渦巻く滄海 紅き空 【下】
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八 火蓋を切れ
前書き
あけましておめでとうございます!!(←遅い)
昨年は大変お世話になりました!今年もどうぞよろしくお願い致します!!
大変長らくお待たせ致しました!!
短いですが、今後とも何卒よろしくお願い致します!!
巨石の前に静かにたゆたう水面。
目的地であるその場に、四人と一匹は降り立った。
ここから先は戦闘になる可能性が大きいので、カカシは案内役の忍犬にお礼を言って、【口寄せの術】を解く。
素直に従ったパックンが煙と共に掻き消えていく。
立ち上る白煙の傍ら、カカシはちらりと横目でナルの様子を窺った。
九尾のチャクラが滲み出ている彼女に、無理もない、と彼は内心苦笑する。
『尾獣を抜かれた人柱力は死ぬ』
共に行動している砂隠れの里のチヨからもたらされた事実は、同じ人柱力である波風ナルにとっては衝撃的なものだった。
特に我愛羅に親近感を抱いているナルには酷だろう。
おかげでチヨからその話を聞いてから、ナルの必死さは顕著だった。咎めるいのの忠告も耳に入らないのか、走る速度は増すばかり。
長い艶やかな金の髪は聊か逆立っているように波打ち、頬の三本髭は濃くなっている。
普段は澄んだ空の色である眼の青も、昂ったナルの気持ちに呼応しているのか、赤く燃えていた。
頭に血が上っている風情を感じ取り、(頼むから暴走してくれるなよ)とナルの中にいる存在を気がかりに思いつつ、カカシは改めて目の前にそびえる巨大な岩を見上げる。
この岩の向こう側に『暁』と、そして攫われた我愛羅がいるようだが、現段階では中を窺えない。
岩の中央に貼られた『禁』の札が妙に気にかかる。
思案顔を浮かべるカカシに反して、ナルが勢いよく岩に向かって拳を突き出した。
止める間もなく、殴りかかる。
しかしながら彼女の拳は、岩の前の視えない障壁に阻まれた。
「結界か……っ」
自分達が佇む水面と同じく、岩は波紋を描いて、ナルの行く手を阻む。
何らかの特殊な結界が張られている、とその場の面々は即座に悟った。
「さて…どうしたものか」
目と鼻の先にいるのに、手が出せない。岩のすぐ向こうに、目的の我愛羅と、そして『暁』がいるはずなのに、それを阻む巨大な岩と結界に、気を揉む。
苛立つナルの隣で、カカシは片眼を鋭く眇めた。
「外が…騒がしくなってきたな」
岩向こうの変化に逸早く気づいたサソリが、ぴしゃりと尾で地面を叩く。
サソリの言葉に、デイダラも同意を返した。
「ご到着のようだな、うん」
外の異変を感じ取ったデイダラとサソリが岩を透かし見るように眼を細めるのと、洞窟の奥から朗とした声が響いたのは、ほぼ同時だった。
「だが、もう遅い」
三時間ぶりに姿を見せたナルトへ、サソリとデイダラはすぐさま顔を向ける。その腕に抱えられた我愛羅と、そして寸前の彼の一言を顧みて、彼らは即座に悟った。
それよりも、普通なら手練れの忍び九人がかりで、それも三日三晩掛けてようやく可能となる術を、たった一人で、その上三時間程度で行ったその力量に、内心舌を巻く。
「終わったのか」
「ああ」
我愛羅を地面に丁寧に横たわらせたナルトが軽く首を捻る。
我愛羅の胸が上下に動いていないのを一目見て、デイダラとサソリは我愛羅の死を確信した。
「さて、これからどうする、うん?」
指示を仰ぐデイダラをちらりと見遣って、それからナルトは岩向こうへ眼をやった。
深海より深い蒼の瞳が、ふっと懐かしげに緩められる。しかしながらそれは一瞬で、その上薄闇の中なのもあり、デイダラもサソリも気づかなかった。
「任せる」
「やっぱ、そうなるか…うん」
ナルトの一言に、デイダラは苦笑いしつつも、どこか誇らしげに笑う。サソリもまた心得たとばかりに頷いたが、直後「いいのか?」と不敵に問うた。
「外の連中の一人は、確かお前のノルマだろう…悪く思うなよ、坊」
九尾の人柱力である波風ナルを言外に匂わせたサソリの視線に、ナルトは無言で応えた。
答えぬまま、我愛羅に視線を落とすと、「丁重に扱えよ。お前の片腕を奪ったほどの実力者なんだろ」とデイダラに釘を刺す。
腕が無いことを既に見抜かれていたとわかって、我愛羅と一戦交えたデイダラは気まずげに視線を彷徨わせた。
「ところで、九尾の人柱力は、一体どんな奴だ…?」
ナルトのノルマである相手を自分の手柄にする気満々のサソリが悪びれた様子もなく、問い掛ける。
その問いに、ナルトは暫しの沈黙の後、涼しげな顔で一言答えた。
「一番最初に大声で怒鳴ってくる子かな…」
ナルトにしては、大雑把な返答に、サソリとデイダラは一瞬虚を突かれた。直後、呆れた声をそれぞれあげる。
「あァ?なんだそりゃ」
「もっと具体的な特徴はないのか、うん?」
サソリとデイダラの視線を一身に受けたナルトは、やはり微塵も動じず、軽く肩を竦めてみせる。
そうして、我愛羅を残したまま、一瞬でその身を消した。
瞬く間に消えてしまったナルトに、「あらら」とデイダラは眼を瞬かせた後、からかうようにサソリに声をかけた。
「ナル坊のノルマ、とっちまっていいのか?サソリの旦那」
「あの返答だと構わねえんだろ…」
デイダラの揶揄に、面倒臭そうに答えたサソリは、改めて岩の向こうを透かし見る。
九尾の人柱力が、ナルトの助言通りの人物であるかどうかを見極めるように。
巨石の中央の『禁』の札。
結界の種類がどんなものか見極めようとしていたカカシは、次の瞬間、眼を見開いた。
何もしていないのに、札の端がチリリ…といきなり燃え上がったのだ。
一瞬にして燃え尽きた札に、聊か呆然とし、直後我に返ったカカシはいのに目配せした。
その合図に応えて、いのが巨岩から少し離れた場所へ移動する。そのまま助走をつけて、一気に岩目掛けて、師匠の綱手譲りの馬鹿力を振るった。
ガラガラガラ…と瓦解する岩の破片を飛び越え、突入する。
結界が自ら解かれたことに、(あえて結界を解くとは大した自信だな…)とカカシは眉間に皺を寄せた。
その隣で、ナルはようやく入れた洞窟内の光景に釘付けになっている。
視線の先で、横たわる我愛羅。
その身が微動だにしていないのを認めたくなくて、彼女は吼えた。
「てめぇら……!!」
黒の外套に赤い雲。
『暁』のデイダラとサソリを睨み据える。
特に我愛羅の身体に腰掛けているデイダラを、ナルは一際強い眼光で怒鳴った。
「…―――ぶっつぶす…ッ!!」
眩い金色の髪とその容姿に、デイダラとサソリは一瞬躊躇する。
ナルトに似通ったその身をまじまじと見遣った二人だが、彼女の言動に、すぐさま思い当った。
「一番最初に大声で怒鳴ってくる奴…――アイツか…」
「の、ようだな…うん」
一瞬でもナルトに似ていると思った己を恥じるように、サソリとデイダラはお互いに大きく頷いた。
「ナル坊、特徴教えるのうめえな…うん」
感嘆するデイダラの横で、サソリはナルと共に洞窟に飛び込んできた人物の一人だけに注目していた。こちらをじっと、感慨深げに見つめるチヨの視線から逃れるように顔を背ける。
「我愛羅…!そんな所で呑気に寝るなってばよ…立てってばよ!!」
我愛羅を起こそうと躍起になるナルの大声が洞窟内に響き渡る。
見兼ねたカカシが「わかっているはずだ」と心苦しくも止めるのを聞いて、デイダラはにやりと口角を吊り上げた。座っている我愛羅の頬をペチペチと叩く。
「そーそー。わかってんだろ…」
次いで、ナルにとって最も聞きたくない言葉が洞窟の中で、そして彼女の耳朶にうわんうわんと反響した。
「とっくに死んでんだよ」
我愛羅を取り返しにきたのだろうと推測し、デイダラは己が椅子にしている相手を少しばかり感心したように見やる。
「死んでも人質に使えそうだな、うん…」
一人納得したデイダラは、サソリの答えを待たずに、術を発動させる。
羽ばたく巨大な鳥の姿に、嫌な予感がしたサソリは「おい」と声を尖らせた。
「デイダラ…てめぇ、まさか…」
「芸術家ってのは、より強い刺激を求めたがる性質なんでね…」
我愛羅に腰掛けたまま、デイダラは真っ直ぐナルを見据える。
「九尾の人柱力ってのはなかなかに強いって噂だし…なによりあのナル坊がノルマにするほどの相手だぜ?うん」
興味ある、と笑うデイダラに、サソリは「お互い考えることは一緒か…」と舌打ちした。
「オイラの芸術に相応しい相手だ…うん」
「デイダラ…てめぇは本物の芸術ってのをわかってないようだな」
いきなり芸術について舌戦し始めるサソリとデイダラ。
その会話を、警戒しつつも呆気に取られて眺めるナル・カカシ・いの・チヨの四人と同じく、洞窟から離れた地点で、呆れる存在がいた。
「やれやれ…丁重に扱えと言ったばかりなのに」
洞窟の内部での光景が見えているかのように、ナルトは軽く溜息をつく。
釘を刺したというのに我愛羅の上に座るデイダラに、呆れた声を零す。
岩の結界を解く手間を省いた彼は、ひしひしと感情を高ぶらせる波風ナルを、洞窟から遠く離れた地点から静かに見やった。
「さて…お手並み拝見、といこうか」
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