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【SAO】シンガーソング・オンライン

作者:海戦型
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SS:シンガーの歌が運ぶのは

 
 歌は文化の極みだとか聞いたことがあるが、俺にとって歌は絶対の存在でも何でもない。
 ただ、言葉とメロディーが絡み合いながら一つの流れとして声帯や楽器から放出されているだけだ。ただそれだけの原始的なコミュニケーション手段。だけど、だからこそ当たり前に叫びたいことを当たり前に組み込んで、一方的に放出出来るのだと思う。

 こんな事、馬鹿だった大学時代には考えもしなかった。そんな難しい事を考えるより目先の楽しみを友達と共有したいだけのおつむだった。そんな事を考えるってのは、暇な証だ。

 だから、暇だったSAO時代には何でもないことばかり気付いたり考えたりしていた。

 そんな懐古、もう戻れない嘗ての話――。




 グリムロック、と言われても俺には誰だか分からなかった。グリセルダ、と言われても、ぱっとは思い出せなかった。しかし、そのグリセルダさんと言う人が踊っていたという動きを見て、俺はやっとその人が自分の記憶の引き出しに仕舞われている事を思い出した。

「いた、いたよ!いい年してギターの前で踊ってた女の人!何だっけ、恋ダンス?昔流行ったよな~あれ。最初の頃は旦那と一緒に来てたんだけど途中から一人になってたっけ」
「い、いい年してって……ま、まぁそんなところもグリセルダさんっぽい、かな?」
「というか、かなりあの人っぽいな。そもそもSAOの冒険自体があの人にとってはいい年して、って呼べる事だし」
「……いい年こいてもはしゃげる世界って考えると、SAOも善し悪しだな」

 年を取るとダンスはきついものがあるだろう。二日遅れで腰に筋肉痛が襲ってきたりとかしそうだ。普段から鍛えてなければ余計にそうだ。俺もリアルにいた頃にはギター練習の合間に筋トレはしていた。音楽って結構体力勝負だしな。

「しかし、そうか。グリセルダさん死んじまったのか……しかも旦那に殺されて」

 現実に生きているときには、自分がこうも死をすんなる受け入れられるようになるとは思っていなかった。俺は音楽を通して不特定の人間と繋がっている分、仲間が死んだの客が死んだのといった情報は通常プレイヤーより遥かに多く耳に入ってしまう。
 自慢も出来ないし、慣れていく自分の心が段々冷めているようで少し怖い。しかし慣れながらもやっぱり悲しみはあって、それが自分の魂がここにあるんだと思わせてくれる。

「で、ヨルコとカインズだっけ?グリセルダさんのよく聞いてたリクエスト曲が聞きたいって事でいいのかな?」
「はい。二人の事は自分たちなりに心の整理をつけたんですけど、そうして落ち着くと何だか余計に思い出しちゃって……」
「いつか皆で聞きに行くって言って、叶わないままだったからな……」

 なんでもグリセルダさんはリアルでもゲーム内でもグリムロックさんと夫婦だったそうだが、SAOに順応して変わっていくグリセルダさんを受け入れられなかった旦那さんは奥さんを人殺しプレイヤーに頼んで暗殺させたらしい。その事件の真相はキリトとアスナが暴いたそうだ。

 変わっていく大事な人が怖い――か。
 俺は怖いとは思わなかったが、あの二人がSAOという世界のプレイヤーと言う役割を得て遠くへ行ってしまい事に一抹の寂しさと喪失感は感じた。俺も「変われなかった側」。そういう意味ではグリムロックって人と変わらない。

 ただ敢えて違うところを挙げるならば、ホトトギスをどうしたか。
 グリムロックさんは、思い通りにならないホトトギスを射てしまった。
 俺はというと、ホトトギスが籠の外へ飛んでいくのをただ見ていただけだ。

 俺は信長にも秀吉にも、まして家康にだってなれやしない凡庸な男だ。
 ただ、そんな俺の気持ちまでもを受け入れてしまう歌があって、俺はそれをギターをかき鳴らして歌った。それで俺は孤独にも押し潰されず、自分を見失うこともなかった。音楽の中にある俺の好きな事を幾度となく見つめ直した事で、俺はそれに寄り添えたのだ。

 夫婦だったら、二人は寄り添えなかったのだろうか。
 それは歌なんかよりもっと明確に近くにあって、暖かかった筈なのに。
 物質的に存在しない歌詞よりリアルに、鼓膜と声でやり取り出来た筈なのに。

 俺は少し考え、提案した。

「歌は歌うけど、それならグリムロックさんにも聞かせよう。約束では全員で、だろ?仲間外れはよくないよな」
「仲間って……あんな自分勝手な理由でグリセルダさんを殺したあいつを!?」
「終わりは最悪だったかもしれないけどさ。始まりはあった訳じゃないか?恋か、愛か、人間の心なんてすぐ変わっちゃうけどさ……始まりの気持ちは嘘ではないと俺は思うんだ」
「しかし、今のあいつが歌なんてまともに聞くか……いやそもそも、あいつは牢屋の中なんだぞ?」
「そ。だからさ、牢屋行こうよ」

 そう言って、俺は慣れない手つきで指を動かし、アルゴから貰った転移結晶を三つ取り出した。



 = =



 嘗ての栄光を失ったアインクラッド解放軍は随分とガラが悪い集団になっちまったが、俺は最初期メンバーのキバオウに一応は認められた存在って事になっている。軍だって悪いだけの連中じゃなくて、根底には歌を楽しんだりする気持ちが存在する。そこを知り合えれば、人にだって少しは優しくなれる。
 そんな気持ちを提供している形の俺の要求はあっさりと通り、俺たちは今牢屋の前にいる。

「君は、誰だね?それに懐かしい面が二つ。私を嘲笑いにでも来たのか?」
「奥さんと約束してたんだろ?俺のライブ聞きに来るって」
「ライブ……ライブ………あぁ、聞いた気もする。随分と懐かしい歌を歌っていると、一緒に踊らないかと……余計に変わったと感じたよ」

 グリムロックさんは、俺を見て話しているというよりは、空気か何かに独り言を言っているような定まらなさでそんな事を言った。後ろの二人の胸中は複雑で、顔には恨みや哀れみが混ざった微妙な表情が現れている。

 ――さて、歌は万能のコミュニケーション手段じゃない。

 歌っても響かない奴には響かないし、最初からクソだって決めつけてる奴にどう聞かせてもクソって言い返してくる。或いは俺の思い描いたメッセージとまるで別方向へひん曲がった解釈や、そもそも発想の飛躍した別解釈が飛び出すこともある。
 しかし、グリセルダさんが好きだったという歌の歌詞は、そんな解釈を超えた温かさのある曲だ。その曲が果たして自失の彼に届くかどうかは分からない。それでもやはり、二人の始まりは本物だったと思いたい俺は、問答を打ち切ってギターを抱えた。



 毎日のような生活を繰り返し、あっという間に日が暮れて――

 人の気持ちなんて知った事じゃないとばかりに電車が揺れていく――

 しかし腹が減ったな。ああ、暖かい家に帰って晩御飯にしよう――

 そうして寄り添って、先の事を共有している二人が出会ったから――

 こんな生活は始まっているんだな。きっと自分の両親だってそうやって――


 男と女、いつの時代も互いに寄り添って生きている。今の俺にはそう言える程に親しい女性はいないし、こんなミュージシャンかぶれを好いてくれるもの好きが出てくるかどうかは甚だ疑問だ。だけどグリムロックさん、あんた一度はそれを手にしたんだろ?


 結婚して、嬉しくて、幸せで、でもいつの間にか当たり前になって――

 特別なのに、まるで特別じゃないみたいに思えるのに、それでもこんな近くにある――

 そんな思いはきっと、貴方の胸の奥にもあって、鼓動を奏でている――

 ねぇ、もう一度私の手を取って、抱き合って。このままなんて寂しいから――

 昔の幸せを超える今の幸せを、手を取り合って見に行こうよ――


 ああ、何だろう。本当に何となく、俺には自分で歌う歌詞が頭の中で形を成していくのを感じた。グリセルダさんというのは俺の中じゃいい年してはしゃいでいる年上の女性だったのに、どうしてか彼女がこの歌を通して何を感じているのか知れた気がした。
 グリセルダさんも、グリムロックさんに言いたい事があったんじゃないのかな。


 それは一人では到底届かないし、それは今までの通りの夫婦では叶わないから――

 私は変わるから、貴方も変わって。それできっと、違う景色が待ってるから――

 そこにきっと、最初の愛から繋がった先が待っている予感がするの――


 俺が歌い終わって、周りを見た。ヨルコとカインズは泣いていた。でも、多分その涙は俺の感じたものとは全く別の解釈で、つまりは別解。グリムロックさんは歌は聞こえていたけれど、それが頭の中で断片的にしか感じ取れていないのか、意味のある表情はしてなかった。

 頭の中で構成された俺の歌は、俺の解釈と歌詞と一致していて、でも一致していない。まさにどうとでも取れる解釈の中の一つを俺は思い描いただけだ。それを他人がどう感じようと、違うも違わないもない。その人にとっての答えがそれだからだ。

 だけどこの時俺はどうしても、その歌がグリセルダさんの遺した言葉のような気がして。
 多分、一生に一度あるかないか、俺は歌詞の解釈をグリムロックさんに伝えた。

「グリセルダさんは変わったのかもしれない。でも、一人だけ変わって貴方が付いてきてくれなかったの、寂しかったんじゃないかな……」
「寂しかった………?ユウコが……馬鹿馬鹿しい妄想だな。碌に話もしたことはないのに、どうしてそんな突拍子もない事が言える?」

 彼は悟ったような、しかし俺みたいな奴から言わせれば何もかも分かった気になって自分に閉じこもっているような態度で、吐き捨てるように言った。

「確かに、本物の夫婦だったあなたに比べれば俺とグリセルダさんの接した時間なんてほんの一欠程度だろうけど……あんた自分で言ったろ。一緒に踊って欲しいって言われたって、恋ダンス」
「そんな事を、言い出す女じゃあなかった……」
「違うよ。自分が変わって、違う景色が見えたんだ。だから夫のあんたにも同じ景色を見てほしくて、一緒に変わろうって手ぇ差し伸べてたんだよ。先に一歩進んでたかもしれないけど、グリセルダさん言ってたぞ」

 一度言葉を止め、その時の事をなるべく鮮明に思い出し、言葉にして吐きだす。

「……『旦那と一緒に聞けないのが寂しい』って、さ。好き同士だったんだよ、貴方たちは」
「あ…………ああ……あ、あ」

 グリムロックさんは、牢屋の中で崩れ落ち、頭を押さえながら嗚咽を漏らし始めた。

 ……アスナは事件が露呈した時、自己を正当化するグリムロックを「愛じゃなくて独占欲」と断言したらしいけれど、俺は今、それだけじゃなかったんじゃないかな、と感じる。

「ユウコぉ………ユウコぉ、何で……寂しいんなら私の隣にいてくれても、良かったじゃないか………歌って踊る事が変わることだったんなら、何で私は……何で………」

 言葉足らずで寂しがり屋。
 きっとあの人とこの人は、とても似た者同士のお似合いの夫婦だったんじゃないか。
 でもSAOになって、何かずれて、掛け違えて、伝わらなくて、拗れて、こうなってしまった。

「グリムロックさん。今すぐにとは俺には言えないけどさ………貴方の愛が本物だったってんなら、せめて変わってくれ。グリセルダさんとあの世でもう一度出会った時に、一緒にダンスを踊れるようにさ」

 そこから先、彼がどこで何をしているかなど俺は知らない。知るすべも俺にはない。
 俺に出来るのはただ、彼が夫婦としていられなかった自分を超えていけたのを願うだけ。

 そして。

「お兄さん、足踏んでる!足踏んでる!」
「え?マジ?ごめん、ちょっとズレた」
「むぅぅ………あ、ゴメン。よく見たら僕の足の場所が深すぎたみたい」
「おいおい……ま、いいか。さっきよりだいぶ様になってきたし?次はちょっと距離を離してやろうぜ」
「えー、次は僕が踏むのにー!」
「趣旨替わってるぞ……」

 ユウキがその話を聞いて興味を持ちまくった恋ダンスを一緒に練習するくらい、かな。
  
 

 
後書き
なんか久しぶりに書きたくなって、書いてみました。
歌は一世を風靡した星野源の「恋」。こんなメジャー曲で思いつくとは思いませんでしたが、歌詞が中々の超解釈(ソフトな表現)になっちまいました。こんなんグリムロックちゃう、と言われたらゴメンと謝るしかないです。 
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