衛宮士郎の新たなる道
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第14話 女の闘い
前書き
此処に更新に来れる時間が毎日一時間未満どころか、三十分あるかどうかって酷すぎる!
考える時間も含めるけど、去年までは一日最低30分はあったのにな~。
夜、衛宮邸の地下を掘って改造した英霊召喚にも使った魔術の鍛錬用の部屋で、今日も百代に魔術回路の運用などを教えている最中だった。
「・・・・・・・・・・・・ふぅ」
「お疲れ、随分と落ち着いて来たな。流石は百代だ」
わずか十日で成果が出るなど、魔術の方面も天才と言えるやも知れぬ。
「褒めても何も出んぞ?」
「純粋な感想だ。まったく、俺にもお前の才能の欠片でもあれば、投影魔術以外もそれなりに熟せたろうに」
「・・・・・・・・・お前にも、誰かの才能を妬む感情なんて有ったんだな」
「・・・それは嫌味か?」
「私の方こそ純粋な感想だ。――――それにしても、修業中に何度も上の空だったが何かあったのか?」
天才と言っても、魔術回路の運用は未だ素人の百代だ。
魔術回路の運用は一歩間違えれば、周囲を巻き込むような死に直結する可能性が極めて高くなる。
それをちゃんと監視するのも、士郎が此処に射る重大な役割である。
それを、どの様な理由であれ、正しく熟さなければ明らかな怠慢である。
「上の空って程は無いだろ。俺の事なんて気にしてないで、ちゃんと集中しなきゃ駄目だろ?基本的には落ち着いてたが、所々危なげなのが数回あったぞ」
「うぐっ!?だ、だが、お前だって絶対考え事してたはずだ!それが気になったんだからしょうがないだろう!」
「むっ」
そこを突かれては言い返せない士郎。考え事をしていたのは事実だからだ。
「・・・・・・百代にも話は行ってると思うが、義経達の誕生日に合わせた歓迎会の事だ」
「それか。確か料理部に料理を任せたと大和から聞いたが、何だ?お前も何か作るのか?」
「メインのでかいケーキを幾つかな」
「ケーキか・・・・・・・・・味はまさか!」
「全部同じ味では無い。一応分けるつもりだ。あと溶けない様にアイスにするつもりだが」
「流石は士郎!分かってるじゃないか!しかもアイスなんて犯罪的過ぎる!」
百代は嬉しさのあまり、士郎の背中を思い切りたたく。
それに士郎が辟易している。
「ん?味で悩んでいるんじゃないんだったら、一体何で悩んでるんだ?」
「――――形だ。少し別の話をするが、二年ほど前の準の誕生日で、本人の強い希望で子供(女の子)の形をしたアイスチョコレートケーキを作った事があるんだ」
「おい!」
「・・・・・・言いたいことは判る。ご尤もだ。けどそれで準の犯罪者予備軍的思考に歯止めがかかってくれるならと考えての末の苦渋の決断だったんだ」
(寧ろより重症化させるんじゃ?)
誰もが言いたそうな言葉を百代が心の中で代弁する。
「話を戻すぞ?結局作ってプレゼントしたんだが、ヤバイ呼吸に危ない目で見ながら感謝された」
「やっぱり重症化したんじゃないかっ!!」
「ああ、これは失敗したと思ったさ。でもこの話には続きがあってな、準の奴はプレゼントしたケーキを永久保存できないかと大型の冷凍庫を買おうか真剣に悩みだすんだが、そこで小雪だ」
「・・・・・・・・・」
色々ツッコミどころ満載だが、なんか言ったら負けな気がした百代は黙る事にした。
「小雪はケーキは皆で食べたほうがおいしいと主張したんだが、準はそれを頑なに拒むんだ。それをタッチ交代して冬馬が説得を試みるんだが、準は一向に聞こうとしない。だがその隙をついて、小雪が俺の所持品のマグロ解体用包丁を持って来て、頭のてっぺん部分から見ごとに真っ二つに斬り下ろしたんだ」
「ぶはっ!?」
「それを準は聞いた事も無い悲鳴じみた慟哭を上げて、ショックによりそのまま気絶したんだ」
「天誅――――いや、人誅だな。流石はユッキー!」
その言葉を2人の兄貴分の士郎は、何とも言いにくいので敢えて聞き流す。
「つまり何が言いたいかと言えば、義経達3人姿かたちをしたケーキを作ろうとも考えたんだが、それをすると準の二の舞になるんじゃないかと危惧して形を如何するか悩んでるんだ。何か良いアイデアは無いかな百代」
「アイデア~?そうだ、平清盛とか木曽義仲とかなら良いんじゃないか?」
「人は駄目だ。そもそもサーヴァントの様な本人でなくても、例えクローンである義経がそのケーキを真っ二つに切り捨てて、笑顔で気分爽快になると思うか?」
「なら準」
「今駄目だと言ったばかりだろ」
またしても却下されて考え込む百代。
「準以外に切っても良いモノ切っても良いモノ・・・」
「その考え方から離れろよ」
「え~?――――そう言えばハゲのケーキはどうなったんだ?」
「変な事を気にする奴だな。あの後、小雪がキレイに解体したよ。あまりに手際が良いんで師匠が褒めてたよ。解体したのは俺達で食べたよ。一部スポンジやクリームに分けてから縫合作業みたいに繋げて小さいケーキの形にしたがな」
「は?なんで?」
「準の為のケーキだよ。不幸中の幸い、準は気が付いた時、あの時のショックで等身大のアイスケーキの件を忘れてるみたいだったからな」
「・・・・・・・・・」
「如何した?急に考え込んで」
「いや、傍から聞いてると、誰か殺して証拠隠滅の為にキレイに解体してから人肉を美味しく頂いた様にも聞こえてな」
「言うなよ。俺達も食った後に、そう感じたんだからな」
思い出したように渋面を作る士郎。
「ワルいワルい。―――――そうだ、解体だ!」
「だからな百代・・・」
「そうじゃ無い!良いアイデアを思いついたんだよ!」
-Interlude-
翌朝。
百代は上機嫌で教室に着いた。先程まで義経への挑戦者選別の為の決闘をしていたので、朝のHR開始5分前だが。
「~~~♪」
「おはようで候、百代」
「おはようユーミン♪」
「いやに機嫌がよさそうだけど、何かあったで候?」
「ちょっとな~♪」
何やらもったいぶっている百代だが、そう言ってる間に朝のHRが始まり、担任のゲイツ・カラカルが教室に入って来た。
何時も通り出席を取ってから、そこから先がいつもと違った。
「今日は皆に転校生を紹介するよ!」
「この時期に転校生?クローンで候?」
3-Fの教室内の多くの生徒が思った事を矢場弓子が口にする。
この時期ならば有りえぬことでは無い。九鬼財閥ならば、遅れてクローンをさらに転校させてきてもあり得ると思ったからだ。
しかし、事実は違う。
「クローンじゃないね。普通の人だよ?」
如何やら期待通りにはいかない様で、一瞬だけ期待した生徒達は肩を落とす。
それを百代は如何でも良さげに言う。
「如何せむさい男とかだろう?ソースは私の勘だ」
「なるほど、十分あり得るで候」
「良いんだ!私には清楚ちゃんがいるもん!」
だがそこで、説教――――と言うよりも助言が入る。
「百代・・・!――――直感も大切だが、何事も決めつけるのは駄目だぞ」
「何かあり難い事を言われた気がするな。ん?如何して最初の語尾、疑問形だったんだ?」
しかし百代の疑問に誰も応えることなく、ゲイツが廊下で待っている転校生を促す。
「それじゃあ転校生君。軽やかにドゾォーーー!」
その言葉に遠慮なく入ってきたのは勿論、転校生の松永燕。
その可憐な容姿に男たちは色めき立ち歓声を上げるが、それより誰よりも歓喜したのが百代だった。
「Σ(゚Д゚)、( ゚Д゚)・・・・・・」
「(*´Д`)\(゜ロ\)(/ロ゜)/\(◎o◎)/!」
大・興・奮!
だが百代の奇声じみた歓喜の発露をよそに、燕が朗らかに自己紹介をする。
「はじめましてーーー!」
「おおーーー!何と言う可憐さ!悲願達成、大願成就!やったぞ皆の衆!我ら3-Fも遂に美少女を手に入れた!」
しかしそれを聞きずてならない者がいた。言うまでも無く百代である。
「オイオイ、美少女だったら私やユーミン、それに虎子がいるだろ?」
「ヒィっ!?すいません!お願いですからラーメンにして食べるのはやめて下さい!」
「おまえもかい!」
東西交流戦の時に百代の相手になった内の誰かが言ってきた、尾ひれがつき過ぎた噂の内容によく似かよったモノだったため、突っ込まずにはいられなかった。
「こんな美少女を寄って集って、失敬な話だ。ともあれ、今は目の前の美少女だ」
気分を切り替えて、
「私は川神百代、お友達から始めよう!」
手を差し出す。
それに表面上、笑顔で手を握り返す燕。
「節操なしだね。悪評は西にまで響いてるよ。私は松永燕、夜露死苦泥棒猫」
「な・・・・・・」
「「「「「???」」」」」
周囲は百代の反応に訝しんでいるが、当人は手を握った瞬間に驚いている様だ。
(コイツ、強い!この距離まで気が付いて初めて気づかされるなんて只者じゃ無い!――――この距離まで近づいてやっと気づいた事、士郎には黙ってよ)
義経への挑戦者の選別役を受けてから士郎との組手が無くなったので、指定された精神修業をサボりがちなのだ。
故に、相手の強さに気付けなかった=精神修業を怠っていると言う事で、士郎に怒られるのが嫌なのだ。もっと言えば、昨夜の件の報酬も無くなる可能性が出るのも嫌なようだ。
だから、その様な感情に囚われているのに気づけなかった。燕の先制攻撃――――殺意に。
(あれ?如何して気づかないの、この駄女、雌犬、泥棒猫は・・・!)
敢えて気付かせるために放った殺意だと言うのに、反応が無い事に不満を隠せない燕。
昨夕、紋白からの電話で注意を受けたばかりだと言うのにこれである。
まあ、理由があるので分からなくも無い。
例の襲撃事件があった日から、どれだけ夜遅くなろうとも士郎は百代を自宅の川神院まで送っているのだ。
しかもその間、客観的に見てイチャついている様な光景を見せつけられれば、焦っても仕方ないだろう。因みに例の如く、盗撮である。
だが実のところ、士郎は誰かに見られいる事に気付いている為、それが無くならないので百代を送るのを続けていると言った事情がある。
つまり、燕の行動は逆に百代に塩を送っているも同然なのだ。無論、そんな事情を知らないのでやはり焦って盗み見る。悪循環である。
そうとは知らない百代は、結局燕の殺意に気付く事なく期待を込めて聞く。
「――――松永とは・・・・・・あの松永で良いのか?」
「っ、う、うん。一応、武士娘としても活動してるよ?」
「聞いた事があるで候。西の武家に松永ありと」
「ああ、私も聞いた事がある。と言う事で燕、決闘を申し込む。私なりの歓迎だ」
百代は一見真面目そうな顔で教卓にワッペンを置く。
それを男子生徒達がまたも騒ぎ出す。
「いくらなんでも突然すぎる!最初からラスボスを出すクソゲーと一緒だ!」
「あ゛」
「ヒィ!?」
百代が視線で男子生徒達を黙らせていると、燕はそれをワザとらしく困ったような顔を作っていた。
「それって試合って事?ごめんね、公式に載る様なモノは容易には受けられないんだ」
「西の武士娘は家名を大切にしていると聞いた事があるで候」
「むむ、親がうるさい系なんて、うちと同じかー」
折角の戦える美少女なのに勿体ないと言うが、
「でもね、稽古って事なら全然構わないよ?」
「うんうんそうそう、稽古だ稽古!稽古は実に良いな!」
稽古と言う概念があるからこそ、一月前程から百代の戦闘衝動は一定的に抑えられているのだから、感謝してもしきれないのが本音であるだろう。
そんな百代は誰に断り入れることなく燕と共に教室を出ていく。
「先生、良いんですか?」
「反対です、反対!」
百代がいなくなったことでまた騒ぎ出す男子生徒達だが、ゲイツは止めさせる気はまるでない。
「ダーイジョーブ、ただのレクリエーションだよぉー!」
寧ろ乗り気であった。
-Interlude-
3-F生徒は結局全員グラウンドに降りて来る羽目になった。
しかも反対していたはずの男子生徒達にレプリカの得物を全て運ばせると言う理不尽ぶりである。
降りて来た直後にゲイツからルーにも、趣旨を説明済みだ。
その状況が整ったレクリエーションで百代は上機嫌でやる気全開だが、燕は殺る気全開だ。
(フフ、遂にこの時が来たわ)
大義名分は揃った。最早ここで鏖殺しても何も問題あるまい――――と言う野心を除かせずに、表面上は挑戦者の様に殊勝に身構えている。
「では両者――――レ―――ッツ、ファッイッッ!!!」
ルーの開始の合図の直後、先に動いたのは当然百代。
「先ずは――――川神流、無双正拳突きィ!」
「とっ」
それを燕は最低限の動きで躱して、その突っ込んできた速度を利用して百代に一撃入れようとするが、寸前で躱されてしまう。
「情熱的なのに冷静さを失わないなんて、びっくりしたよ」
「その手のやり口をする奴ともう一月前以上組手して、慣れてきてるから、な!」
今度は鋭い蹴り技を繰り出すが、それも器用に躱される――――事は織り込み済み。躱された方向を既に読んでいたので、今度こそ一撃入れるべくまたも拳を繰り出すが、戦術の読み合いは燕の方が上な様で腕に乗る様に躱された上に今度こそ投げ飛ばされる。
直に復帰して燕に向くが、当人はいつの間にかに弓を持って自分を狙い定めている。
「っ!?」
「フッ」
にも拘らず、結果として驚く側とされる側が逆転する。
何時もの百代なら、ある程度の怪我を気にせず真正面から対戦相手の攻撃を打ち破るのだが、今は撃たれた弓矢の刃先を避けて手の甲で軽く打ち上げてから掴み取り、
「返す!」
「ちょっ!?」
燕では無く弓矢事態を狙われておじゃんにされる。
しかもその衝撃で手が痺れる。
「き、効いた~」
「ほらほら、如何した?続けよう!」
(この女!)
「勿論!どんどん行かせてもうよ!」
別の得物を手に、燕は突っ込んで行った。
その戦いを周囲で見ていたクラスメイト達が驚くのは勿論だが、騒ぎを聞きつけて、他の教室でも観戦者がいつの間にか多く出来ていた。
「オイオイ、モモ先輩とやりあえてるのはすげーけど、ありゃ誰だ?」
「確か松永燕さんだった筈です。私の記憶違いでなければ」
「見よ。他の生徒達も見入っているぞ」
「そりゃ、川神百代とあれだけやりあえてれば、そりゃ見入るわな」
上から順に、準、冬馬、英雄、巨人が感想を言う。
「確かにのぉ・・・・・・・・・ユキ、お前は見ないのか?」
「うん。今の心と同じくらい興味ない」
「うおっい!如何いう意味じゃそれは!?」
「確かに疑問ですね。何時もの貴方なら興味が先行するでは無いですか?」
心のツッコミだけは無視して、疑問に乗っかる様にマルギッテは小雪に聞く。
「だって、あの人の戦い方、シロ兄の劣化版みたいだもん」
「ほお?そうなのか、我が友冬馬よ」
「戦い方が似ているのは分かりますが、優劣については判断できませんね。準は如何です?」
「俺だって判らねぇさ。武術やってるわけじゃねぇからな」
「ボクのは単なる勘」
「勘って、お前な~」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
マルギッテは女王蜂こと忍足あずみから聞いている。小雪は足技を中心とした武の才能が有ると。
そして自身は直観力もあると睨んでいる。故に、小雪の勘とやらは恐らく当たっているだろうと確信に近い推測が出来る。
「と言うか、衛宮士郎はあらゆる武器を使えるのですか?」
「うん。色んな武器のレプリカ?を使って、鍛錬してるとこ見た事あるからね」
「ほお」
これは何れ再び挑む時楽しみが増えたと感じると同時に、衛宮士郎をサムライと認識している中将自身の喜びそうな情報だとも考えた。
「へ~、衛宮先輩って、そんな事出来るんだ」
別件でテンパっている義経を落ち着かせている最中の弁慶が、その話を一応聞いていた。
「温厚そうに見えたけど、人は見かけによらないねぇ~」
そんな弁慶たちを監督する名目で1-Sに転校及び編入して来た紋白は、誰にも聞かれないよう声を潜めてヒュームに話しかけていた。
「大丈夫かの?松永燕め、昨日あれだけ注意したのに殺意漲らせていないか?」
「そうですね。赤子ではありますが、腐っても武神。あの川神百代と戦えるとは中々意気の良い若者。スカウトする価値は十分かと思います」
「ヒューム?」
しかし紋白の小声に対しての答えが全くの別モノだった。
これに首を傾げる紋白。
何故噛み合わない返答をしたのか疑問に思っていると、
『紋様。レオナルド殿が聞き耳を立てています。如何か私の話に合わせて頂きたい』
一方通行のヒュームの内緒話の時に使う技で、今現在ヒュームの声は紋白にしか届いていない。
そしてこれが答えだったのだ。ならば対応は決まっている。
「うむ、後で機会があれば是非名刺を渡しておこう」
しかし紋白の対応は遅すぎた。
レオは紋白たちに一切眼を向ける事なく気づいている。
「なるほど」
「如何しました?」
1人で勝手に納得しているレオに自然と話しかけるリザ。
勿論リザも気づいている。猟犬部隊では諜報が担当だったので、これには気づいて当然だった。
しかしその事すらも察せられない2人。この様な面では九鬼の2人よりは優秀だった。
そしてこの女の闘いの元凶となった人物は、
「アレは・・・・・・燕か?」
「うん?士郎君、彼女のこと知ってるの?」
「見間違いじゃ無ければ、多分・・・・・・松永燕だ」
「ほう?衛宮は既に誑していたか。流石だな」
「何がだ?」
しかし士郎の疑問に京極彦一は答えない。
その代わり――――と言うワケでは無いのだろうが、士郎の中の存在が同意する。
『京極彦一には既に見通されているか。最早隠し立てできそうもないな?』
(何がさ?)
『いい加減自覚しろと言う事だ、この衛宮色情魔め』
(誰が色情魔だ!人の名前を勝手に改造するな!)
『貴様以外に誰がいる?この世界で今日までどれだけの女を誑かして来た?』
(変な言いがかりをつけるのはやめろ!俺は誰も誑かしたことなんて無いし、そもそも俺にはモテる要素なんて無いだろ!)
『・・・・・・・・・・・・・・・』
(何で急に無言になるんだよ!)
『黙り込んだのは貴様のこれまでの行為と今の発言を照らし合わせた上でドン引きしただけだ』
(だからなんでさ!)
この会話は当然誰に聞かれる事も無いが、これをすると急に黙り込んで見える為、周囲に人がいれば訝しまれる。
勿論京極彦一も訝しんだが、それ以上に。
「どこまでも飽きさせない所だ。この学園は。特に我が親友は」
今の状況を彼なりに楽しんでいる様だ。
しかし、今を楽しんでいない者達がいた。
それは当事者である百代と燕だった。
(どうなってるの!?)
最初こそはやられたが、多彩な武器の攻めで自分への興味を高めて、今後の情報収集における基盤にしようと考えていたのに、泥棒猫の目が次第に冷めてきてるのが嫌でも判った。
(こんなに殺意も込めてるのに何で!?)
感情の高まりが気を強くするのは決して間違いでは無い。
それがどの方向性であろうと、感情の昂ぶりを上乗せする事で気を強化できるのだ――――が、少なくとも本気の策を用いない状態の燕と百代とでは埋めようのない力量の差が開いてしまっていた。
それを冷静に受け止めることが出来ているのは寧ろ百代の方である。
(こんなものか)
百代の表情こそ笑顔だが、反面、心の方では冷え切っていた。連動する形で瞳も冷めてきている。
決して燕は弱い訳では無い。少なくとも、外部からの義経への挑戦者達と比べても誰よりも強い。それは間違いない。壁越え、マスタークラスでもあるだろう。
しかし尾ひれが付こうが、中々の武勇の噂を持つ武士娘が来れば期待値も当然うなぎ上りとなってしまう。
だが蓋を開ければこれである。正直失望――――とまでは行かないが落胆している百代。勝手ながらぬか喜びさせられた気分の様だ。
(あくまで稽古と言う形だから本気は出してないだろうけど――――現段階では数段劣る士郎みたいなもんだな――――そうか、士郎なんだ)
そこで百代は気付いた。
士郎と出会った事で、士郎と組手稽古をする様になった事で、裏の世界を知り今のままでは駄目だと危機感を持ったことで、今と比べて以前よりも確実に強くなっていると。
だが逆に言えば、士郎と出会わず強さに触れていなければ、そんなifの流れならば、目の前の美少女とのこの稽古も最高にスリリングだったかもしれないと。
そんな考えに浸っていた時に気付く。
(もう時間か)
そうして戦意を治めると、燕は困惑する。
「ど、どうしたの!?」
「いや、もう時間だから、この辺で良いんじゃないか?」
百代の指摘に燕だけでは無く、クラスメイトも担任のゲイツも、さらにはルーまでもが振り返って時計を見上げた。
確かに百代の言う通りだが、それを誰よりもいち早く気づいた事に一同驚いていた。特にルーだ。
百代の戦闘狂ぶりはまだまだ抜けていないが、目の前の強敵相手に夢中になりすぎず、冷静な判断力を持てるようになった成長ぶりにも感心していた。
当人は息切れを起こしている燕に近づいてから手を差し出す。
(挑戦者達に比べれば強かったし楽しかったから、それなりに)
「――――楽しかったぞ」
いざとなれば士郎がいるので欲求不満に陥る事も無いと、心中で付け足して。
言った一言が全てが本音では無いと直感的に嗅ぎ取れている燕は、
(泥棒猫の分際で社交辞令なんて・・・!この女狐が)
「――――もうパワフル過ぎ!こっちはクタクタだよ」
表面上笑顔を張り付けたまま対応する。
そんな外から見れば気持ちよく稽古あとの握手を交わす2人を、クラスメイトや校内から観戦していた生徒達から称賛の声が溢れる。
それに応えてから燕はコマーシャルとして、自分達が販売している松永納豆の宣伝をする――――している間にも、腸が煮えくり返る思いだった。
百代に停止められる直前、未だ倒す段取りどころか情報収集の段階でしかないのに、おもわず切り札を使ってしまう所だったのだ。
しかもそれを急的と定めている標的に停められる羽目となったのだから、その心中はマグマの熱よりも煮え滾っていることが容易に想像がつくだろう。
そして今の怒りは百代に対するもの以上に、自身の不甲斐なさと無力さだった。
(このままじゃ全部あの泥棒猫に・・・!いや、駄目!士郎は、士郎だけは絶対に・・・!!)
正式に転入となった燕は、自分に言い聞かせる様に誓うのだった。
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