ウルトラマンゼロ ~絆と零の使い魔~
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侍娘-クリスティナ-part3/クリスの師
シュウが体調を回復させた時と同じころ、クリスはルイズたちと同じ二年生に編入した。
現在の学院は、怪獣や異星人、闇の巨人たちによる災害で死亡したり、それを恐れて自分の領地に引っ込み続けている生徒が発生したために、以前よりもガランとしていた。しかしそれでも通っている生徒はしっかり通っており、出席している学生の中で男子生徒たちは彼女の美貌に一瞬見とれていた。なぜ一瞬のみかというと、彼女の恰好…ハルケギニアでは見かけられない袴姿に、ほとんどの人が動揺していた。言葉遣いもサムライを意識した堅苦しさもあり、さらにはあの恰好で一国の王女であることも公表し、さらに生徒たちは驚かされた。
だが、彼女は今も話したようにハルケギニアでは珍しい格好をしている上に王族という立場にある。人は異端だと考える存在とはあまり近づきたがらないもの。それが理由で周囲のクラスメイトたちは彼女と係わり合いになろうとする生徒たちが見られなかった。
このままだとクリスが寂しいじゃないか。
そう思ったサイトは、まずは同じ地球人であるシュウと会わせてみることにした。先日は彼が熱を出してしまったので合わせるのは見送られたので、今回が初対面である。
突如来訪してきたサイトの(ルイズとハルナもいるが)同行者を見て、変なものを見るように彼女を見る。…いや、実際彼女は変だと思った。容姿は確かに美人に入ると思う。だが、彼女の恰好…日本で暮らし始めた頃、テレビをつけていた時にたまたま見た時代劇の登場人物のそれだった。
「サイト、彼がお前とハルナ以外の、もう一人のニホンの者と、その主に当たる娘か?」
「ああ。紹介するよ。この人たちは…」
その少女、クリスからの問いに対し、紹介しようとすると、シュウは手をかざしてそれを遮った。
「自己紹介ぐらいできる。黒崎修だ」
「は、初めまして…ティファニアです」
「私も名乗らなければな。クリスティナ・ヴァーサ・リクセル・オクセンシェルナという。此度、
オクセンシェルナ王国から留学に来た。クリスと呼んでくれ」
親しみのある笑みを見せてくるクリス。
「もしかして…王女様なんですか?」
「ああ、一応な」
ファミリーネームと出身国が同じ、そのことを気付いたテファが問うと、クリスは頷く。予想していた通りの答えが帰ってきて、テファの心に不安がよぎる。サイトたちがクリスという来客として連れてきたので、今の彼女はハーフエルフであることを隠すため、帽子を被って耳を隠している。何とかバレないようにと、帽子がとれないように気を付けていた。
「おっと、王女だからと言って身を構えずともよい。ここではただのクリスとして接してくれ。それと…」
クリスは、自分の後ろに控えさせていた『何か』に視線を落とす。すると、それを出てきてほしいというアイコンタクトと見たのか、『何か』はクリスの前に姿をひょこっと見せてきた。
「きゅー!」
姿を見せたそれは……カピバラだった。それも子供くらいの大きさはある。
「なぁ…あれ、カピバラだよな?」
「あぁ…」
地球で見覚えのあるユルさ満載の動物が、何とも予想外の登場を果たしたことにサイトは目が点になる。シュウも反応に困っていたらしく、生返事になっていた。
「わぁ、かわいい!!」
一方でハルナは、思わずそのカピバラを見て思わず声を上げる。
「はは、こいつは私の使い魔のガレットだ。かわいいだけじゃなくて、とても賢いぞ」
ハルナが自分の使い魔をえらく気に入ってくれたのが嬉しかったのか、クリスもまた笑みを浮かべた。
「あ、あの……」
ふと、テファが恐る恐るクリスに向けて口を開く。
「どうした?」
「わ、私も…触っていいですか?」
森の中で幼い頃から暮らしていたテファは、ヤマワラワ以外の動物と戯れた
クリスから許可をもらい、テファもガレットの傍に来て身をかがめ、その整った上に和ら無い毛並に触れている。触れた瞬間、心地よいモフモフ感が彼女の心を満たした。
「はぁぁ…」
これほどの心地よい感触はヤマワラワ以上だった。たちまち彼女はガレットの感触に心を奪われ、対するガレットもまたテファの細く柔らかい指で撫でられる感触が心地よいのか、「きゅー♪」と気持ちよさそうに鳴いた。
「ルイズさんも触ってみます?この子、触るとすごく気持ちいですよ?」
ハルナはルイズも誘ってくるが、対するルイズは少し戸惑いを見せてきた。
「べ…べべ別にいいわよ。動物をめでて和むなんて、公爵家の三女にふさわしくないじゃない!」
「あれ、ルイズさんのお姉さんもたくさん動物とたわむれてたんじゃ…」
うぐ、とルイズは言葉を詰まらせる。本心では触りたい気持ち満載なのに、いつもの貴族であることを言い訳に意地を張っていた。
「そうだよルイズ。クリスも遠慮するなって言ってたし、触ってみればいいんじゃないか?」
「…………い、いいわ。なら、ちょっとだけ…」
サイトからも促され、ルイズもガレットに触れてみる。同然ながらルイズもその感触にハマッたのは言うまでもない。顔に出さないように「ま、まぁまぁね…」とコメントも添えながら。
久しぶりに見たような和やかな光景にシュウも視線を寄せていたが、何を和んでいるのだと自分に言い聞かせ、クリスの方に向き直る。
「……それで平賀、なぜ俺たちの部屋に来た?他国の王女まで引き連れて」
「ち、ちょっと…」
王女がわざわざここへ来たものだから、かしこまった方がいいと想っていただけに、テファはシュウの強気というか、冷淡な態度に内心焦った。ルイズも眉間にシワを寄せた。
「あ~、せっかくだからさ、あんたにもクリスを紹介してやろうって思ったんだ」
シュウからの問いにサイトが答えた。なるほど、人当たりのいい平賀らしい、とシュウは思った。しかし、本当に妙な少女だ、このクリスという王女は。
「君はなぜそんな恰好をしている?」
王女ならアンリエッタのように気品にあふれたドレス姿を着る者ではないのか?外人のコスプレのようである。
「なぜ?私はサムライだ。袴を着ることなど当然だろう?お前ならわかるはずだ、シュウとやら」
「「さむらい?」」
シュウとテファは声を揃える。テファにとって聞き覚えのない、シュウにとっても侍という単語については縁遠いものだった。
「ヴァリエール、この世界にも和風文化が浸透しているのか?」
「わふう…?クリスの格好のこと言ってるの?言っておくけど、クリスには悪いけど、彼女は私たちから見ても変わっているわよ」
何やら誤解を招かれかけていると気づき、ルイズはシュウからの問いを否定した。侍のことについてどうも反応が薄すぎたシュウに、逆にクリスは違和感を覚えた。
「む?シュウよ、お前はサイトとハルナと同じ国の者なのだろう?どうしてそのような反応なんだ?」
「何を勘違いしているのかは知らないが、俺は侍になった覚えはないし詳しくもない」
それを言ったら俺もなんだけどね、とサイトは口に出さなかった。クリスは侍として自分を認識し、友情を感じている。少女の純粋な夢を壊したくなかった。にも関わらず、シュウは遠慮なしだな…とサイトは呆れた。
「そ、そうか…サイトと同郷の者だと聞いたから、てっきりお前もそうだと思っていたのだが…」
現に、シュウのことも侍だと期待していたクリスは残念そうにしている。
「そもそも生まれてしばらくの間、ダラスで暮らしていた俺は日本文化には疎い方だ」
「ダラス?ハルナ、わかる?」
「えぇっと、確かアメリカの…って、えぇ!?黒崎さんって、アメリカ出身だったんですか!?」
「マジか!?知らなかった…」
サイトとハルナの二人は驚愕した。同じ日本人名で見た目も日本人そのものだから全く気付いていなかった。
「「あめ…りか?」」
ルイズとクリスはまた聞きなれない異世界の単語に困惑する。テファは一応あらかじめ聞いたことはあったが、口頭で聞いたことがあるだけで詳しくはない。
「あ、アメリカっていうのは…」
気付いたハルナがすぐに、簡単に二人に対してアメリカに関しての説明を入れた。異世界の国だからいまいちピンと来ていたわけではないらしいが、少なくともシュウが日本育ちだったわけではないということだけは理解した。
「なるほど、民族という観点から見れば同族だが、育った国が違っていたということか。それならサムライに詳しくないのもうなずける。
だが、ルイズとサイトと同じように、ティファニアの傍にいるようだな。少なくともその信頼関係は二人にも匹敵すると思うぞ」
「………」
クリスはシュウとテファを見て、サイトとルイズの関係と比較しつつも評価していた。だがシュウは、無言だった。重すぎる過去を背負うがゆえに他者にそれを背負わせまいとした結果、ティファニアを傷つけてしまったシュウ。そんなシュウの心を支えたいテファ。お互いにクリスが言うような信頼関係がある、と言うにはまだ早かった言えなかった。
「どうしたのだ?どこか体の調子でも悪いのか?」
「…君が気にすることじゃない」
「むぅ…」
冷たく突っぱねられたクリスは少し寂しげだった。
「ねぇちょっとあんた。いくら彼女が王女として接することはないって言ったからって、態度が冷たいんじゃないの?心配してもらってる身だっていうのに」
「いいんだ。私は気にしない。彼のような人間がいてもおかしくない。寧ろお節介だったのかもしれないしな」
冷たい態度のシュウに不快感を覚えたルイズが食って掛かるが、クリスは彼女に向けて首を横に振る。
「で…でも、せっかく来たんだ。お互いの事よく知っておきたいだろ?クリスがどうして侍のことを知ってるのか、クリスと会ってからずっと気になってたんだ。シュウとハルナもここにいるし、聞かせてくれよ」
サイトは少し重くなりがちだった空気を換えようと、クリスと会ってから抱えていた疑問を口にする。実はクリスと会ってからここに来るまで、何度も彼女から日本のことをどうして知っているのか訪ねてきたが、なぜかことごとくたらいまわしのように聞きそびれてきた。最初は行内の案内を強引に彼女から頼まれたため、二度目はルイズとシエスタ、そしてハルナの勘違いによって、三度目はクリスがルイズたちのクラスに紹介された時。このとき授業開始前までわずかだったこともあって聞きそびれていたのだ。
「あ、私もそれ気になってました。クリスさん、どうして日本のこと知ってるんですか?」
ハルナもまたサイトに同調し、彼女がハルケギニアの人間でありながら昔の日本で有名だった侍について精通している理由を尋ねた。
「ちょうどよかったわ。サイトからも侍の事聞きたかったけど…」
ルイズも耳を傾ける。実は今朝、クリスがクラスメイトたちに自己紹介された際、侍の事をサイトに聞いたら「主なのにそんなことも知らないのか?」とクリスから言われてしまっていた。あくまで意外に思ってのコメントなので悪意はないのだが、サイトの主なのに使い魔である彼のことを把握しきれていない=貴族として怠惰ではないのかと言われているような物言いに受け止めてしまい、侍のことを何が何でも知ろうとしていた。サイトをきっかけにすると、興味がなかったはずの事にもすぐに火がついてしまうのだ。
シュウも興味なさそう態度こそとっていたが、サイトたちがクリスに急かすのを見て、改めて彼女の服装を見る。考えてみれば、確かに気にはなる。なぜ異世界人である彼女があんな服を着ているのか。
(…俺たち以外に、まだ地球からやって来た誰かがいて彼女と接触した。または…実は彼女自身が地球人なのか…)
その二つ以外の予測は着かなかった。後者は、確証が前者と比べて足りなすぎるので、可能性としては低すぎるが。どちらにせよ、彼は一種の警戒心を持って耳を傾け始めた。
「まずどこから話すべきか…そうだな」
少し頭の中で、日本やそれに連なることを整理しながら、クリスは話し始めた。
それは、クリスがまだ10にも満たない幼い少女だった時の事だった。
両親であるオクセンシェルナ王が彼らの護衛を引き連れて狩りに出かけた時、クリスも一緒に付き添っていた。父の狩りをする姿に興味を持っていたからだ。父の放つ弓で狩った鹿料理をコックに作らせる予定だった。
しかし、その日は鹿が中々姿を現さなかった。
「…陛下、おかしいです。周囲を探ってみましたが、鹿の姿が一匹も見当たりません」
周囲の森の中へ護衛兵が鹿を捜索するも、成果はなかった。
「鹿がおらんのでは狩りはできぬ。久方の遠乗りでこれとは…我ながら運のないことだ」
王とは多忙の身の上。だからこそ道楽に興じたいという思いもある。だが趣味の狩りができないようでは、ここにいる意味がない。
やむを得ず狩りを中止し、代わりに街へ私物の買い物にしようと思ったとき、もう一人の護衛兵があわてた様子で報告を入れてきた。
「大変です!姫様のお姿が…!」
「何!?」
愛娘であるクリスの不在に王は驚愕する。
そのクリスだが、自分を護衛していた兵が王によってお叱りの言葉を受けていると露知らず、森の中を散策していた。
当時、彼女が師匠と飛ぶ男と出会う前だったこともあり、口調は本来の王女らしい、気品とおしとやかさに満ちたものだった。
「父上のためにも、鹿を探して来よう」
そんな子供らしい親を思う心遣いが、彼女にとって運命的な出会いを果たすきっかけとなるなど思いもしなかっただろう。
鹿を探しに、クリスは一人森の中を探し回っていくが、その最中だった。
突如山肌が大きな地鳴りを起こす。ただでさえこのような事態は人間の足をすくませるが、当時まだ子供だったクリスはさらに驚きで足を止めてしまう。だががけ崩れ以上に彼女を恐怖させることが起こる。
森の中から巨大な影が這い出てきて、クリスの前に姿を現したのである。
「ば、化け物…!」
角と鋭い牙を持つ、巨大な怪物、『牛鬼怪獣ゲロンガ』。
「グルルルル…」
その口にはすでに食われてしまった鹿の血がおびただしいほどに見えた。クリスの恐怖を煽るのに十分すぎた。
彼女は逃げるために、元の方角へ反転し駆け出した。だがどれほど早く逃げても、一向に父たちの元にたどり着けない。実は、彼女は恐怖のあまり自分方とって来た道を完全に取り違えていた。要はパニックになりすぎて道に迷っていたのである。
突然姿を見せた怪獣には、城並みの巨体ということもあってオクセンシェルナ王たちも当然ながら気づいた。国の未来を担う者であり、大切な愛娘が姿を消しているこの状況で焦らざるを得なかったが、クリスを餌と見て彼女を追い続けるゲロンガの方が圧倒的に距離をつめていた。つまり、今から急いでも間に合わないのだ。
「助けて!助けて父上!!みんな!!」
逃げ続けていくクリスだが、すでに助けが来るような場所ではなかった。走り続ければするほど、彼女が助けを求めている人たちの元から離れていく。そんな彼女を、ゲロンガは追い続けた。周囲の木々を踏み倒し、自分が食べていた鹿と同様に彼女をも食らおうとしていた。
すると、クリスは足元の木の根で転んでしまう。獲物の足が止まったことで、ゲロンガはついに新たな餌に食らいつけることを確信し、大きく口を開く。鹿の血で赤く染まった牙を見て、ひぃ…と悲鳴を漏らす。もう自分は…ここでこの化け物に食い殺されるのだと確信して。
しかし、そんなときだった。
「ガアアアアアアアア!!?」
ゲロンガの牙は、クリスの体に食い込むことなく切り裂かれた。食われる直前に彼女の前に現れた、侍によって。
クリスは目を見開いた。彼の着込んでいる砂埃や汗ですっかり汚れた袴、振るった刀、後頭部の塔のような形状の髪。ハルケギニアでは全く見たことも気痛いこともない身なりであった。
牙を切り落とされたゲロンガはひどく苦しみ、動揺していた。目の前に現れた、餌と決めた少女を守るように立ち塞がった男に自慢の牙を折られたゲロンガは、泣き叫びながら踵を返して逃げ出した。よほど自慢の牙を折られたのが悲しかったらしい。
ゲロンガの姿が見えなくなったところで、侍は刀を鞘にしまい、クリスの方を振り返った。
「娘よ、大事無いでござるか?」
これがクリスと、彼女の師となる妖魔退治の侍『錦田小十郎景竜』の出会いだった。
その後、影竜は皇女の危機を救った恩人としてオクセンシェルナ王は彼を城に招くことを決めた。メイジでもないにもかかわらず、規格外の魔物を追い払って姫を救った男。中には影竜に疑惑の視線を向ける者もいたが、王がそういった疑いの目を向ける者を説き伏せた。娘を救った恩に、何か褒美を取らせようと王が影竜に言うが、彼はそれを断った。
「せっかくのお誘いだが、丁重にお断りいたす」
誰もが、国王自らの褒美を断った影竜の姿勢に驚いた。ゲルマニアだと領地さえも与えられるかもしれないほどの活躍だった。それに変わる褒美も間違いなく、平民はおろかそこいらの貴族が一生休まず働いても手につけられないほどのものかもしれない。だがこの男は、それを手に入れるチャンスを自ら手放したのだ。王族に取り入るものなどはいて捨てるほどいるというのに。名乗りもせずに立ち去ろうとするそのさまは国王をはじめとした面々に衝撃を走らせた。中でも、彼に救われたクリスには印象深く、彼女は立ち去ろうとする影竜を引き止め、なぜそのように振舞えるのかを尋ねた。
「私たち、本当に王族なんですよ?だから、お城まで来てくれたらいっぱいご褒美を上げますよ?」
「拙者は物の怪を倒すために生涯を捧げると誓った身。他者からの恩義欲しさに刀を持っているわけではないのでござる。それが拙者の武士道なのだ」
見返りを求めず、ただ人のために刀を振るう。クリスは影竜の武士道を貫く姿勢に強い興味を抱き、彼を何とか城に招きたい、弟子にしてほしい、しばらくの間でかまわないから国にいてほしいと頼み込んだ。
当初はそれさえも断った影竜。できれば影竜は、自分の歩む道をクリスのような若い娘に教えたくなかった。だが、クリスが諦めずに誠心誠意を持って弟子になることを求めてきたので、ついに折れてオクセンシェルナの城へと招かれることになった。
「それ以後の数年ほど、師匠は私に武士道の何たるかを、剣術の手ほどきを教え込んだ。私を襲ったあの怪物のような存在が、ハルケギニアのどこかで息づいている。そのように本人は感じていたらしく、私に自分の持ちうる剣術を教えられる限り叩き込んでくれたのだと思う。最も、女性に武器を持たせたくないという持論で、最初は乗り気ではなかった。それでも私は、師匠のおかげで己の生き方を決められたのだ」
誇 らしげに語るクリスは、常に笑みを見せていた。師匠である影竜に対して、強い尊敬と憧れを持っていることがひしひしとサイトたちに伝わった。
「錦田影竜…本当にお侍さんを師匠にしてたんだ」
クリスが袴姿とはいえ、詳しく聞くまではどこか半信半疑なところがあったハルナだが、作り話にしては出来上がっているものだと思った。クリスがしっかり、自分たちの知らない日本人名を口にしたことで、彼女の言ったことが改めて真実だと確信した。
「じゃあ、その人は今でもクリスの国にいるのか?」
もしかしたら会えるのではないだろうか。その期待を胸にクリスに尋ねるサイトだが、クリスは首を横に振った。
「残念だが、彼は昨年にどこかへ一人旅に出てしまったんだ」
「旅に出た?なんで…!?」
「彼は元々妖魔退治のための旅をしていたんだ。私の国だけに留まっていては、その間に別の場所で活動する物の怪たちの蛮行を許すことになる。元々期間限定の条件を呑んだ上で師匠を申し出ていたからな。寧ろ去年まで私の国に、一点の場所に留まっていたこと自体、彼にとって珍しいことだったんだ」
「そっか…」
クリスの師が姿を消したと聞いて、サイトは残念そうにする。
侍は数百年も昔の存在でしかない。そんな昔の時代の存在である影竜が、時を越えて現れた理由は 不明だが、もしかしたら何かしらの方法で元の時代に戻っていったのかもしれない。
「『強者とは常に孤独な者』、師匠はその言葉だけを残し、去っていった。もしかしたらいつか女王になる私に、覚悟を決めるように言っていたのかもしれない」
それを聞いて、サイトは会えないという事実に落胆しつつも、どこか納得した。影竜もウルトラマンと同じように、各地を旅して、旅先で遭遇する魔物たちと戦う道を選んだ。各地に自分の力を必要としてくれている人々がいたからだ。いつかは離れることになるんだ。自分と、ルイズたちがそうであるように…。
いつか別れが来る。そう遠くない未来で。ずっと忘れていたことを思い出したサイトは、クリスと自分を重ね、胸が締め付けられるような感覚を覚えた。サイトのその表情の変化に、ルイズとハルナ、そしてそれを遠い場所から見るようにシュウとテファも気づいた。
「サイト、同じ侍であるお前もどこかに旅立つのか?」
クリスが寂しげに視線を向けながら、ルイズたちが抱き始めた不安を問いかけてくる。
「…確かに、地球には母さんを残してきてる。だから帰りたいと思ってるのは確かだ。でも……」
そっとルイズたちに視線を向け、サイトは首を横に振った。
「俺はルイズの使い魔でもあるし、同じようにこの世界に迷い込んできたハルナも守ってやるって決めてんだ。その役目を放棄してまで帰っても、それこそ母さんに会わせる顔がないよ」
「サイト…」
「平賀君…」
少し寂しげに、自分が抱いていた願望を口にするサイト。
方でルイズとハルナは、まだサイトが自分たちのそばにいてくれるつもりであることを知り、安心と共に心が温まるような感覚を覚えた。
「ただ…あと一年早く会いたかったな。シエスタのひいじいさん…フルハシさんにも、結局会えずじまいだったし」
「フルハシ?」
サイトが新たに口にした人物の名前を聞いてクリスは首を傾げる。サイトは、シエスタの曾祖父もまた地球の日本人であり、地球を守った組織の一員の者だったことを明かした。クリスはそれに大変興味を抱き、シエスタからも後日話を聞いてみようと喜んでいた。
しかしテファは、クリスの師が一人旅に出たと聞いて、シュウの方に視線を向けた。妖魔退治のために生涯を捧げた武士。大切な人や多くの罪もない人たちを守れなかった贖罪。影竜の生き方と、シュウのウルトラマンとしての姿勢が、なんとなく重なっている気がした。 そして不安と恐怖を覚える。シュウがいつか自分のもとからどこかへ消えて、そこで…。今はリシュの言葉で落ち着いているが、もしまた、今まで通りの戦いの道を行くことになるとしたら…
もしそのときが来たら、私は…。
「……」
「テファ?」
「なんでもない…」
口にすることも怖くなったテファはルイズからの呼び掛けにも、曖昧に返すだけだった。
シュウも彼女の反応に対して思うところがあるような顔を浮かべるが、この場ではなにも言わなかった。
そろって表情が晴れやかといえないシュウとテファのせいで、周囲の空気が重くなるのを感じたサイトたち。
「…あいつを迎えに行く」
リシュはこの時、コルベールが独自に製作している独自の発明品に興味を持ったらしく、彼のもとにいる。面白いおもちゃを見つけたような感覚なのだろう。シュウはその一言を残して部屋を後にした。
この日は結局その場で解散となった。
「なんか、ごめんな。あいつ、初めて会った時からあまり人付き合いをしたがるタイプじゃないみたいでさ。本当はいい奴なんだけど…」
シュウたちの部屋を後にした後、サイトが前を歩いていたクリスに向けて言った。
「あいつそんなにいい奴かしら?主人であるテファに対して冷たすぎるし…確かに、あいつの昔のことは気の毒だけど…」
「過去?」
「ルイズさん!」
直後にルイズが疑惑を寄せるが、ハルナがすぐにし!と人差し指で黙るように伝える。ルイズも慌てて口を抑えた。頑なに話したがらない、それもその人にとってトラウマの塊でしかない思出話などうっかりでも口にすべきではない。
「優しいのだな」
振り返ってきたクリスは微笑みを返す。少し気になることを耳にしたが、触れて はならないのだろうと察した。
「とはいえ、実のところ少し残念だと思ってもいる。お前やハルナ、そして師匠と同じ故郷の人間だから、きっと立派な侍魂を持っているのだろうと思っていた。アンリエッタも、彼から多大な恩義があると言っていたから、きっと素晴らしい人間なのだろう。だが…なぜだろうな。私には、彼が…泣いているように見えた」
「泣いてる?」
ルイズがクリスに問いかけるように呟く。
「剣士も侍も、相手の表情、出方を見るものだ。それで相手の表情を見て、次にどのような手を出してくるか予測する。それに伴って、相手が何を思っているのか、憶測ではあるが察しを付けるのがうまくなるものだ。だからかな…そう思ってしまったのは」
クリスは彼の過去を知らない身だが、何か辛いことがあったのを、会って間もないのに気づいたことに、サイトは驚いた。
しかし、ティファニアならともかく、シュウが泣いてる…想像し辛い。だが城でシュウがようやく自身の過去を話した事もあって理解できた。あの想像を越えた辛い過去ゆえに、シュウの自分を追い詰め続けるような戦い方…いや、生き方をティファニアが心を痛めている。それに対し、シュウが彼女に対して後ろめたいものを感じているのだろう。
でも、シュウのあの、身を削りすぎた姿勢は許しがたいことだ。最後の最後まで生きてみせるのが人間だ。自己犠牲前提なんて、自分も周りも不幸にするだけだ。
アルビオン脱出を気に溝が出来上がっている二人の関係。このままでいい訳がない。
仲間として、何とかしてやれないだろうか。クリスと、ルイズたちクラスメイトたちの関係のことも含め、サイトはその夜から考えこみ始めた。
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