SAO-銀ノ月-
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「わたしは……わたしのことが知りたいです」
《鼠》。SAO生還者ならば聞いたことがあるだろうその名前は、第一層からキリトやアスナにエギルと並ぶ攻略組だった以上に、あの浮遊城で最も腕が立つと言われた《情報屋》だった。人間離れした情報収集能力を持ち、メッセージを交わしただけでも持っていた情報を奪われる、などと噂されていたもので。
そうして第一層から常に最前線の攻略を情報屋として発布していたが、攻略組が《血盟騎士団》と《聖竜連合》の二つの大手のギルドに大別され、一部のソロも含めてそれらは既に独自の情報収集手段を得ていたこと。次いで中層プレイヤーの経験不足か慢心からくる事故死が急増したこともあり、最前線を退いて中層プレイヤーへの攻略情報の周知に尽力していたと聞いている。
それらは『アルゴの攻略本』としてフィールドに赴くプレイヤーに渡され、地味ながらもあの浮遊城の攻略に欠かせない存在だった。ただし当のアルゴというプレイヤーは、常にその姿を見せることはなかったけれど。
「……なんてのは、もうすっかり昔の話だナ」
そんな《鼠》のアルゴが浮遊城の頃に聞いた姿のまま、ショウキたちの前に現れていた。もちろんとでもいうべきか、種族はやはりケットシーだったが、シリカのような使い魔の姿はどこにも見当たらない。ショウキとリズからすれば、直接的に対面したのはキリトとアスナの結婚式で、しばしすれ違った程度しかないが、その攻略本には当然ながらお世話になっていて。
「でもいいのカ? いきなり訪ねてきたオレっちなんて不審者を、めでたそうな場に誘ってサ」
「いいのよ、ついでついで!」
……ただ、そんな《鼠》も、目の前にある肉とサラダ、そしてプレート――という、典型的な食べ放題の焼肉スタイルに困惑していた。先の竜人の洞穴クエストで鉱石の問題を解決したお祝いに、上機嫌のまま入ったのがこの店ということもあり、用があるならついでにとアルゴも招待した次第だった。
「本当にあの《鼠》なら、返しきれないほど恩があるしな」
「これは食べてもいいものですか?」
「こら、焼けるまで待ちなさい」
熱したプレートにウサギのようなモンスターだった生肉を投入して、油がはぜていく音を聞きながら、ショウキは生肉に手を出そうとしたNPCの少女をすんでのところで止める。ここまで少女に連れてきてもらった礼も確かに含んではいるが、少女はプレートの上で爆ぜる生肉をじっと見つめていて、随分と楽しみにしているらしい。
「それで、その鼠のアルゴさんが何の用?」
「鼠はもうやめてくれヨ、リズベット。まだ実績もない駆け出し情報屋なんだからナ」
「あたしのこと知ってるの?」
「当然だロ? ……もちろん、ショウキのこともナ」
「光栄だな」
肩を竦めながらアルゴは苦笑しながらも、まだ自己紹介していないにもかかわらず、ショウキたちのことは承知らしい。そこは何も知らずに話しかけては来るまいと分かっていたため、特に驚きはないものの、今度はリズが苦笑する手番であると同時に、ショウキは少女のために専用のタレを小皿に垂らしていた。
「……なんか気持ち悪いわね。一方的に知られてるって」
「オイオイ、リズベット武具店っていえば情報屋じゃなくても知ってるくらいには、ソコソコ有名な店なのにナ……昔も今も」
「よし……焼けたぞ。ほら」
「ありがとうございます。いただきます」
「その今のも昔のも、リズベット武具店はもうないわけだけど。……やっぱり焼けるの速いわねぇ、もうちょっと情緒ってもんがないのかしら」
食べ放題の肉など元からすぐ焼けるようになっているというのに、過剰かつ簡潔を心がけたこのVR世界ともなれば、すぐにでも焼けるのはホットドッグ作りで経験済みだ。プレートに焼けていく肉をそれぞれ好きなものを取っていき、ショウキはさらに追加の生肉をプレートへ投入していく。
「うーん、やっぱりご飯が欲しくなるわね」
「特別にロハでいい情報だけどナ、絶対に太るゾ」
「はふはふ……太る?」
「あんたは気にしなくて大丈夫よ、羨ましいわねー。ほら、ショウキも肉焼く係になってないで」
「いいや俺は焼く」
「……皿には乗せとくわよ」
すぐさま焼けてしまう肉をいい感じのタイミングを見極めることと、面白いように食べてくれる隣の太るという概念が分からないらしいNPCの少女から、食べるより焼くのが面白くなってきてしまったショウキに。少しばかり呆れたような表情を見せながらも、小皿に焼けた肉を乗せてくれるリズへ感謝しながら、アルゴとの会話が続いていく。
「ま、オレっちもこの世界に来てた訳だが、情報屋なんて職業はあの頃より厳しくてナー」
「……まあ、そうだろうな」
「このお肉は食べても大丈夫ですか?」
「あら、食べ頃が分かってきたわね?」
せっかくリズが入れてくれた肉が冷めては申し訳ないと、ショウキは生肉とトングを机に置きながら。ウーロン茶を口に運びながら苦笑するアルゴの発言に、納得するかのように頷きながら、特製タレのついた焼肉を咀嚼する。確かに閉鎖空間だった昔の浮遊城だったならばともかく、今や攻略情報など片手間で検索すれば手に入るもので。カーディナル・システムによって管理と更新が常にされているため、片手間に調べることに限界があるのは確かだが、だからと言って情報屋にわざわざ頼もうとは思うまい。
「それでも昔とった杵柄ってヤツで、浮遊城を専門に細々とやってたが、最近になって浮遊城各地にも新ダンジョンや新クエストが倍増した……この村の《竜人の洞穴》みたいにナ」
「やっぱ新クエストだったのね、アレ。ああショウキ、いいわよ。次はあたしが焼くから」
「それと同時に、謎のNPCが現れた……んだけどナ……」
「まさか……」
リズに生肉が入った箱とトングを奪われたショウキの言葉に、焼肉を口に運びながらアルゴはコクりと頷いた。昔の浮遊城の時代に来ていたリズが、存在すらなかったと断言する山が出現しているこの《マロメの村》のように、様々なダンジョンが攻略済みの階層に出現している。それと同時に現れた、謎のNPCとは――
「どうひまひは?」
「……食べながら喋っちゃ行儀が悪いぞ」
「申し訳ありません。サラダと一緒に食べると美味しいです。つまり、最強タッグ、です」
――隣で美味そうに焼肉を頬張っている、黒髪ぱっつんの少女などと。
「疑ってるナ!?」
「あー……いや、別に、なぁリズ」
「ああほらアルゴ、ここら辺の肉は焼けてるわよ」
「……フン。だけど分かってるんじゃないのカ? そのNPCが明らかにオカシイってことはナ」
本当にこの少女がそんな大層な存在なのかと、どうしても考えてしまった疑いが視線となってアルゴに向かってしまったようだが、リズの勧めた肉を取りながらのアルゴの言葉も的を射ていた。名前も設定も記憶もなく、ただ理由もなくどこかに連れていってほしいとクエストとなり、報酬は僅かに1ユルドで連続クエストの始まりでもない。明らかに悪い意味で異質な存在ではあって、黙々ともぐもぐとサラダを食べていく少女の外見に騙されてはいけいのかもしれない。
「だからオレっちもそのNPCを追ってた訳なんだが、そしたら随分と打ち解けてる連中がいてナ?」
「……打ち解けてるというより、餌付けしてる気もするわね……」
「それで?」
「おっと。長くなりすぎちゃったが、要するにナ。業務提携のお誘いだヨ」
「業務提携?」
――さて、要するに。アルゴからすれば情報屋として一山あげる為には、アルゴという情報屋の名前をこの世界に知らしめ、この情報屋は信頼できると思わせる必要がある。その方法として、倍増した新ダンジョンとともに現れた謎のNPCを追っていたわけだが、そこを何やら手なずけた鍛冶屋たちがいたらしく。
「その女の子について分かったことをオレっちに教えてくれないカ?」
「……って言われても、心当たりが、ねぇ?」
ならば今まで謎だった少女の謎を少しばかり解き明かした鍛冶屋に、交換条件を提示して情報を貰うことで、アルゴは噂の少女の謎を解き明かした情報屋というカードと称号がつく。とはいえ当のショウキたちからすれば、隣でもきゅもきゅと焼肉を頬張る少女のことなど、まるで見当もつかなかったが、そこは鼠の方が一枚以上に上手でいて。
「そうだナ。例えば、NPCの情報を検索できる権限を持った娘なんて、知り合いにいたりしないカ?」
「あー……なるほどね」
随分と具体的なアルゴの提案に、ショウキもリズも揃って同じ人物を思い浮かべた。わざわざ娘、などと指定するくらいならば、当の娘――ユイのことは、アルゴも把握していることなのだろう。ただし内部データの盗み読みなどあの夫妻がやっているわけはなく、しっかりと言い聞かされた娘もやることはないために、NPCの少女は何者なのか調べてほしい――という説得が多少なりとも面倒くさそうで。
「その交換条件は?」
「新しく始めた鍛冶屋、経営に困ってるんだロ? それでも質は確かだし、オレっちが情報ついでに撒いておくヨ」
「……不安定ね」
「そっちへの条件も相当に不安定だナ」
そうしてユイに自ら禁じていることをして貰うほどの利益がある交換条件かを確認すれば、《鼠》のアルゴとして売る情報に、リズベット武具店の宣伝も入れてくれるという不安定なもので。ただし不安定などと言ってしまえば、そもそもショウキたちが少女の情報を探れるか、探れたとしてもそれがアルゴの得になるか、アルゴの申し出からして不安定なものだ。
「……いいんじゃない、不安定などうし」
「にひひ。どっちが得するかもわからない、ゆるーい業務提携ってワケだナ」
「……ちょっと待て」
「なん――」
「……けぷ」
不安定だからこそ、業務提携などと堅苦しい言葉に反して、緩い繋がりでもって協力できると。鼠と店主はそんなことを考えたのか、肉が焼けるプレートを挟んで悪どい笑顔で握手が交わされた。その握手をショウキが止め、いいところを邪魔されたアルゴが不審げな表情を隠さずにいると――そんな悪どい商売人たちの渦中にいるとは、夢にも思っていないであろう少女の満足げな音が響いて。
「……そもそも、こいつに聞いてからの話だろ」
「……そうだナ。その子の意思を聞くの忘れてたヨ」
あの《鼠》にリズベット武具店を宣伝してもらえると聞いて、こちらもどうやら舞い上がっていたらしい。まずは話の渦中にいるNPCの少女の意思を聞くべきだとショウキが語れば、アルゴはしばし言葉を失ったように沈黙した後、ニヤリと笑って肯定する。とはいえその笑顔は、まるで親が子供に向けるもののようで、流石にこちらの眉間にシワがよれば、反比例してアルゴの口角が上がっていて。
「失礼しました」
「あー……いいのよ。ごめんね、変な話してて。それと……」
「……なんだよ」
「いーや? そんなこと聞いたのはキー坊ぶりだったから、ちょっと懐かしかっただけダ。ほら、オネーサンが育てた肉やるヨ」
「……どうも」
そして少女の相手はリズに任せてアルゴに問い詰めれば、思ってもみなかったことを返答され言葉に詰まってしまう。確かに先の、NPCの少女の意志が重要――などという言葉は、まさしくキー坊……キリトが言いかねない台詞であり、途端に恥ずかしさがショウキを襲って。そもそも少女の意志が重要と言ったのは、少女がNPCだということまで、ふと忘れていたからこその言葉だというのに。
「……忘れてくれ」
「なんでダ? いい言葉じゃないか……というよりは、あの子がNPCっぽくないってのが正しいナ」
ヤケクソ気味にアルゴから食べた肉を口に入れると――育てたと豪語しただけあって、確かに美味い――先の失言を忘れてほしいと頼むものの、そんなショウキの申し出は無慈悲に却下される。ただし台詞の後半はアルゴの声色もシリアスなものであり、今この状況でもあのNPCの少女が何者なのかを探っているようで。
「オレっちだって本当なら自分の手で情報は掴みたかったが……ま、それどころじゃないってことだナ」
「こっちもだ」
「わたしもです」
「…………」
情報屋として形振り構っていられる売り上げではないらしく、そうした事情は全面的に同意できるリズベット武具店としても、アルゴと二人で苦笑を交わしあっていれば。気づけば同意しているメンバーが一人ほど増えていて、ショウキがチラリとリズを見れば、彼女は上手くやったらしくニッコリとガッツポーズを取っていた。
「わたしは……わたしのことが知りたいです」
「よし! そうと決まればメールすらから、ちょっと待ってなさいねー」
「ああリズ、メッセージにオレっちの名前は出さないでくれるカ?」
「え? まあ、いいけど」
「じゃあその間に、さっさと食べ終わっちゃうか……ん」
ユイ……というよりアスナにメッセージを打つのはリズに任せると、残り少ない肉を食べ尽くしてしまおうと、すっかり焼く係に徹してしまっていた分プレートに箸を伸ばすと。どうも脂身ばかりのあまり好みではない肉に当たってしまったらしく、口内に響き渡る微妙な感覚をお茶で誤魔化してみれば、アルゴが何やらメッセージを打つリズに頼みごとをしていて。
「なんダ、ハズレにでも当たったカ?」
「……まあ」
「なら口直しに……これなんかどうダ?」
「あー、それあたしが育ててるやつ!」
「だ、そうだ……なあ、アルゴ」
「んー? オネーサンに聞きたいこととは、随分と勇気があるナ」
流石はアインクラッドに名を轟かせた情報屋、焼肉の当たりハズレも知っているか――などと、どうでもいいことを思いながら、ショウキは先から気になっていたことを問いかけることにして。最初は情報屋に話を聞いてもらうなんて、お金を取られても知らないぞと、アルゴも冗談めかして笑っていたものの。
「ユイのことも知ってるなら、なんで最初からキリトたちのところに行かなかったんだ? 顔も出したくないみたいだし」
「んー……」
そう、NPCについて調べられるユイのことを知っているのならば、わざわざショウキたちの元に業務提携などと言いに来る必要はなく、最初からキリトたちを訪ねに行けばいい話だ。そもそもアルゴとキリトは昔馴染みだと話は聞いているし、久々の再会を喜びあってもいい筈だと。にもかかわらずメッセージでも存在を隠したいほどとは何故かと、そんな疑問をぶつけてみれば、アルゴは少し言いにくそうに口をつぐんだ。
「……いや、言いにくいことなら、別に」
「いや、そういうワケじゃないんダ。それに業務提携相手に限っては、秘密なんて言いっこなしだしナ」
焼肉はもうそこそこに堪能したのか、サラダをつまむアルゴにいわく。
「聞いてると思うが、キー坊にアーたんとは昔馴染みだからナ。女の子に慣れてないキー坊、ゲームに慣れてないアーたんは、それはもうアルゴアルゴさんって、オネーサンを頼りきりだったワケだヨ」
「……聞いてた話とはちょっと違うが」
「見解の相違って奴だナ。ま、そんなわけであの二人にとっちゃオレっちは頼れるオネーサンだから、降参して二人の娘にヘルプを頼む姿なんて、アッチも見たくないだろうからナ」
「……さいで」
「なに、要するに見栄っ張りなわけ? あたしもそういうのよく知ってるわー」
「ま、そうだナ。さて、オネーサンは赤裸々に恥ずかしいことを聞かれたし、コッチは何を聞いていいんだろうナー」
――要するに、情報屋としてちょっと苦戦している現状を、順風満帆な二人に知られたくはないと。ただの見栄っ張りじゃないか、という言葉を喉元で飲み込めば、あけすけにリズの口から放たれる。ついでにショウキへと流れるような連携による二連打が双方から放たれて、ひとまず彼女のために余らせ、まとめていたものをリズへと贈る。
「ま、それはいつかの楽しみにするとして……で、どうダ?」
「うん、アスナがユイを連れて来てくれるって……大丈夫みたいよ」
「ありがとうございます」
どうやら丁度アスナたちも《ALO》にログインしていたらしく、気づけばアルゴに脅される立場になっていたショウキを除けば、誰も彼もが上手く回っているらしい。しっかりと少女にも安心させる言葉を送った後、そうと決まればとばかりにリズは残ったものをかっこんでいく。
「あー、お腹いっぱい……あとは甘いものかしら」
「お前は何を言っているんだ」
「お腹いっぱいなのではなかったのですか?」
「ふふ、いいこと教えてあげるわ。女の子には、甘いものは別腹なのよ」
一秒で先の発言と矛盾するリズの言葉には流石の少女も気になったのか、本人もぷはー、と満足げな吐息を漏らしつつも、黒髪の少女はリズへと首をかしげていれば。止める間もなく得意げな表情のリズから、仮想世界だからといって何やら適当な言葉が少女に放たれて。
「なるほど。いいことを聞きました」
――少女は相変わらず無表情ではあったものの、その時だけはどこか瞳が輝いていたような、そんな気がした。
「ごちそうさまでした」
「あんたに連れてきて貰ったこの鉱石なら、さっきの食べ放題なんかじゃすぐにお釣りがくるわよ」
そうして何か分かったら連絡をくれと、ユイを連れてくるアスナとはまだ会いたくないアルゴとは、フレンド登録をして浮遊城にて別れると。もはや最初からパーティーメンバーだったかのように馴染んだ少女を連れて、アスナとの待ち合わせ場所であるリズベット武具店――イグドラシル・シティへと戻ってきていた。
「アスナ!」
「リズー! 久しぶりー!」
転移門から歩いてすぐ、商人系プレイヤーが登竜門としてたむろする商店街。その一角にあるリズベット武具店前には、二人の少女が立っていて。その少女が親友とその娘だと分かるやいなや、リズは走り出して親友とハイタッチを交わしていく。ふと、生還者学校も夏休みでリズは新しい店で忙しいと、そういえば会うのは久々だと思いながら、ショウキもアスナとユイに手を振って。
「こんなんでも武器の修理ぐらいは出来るんだから、たまには顔を出してくれればいいのに」
「えーと……リズとショウキくんが二人きりなところ、邪魔しちゃダメかなって。みんな」
「そっ……そんなの気にしないでいいから! ええ!」
「あー……ユイ」
「はい、ショウキさん……その子ですか?」
珍しくアスナにからかわれている側に立たされているリズはどうしようもなく、ショウキは多少なりとも赤面しながらこちらに飛んできたユイに問いかければ。アスナから大体のことは聞いているらしいユイは、ショウキの背後にいる黒髪の少女を見ると、妖精ではなく本来の子供のアバターへと姿を変える。
「……その、いいのか?」
「……あまり褒められたことではないと思いますが、わたしと同じNPCが困っているんですから、助けるのは当然ですから!」
「……あなたは?」
「わたしはユイって言います。よろしくお願いしますね!」
一介のプレイヤーごときが、ユイがいるとはいえNPCのデータなど覗き見ていいのか――と問いかけたショウキに、ユイは一瞬だけ困ったような表情を見せたものの、すぐに朗らかとそう返答する。同程度の身長の相手に始めて会ったのか、それともNPCどうしで何か感じるものがあったのか、少女が珍しく自発的に首をかしげた。
「すいません。ちょっと、失礼しますね」
「はい」
「……ユイ、どう?」
気の済むまでアスナにからかわれたのか、いつの間にやらアスナにリズも、神妙な面持ちで二人の少女を見つめていた。ユイが黒髪の少女の手とると、恐らくはユイの視界では大量のメニューが表示されているのだろう、ユイの視線はショウキたちからは見えない中空へ向いていて。もちろん可視化させるわけにはいかないので、困惑したユイに話を聞いてみれば。
「……ありえません。この子には……正体どころか、何もないなんて」
「……どういうことだ?」
「NPCならば必ずあるはずの、『設定』がされていないんです」
いわく。ユイがこの世界ではナビゲーション・ピクシーとしての役割が与えられているように、先の竜人ギルバートを例に出せば、仲間を失い故郷を失いかけた悲劇の武人――などといったように、NPCとてこの世界に生きている以上は、何らかの役割と設定がある。それはショウキたちからすれば、今までの人生と同義の存在であり、それがないということは。
「……生まれたばっかりの子供も同然、ってことね」
「はい。本来ならば、このような状態で実装されることなどありえません。何かの不具合かも……」
「つまり」
たった1ユルドで何処かへ連れていってほしいと頼む謎のクエストも、クエストに関わるNPCが正常に動作するか判断するテストクエストということで、それもまた少女に設定がないことの証左だった。そしてショウキたちに説明するためのユイの言葉をもちろん聞いていた、当の無表情を貫く少女からの言葉に、困惑していた一同は沈黙せざるを得なかった。
今ならその無表情の正体も分かる。感情というものが設定されていないのだから……それでもどこか、悲壮感を漂わせているような雰囲気を感じさせて。
「わたしには、何もなかったということでしょうか」
「…………」
そんな少女の問いかけに、誰も何も答えることは出来なかった。何と答えてやればいいか、分からなかったからだ。自分が何者か知りたいともらす無垢な少女に、お前は何者でもなかったなどと残酷な真実を告げるしか出来ないというのに。
「……ええ、そうね」
「ちょっと……リズ」
「――でも」
そうしてショウキが何を言うべきか迷いあぐねていた間に、背後にいたリズが決心したような面持ちで語り出す。あまりにもはっきりとした物言いに、たまらず横にいたアスナが諌めようとしたものの、まだリズの言葉は続いていた。
「だけど、さ。陳腐な言い方になるけど……これから、一緒に『あんた』を作っていかない?」
――それが、少女にとっては天啓となった。
後書き
サブタイはわりと悩む方なんですが、台詞にしてから割と楽です。プレミアがでてこない話になったらどうしよ
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