提督はただ一度唱和する
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ある秋の日の
深海棲艦、及び艦娘の出現より二十数年。戦況は安定の様相を見せていた。本土は安全圏となり、魔海と化した日本海側を避け、太平洋へと乗り出し、資材も安定して得られるような環境も整ってきた。
だが、オーストラリア方面への突破は不可能と判断せざるを得ない状況のなか、早期国交回復を目指し、アラスカ、またはハワイ島への打通作戦が海軍より発案、承認された。
再建された海軍指導部が、初めて主導する作戦だ。大戦の焼き直しとの批判もあったが、だからこそ、隅々まで研究され、改善と修正を積み上げたこの作戦は、今の司令部に相応しいと思われた。
事前の偵察でも問題は見つからず、大湊警備府へ全国から抽出された戦力が集結し、海軍の威信をかけた作戦は壮大に発動された。
そして、盛大に躓いた。
それまで陸軍提督の背中に護られながら、艦娘への愛に萌えていた若きひよこ共は、自慢の航空打撃艦隊を惜しげもなく投入し、深海棲艦側の敷いた潜水艦による哨戒網に引っかかって七転八倒。戦場で払う授業料がいかに高額かを、これでもかと思い知った。
敵防衛線にすら辿り着けずに、陽動作戦も何もない。しかし、連合艦隊主力は呉に終結しており、自らの鎮守府からお出かけしているひよこ共は、編成を弄ることすらままならない。何とか装備変更によって、この哨戒網を突破しようと試みた。
しかし、深海棲艦側はこれに対してゲリラ戦を敢行。昼間は海に沈み、夜戦を強要することで、航空戦力を無力化。限られた戦力と装備で、この“哨戒網”突破を義務付けられたひよこ共は、今度は備蓄していた資材までも惜しげもなく投入し、波状攻撃を仕掛けた。罵声を含むあらゆるものを吐き出して、何とか幌筵で再集結したが、もはや限界と言っていい。
補給もさることながら、艦娘の疲弊も相当なものである。誰の脳裏にも、失敗、撤退の文字が浮かんでは消える。
だが、海軍再建後、初めての大規模作戦である。主力が無傷で残っている状況では、そうそう諦められない。
海軍指導部が迷う内にも、一部の提督は出撃を繰り返し、北方へ圧力をかけ続ける。もちろん、自らの艦隊と資材にそれ以上の圧力をかけながら。
致命的だったのは、ある陸軍提督の指摘である。
「ゲリラ戦は有効だが、弱者の戦術」
その弱者にいいようにされているのである。海軍の面目は丸潰れだった。
結果、陸軍提督の指摘は本来の意味を喪失し、作戦は続行される。
艦娘は希望だった。
その美しさも、戦力も、心映えも。
だが、無意味だった。
深海棲艦は得意の圧倒的物量すら用いずに、彼女らの進撃を挫いて見せた。強力な砲も、頼もしい航空戦力も、深海棲艦の狡猾な戦術の前には無力だったのである。
提督の士気低下は見苦しいほどだった。これまで、艦娘に任せておけば戦場で問題など無かった。見た目はともかく、彼女らは大戦の記憶を持った兵器なのだ。提督の仕事とは、艦隊のマネジメントと彼女らのケアであるはずだった。
信頼を失った提督も、裏切った艦娘も、壊れた関係を再構築する暇もなく再出撃を命ぜられる。亀裂は拡がる一方だった。
なぜなら、問題は提督側にあるからだ。
潜水艦をオリョール周回か、囮程度の価値と認識していた提督らは、その運用や戦術すら知らなかった。海がいかに広く、索敵が困難であるか知らなかった。駆逐艦や軽巡はただ非力なのではなく、与えられた役割があると知らなかった。彼らは壊滅した海軍の次代を担う存在であり、だからこそ何も受け継いでいないのだと、指導部は知らなかったのだ。
やがて、些細なヒューマンエラーから撃沈される艦も出始め、戦闘力を喪失した艦隊が撤退を開始。呉に主力を置いたまま、作戦は中止に追い込まれ、連合艦隊は解散した。
ちなみに、その過程の中に、決断という要素は一欠片も存在しない。
この後の戦争遂行に、重大な疑義が生まれた。
だが、これまでの経緯は内部の新たな問題を明らかにしただけである。
本当の問題は何も解決していない。
海軍の主力が丸々残っているように、わざわざ誘引した深海棲艦の主力も無傷なのだ。艦娘も提督も帰るべき鎮守府が存在するが、脅威がなくなって現地解散した深海棲艦は、どこに帰るのか。
海軍指導部の決定を知ったとある中将は、咥えた煙草を落として執務室で小火騒ぎを起こし、左の乳首も無くした。
別の少将は珍しく満面に笑みを浮かべ、目撃した艦娘は色を無くした。
言葉を無くした横須賀基地司令官は、再起動と共に救援の準備を全力で始めた。
もう間に合わないと、彼らは知っていた。
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