった。今のムサシは独自に起動・操縦方法を探り続けている。
『ただ、今の状況を考えると仕方ないところもあるけど、兵器を再稼働させる…正直僕は避けたかったな』
ムサシは心苦しげに言った。サイトはムサシがそう言った理由もわかる。彼は怪獣保護の使命を好んで背負っている。元より戦いが嫌いな、かなりの平和主義者でもある。戦って命を奪う兵器を作るなんて、できれば眠らせたまま名前をしておきたいと思っているに違いない。
『ごめん、ちょっと愚痴になっちゃったね。そっちはどうだい?クリスティナ殿下のことは聞いたけど、黒崎君とティファニアちゃんはどうしてるかな?』
「シュウはテファたちのお陰で、少しだけですけど表情が明るくなり始めてます。ちょっとだからまだ暗い奴に見えますけど…」
『そっか、でも今はそれだけでも十分だよ。なんにせよ、彼のことを知ることができて良かった。でも、友達に暗い奴なんて言い方は感心しないぞ』
ムサシもこの時、サイトたちが魔法学院に戻る前に、シュウの過去について聞き及んだ。当然、まだ若い人間が抱えるには重すぎて、そして悲しいと思えてならなかった。人をあらゆる脅威から守ろうとする、そういう意味ではシュウはウルトラマンとしての使命を全うしている、と言えるだろう。だがそれ以前に彼は人間だ。人としての人生もある。それに伴って結ばれた他者との絆もある。それを大事にしてこそだと思えるが、これまで無茶をし続けるその姿から、彼はそれらどころか自分のことさえ蔑ろにしている印象があった。しかし、辛い過去を誰かに話したことで、追い詰められた彼の心が少し軽くなったようなら一安心だ。
『かといって、油断はできないこともあるけどね』
「油断できないこと?」
『アルビオンへの侵入するための任務の時、君も見たはずだ。彼が怪獣たちと戦ったときに見せたあの黒いオーラを』
サイトは、はっとなった。あれが何かはわからないが、確かにあの赤黒いオーラについては自分も何か危険な臭いがすると見ていた。
『彼はこれまで、自分の過去を償うため、自分を罰するために、ウルトラマンとして人々を守ってきた。償うこともできない状況に陥れば、彼はその時現実に対して理不尽さと怒りを覚え、負の感情を爆発させる。おそらくあのオーラは、彼の心に反応して溢れ出るんだ』
「やっぱ、ヤバイんですか?」
『この世界では、敵だった頃のカオスヘッダーの恐ろしさは僕らが一番知っている。ジュランにいた怪獣たちの一部は、かつてカオスヘッダーに憑依され経験から、カオスヘッダーへの耐性が着いたという事例もあるけど、彼はそうじゃない。
あのカオスヘッダーが、憑依された経験も耐性もないはずの黒崎君を支配したり、ネクサスを元にしたカオスウルトラマンを生み出すどころか、逆に取り込まれてしまうなんて普通じゃない。元からカオスヘッダーにも耐えられる強靭な何かがあるのか…
彼は熱を出したって言ってたね。もしかしたらその発熱も、疲労だけが原因じゃないかもしれない。僕の思い過ごしかもしれないけど…とにかく、彼の身に異変が起きたらすぐに知らせて?』
「はい…」
ムサシの話を聞けば聞くほど、シュウに対する新たな不安が過り始めた。テファと彼の関係については二人の距離がようやく縮まり出したからいいのだが…
シュウのことについては、確かに不安を感じ始めた。まだあいつには何か…恐ろしい秘密でもあるのだろうか?
…いや、考えてもわからないことだ。今は先に解決できそうなクリスの件をどうにかしよう。シュウのあの黒いオーラについては頭の隅に置きつつ、クリスの人間関係を解決してやらなければ。早速ルイズたちとも話をしてみることにした。
「手を貸す、ねぇ…」
タバサの助けもあって図書室から本を借りたシュウは、帰り際に鉢合わせたサイトから翌日に行うことになっている予定の手伝いを頼まれ、思案する。内容は、「クリスをクラスのみんなと馴染ませるためのイベントについて相談し合う」というものだった。ムサシの提案でもあるらしく、シュウからも意見を取り入れたいとの申し出だった。
「お兄ちゃん、明日サイトのところに行くの?」
「…ああ」
リシュからの問いに、少しの沈黙を経て頷いた。やるべきこと、やりたいこと…アスカの救出もできず、かといってまだ怪獣の出現の気配もないので、断る理由もなかった。
といっても、特に見返りもないこんな道楽に自ら乗っかる自分に違和感さえあるのだが。
「えぇ~、お兄ちゃんに本を読んでもらいたいのにぃ…」
まるで遊んでほしい時に限って仕事に向かう父親にブー垂れるように、リシュが口をとがらせる。その時ちょうど二人は、借りている部屋の前まで戻ってきていた。
「読書だけに一日を費やせるか。部屋にはティファニアもいるし、俺がいない時はあいつに読んでもらえ」
そう言ってシュウは、扉をノックして中にいるテファに呼びかける。
「ティファニア、今戻った。開けてくれ」
「…」
しかし、すぐに返事が返ってこない。寝ているのか?
「ティファニア?」
「ふぇ!?は、はい!!」
改めて名前を呼びかけると、扉の向こうから彼女のあわてる声が聞こえてきた。寝ていたのだろうか?すぐにガチャッと鍵が解除される。鍵が開けられたのを確認し、シュウは扉を開いた。
「お姉ちゃんただいま!」
リシュはテファに飛び込むように抱きつき、テファは少し困ったような笑みを浮かべて彼女を抱きとめた。子供になつかれやすいのは、リシュが相手でも変わらなかった。
「…妙に素っ頓狂な声上げてたけど、寝ていたのか?」
「え、ええ…ごめんなさい」
「別に謝らなくてもいいんだが…お前は迂闊に外を出歩けないから仕方ない」
エルフの特徴である長く尖った耳。見られてしまえばことである。
「外に出られないし、暇だと思ったから図書室から本を借りてきたよ」
「あ、ありがとう…」
机の上に本を置いたシュウに、テファは礼を言った。
「ねぇねぇお兄ちゃん!早く本読もうよ!!」
リシュは本を持ってシュウに急かしてきた。椅子に座ると、彼女がシュウの膝に乗ってきた。
「おい、なんで膝の上に乗る?」
「えへへへ。いいからいいから。早く読んで♪」
「…仕方ないな」
呟きながら、シュウはリシュから渡された本を広げた。
テファは、少し目を丸くした。つい最近まで頑なに他人から距離を置こうとしていた彼が、幼い子を膝に乗せて本を読んであげている。本人も子供が苦手そうにしているし、少し前の頃は考えもしなかった。辛い過去を吐き出して、頑なな態度が軟化しているのだろうか。
なんにせよ、彼女は嬉しかった。彼が、こうして微笑ましい姿を見せているのが。
そして、夜は更け、世界はまた変わる…
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